あやかし家族とやすらぎの国

相野仁

第1話 あやかしになったペットたち

「おっきてー! ねえ、おきてー!」


 大きな声とともに揺さぶられて目が覚めてしまった。

 そして女の子と目が合う。


「え、誰?」


 思わず聞き返す。


 茶髪のショートヘアに犬のような耳が生えた可愛らしい少女が、こっちを見てにこにこしている。


「アンズはアンズだよ、ご主人様?」


 Tシャツの上から立派なメロンを誇示している女の子はそんなことを言った。


「アンズ……そんな女の子は知らないな」


 そもそも女子の名前なんてろくに覚えていない。


「えー、アンズのこと覚えてないの?」


 女の子は悲しそうに目を潤ませたので罪悪感に襲われるが、本当に心当たりがないのだ。


 こんな可愛いくて親しくしてくれる女の子がいれば、引きこもったりしなかっただろうな。


「ごめん」


「ほ、ほら。一緒にお風呂入ったし、寝たこともあるし、お散歩も連れて行ってくれたよね?」


 一緒にお風呂入ったことある女子なんて俺にはいない……うん、散歩?


「散歩? ……昔飼ってた犬のアンズなら連れて行った覚えがあるけど」


 伯父さんが外国から連れてきたカンガールドッグ……カンガルードッグ?

 いずれにせよ外国産の犬だった。


「アンズはそのアンズだよ! ご主人様が朝と夕方とお散歩に連れて行ってくれた!」


 アンズと名乗る女の子は自分の顔を指さしながらそう主張する。


「え、ウソだろ?」


 何で飼っていた犬が女の子になってるんだよ?


「そもそもアンズは老齢で死んだはずだぞ?」


 あの時はショックだったし、二度と動物を飼いたくないと思った。


「うん。ご主人様がアンズを呼ぶ声も泣きそうな顔も覚えてるよ?」


 しんみりした声色と切ない顔には有無を言わせない説得力がある。

 言われてみれば日本人っぽい顔じゃなくて、外国人っぽいが。


「てことはもしかして俺、死んだのか?」

 

 天国かどうかは解らないが、アンズがいる場所に来たってことは引きこもり生活を終えて死後の世界に来たんだろう。


「ううん、ご主人様はまだ生きてるよ! アンズ、あやかしになれたからご主人様に会いに来たの!」

 

 アンズの説明はよく解らない。


「あやかし?」


 小説とか漫画で見る妖怪みたいな存在でいいんだっけ?


「そうだよ! ご主人様、会いたかった!」


 アンズはそう言って抱き着いてくる。

 女の子のぬくもりと匂いを楽しむ気分は一瞬で吹き飛ぶ。


「いたい、いたい!」


 アンズにぎゅーっとされると痛みが走ったからだ。


「ご、ごめんなさい!?」


 アンズはあわてて体を離す。


「力加減間違えちゃった……」


 しょんぼりとうつむき耳を伏せ、尻尾をだらんと垂らしてしまう。

 この仕草は母さんに叱られた時にやっていた仕草と重なる。


 この子本当にアンズなんだなぁとしみじみと思ってしまった。

 

 昔に亡くなった犬が今あやかしになってやって来るなんて正直訳がわからないんだが、たぶんアンズに聞いても解らないよな。


 とにかくゴロゴロしていたい気分じゃなくなってしまったので仕方なく起きる。


「どうするか、飯でも食うか? あやかしって飯を食うのか?」


「ご飯の準備なら大丈夫だよ。ココちゃんがしてくれてるから」


 アンズは笑顔で回答するがいまいち要領を得ない。


「ココちゃん?」

 

 知らない名前が出てきて困惑する。

 誰だっけと聞こうとすると、アンズは笑顔を消して上目遣いで聞く。


「覚えてない? 私と一緒に遊んでた子なんだけど」


 アンズと一緒に飼っていた動物はたしか黒猫の……。


「黒猫のココ?」


「そうだよ! やっぱりご主人様覚えててくれた!」

 

 アンズは笑顔に戻って俺の手を両手でぎゅっと握る。

 今度は痛くなくて女の子にしては少し硬い感じの手の感触が伝わった。

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