幽霊学園殺人事件

棒人間

第一章 勧誘

さて今日の昼食は何にしようか。先程、3限目の講義を終えたばかりの上木勘九郎はその歩みを食堂に向けながら考えていた。

1ヶ月前、無事にこの日明大学の文学部に合格し、晴れてのキャンパス生活を送っているのだが、友人と呼べる存在は皆無に等しく唯一の楽しみといえば学生達の間でも美味いと評判の食堂の昼食ぐらいだった。

友人が出来ない理由はわかっている。自分の性格のせいだ。元来人見知りで、初対面の人とはまともに口を聞くことすら出来ず、自ら相手に対して壁を作ってしまう。そんなんではいくら向こうが好意的に接してくれていてもいずれ愛想をつかされるというものだ。その為小学校から高校卒業まで、気軽に友人と呼べる人間は存在しなかった。いつか嫌われてしまうくらいなら最初から交流を持たなければいい。いつしかそんな捻くれた考えを持つようになった自分が勘九郎はつくづく嫌いだった。


注文したカレーライスをお盆に乗せ勘九郎は1番窓際の隅の席に座る。勘九郎はいつもこの席だ。食堂の隅にあり誰からも目立たずただ食事に集中できる。仮に誰かが自分の悪口を言っていたとしても聞こえることもない。まるで外界から隔離された空間。ここは勘九郎にとってそういう場所に感じることさえあった。


「ねえ、ちょっといい?」

もうカレーライスも残りあと僅かというところでふと頭上から声がした。少しハスキーな声だが恐らく女性だ。途端に勘九郎の心拍音が上がる。人に話しかけられるといつもこうだ。しかも相手は女。勘九郎は恐る恐る顔をあげる。

立っていたのはやはり女で肩より少し長い真っ直ぐな黒髪、整った顔立ちで一目で美人とわかるものだった。

「………なにか」

勘九郎はなるべく女と視線を合わせないように俯き加減に答えた。すると女は突然勘九郎の手を取り有無も言わさず立ち上がらせると

「ちょっとついてきて。用事があるの」

と言い戸惑う勘九郎など意に介さぬような態度で食堂から勘九郎を連れ出していった。

「あ、あのっ!ちょっと!えええっ!」

食堂には勘九郎の声が響いていた。




***


女の手に引かれるまま勘九郎はとある部屋に連れてこられていた。理由はわからない。女の手を振り解こうにも勘九郎の華奢な力では到底無理だった。

女は部屋にある椅子に勘九郎を座らせるとようやくその手を離し、自分もまたその前に腰掛ける。一体何だと言うのだ。人の唯一の楽しみの時間を突然訳も話さず中断させられたことに勘九郎は腹立たしささえ覚え始めていた。

「ごめんなさいね。突然連れ出したりして。でも、あそこじゃゆっくり話が出来ないから」

女はそう詫びると自らの髪を後ろで一つに束ねた。

「……あの。僕に用事ってなんでしょうか」

恐る恐る勘九郎が聞くと女は

「その前にちゃんと自己紹介しとかなきゃね。私は文学部二年の西園寺環菜。よろしくね」

「………文学部一年の上木勘九郎です」

すると目の前の女、西園寺環菜は眉間にぐっとしわを寄せ勘九郎に顔を近づける。

「声が小さいわよ。別に今から取り調べしようってんじゃないんだから、もっと普通にしてなさい」

この状況で冷静でいられる方もどうかしていると思うが。勘九郎はますます心拍があがるのを感じた。

「単刀直入に言うわね。私があなたをここに連れてきた理由は、ズバリ勧誘よ」

「……勧誘?」

「そう。私の推理研究会に入ってほしいの」

「……え」

勘九郎は一瞬彼女のいうことが理解できずしばらく沈黙してしまった。推理研究会?なぜ自分が誘われているのか。初対面なのに。考えれば考えるだけ頭は混乱していく。

しかし西園寺環菜はそんな勘九郎の混乱をよそにどんどん話を進めていった。

「この学校にはいろんなサークルがあって新しいサークルを自分で立ち上げるのも自由に許可されてる。ただし、サークルを立ち上げる条件として部員が最低二人以上いなくてはいけないっていう決まりがあるの」

知らなかった。そもそも勘九郎はサークル活動になどこれっぽっちの興味もなかったから知らなくて当然だろう。誰かに誘われるなんてことも入学当初はあったものの今じゃめっきりなくなっていた。

「見たところ、君はサークル活動をしていないみたいだし。もう一人いれば推理研究会の活動が認めてもらえるの。だから、うちのサークルに入ってほしいって訳」

「………ようは人数合わせってことですよね」

ボソリと呟いた勘九郎の言葉に西園寺環菜は僅かに反応を見せたが、すぐさま返す。

「別に単なる人数合わせなら、誰でもいいんだよ。でも君、ミステリーが好きなんでしょ?」

その言葉に勘九郎は驚いて思わず顔を上げる。そういえば部室に入ってから彼女の顔をしっかりと見るのはこれが初めてかもしれない。

「いつも一人で食堂の隅っこでご飯食べて、時間があれば中庭のベンチに座って推理小説読んでる。そんな姿見てたらほっとけなかった」

「………え」

「申し訳ないけど、今この学校に君の居場所は無い。だけどここなら誰にも邪魔されずに好きなだけ推理小説を読めるし、ご飯だって静かに食べれる」

西園寺環菜は勘九郎の目を見て言った。

「これはお互いにメリットがある話よ?私は自分のしたいサークル活動が出来る。君は自分の居場所が出来る。まあ、多少強引なやり方で連れてきたから私に嫌気が差してるかもしれないけど……。でもこれだけは信じて。私は君の味方よ」


何か変わるかもしれない。この憂鬱な学生生活が。勘九郎は西園寺環菜に一筋の光を見ていた。

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