マリーと惑星ウィズエル Fractal.6

「さて、では順を追って説明するかのぅ。先刻も話した通り、ワシは偶発事故によって〈原初大宇宙〉へと漂着した。そこで恐るべきもの・・・・・・と遭遇したのじゃ!」

「それが〈クックトゥルー〉?」

「うむ。ワシが〝その場面〟に遭遇したのは、たまたま偶然じゃろうが……ヤツは自身のエネルギーを結晶化させた〈ネクラナミコン〉を力点りきてんと使って〈次元門ディムゲイト〉を発生させておった。貪欲なアレ・・は他次元に活動域を広げるべく〈フラクタルブレーン〉を越えようとしておったのじゃな。そこでワシは、ありったけの高出力エネルギーを力場りきば基点きてんとなる〈ネクラナミコン〉にブチ込んで破壊──未遂のままに〈次元門ディムゲイト〉を崩壊させてやったのじゃよ」

「ええッ? それって心中行為もいいところじゃない!」

「そうじゃが?」

 平然と返してくるけど……トンでもない事よ! それ!

 あ……でも、だから・・・か。

それ・・だったんだね? お爺ちゃんが帰って来なかった真相は……。お爺ちゃんは、人知れず〈宇宙秩序〉を守っていたんだ」

 少しだけ誇らしく思えた……この人の血に在る事が。

 とか感慨かんがいを噛み締めた直後!

「マリー・ハウゼン、それは違う。ウィリス・ハウゼンは、単に実験失敗のフラストレーションを発散したかっただけ」

「それな!」

 八つ当たりだった。

 未知の高次生命体相手に八つ当たりだった。

 少しだけ気まずく思えた……この人の孫娘に在る事が。

「で……でも、お爺ちゃん? よく無事で帰って来れたわね?」

「実際は永い事〈虚無の混沌〉を漂流し続けてたわぃ。脱出法を模索する以前に宇宙船スペースシップはスクラップ寸前、エネルギー残量も尽きようとしておる。さすがのワシも、万事休すの匙投さじなげじゃった……。クソッ! クックトゥルーめ!」

 それは自業自得じゃないかなあ?

 八つ当たりで、ありったけの高出力エネルギーを浪費したからじゃないかなあ?

「ところが、ある時コイツ・・・が現れた」と、慧眼けいがんの視線で指し示す。

 うん?

 え? クルちゃん?

 え? え?

 どういう事?

「それって、クルちゃんの宇宙航行艇コスモクルーザーも〈原初大宇宙〉へと漂着したって事?」

「いいや。いつの間にやら船内にいた・・・・・。侵入形跡も密航痕跡も無く唐突に現れた・・・という事じゃよ。あたかも〈瞬間移動テレポーテーション〉でもしたかのようにな」

 ホントにどういう事ッ?

「ワシは直感で悟った──コイツ、只者ただものではない……と」

 うん、そうでしょうね。

 話を聞いている限りは、そうでしょうね。

 だって、クルちゃん自体・・・・・・・が〈超常ちょうじょう現象〉ですもの。

「クルちゃん、いままでは気にしていなかった……ううん、気にしないようにしてきた・・・・・・・・・・・・。あなたとも信頼関係を築きたかったから……。だけど、この流れでは無視出来ない! あなた、本当は何者なの?」

「私は──」

「あ! クルちゃん、忍者やねんな?」

「──………………そう」

 絶対ウソだ!

「私は〈胡蝶流忍者〉とは知り合い。だから、多少は陰行術おんぎょうじゅつも行使可能で……」

 乗っかった!

 モモちゃんのマッドパスに乗っかった!

 とことん利用する気だ!

「ま、そんな事は、どうでもいいわぃ」

 良くないよッ?

 お爺ちゃん、怪奇現象の当事者・・・だよッ?

「とりあえず、この〝クルロリ〟によって〈ネクラナミコン〉他諸々の事を教えてもらったワケじゃな。でなければ、ワシとて超常ちょうじょう事象の詳細など把握出来んわい。そして、こやつに取引を持ち掛けられたのじゃ──『次元宇宙に散在してしまった〈ネクラナミコン〉を回収して欲しい』とな。対価は〝ゼロフラクタルゼロブレーン次元ディメンションへの帰還〟……悪くはない交換条件じゃ」

「だけど、エネルギーも無いような状況で、どういう手段で?」

「マリー・ハウゼン、それに関してはアナタの方が熟知しているはず」

「え?」

「つまり『特異点排斥の法則』」

「あ! そうか!」

一次元いちじげん層分だけ〈フラクタルブレーン〉を転移──そこでまたしばらく漂流し、やはりまた一次元いちじげん層分だけ転移──その繰り返しで、現宇宙へと帰還したワケじゃな。それでも結構な年月が掛かった……こうして孫娘マリーが成人しとるのだからのぅ?」

「だけど……『特異点排斥の法則』は受動的事象だから、クルちゃんが介在しなくても戻れたんじゃないかしら?」

「マリー・ハウゼン、この法則にはアナタが見落としている鉄則・・が有る」

「鉄則?」

「そう。つまり〝特異点自身のエネルギー残量がゼロの場合は発動しない〟という事。おそらく次元宇宙そのものが〝行動も起こせない無害な存在〟と看過してしまうため」

「ええッ? そうなの?」

「そう」と、クルコク。「だから、それ・・を誘発する程度のエネルギー補給を交換条件とした」

「そっか……この学説の立証性だけは確信はしていたけど、総て仮想シミュレーションだけだったからなぁ」

「脳内構想と実践経験では、何処かに〝決定的な穴〟があるという好例……実践は大切」

「う……ん」

「この二人ふたりが示している」

「好き好んで次元放浪していたワケじゃないわいッ!」

「ウチかてイヤイヤ『乙女の奇跡!』してんねんッ!」

 お爺ちゃんとモモちゃん、珍しく意気投合の抗議。

 だけど、当のクルちゃんは「何か」と言わんばかりに疑問符クルコクン。

 っていうか、モモちゃんイヤイヤだったのッ?

 せっかく〝女の子らしく可愛い美少女戦士仕様〟にしてあげていたのに!

 ガーン!

「ったく……で、この惑星に着いてからは自然排斥現象──オマエの言う『特異点排斥の法則』は生じなくなった。という事は、この次元宇宙こそがワシの次元宇宙・・・・・・・──それこそ〈ゼロフラクタルゼロブレーン次元ディメンション〉と察せたワケじゃな。さて、そうとなれば次にやるべき事・・・・・・・は見えた。すなわち〈ネクラナミコン〉の回収じゃ。ワシに微塵みじんと破壊された〈ネクラナミコン〉は欠片となって次空を越えた……が、廃棄物と化したワケではない。相変わらずクックトゥルーの超エネルギーは結晶集束されているままじゃ。ともすれば総てを集めてしまえば、また本来の姿へと戻ってしまう。もしも、コレ・・誰か・・の手へと渡って作為的に〈次元門ディムゲイト〉を開かれでもしたら……」

「……クックトゥルーが、次空を越えて現れる」

「左様」

 苦々しい沈思。

 あのお爺ちゃんが自尊を折ってまで認める超常ちょうじょう存在──それだけでも〝凄まじさ〟は伝わってくる。

 未見であってもゾッとした感覚を覚える。

 わたしは緊迫の生唾を呑み込んだ。

 まさに全宇宙を脅威にさらす大災厄……。

 こんな戦慄、初めて体験する。

「テキサスからニワトリ来んのん?」

「だから、何でじゃ!」

 と、直後、耳障りに鳴り響くサイレンが基地内を染め上げた!

 非常事態警報レッドアラートだ!

 喧騒を連れた赤灯明滅が焦燥と緊迫を否応なくあおる!

「やれやれ、騒がしいのぅ」

 お爺ちゃんは動ぜずにメインモニターを切り替えた。

 改めて映し出されたのはコバルトブルーの大海原。

 おそらく此処の周辺……っていうか、基地の真ん前。

 でなければ非常事態警報レッドアラートなんて鳴らないもの。

 警戒対象は上空からゆっくりと降下中!

 白雲を突き抜けて来たそれ・・は、大きな波飛沫なみしぶきを噴き上げて海原へと着陸する!

 巨大ロボだった!

 全高八〇メートルはあろうかという巨大ロボットだった!

 大角を生やした髑髏型ドクロ頭部ヘッドに、胸部一杯の髑髏ドクロ意匠!

 その巨体ゆえに、荒れる潮は腿部までしか届かない!

 あれ? 何だろ?

 初めて見るのに、初見の感じがしない?

 はて?

「ドクロイガーはんや!」

「ふむ、間違いない」

 モモちゃんの驚愕とクルちゃんの確定。

 ああ、だから・・・か。

 いつも報告書に書かれているものね?

 リンちゃんの書き方だと『ドク郎が来たから、ブッ飛ばした。おしまい!』って毎回簡潔に書かれているけれど……。

 そのドク郎……じゃなくて、ドクロイガーはズシンズシンと鈍重な足取りで、この基地へと向き直った。

 そして、正視に見据えると、おもむろに高笑う。

『フハハハハハハッ! 宇宙の帝王になりたい? じゃあ、いつなるの? ……~~ッすぐでしょ! ドクロイガー見ざ──』「帰って来たか」『──あ、博士。ただいま~』

 切られた。

 気迫に溜めまくった口上こうじょうが、悄々しおしおと「ただいま」に鎮まった。

 ……っていうか、うん?

「少し待っとれ。いまハッチを開けてやる」

『は~い』

「消毒はせぇよ? 何処の惑星で、どんなウィルス付けて来ておるか判らんからの?」

『うがい・手洗い、毎回やってま~す!』

「結構」

『博士? おやつは?』

「今日はパンケーキじゃ」

『やったァ! 明日は逆転三塁打だァ★』

 何? この関係?

 お母さんとヤンチャ小学生みたいなやり取りは?

「お爺さん、知り合いなん?」

 めぬ動揺のままに、モモちゃんが疑問を代弁。

「知り合いも何も、あの〈ドクロイガー〉を造ったのはワシ・・じゃ」

 うん?

 さらりと返ってきた意外な違和感に、わたしは思わず再確認。

「お爺ちゃん? いま何て?」

「だから、アイツを造ったのはワシ・・じゃ」

「「ええぇぇぇ~~~~ッ?」」

 ここは声を揃えて驚いたわ!

 モモちゃんとわたし、声を揃えて驚いた!

 その様を見たクルちゃんは、平常心のままにサムズアップクルコクン。

「さぷらいざっぷ?」



 しばらくして、浅黒い肌の女の子が入室して来た。

「ルンタッタ★ パ・ン・ケーキ ♪  パ・ン・ケーキ ♪  パパもコレならオッケーさ★」と、嬉々に浮き足立ったスキップで。

 モモちゃん達ぐらいの年齢かな?

 肌露出が高いビキニ仕様の〈PHW〉を着用しているけど、その反面、各所には制御メカが装飾めいた自己主張に付いている。

 とりわけ〝髑髏ドクロモチーフ〟のディティールは異色よね?

「手は洗ったか?」

「あ、博士! もちろ……って、ああぁぁぁ~~ッ? イルカ娘!」

 モモちゃんを見つけるなりビックリしていた。

 当のモモちゃんはキョトンと返す。

「どちらさん?」

「ワシじゃ! ドクロイガーじゃ!」

「「「うん?」」」

 疑問符小首コクン。

 わたしとモモちゃんとクルちゃん、全員揃って小首コクン。

「だ~か~ら! ワシは〈ドクロイガー〉じゃ!」

「「えええぇぇぇ~~~ッ?」」

 理解したと同時に、わたしとモモちゃんは驚愕を叫んでいた!

「さぷらいざっぷ?」

 クルちゃん?

 それ、そろそろ読者も飽きたと思うの……。

「ウチ、てっきり〈ドクロイガーはん〉は自律型ロボットかと思うてた!」

「そうじゃ! この形態は〈プリテンドフォーム〉じゃ!」

「プリペイドファーム?」

「プリテンドフォームッッッ! 何じゃ! その〝使いきり農地〟って!」

「あ、なるほどね」「ふむ、納得がいった」

「何や? マリーとクルちゃんは知っとんの?」

「その『プリテンド』っていうのは〝成り済ます〟とか〝擬態〟の意味なの。つまり、この形態は〝人間に似せた仮想ボディ〟ってところね?」

「うむ、その通りじゃ! この形態は生体バイオ生成された転送用ボディじゃ!」

「どゆ事?」

「う~ん? モモちゃんに解るように説明するなら〝分身体を使った人間変身〟ってトコかな? あくまでも本体・・は〈人格プログラム〉だから、入れ物・・・であるボディさえあれば姿形は転送でどうにかなっちゃうのよ」

「せやけど〝女の子〟やん?」

「プログラムに〝性別〟の定義など意味が無いわ! っていうか、そもそもワシは〝男〟などと一言ひとことも言うておらんぞ!」

「せやたっけ?」と、モモちゃんはパモカを操作して、何やら検索し始めた。

 そして──「あ、あった!」──見つけたデータを、みんなのパモカにシェア。

 え……っと、何々?

 『Gモモ:ウチと惑星テネンス Fractal.7』?


『ななな泣いてないよッ? フハハハハハッ! この〝宇宙の帝王になってみたい男〟が涙など見せるか! そのような惰弱さは、とうにブラックホールへ投げ捨てたわ! 笑止! 笑止笑止笑止ッ!』


「「「「………………」」」」

「言うてたよ?」

「言葉のアヤでした。ごめんなさい……」

 モモちゃん! 悪意無く追い詰めちゃダメ!

「ふむ? 御主おぬしら、顔見知りか?」

「いや、まぁ……何というか……その……」

 うん?

 気まずそうに濁したわね?

「ウィリス・ハウゼン……その経緯については、私から説明する」

「ああ! やめて! 言わないで!」

 クルちゃんが申し出た途端とたんに、今度は血相変えたわね。

「なぁなぁ? 言うてたよ?」

「状況読めぇぇぇ! イルカ娘ぇぇぇ――ッ!」

 モモちゃん! これ以上、追い詰めちゃダメ!

 一番ツラいの、吐血号泣の作者さんだから!



「……なるほどのぅ?」

 クルちゃんから説明を受け、お爺ちゃんは静かに納得。

「流れを整理すると、こういう事よね? 最初の頃、お爺ちゃんはクルちゃんへ〈ネクラナミコン〉を預けて次元探索を一任いちにん……そのために専用宇宙航行艇コスモクルーザー〈ドフィオン〉まで授けた──クルちゃん出立後、今度は独自に次元探索を進めるべく自律型ロボット〈ドクロイガー〉を造り上げ、同様に〈ネクラナミコン〉を授けて長期の探索指令に送り出した──その両者が鉢合わせして〈ドクロイガー〉がクルちゃんの〈ネクラナミコン〉を奪おうと強襲────現状に至る」

「そして、その貴重な〈ネクラナミコン〉を失った……とな」

 お爺ちゃんのジロリとしたけに、褐色美少女が「うっ!」と気まずくたじろぐ。

「あの時は、ひどい目に遭った」というクルちゃんの追い討ちに、さらに「ううっ!」とたじろぐ。

「さて……どういう事かのぅ? ドクロイガー?」

「待って博士! 話を聞いて! これは──」

「ポチッとな」

「──ギャアアアアアーーーーッ!」

 御仕置きされた!

 開口かいこう始めたのに、言い訳聞かずで御仕置きされた!

 お爺ちゃんがパモカ操作すると、ドローンが呼び出されてシビビンビンの一斉放電いっせいほうでん

「ぅ……ぅぅぅ……」

「さて……どういう事かのぅ? ドクロイガー?」

 リセットした!

 何事も無かったかのように仕切り直した!

 プスプスと焦げ倒れた美少女を前に!

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