第13話 アンズはいい子

 おだやかな風を浴びつつあったかく太陽に照らされて交差点を通過すると、右手側に駅が見えたので、思わず立ち止まる。


 すぐ隣を歩いていたアンズも足を止めて不思議そうに俺を見上げた。


「ご主人様どうしたの?」

 

「いや、駅があるなと思って」


 当たり前だが鉄道が走っていないと駅があっても意味がないだろう。

 だからあやかしの国というこの場所に駅が存在しているとは思わなかったのだ。


「ああ、コウベ駅だね」


 アンズが何気なく放った言葉に一瞬硬直する。


「神戸駅だって?」


「うん、そうだよ。ほら」


 アンズが指さした方角を見たら「あやかし鉄道コウベ駅」の看板が出ていた。


「あやかし鉄道か」


 あやかしの国なんだからそんな名前でも不思議じゃないが、まさか神戸の名前を見るとはなぁ。


 神戸は母の実家がある土地なので、何度か訪れたことがある。


「道理で見覚えがあるわけだと言いたいところだが、何でコウベ?」


 あやかしの国と神戸って何か関係でもあるのか?


「ご主人様とアンズの縁があるところだからじゃない?」


 アンズに言われるがそれって説明になってるか?

 あやかしの国に神戸とそっくりな場所がある理由が謎なんだが?


 そうは言ってもアンズだって知らないのかもしれないな。


「ふむ、おぬしが知っている場所と似ているなら、おぬしと縁がある場所に飛ばされたということじゃろうな」


 ミヤコの説明にとりあえずうなずいておいた。


 俺と縁がありそうな場所なら一人暮らしをしていた地域や、親父の実家も該当しそうなんだけどな。


 もしかしてこっちに神戸はあっても埼玉や江戸川区はないってことか?


「何なら鉄道に乗ってみれば?」


 とココが提案する。


「あなたの知ってる場所に到着するかもしれないでしょ? 一応あやかし鉄道は、ニンゲンの鉄道と同じような作りになってるはずだから」


「そうなんだ」


 じゃああやかしの誰かが頑張って再現したんだろうか。

 鉄道に乗ったことがあるあやかしって全然イメージできないけど。


 ココとアンズは車になら乗った経験はあるんだがな。

 動物病院に何度も連れて行ったから。


「人間のものと同じなら料金を払わないと乗れないと思うんだけど、そこはどうなんだ?」


 言うまでもなく俺はこっちの通貨なんて持っていない。

 財布に現金はほとんど残ってなかったし、ATMも見当たらない。


 人間の通貨をそのまま使うシステムならある意味詰んでるんじゃないだろうか。


「アンズと一緒なら何もいらないと思うよ?」


「ニンゲンはあやかしと一緒じゃないと乗れないルールがあるくらいね」


 アンズとココの回答に驚く。

 何から何まで人間の国とそっくりというわけじゃなかった。


 そりゃそうだろうと思うと同時に安心もする。

 

「ご主人様、乗ってみる?」


 アンズがぐいっと身を乗り出してきてたずねた。


 俺としてはどっちでもいいんだが、こいつは乗ってみたいんだろうなとワクワクした顔を見れば理解できる。


「後でな」


 だが、俺としては今すぐ乗ってみたいという気分じゃない。

 

「はぁい」


 アンズは残念そうに耳をぺたんと伏せる。


「我慢できるアンズはいい子だな」


 昔のノリで茶色い髪の毛を優しくなでてやった。

 こうするのがアンズは好きだったよなぁとなつかしく思いながら。


「えへへ、アンズはいい子だもん。ご主人様の言うことちゃんと聞けるよ」


 アンズはたちまち機嫌がよくなって尻尾をパタパタと動かす。

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