明日のことを言えば遥が笑う

天道くう

第1話 旅立ちの日


 山頂付近の開けた場所に、小ぢんまりとした神社のような建物がちょこんと建っている。

 その建物から少し離れた場所で、一人のしゃがみ込んでいる人がいた。


 手作り感満載な墓石に向かって両手を合わせている人は、遥という二十歳前後の女性だ。

 遥は、巫女装束をカスタマイズしたような服を着ている。


「おばば様、今までありがとうございました。私は山を降りて職を探そうと思います」

 

 遥は子どもの頃に家を追い出されてから、おばば様に引き取られ、今までずっとこの山で暮らしてきた。

 幸い遥は、おばば様の知識やおばば様の本などで知識を得、自立できるくらいの一般常識は持っている。


 それが何故今さら下山しようと思ったのか。

 それは、おばば様が死んだ今、遥一人で生きていくことは難しいと判断したからだった。

 一人で山に住んでいたら、軽い病気や怪我でもあっさりと死にかねないし、何より本でしか知らない世界を見てみたかった。


 という事情があったので、遥はお金になりそうな物を風呂敷に詰めて、下山する準備を整えたのだった。


「おばば様は、私なんかが下界に行ったらすぐに死ぬとか散々脅してきたけど、そんなに危ない場所なら人類はもうとっくに滅亡しているはずだからね」


 遥に恐怖心がないわけではない。

 しかし遥は、護身用の短刀を持ったことでかなり安心していた。


『はるー、行っちゃうの?』


 遥が風呂敷を背負い、出発しようとした時、木の上から、リスが顔を覗かせてそう遥に問いかけてきた。

 見れば、遥が子どもの頃から一緒に遊んでいたウサギやシカ、サルが寂しそうに遥の周りに集まってきていた。


「ちょっとだけ旅をしてくるよ」


 遥は集まってきた友だちの頭を優しく撫でてそう言う。

 友だちは悲しそうにしているが、遥を引き留めようとはしなかった。

 来るもの拒まず、去るもの追わず。


『わかったー』

『いつ戻るのー?』

『待ってる』


「気が向いたら戻ってくるよ。......それじゃあみんな、元気でね」


 遥は別れを告げると、木々が密集した中にうっすらとできている獣道を通って、下山を開始した。





****






「やっと外だ......!」


 斜面から平地へ、木々の中から草むらへ飛び出した遥は、下山が思ったより簡単だったことに驚いた。

 きっと友だちが案内してくれたお陰だろうと遥は考える。


 長年のおばば様の呪縛からの開放感を感じた遥は、ひと休みするために目についた岩に腰をかけた。

 風呂敷は足元にそっと起き、辺りを見渡す。


「おばば様の嘘吐き。危険どころか、何もないのだけど」


 土が剥き出しの道に、雑草がボーボーの平地。

 見渡す限り田んぼと畑と平地しかなく、人っ子一人見つけられなかった。


「田んぼがあるということは人も居るんだろうけど。......ここって田舎だったんだね」


 遥は、山を振り返ってそう独り言ちた。

 遥の住んでいる山が高層ビルに囲まれていても困るのだが、今回ばかりはそっちの方が楽だったな、と遥は思う。

 なぜなら、その方が職を見つけるという遥の目的を叶えやすいからだ。それに、田舎より都会の方が色々と便利なのは言うまでもないだろう。


 まだ夕方ではないが、太陽の位置は低い。

 遥は人を探して、道を進んで行くことにした。





****





「ありがとうございます、泊めてくださって」

「良いってことさ。......にしても、可愛らしい子さねえ」


 遥は今、道の途中にあった民家に泊めてもらっていた。

 遥の住んでいた神社より二倍程大きい家で、感じの良さそうな三十代の夫婦と、十にも満たない少年二人が住んでいる家庭だ。


 三十代の男性は、柔和な笑顔で遥にご飯と味噌汁を差し出しながら口を開いた。


「山から来たんだってさ? あの山には神さまがいらっしゃるって噂さね。そんな子を無下には出来んさねえ」


 遥がこの家に泊まれたのは、遥が神さまのいる山からやって来たからだった。

 しかも巫女装束を着ているため、神さまにより近い存在だと認識されたらしかった。


「お姉ちゃんは巫女さまなんさ?」


 少年の一人が、首をこてんと傾げながらそう尋ねてきた。


「え。......うーん、それに近いかな。一応神社に住んでいたし、神楽も踊れるから」


 一般的な巫女の生態を知らない遥は、動揺しながらもそう答える。

 巫女という実感が無かった遥だが、ここで否定すると野宿しなければならない可能性があったので、思わずそう答えてしまったのだった。

 ただし、嘘は吐いていない。


「かぐら?」

「他ではどうか知らないけど、神降しの儀式のことだよ。神さまを奉るために踊るんだ」


 遥がそう言うと、少年二人は目を輝かせ、「見たい、見たい」とはしゃぎ出した。三十代の夫婦もそわそわしながら遥を見ていた。遥は、神楽は彼らにとって珍しいものなのだという結論に至る。

 夕飯が終わり、外も暗くなったということで、神楽は明日の朝踊ってみせることになった。

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