マリーと惑星ウィズエル Fractal.7

「次元探索で最初に見つけた〈ネクラナミコン〉が、ソイツ・・・のでした! ……グスッ」

 ……正座させられた。

 正座に涙汲んで吐露し始めたわ、ドクロイガーちゃん。

「で? それ・・を奪おうと?」

「だって、初遭遇だもの! 初手柄だもの!」

「ポチッとな」

「ギャアアアアアーーーーッ!」

 正座した美脚に、大きな石板が乗せられる。

 マジックアームで運搬された石板が乗せられる。

 かれこれ四枚目。

 うん、コレ、江戸時代の自白拷問。

「ウィリス・ハウゼン? 私の事は説明していなかった?」

「うむ。その辺はしておらなんだ。よもや、この広大な次元宇宙で鉢合わせるとは思うておらんから、不必要と失念しておったのじゃ。双方で独自に探索展開した方が、効率が良いと見据えたワケじゃな」

「では、アナタにも落ち度がある。私にしても〈ドクロイガー〉は初見──遭遇した場合、双方〈敵〉と認識しても無理はない」

「だよねー★」

「ポチッとな」

「ギャアアアアアーーーーッ!」

 五枚目。

 要らない事を言うもんだから石板五枚目。

「そして? その、オマエの〈ネクラナミコン〉は奪われたというワケか!」

「ひいッ?」

 お爺ちゃん、パモカに指を添え始めた。

 六枚目の準備始めた。

 さすがに可哀想……というか、見ているコッチが痛いよ。

 う~ん、これは孫娘の倫理として看過できないか?

 画面えづら的にも問題あるし……。

「ちょ……ちょっと待って! お爺ちゃん! その件なら問題ないから! 結果として、わたし達・・・・に回っているから!」

「ウィリス・ハウゼン、マリー・ハウゼンの言う通り。確かに〈ニョロロトテップ〉に奪われそうにはなったけれど、最終的には我々われわれが奪取している。結果として〈ネクラナミコン〉の回収状況は大きく進展した」

「む……ぅ」

 渋々と指を下げる。

 何で不服そうなのかしら?

 もしかして、単に折檻せっかんしたかっただけ?

「ほんでもな? ずっと『ワシは総ての〈ネクラナミコン〉を集めて〈宇宙の帝王〉になる!』言うてるよ? それは何で?」

「よ……余計な事を言うな! イルカむす──」

「フッ……フッフッフッ……なぁ~にぃ?」

「──やっちまったなァァァーーーーッ?」

 モモちゃん? ホントに「やっちまったなァ」よ?

 キョトンと「???」ってヌケてる場合じゃないから。

 せっかくなだめたのに、ユラ~リと狂喜的な邪笑を浮かべているじゃない。

 っていうか、やっぱり単に美少女に折檻せっかんを楽しみたいだけじゃないかしら?

 お爺ちゃん?

「確かに、さっき・・・そんな事を口走くちばしっておったなぁ? んん?」

「あわわわわ! ついうっかりと、いつものノリで……口癖くちぐせになってたか!」

「ポチッとな」

「ギャアアアアアーーーーッ! ワシのバカーーーーッ!」

 九枚目。

 特別サービスで三枚追加。

 孫娘マリー、引いてます……。

「さて、説明してもらおうか? ドクロイガー?」

「ぅ……ぅぅ……だ……だって、果てなき宇宙探索の旅に送り出されて……友はおろ乗組員クルーさえいないひとり旅……孤独でつらくてむなしくて……」

 ああ、そうか。

 なまじっか〝人格〟を与えちゃったものね。

 これが単なる〈プログラム〉なら、不平不満も虚無感も覚えなかっただろうけど……。

 そう考えると、わたし達〈科学者〉の在り方にも一石いっせきを投じる問題よね。

「フン! だから・・・、本体に〈髑髏ドクロ〉の意匠を据えてやったじゃろうが! 一際ひときわ目立つように!」

「要らないよッ?」

「ソイツをひけらかせば、否応なくオマエは目立つ! 好奇対象として行く先々で人気者ウハウハじゃ!」

「最初に見るなり、みんな逃げたよッッ?」

「ちなみに、アレ・・は絶対に外せん!」

「それ、もう〈呪い〉だよッッッ?」

 お爺ちゃん、発想が……。

「そんな折、ワシはこんなのを見つけましたとさ……」

 そう言ってパモカヘシェア転送されたのは、電子漫画のデータ。

 あ、これってユニバース大ヒットの冒険漫画『ニャンピース』だわ。

 熱血少年主人公が伝説のオーパーツ〈ニャンピース〉を求めて、仲間達と大宇宙を航海するスペースオペラ──漫画に明るくないわたしでも知っている。

 そして、ドクロイガーが示したページでは、主人公がこう叫んでいた──「宇宙の王者にオレはなる!」

 うん? まさか?

「宇宙の帝王にワシはなる!」

「ポチッとな」

「ギャアアアアァァァーーーーッ!」

 漫画の悪影響だった!

 てっきり『宇宙征服の野望』かと思ったら、まさかの中二病だった!

「ぅぅ……グスッ……だって、こうでもしないと仲間が集まらない……そうしたら、ずっと友達が出来ない……グスッ」

「しても出来ない」

 クルちゃん! それ指摘しちゃダメ!

「何や? ドクちゃん、友達欲しかったん?」

「悪いか! イルカ娘! ってか〝ドクちゃん〟って何だ!」

「〈ドクロイガー〉やから〝ドクちゃん〟やねんよ?」

「自然体で距離を詰めるな!」

「せやけど、叶って良かったねぇ?」

「な……何?」

「ウチ、友達やん?」

「……え?」

 ホワホワとした笑顔を染めるモモちゃん。

 相変わらず読めないなぁ……。

 純朴過ぎて……。

「リンちゃんもクルちゃんも友達やねんよ?」

さきモモカ、私も天条リンも承諾していない。だけど──」クルちゃんは異義を示しながらも、思慮をはらんだ眼差まなざしで戸惑う美少女を見据える。「──彼女次第では〝友達〟と認識してもいい」

 彼女達のまっすぐな想いに当てられたドクちゃんは、頬染めに視線をプイッとらして──。

「フ……フン! べ……別に嬉しくない事なんかないんだからね!」

 嬉しいんだ?

「で……でも、どうしても友達になってほしいから、友達になってもらうだけなんだから!」

 なってほしいのね?

「い……言っておくけど、べべべ別にアンタ達のために友達になってもらうんじゃないんだからね! ワシのためなんだから!」

 うん、そうだと思う。

 っていうか、そのツンデレ口調くちょう、活用間違ってないかしら?

「ポチッとな」

「ギャアアアアァァァーーーーッ!」

 お爺ちゃん、折檻せっかん再開したーーッ!

 何故か唐突に「ポチッとな」したーーッ!

 正座の床がギザギザ型仕様と化して、美脚が拷問サンドウィッチ状態になったーーッ!

 何でッ?

「よかったのぅ? ドクロイガー?」

「ゥゥゥ……し……死ぬ……死んでしまう……」

 虫の息。

 意味不明なイジメに虫の息。

 と、またまた唐突に赤灯の喧騒がとどろいた!

 新たな来訪者を告げる非常事態警報レッドアラートが! 

「まったく……今日は何じゃ? 次から次へと?」

 愚痴ったお爺ちゃんは、眼前へ向けてパモカをピッ。

 空調のリモコンみたいにパモカをピッ。

 すると、わたし達のそばに大きな光の板が出現した。アパートの玄関扉並のヤツ。

 つまり〈仮想ヴァーチャル電子ディスプレイ〉ね。

 みんなには『ツェレークの航路決定シーン』で、おなじみかな?

 うん、アレ・・

 即興的だから解像度は落ちるけど、その分、至近の大画面だから、その場の全員で閲覧共有可能なのが利点。

 映し出されているのは、再びコバルトブルーの大海原。

 上空から落下して来た警戒対象は、大きな高潮たかしおを噴き上げて海中へと墜落する!

 そのまま水没──って「うん?」

「どないしてん? マリー?」

「いえ……いまの何処かで見たような気が?」

「隕石ちゃうの?」

「う~ん? 隕石……ではないかな? 高速落下の一瞬いっしゅんだったから〝黒い影〟にしか見えなかったけれど、不鮮明ながらに見覚えもあったのよね。もっと別な……こう……何だっけ?」

 記憶を手繰たぐっていた数秒後、その正体が海面へと顔を出した!

 負けん気任せに吠える巨大美少女が!

「ップハァ! こ……ンの! このアタシを叩き落とすとは、いい度胸してんじゃないのよ!」

「リンちゃんや!」

「成程。確かにGリンが宇宙圏で交戦していたのを忘れていた」

「ああ、道理で肌感覚に見覚えが生じたワケね」

「言うてる場合やあらへん!」

 Gリンちゃんが睨み据える先には、上空で浮遊待機する〈サメ宇宙航行艇コスモクルーザー〉──その鼻頭へと立ちさげすむ謎の美少女!

 確か〝ニョロロトテップ〟とか名乗っていた子よね?

 モモちゃん達の報告に書かれていた……。

「天条リン、しつこい女だ」

「アタシを〝重い女〟みたいに言うな! 腹立つ! だいたいアンタ! その〈サメ宇宙航行艇コスモクルーザー〉は、どうした!」

「これまでの勝敗──この私が、オマエ達のような下等存在に敗北を喫するなど〈確定未来軸ラプラス・コンプレックス〉に有り得ぬ流れであった。その敗因を鑑みた結果、オマエ達に在って・・・、私には無い・・要素に気がついた。ゆえに、私も所有した──それだけの事」

 それはいいけど、どうやって造ったんだろう? あの子?

 素人が思い立って造れる代物シロモノじゃないけどなぁ?

 仮に設計技能に秀でていても、それ・・を建造できる財力は必要となる。

 逆に財力が有り余っていても、それ・・を設計できる頭脳が無ければガラクタの増産。

 しかも、わたし達の〈宇宙航行艇コスモクルーザー〉と同コンセプトのヤツ──つまりは〈超宇宙航行艇スーパークルーザー〉なんだから、一見いっけんに分析看破できるほど安く・・はない。

 少なくとも基礎設計者であるウィリスお爺ちゃんか、その頭脳を受け継いだわたし・・・でしか把握できないブラックボックス。

 銀邦ぎんぽう政府ですら構造を掌握しきれないっていうのに?

 ふ~む? 不思議……。

「ハンッ! それ・・が〈ミヴィーク〉や〈イザーナ〉と同じ〈超宇宙航行艇スーパークルーザー〉って?」

「これもまた、かつてオマエが示唆していた〈可能性〉とやらだ」

「バカかアンタ! 負けるとすぐさま〝少女の容姿〟を得て……今度は〈超宇宙航行艇スーパークルーザー〉を所有して……アンタがやってるのは〝友達のオモチャをうらやんで『ママ~! 買って買ってぇ~!』言ってる駄々っ子〟と同じだッつーの!」

「条件さえ対等であれば、オマエごときに敗北する道理は無い」

「あんだと!」

 プチッと沸点キレる音が聞こえた……かと思えた。幻聴で。

 そして、Gリンちゃんはヘリウムブースターで上空浮上。

「このアタシに勝てると思ってんじゃないわよ! 百億光年早いわ! アタシは〝リン〟! 〝天条リン〟なんだからね!」

「相変わらずの根拠無きおごり、コレ・・を見ても貫けるか?」

「何だ! コレ・・って!」

ギャラクシーフォルム……メタモルアップ!」

「はぁぁーーッ?」「何やてッ?」「ふむ?」「ふわぁ? 驚いたぁ……」

 高々と垂直飛行するサメ宇宙航行艇コスモクルーザー

 白雲漂う青々とした大空に、プリズム光彩の大きな輪が多数発生した!

 間違いなく〈オルゴネーションリング〉だわ!

 それらが連なるリングトンネルを潜ると、ニョロロトテップの肢体はみるみる巨大化!

 空中分解した〈サメ宇宙航行艇コスモクルーザー〉がプロテクターとして装着されていく!

 寸分違わず同じプロセス!

 そして、変身・・は完了した!

「……決着をつける」

「こンの……上等じゃない!」

 持ち前の勝ち気を睨み向けるGリンちゃん!

 けれども、その歯噛みには焦燥が汲み取れた。

 信じ難いを目の前にして、わたしは考察を巡らせる。

「不思議だわ……何故かしら?」

「せや! 何で、ニョロちゃんまで〈Gフォルム〉に──」

サメって超音波発生させないけどなぁ?」

「──って、そこ・・は、どうでもええねーーん!」

 怒られた。

 当然の疑問をくちにしただけなのに怒られた。

 生物学準拠なら重要な謎なのに……グスン。

「マリー! ウチ、イザーナと行って来る!」

「リンちゃんの応援?」

さきモモカ、私も同行する」

「う~ん、確かに三人揃えば逆転劇もあるかもね」

「それもある! せやけど、何より止めなアカン!」

「え? この戦いを?」

「せや! こんなんアカン!」

 珍しく息巻いていた。

 うん、この子にしては珍しい。

 普段はフワフワホワホワの穏やかさなのに。

「ワシも行くーー★」

「ポチッとな」

「ギャアアアアアァァァーーーーーーッ!」

 乗っかれなかった。

 ドクちゃん、乗っかれなかった。

 便乗して逃げようとしたけれど、お爺ちゃんの加虐心は乗車拒否に許さなかった。

 モモちゃんは彼女なりの一顧いっこを刻むと、テクテクとウィリスお爺ちゃんの前へと歩み寄る。

この子・・・をヨロしゅう頼んます」

 頭下げられたッ!

 託児所に預けるみたいに、わたし・・・の事を御願いされたッ!

「ウチが帰ってくるまで、いい子にしとるんよ?」

 釘刺されたッ!

 子供預けて仕事へ出るお母さんみたいにッ!




 モモちゃんは出撃した。

 イザーナを呼び寄せて、すぐさま〈ギャラクシーフォルム・メタモルアップ〉した。

 クルちゃんも〈ドフィオン〉で一緒に出撃。

 取り残されたわたしは、とりあえず〈仮想ヴァーチャル電子ディスプレイ〉で戦況を見守る事にした。

 お爺ちゃんのかたわらでは、ドクちゃんの折檻せっかん継続中。

 カフェオレを友に眺めれば、映し出されるのは教え子達の激戦奮闘。

「巨大化か」関心薄い態度で珈琲をすするお爺ちゃん。「確か〈ギャラクシーフォルム〉とか言うておったが……おそらく〈OTF〉じゃな。宇宙量子コスモマター〈オルゴン〉を分子レベルで吸収融合し、質量変換した──といった感じかのぅ?」

「お爺ちゃん、よく解ったね? 初めて見たのに?」

「まぁな。つまりは『質量保存の法則』を強引にねじまげげたというワケさな」クッキーをポリポリしながら、取り立てた興味は無さそうに〈G少女〉達の攻防を眺める。「オマエ・・・か? マリー?」

「うん、わたしの独学理論の応用。だけど基礎的には、お爺ちゃんが〈イザーナ〉と〈ミヴィーク〉の設計図に残してくれた〈小型ハドロン衝突型加速器〉の高出力と〈光量子コンバーター〉のエネルギー転換システム理論を併用したのよ? 宇宙規模適正尺度を考慮すれば、巨体の方が利便性が高いから。惑星探索にしても、不測事態の対応にしても」

それだけ・・・・か?」

「え?」

「単にその理由・・・・だけならば〝人間を巨大化させる必要〟も無かろう。ワシの〈ドクロイガー〉のような巨大ロボットでも造れば充分じゃ」

「それな!」

「ポチっとな」

「ギャアアアアアァァァ!」

 ドクちゃん……『キジも鳴かずば射たれまい』って知ってる?

 でも、正直驚いた。

 お爺ちゃんが超科学知識に精通しているのは知っている。

 だけど、まさか、こんな観察眼まで卓越していたなんて。

「例えば……例えばじゃ。主体・・と思っていたものが副次的付随の場合もある。つまり〝巨大化〟ではなく別目的を主体として、結果ながらに〝巨大化〟が付いてきた──といったケースなどな」

「ぅぅ……」

 鋭い値踏みが刺さる。

 痛いよぅ。

「何よりも、そんなシステムを成立させとるという事は……あの子達・・・・は、アレ・・という事じゃろうて」

「ち……違うの! そう・・だけど、わたしはあの子達を実験台にしたワケじゃなくて!」

 琴線を掻き乱されて、わたしはガタンと席を立っていた!

 分かっている!

 覚悟していた!

 だけど、痛い……心が!

 あの子達を想えば!

 お爺ちゃんは、わたしの興奮をしばし観察した後──「ま、オマエの事だ。悪用目的ではあるまいよ」──わざとらしく弛緩しかんしたテンションにまとめる。

かないの?」

「聞かせたいのか?」

 わたしは淡い苦笑に首を振る。

 同時に、染み入って来ていた……不器用な愛情が。

「ああ、じゃが、ひとつだけ・・・・・──オマエ・・・にとって、あの子達・・・・は何じゃ?」

「え?」

 予想外の質問だった。

 まさか此処に来て『科学論』じゃなく『対象のレゾンデートルを分析反映させたアイデンティティーの再認識考察』とは。

 到底〈科学者おじいちゃん〉らしくない。

 それは『哲学』だ。

 ……ううん、違うな。

 そんなの・・・・じゃない。

 だから、わたしは微笑ほほえんでいた。

 心にそよぐ爽風のままに。

家族・・だよ」

「家族?」

「そう……わたしの大切な家族・・

「ふむ?」

 お爺ちゃんはそれ以上追求せずに、浸る苦味に軽く口角こうかくを上げる。

 空気の仕切り直しにカフェオレを一口ひとくち含めば、両手に包む温もりが癒しに満たしてくれた。


 モモちゃん達は、今日も精一杯頑張ってくれている。

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