マリーと惑星ウィズエル Fractal.5

 給事仕様の〈フラ焼き〉……じゃなかった〈ドローン〉が、室内にティーセットを用意する。

 無味乾燥なシステマチックを装飾する急造テーブルを囲うと、わたしは両手の内にカフェオレの温もりを広げつつ対話の席へと身を置いた。当然、モモちゃんとクルちゃんも同席。

「それにしても驚いたなぁ……。お爺ちゃんは、わたしが幼い頃に亡くなった──って聞いていたから」

「亡くなってはおらん。長い間〈フラクタルブレーン〉をさ迷っていただけじゃ」

「お爺ちゃん、次空を徘徊はいかいしてたん?」

「語弊があるわ! 似非エセ関西弁娘!」

 ごめん、お爺ちゃん。

 わたしも、そう思った。

「に、しても──」お爺ちゃんはブラックコーヒーをズズッとすすり、値踏みめいた視線を送る。「──まさかオマエさん・・・・・が、マリーと通じておったとはのぅ……数奇なものじゃ」

「ウィリス・ハウゼン、久しぶり」

 両手包みのカップスープを嗜好しつつ、相変わらずの平静にクルちゃんが応えた。

 何故か顔見知り然とした挨拶。

「え? お爺ちゃんとクルちゃん、知り合いなの?」

「知り合いというか何というか……。まずは順を追って説明するか。マリーも承知じゃろうが──まだオマエが幼い頃に、ワシはある実験・・・・を試みた」

「うん、聞いてる。確か『特殊相対論を覆す新航行プロセスの立証』だよね?」

「そうじゃ。まぁ実験結果は散々じゃったが……その副次的結果として、ワシは偶然にもノンフラクタル\ノンブレーン次元ディメンションへと飛ばされた」

「そこから徘徊が始まったねんな?」

「語弊! 似非エセ関西弁娘! 語弊!」

ちゃうねん。ウチ〝銀暦ぎんれきイァスナク弁〟やねんよ?」

「知らんわ!」

 モモちゃん、意外な天敵ぶりを発揮。

「でも、お爺ちゃん? わたし達にとって〈ゼロフラクタルゼロブレーン次元ディメンション〉って、この次元宇宙・・・・・・だよ?」

「いやいや、そうではない。ワシが指しておるのは〈ノンフラクタル\ノンブレーン次元ディメンション〉であって〈ゼロフラクタルゼロブレーン次元ディメンション〉とは異なる」

「聞いた事無いけど……」

「マリー・ハウゼン、説明する」軽く困惑する私への助け船として、クルちゃんが講釈をはさみ込んだ。「確かに〈フラクタルブレーン〉の基点解釈は各自の次元宇宙こそが〈ゼロフラクタルゼロブレーン次元ディメンション〉としてカウントが始まる。しかし、ウィリス・ハウゼンが指しているのは〝全フラクタルブレーンを俯瞰ふかんした場合の起点次元ディメンション〟の事。つまり総ての〈フラクタルブレーン〉は、そこ・・を起点として始まっている。言うなれば〝始まりの宇宙〟──〈原初大宇宙〉とでも呼ぶべき次元」

「それって各次元に存在する起源宙域〈原初宇宙〉でもなく?」

「マリー・ハウゼン、その解釈で正解。各原初宇宙すらも〈原初大宇宙〉から始まっている」

 苦味を味わう一呼吸ひとこきゅうを置いて、今度はお爺ちゃんが説明を再開。

そこ・・から脱出する際に助力を授けてくれたのが、その娘〝クルロリ〟というワケじゃ」

「つまり……クルちゃん、お爺ちゃんを徘徊から保護したねんな?」

「じゃから! ワシの読者印象をおとしめたいのか! 似非エセ関西弁娘!」

「せやからちゃうねん! ウチ〝銀暦ぎんれきイァスナク弁〟やねん!」

 天敵発動。

 わたしは苦手な喧騒をらすべく、改めて室内を見渡して話題を探した。

「にしても……こんな最新科学基地を、よく造れたね? この惑星ウィズエルには文明とは無縁の自然環境しか無いのに?」

 合金チタン壁の無叙情な部屋には、所狭ところせましと管理コンピューターやモニターディスプレイがはやしている。最新鋭の〈ツェレーク〉に及ばないのは当然としても、なかなかにハイテク設備の展覧会。

 改めてウィリスお爺ちゃんの人並み外れたスゴさを思い知った気がする。

いしずえとなる素材は有ったでのう。さいわいにもワシは大型宇宙船スペースシップ共々に不時着した。大破して航行不可能なスクラップと化してはおったが、視点を変えれば有益な高度素材の宝庫じゃ。それに少数ながら作業ドローンも搭載しておった。それ自身・・・・に同型ドローンを造らせれば鼠算ネズミざんに増産させられる……放置にな。作業員の数さえ増やせば、大規模な改造作業も可能じゃ。不足している鉱物等は同じく掘削用ドローンを増産して、この惑星自体から採集させればい。目的素材に達していなければ精製じゃ。労力と材料は、こうして補える。無論、司令塔たる頭脳・・はワシ自身。残す問題は〈時間〉じゃが、こればかりはどうしようもない。だから、いままで・・・・掛かった」

「理屈的には、そうなんだけど……スゴい……」

「そうかのぅ? 至極、単純なプロセスじゃが?」

「知識や発想も去る事ながら、何と言っても行動力バイタリティがスゴいわよ。わたしだって〈ツェレーク〉の建造そのものは、銀邦ぎんぽう政府に頼っている。しかも、自分自身で受け持ったのは設計と監修だけ……それも基礎設計構想はお爺ちゃんが残した物。わたしは、それをブラッシュアップしたに過ぎない。なのに、お爺ちゃんは単身はだか一貫いっかんコレ・・を……」

じつを得るならば行動あるのみじゃろう?」

 それはそうだけど、やっぱりスゴいなぁ……。

 わたし自身もだから・・・好奇心をいだいたものには実践するようにしているけれど、お爺ちゃんに比べたら、まだまだよね。

 惑星探査の実働だって、モモちゃんとリンちゃんに頼りきっているし。

「せやねぇ? 手先動かすのは効果的らしいやんねぇ?」

「ボケ防止で基地を造ったワケじゃないわ! 似非エセ関西弁娘!」

「だから、ちゃうねん! ウチ〝銀暦ぎんれきイァスナク弁〟やねん!」

 いいなぁ、上手い事キャラ立ちして……。

 人気が欲しかったら、こういうところ見倣みならわなきゃ!

 マリー、ガンバ!

「ウィリス・ハウゼン、質問がある。この基地は、あのため・・・・に?」

「そうじゃ」

「ふむ? 以前は存在しなかった」

「オマエさんを送り出した後じゃよ。あの時・・・は、基地建造も初期着手段階だったじゃ……土台さえ完成しとらんかったわぃ」

「成程、合点がいった」

 ……うん?

送り出した・・・・・?」

 織り込まれていた疑問を眼差まなざしに乗せて、小首コクンとクルちゃんを見つめる。

「何か?」

 無垢なクルコクンが返って来た。

 本家が返って来た。

「いえいえいえ! さらりと言っていたけど! クルちゃん、お爺ちゃんと関わっていたのッ?」

「そう。ただし、この基地が建造される以前まで。だから、先刻では初観測だった」

「初耳だよ!」

「介護してたねんな?」

似非エセ関西弁娘ーーーーッ!」

 モモちゃん、少し黙っていようか?

 お爺ちゃんが暴発する前に黙っていようか?

「だけど、お爺ちゃん? 何故、こんな基地を?」

「ワシは此処へ、とても重要な物・・・・を集めておるのじゃよ」

「重要な物?」

「オマエさん達も躍起に集めている代物シロモノ──つまり〈ネクラナミコン〉じゃ」

 うん?

 あれ?

 あれれ?

「ええぇぇぇ~~? じゃあ、お爺ちゃんは〈ネクラナミコン〉の事を知っていたの?」

「知っていたも何も、そもそも、この基地は次元宇宙に散在している〈ネクラナミコン〉を捜索回収する拠点として建造したのじゃ」

「あ、だから・・・? クルちゃんが〈ネクラナミコン〉を所有していたのは?」

「そう。アレがウィリス・ハウゼンの所有する〈最初の一枚〉であり、私は探索の足掛かりとして、それを授けられた。補足説明するならば〈ドフィオン〉もウィリス・ハウゼンから与えられた機体になる」

「そうなんだ……」

 此処に来て、一気に謎が氷解。

 それで〈イザーナ〉〈ミヴィーク〉と似ていたワケか……。

 どちら・・・も、お爺ちゃん製だものね。

「もしかして、わたし・・・に接触したのも?」

「それは偶然。けれど、遭遇者がウィリス・ハウゼンの孫娘と知った時には、運命の巡り合わせを感じた……さぷらいざっぷ」

 何なのかしら? それ?

 サムズアップのクルコクに言っているけど何なのかしら?

 さっきもくちにしていたけど?

 もしかして、わたしの知らないハウゼン語?

「お爺ちゃんとクルちゃんが、そこまで固執する〈ネクラナミコン〉──何なの?」

「ふむ? では、マリーよ? オマエはコレ・・と解釈しておる?」

「とりあえず〈アカシックレコード〉と説明されているけれど……」

「ふむ?」と、お爺ちゃんは意味深にクルちゃんをジロリ。「方便にしても安過ぎるな。そんな都合のいいオーパーツが存在するワケなかろう」

「え? でも?」

「コレは超エネルギーを極限圧縮する事によって造り出された〝超エネルギー結晶〟なんじゃよ」

「超エネルギーって……ちゃんと〈物質・・〉として存在してるけれど?」

「それがヤツ・・の恐るべきスゴさなのじゃ。高圧縮エネルギーが結晶として物質化する──さすがの創造力・・・と言ったところか」

 うん?

 ヤツ・・

 それって〝介在者がいる〟って事よね?

 その人・・・が作り出したって事かしら?

 だとしたら、スゴい天才……。

「お爺ちゃん? なの? その人って?」

ではない」

「……はい?」

「そやつの名は……いや、チト発声が難しいな……ダイレクトに思念での探り合いじゃったからのぅ……かなり強引に人語発声するならば〈クックトゥルー〉──我々われわれ〝人間〟の尺度で観念を把握するなら〈邪神〉とでも呼ぶべき強大無比な超常存在じゃ」

「邪……邪神ッ?」

 驚いた!

 ともすれば、わたしの科学者人生さえもくつがえしかねないトンデモ発言だった!

 だけど、証言者はお爺ちゃんだ。

 現実主義観点に懸けて、そこ・・に虚偽は無い──ボケけていない限りはだけど。

 ……あれ?

 っていうか、お爺ちゃん?

 さっき〈アカシックレコード〉を全面否定してなかったっけ?

 眉唾オカルトって一蹴いっしゅうしてなかったっけ?

 その舌の根も乾かない内から〈邪神〉って……大丈夫?

「テキサスのニワトリやねんな?」

「何でじゃ!」

 モモちゃん、とりあえず黙っておこうか?

「まぁ、厳密には〈精神生命体〉や〈高次生命体〉とか呼ばれている非物質生命体じゃがな」

「あんな? その〝ニワトリの真実〟って何?」

「ワシがきたいわ!」

さきモモカ、英語で『コケコッコー』と言ったワケではない」

「せやの?」

 モモちゃん、とりあえず黙っておこうか?

 一気いっきに緊迫感を根刮ねこそぎにするのやめようか?

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