第2話 アンズとココ

「来て!」


 引っ張られるまま寝室からダイニングキッチンに移動すると、小柄な黒髪の美少女が料理を並べている。


 耳は猫型だし、黒い尻尾も生えていて明らかに人外だ。


「ココちゃん、ご主人様起きたよ」


「ご苦労様」


 ココと呼ばれた少女はアンズに微笑みかけたあと、アイスブルーの瞳をこっちに向けてフンと鼻を鳴らして目をそらす。


 態度の違いにちょっと困惑する。

 たしかにアンズと仲はよかったはずだが、俺にも甘えてくる可愛い猫だったのに。


「えっとココなんだよな?」


「気安く名前呼ばないで」

 

 話しかけてみたらツーンと突き放される。

 え、何でこの反応?


「ココにきらわれるようなこと、俺したっけ?」


「あれはただの照れ隠しだよ?」


 ひそひそ声でアンズにたずねてみると不思議そうに返される。


「にゃああ! アンズ、余計なこと言わないで!」


 ココがあせった声を出す。

 耳をぴくぴく動かしてるのはたしか動揺した時が多かったな。


 ココの仕草をなつかしく思い出していると目が合う。


「見にゃいでよ」


 ふいっと顔をそむけるが、白い頬がうっすらと赤くなっている。

 何だこの可愛い生き物は。


「ココちゃん、ご主人様のためにお料理するってはりきってたから」


 アンズはさらに追い打ちをかける。


「全部ばらすのやめてぇぇえええ!」


 ココは涙目になって叫びながら抗議をした。

 これは可愛いし気の毒だし、アンズは可愛い顔して鬼だな。


「素直になれないココちゃんが悪いよー。アンズはいつだってご主人様の味方だよ?」


 アンズは少しも悪びれなかった。


「うにゃああぁぁぁ……」


 ココは反論を思いつけなかったらしく、切ない鳴き声をあげる。

 そして耳と尻尾をへんにょりとしてしまう。


 母さんにブチギレられて落ち込んでいた時にやっていた仕草だな。


「アンズ」


「ほえ?」


 たまらず俺が呼びかけると、アンズは何かいけなかったと首をひねる。

 天真爛漫で悪意がゼロという態度に何も言えなくなった。


「とりあえずご飯食べてもいいか?」


 目の前に炊きたてのご飯と湯気が立つ味噌汁、卵焼きに鮭の塩焼きにきゅうりとトマトを切ったサラダという献立を見ていると、腹が減ってくる。


 誰かの手作りを食べたのはいったい何年ぶりだろうか。


「いいんじゃにゃい?」


 ココはそっぽを向くがまだ噛むくらいには動揺が残っているらしい。

 

「ありがとう」


 礼を言うと耳がぴくぴくと動く。

 のどを撫でてやった時まずそうなって、次にゴロゴロ言ってたなぁ。


 顔と声だけで判断していればきらわれていると誤解したかもしれない。


「ところでココとアンズの分は?」


 テーブルの上には一人分しかなかった。


「アンズとココちゃんはゴハンを食べなくて平気だから。ご主人様専用のご飯だよ」


 そうだったのか。

 アンズの説明を聞いてココに目を向ける。


「わざわざ作ってくれてどうもありがとう」


「ふん。どうせひとりだからってご飯適当だったんでしょ? 感謝しなさいよね」


 ココは顔を反対側に向けながら上から高圧的な返事をした。

 尻尾を見るとメチャクチャ喜んでいるので、照れ隠しだというのがよく解る。


「うん、ありがとう。ココ」


 礼を言うと尻尾をピーンと伸ばし、それからゆっくり揺らした。

 最高に機嫌がいい時のココの尻尾の動きだなと思いながらご飯に箸を伸ばす。

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