マリーと惑星ウィズエル Fractal.4

 くして、わたしは〈惑星ウィズエル〉の沿岸に不時着したのでした。モモちゃんとクルちゃん共々。

 墜落・・にならなかったのは、その身を呈して〈イザーナ〉と〈ドフィオン〉が落下速度を減衰させてくれたから。

 とはいっても、墜落の圧を背負う形で抗ってくれたんだから、相当な負荷だったとは思う。

 イザーナなんか砂浜乗り上げに息を切らしているもの。

 ドフィオンは感情下手で分からないけれど。

『ゼェキュゥ……ゼェキュゥ……』

「よしよし、ありがとうねぇ? イザーナ?」

 グロッキーなペットを癒やすように、モモちゃんは鼻頭を撫でてあげていた。

 わたしの〈宇宙航行艇コスモクルーザー〉はと言えば……完全にオシャカ。

 そして〈イザーナ〉も〈ドフィオン〉も一人ひとり乗り。

 うん、これは困ったぞ?

 とりあえず景色を展望すると、見晴らしいっぱいに青が深呼吸している。

 目の前に広がる水平線。

 ザザーン……ザザーン……と潮騒のたわむれ。

 清々しいまでに済んだ空は、白綿を漂わせていやしをうたう。

 この場所自体は切り立った崖壁が囲う地形だったけれど、わたし達がいるのはサラサラ細やかな砂が敷き広がっている浜辺。

 背後へと振り向けば、シダ植物の雑木林が「おいでおいで」と鮮やかな緑を自己主張していた。

 うん、ちょっと南国リゾート気分 ♪

 おまけにキラキラと日射しが眩くも暑くはないから快適 ♪

『ヘキュゥ……ヘキュゥ……』

「よしよし、もう少し休もうねぇ?」

 まだ続けている。

 仲いいなぁ。

 こういうの見ると、造ってあげてよかった・・・・・・・・・・って思えるの……えへへ ♪

「モモちゃん、イザーナ好き?」

「うん ♪  ウチ、イザーナ大好きや ♪  仲よしやねん ♪ 」

『キュイ ♪  キューイ ♪ 』

 えへ ♪  何か嬉しいなぁ……こういうの。

「どのぐらい?」

「リンちゃんの次 ♪ 」

 うんうん ♪

 ……あれ?

「あの、モモちゃん? 一番は?」

「リンちゃん★」

「二番は?」

「イザーナ★」

 あれ? あれれ?

「ヒドイよ! モモちゃん!」

「何が?」

「わたしってば〈イザーナ〉の次なの? 宇宙航行艇コスモクルーザーよりも下なの?」

ちゃ……ちゃうねん! マリー!」

「ふえ~~ん! ヒドイヒドイヒドイ~!」

「三番目はクルちゃんやねんよ?」

 ……まさかの回答が返ってきちゃった。

さきモモカ、ありがとうございます」と、クルちゃんは深々頭を下げた御礼。

「いえいえ、とんでもあらへんです」と、モモちゃんは深々頭を下げた返礼。

 ……何コレ?

 当て付け?

 新しいイジメ?

 わたし、メッチャ侘しくなった。

「ふわ~~ん! ふわぁぁぁ~~~~ん!」

「はわわ! マリー、な……泣かんといてぇ!」

 わたしがイジけて泣きじゃくる最中、驚くべき事態が発生!

 突然、海面が隆起したわ!

 すぐさまパモカアプリで計測すれば、数キロメートル沖の地点!

 それはまとう海水を滝のように垂れ流しながら、みるみる育っていく!

 遠目からでも把握できるほどに大きい!

「な……何? まさか海底火山の噴火?」

「マリー・ハウゼン、その可能性は否めない」

「ぅわあー ♪ 」

「ワクワクしとるけど、ウチ、そんな調査イヤやねんからね?」

「う!」しれっと釘を刺された。「そ……そそそそうよね? 惑星不時着しておいて、調査とかも無いわよね?」

 うん、そうよ!

 いまはモモちゃん達との信頼関係を確立する方が大事!

 大事。

 大事……。

 大事────。

「あのね? モモちゃん?」

「何?」

「この惑星ウィズエルってね? 此処数十年〈プレートテクトニクス現象〉は起こってなかったの」

「その〈グレートテケテケ運動〉言うの、ウチ知らへんもん」

「ん~……簡単に言えば『地震の原理』かな? つまり大規模に動いた地盤が差し込みあって、陸地変動を起こす現象」

「ほんで?」

「この現象が〈プレートテクトニクス現象〉だとすれば、惑星ウィズエルのマントル層が近年活発化している証拠で、そうなれば今後は大陸地形が大胆に変形する可能性すらもあるの! もしかしたら目の前のコレは、奇跡的な瞬間かもしれないのよ? スゴイと思わない?」

「……せやから?」

「環境変動の至近観察は、別に調査禁止の範疇はんちゅうじゃないよね?」

「アカン!」

 がんと拒否されたわ。

 目の前に宝箱があるのに取り上げられた気分……シクシク。

 そうこうしている内に洗い流す怒濤どとうを脱ぎ捨てて、隆起の核が姿をあらわした!

 それは超巨大な二枚貝にまいがい

「スゴイスゴーイ★ おそらく全幅三〇〇メートルはあるわ!」

「マリー・ハウゼン、おそらくアレ・・は生物ではない」

「うん! あの貝殻が放つ光沢からして、おそらく〈コズミウム合金〉製ね!」

 あ、貝殻が開いた!

 内部から現れたのは、物々しい科学施設!

 中央に貝柱を彷彿させるがごとそびえるのは、多面方角視界のブリッジタワー!

 その他にも多機能型格納庫といい、四方に向けた数門のエネルギー機銃といい……基地とも要塞ともとれる超巨大な機械のとりで

「スゴイスゴイスゴーイ ♪  ね? ね? スゴいね? モモちゃん?」

「うん、まぁ……せやねぇ? 大きい貝やねぇ?」

 醒めてた。

 モモちゃん、醒めてた。

 よし、わたしがスゴさを実感させてあげよう!

「此処からでも解るわよ! アレ、傍目はためにもスゴい科学設備なの! ムー帝国とかも発見できそうなぐらい!」

「……それ、言うてええの?」

「よし! それじゃレッツ・ゴー★」

「アカン言うてるでしょ!」

 怒られた。

 モモちゃん、わたしのお母さん?

 そして、モモちゃんはおもむろにパモカを操作し始めた。

「モモちゃん? 何処かに通信するの?」

「……リンちゃん」

「えぇ~ッ?」

「マリー、いい子にせぇへんから言いつける! 叱ってもらう!」

 モモちゃん、やっぱりお母さん?

「イヤァ! リンちゃん、怒ると超怖いんだもん!」

「アカン!」

 プンスカプンと怒ったモモちゃんがパモカを耳に当てた時 だった。

 全員が視界の隅で状況変化を捉える。

 巨大二枚貝から、複数の飛行物体がコチラへ向かって来ていた。

「何や? アレ?」

「う~ん……何だろ? 遠目には黒い点にしか見えないから判別は難しいけど……」

「マリー・ハウゼン、パモカの望遠機能を推奨する」

「あ、そっか! うん、それ・・があった」

 クルちゃんに言われるままにディスプレイをのぞき込む。

「うん ♪  見える見える★」

「マリー・ハウゼン、数は?」

「六機。赤銅色の平たい金属盤が上下でくっついた形状で、挟まった部分には緑色に輝く光が幾何学ラインとして流動している。その中央にともる赤い光点は、おそらくカメラセンサーね。対比物が無いから大きさまでは特定できないけれど。形容するなら〈飛行円盤フライングソーサー〉……と言ってあげたいところだけど、色形から〈どら焼き〉を連想させるのよね」

「ふむ?」

 クルちゃんが分析の一考をふくむ間に、みるみる近付いて来る。

 結構、快適に早かった。

 そして〈どら焼き部隊〉は、わたし達の頭上で滞空制止。

 こうして間近に視認すれば、直径八〇センチメートルほどの円盤──成人男性の腰丈こしたけ程度の大きさね。

 赤い目が観察に見据えているのが直感で分かった。

「〈フライングどら焼き〉や! この子達〈フラ焼き〉や!」

 モモちゃん、混ぜちゃダメ。

 語呂はいいけど混ぜちゃダメ。

 知らない人が聞いたら〝新種の銘菓〟だと思っちゃうから。

「何なん? この子達?」

さきモモカ、コレは〈ドローン〉で間違いない」

 抑揚の欠落した電子音声が、無感情な宣告を下した。

『目標捕捉──任務遂行──タダチニ捕獲ヘト移行スル』

 底部中央がフタと開いて、先端に極太チューブがスルスルと伸び生える。ひも状なのにウネウネと動いている──って事は、中身はパイプ構造になっていて、複数のワイヤー筋で自在に動かせる人工触手か。その先っぽに付いているのは丸型のペンチハンド。

「何や? アレ! 変なんがビローン出てきた!」

「あ、モモちゃん? もしかして、ドローンだけにビローン?」

「言うてる場合、ちゃ~う!」

 怒られた。

 無数の触手は、わたし達へと迫り……。




 で、現在、わたし達は要塞貝の内部にいるのでした★

 ワクワク ♪

 前後を〈フラ焼き〉……じゃなくて〈円盤型ドローン〉に挟まれて、ベルトコンベアシステムの通路をウィーンと運ばれているのでした★

 ワクワク ♪

「ワクワクするトコちゃう!」

 怒られた。

「ウチら、連行・・されとんねん! 四方八方から手足掴まれて、強引に空中輸送されたねんよ!」

「ん~……確かに歓待・・って印象ではないかな?」

 三人揃って拘束されていた。

 延々と続く無表情なチタン壁が、抗菌ライトブルーのトンネルと流れ過ぎていく。

 わたし達は、ただ立っているだけで運ばれる。

 その周囲を浮遊につきまとうのは、警護に囲う〈どら焼きドローン〉達。

 と、ようやく運搬が終わった。

 強制的な案内に辿り着いたのは、左右開き仕様のオートドア。

 どうやら此処は特別っぽい。

 だって、これまで通過してきたオートドアよりも大きめだもの。

 こういう仕様の場合〈特別室〉と考えるのが定石セオリー

『博士、捕獲対象ヲ御連レシマシタ』

 ドローンの報告を合図に扉が開放されると、明るくも賑々にぎにぎしい室内がひらかれた。

 壁一面に据えられた超大型モニターにはディスプレイウィンドゥが分割投影され、施設内のあらゆる場所を監視カメラが映し出している。多々据え置きされた大型コンソールには、複数の入力にゅうりょくインターフェイスと数々の計器類。それらは諸々もろもろの多機能性を主張していて、この部屋が管制中枢をになう指令室だという事実を暗に示していた。

 これだけ大掛かりな管制設備にもかかわらず、室内に居るのは怪しい感じの御老体だけ。

 ボサボサの白髪は手入れの痕跡が無く、それどころか髪質が固いせいか逆立っていた。

 どうやら身だしなみには無頓着みたい。

 それはヨレヨレの白衣も物語っている。

 けわしい人相は豊かなひげと眉毛に飾られていて、深く潜んだ目つきは攻撃的に鋭い。特徴的な鷲鼻わしばな相俟あいまって猛禽類を想起させるお爺さんだった。

 年齢相応に背丈は小柄だけど肉体的に老いた印象にないのは、きっと結構しなやかな筋肉が付いているからね。

 にしても、何処かで見た気がする人なんだけどなぁ?

 何処だろう?

 誰だっけ?

「フッフッフッ……久しいな、マリーよ」

 貫禄めいてふくみ笑うお爺ちゃん。

 っていうか、あれ? あれれ?

 久しい・・・

 やっぱり・・・・だ!

「お爺ちゃん? 何処かで御会いしました?」

「何と! このワシを見ても、まだ分からんのか?」

「え……っと?」

「嘆かわしい! 誠に嘆かわしい! 実の祖父を忘れるとは!」

 うん?

「……え? え? ええぇぇぇ~~~~ッ?」

 さすがに驚愕の声が漏れたわ!

「っていう事は……え? まさか……ウィリスお爺ちゃん?」

「そうじゃ! ワシこそは〈銀暦きっての大天才〉こと〝ウィリス・ハウゼン〟じゃあぁぁぁ! ……って、うん?」

 孫娘の驚きを他所に、お爺ちゃんの注目はわたしの背後へ一転集中。

 その視線の先にいるのは……。

「さぷらいざっぷ」

 サムズアップのクルコクがボソリと呟いた。

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