ウチと惑星テネンス Fractal.4

「ぎゃん!」

 大広間へ投げ放り込まれて、ウチは無様にヘッドスライディング!

 蜂さん達の基地や。

 大きな山があって、そこの岸壁に吊るされる形できずかれとった。

 蜂の巣の巨大版や。

 ウチは改めて室内を見渡した。

 内壁の素材は分からんけど、くすんだ茶色がミルフィーユみたいに濃淡の層を描いとる。おそらく〝樹皮〟や。それを積み重ねたものやろね。

 微かに甘い香りが、ウチの鼻腔をくすぐった。

 部屋の奥には蜜蝋を固めたような太い支柱が数本立っとって、大きな花弁質のヴェールが結界のように張っとる。

 その内側に据えられとるんは、器用に枝を絡め作った装飾過多な椅子。

 座っとるんは、豪華な風貌の蜂女さん。

 他の蜂さんとは若干異なる。

 女性の口元くちもとは同じやけど、他の蜂さんよりも少しゴージャスな外殻やった。柄も凝ってる上に、色彩の所々に金や銀も混じっとる。大きさも一回り大きい感じや。

 周囲の蜂さん達はビシッと規律めいて直立不動。

 たぶん〝偉い人〟やねんね?

「おそらく〈女王蜂・・・〉ってトコか……」

「天条リン、その推測は正しい。アレは〈クィーン・アルワスプ〉──彼等にとって唯一無二の統治者」

「見りゃ判るッつーの。こんだけ〈蜂〉を模倣トレースしたような連中ならね」

「……理解していない者もいる」

「はぁ? んなバカいるワケ──って、モモッ?」

「こんちは ♪ 」

 ウチ、女王様の前までテクテク進んで、ニッコリ笑顔で挨拶したった ♪

「何だ? 貴様は?」

「あんな? ウチ〝さきモモカ〟言うねんよ?」

「その〝さきモモカ〟とやらが何用だ」

「ウチ〝根暗な巫女さん〟探しとんねん。知らへん?」

「知らぬ」

「せやの?」

「知らぬ」

「…………」

「…………」

「あんな?」

「何だ?」

「此処、さっきから甘い匂いするねぇ? 何で?」

「それは、この宮殿が〈アムリの樹〉を基礎素材としているからだ」

「此処、宮殿やの?」

「そうだ」

「ふぇぇ……スゴいねぇ?」

「………………」

「………………」

「あんな?」

「何だ?」

「さっきの〈アムリの樹〉って何?」

「我等〈アルワスプ〉の主食にして、諸々の建築資材だ」

「木ィ食べとるん?」

「樹皮ではない。蜜だ」

「おいしい?」

「美味だ」

「ウチ、食べてみたい ♪ 」

「嬉々と何を言っている? 貴様は?」

「アカンの?」

「己をわきまえろ」

「自分を? あ! せやから、ウチ〝さきモモカ〟言うねんよ? 覚えて?」

「……先刻聞いた」

「……………………」

「……………………」

「ほな、バイバ~イ★」

「うむ、バイ……バイ?」

「リンちゃ~ん、食べてみたいねぇ?」

「質量倍ィィィーーーーッ!」

「ぎゃん!」

 叩かれたよ?

 トテテテってリンちゃんのトコへ駆け寄ったら、大きめのパモカハリセンで叩かれたよ?

 けたたましい破裂音に、居合わせた蜂さん達がビクゥと色めきはった。

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

「……今回は、もうツッコまないかんね」

 イヤや! 放置はイヤや!

「久しいな、アルゴネア・リィズ・コーデス」

 静かな威圧感でアリコちゃんに注視を傾ける女王蜂さん。

「……ハーチェス・エルダナ・フォン・アルワスプ・ビースウォームⅣ世!」

 キッと睨み返すアリコちゃん。

 長い名前やんね?

 あ、せや!

「ほんなら〝ハッちゃん〟でええ?」

「……ならぬ」

 小首コクンと提案したら、無下に却下されたわ。

「皆の者、下がれ。われは、この者達と直接に話がしたい」

「なりません! ハーチェス様! その身にまんいちの事があっては!」

「案ずるでない。われは〝ハーチェス・エルダナ・フォフォン・アルラワススプ・ビーソームⅣ世〟──」

 噛んだねぇ?

 噛み倒したねぇ?

「──実力にて〈アルワスプ〉の頂点に君臨する者だ。飾り物ではない」

「し……しかし!」

「くどい! われこそは〝ハーチェス〟なるぞ!」

 略したねぇ?

 噛むのを回避するために略しはったねぇ?

 凛然とした威風を当てられた配下達は、渋々と一斉に退室していきはる。

 軋む大扉が重い閉鎖音を鳴いた。

 静寂──。

 緊迫した空気が、室内を緩やかに撹拌かくはんする。

「さて……」

 女王蜂は玉座から立つと、悠々とウチらに歩んで来た!

 どうやらターゲットは──アリコちゃんや!

 何やら因縁があるのやろね。

 さっきの一幕を見るに……。

 明らかな焦燥しょうそう美貌びぼうはらみ、アリコちゃんは少し後退あとずさった。

「クゥ! ハーチェス・エルダナ・フォン・アルワス・ビースウォームⅣ世!」

 軽く噛んだよ?

 女王はを止めへん。

 そして、アリコちゃんの眼前で立ち止まった!

「フッフッフッ……アルゴネア・リィズ・コーデス、会いたかった……実に会いたかったぞ? この瞬間を、どれほど待ち侘びた事か」

「私は会いたくなどありませんでした!」

「さて、どうしてくれようか……クックックッ」

「ち……近付くな! いや……いやあぁぁぁーーーーッ!」

 アリコちゃんの悲鳴が木霊した!

 抱き締められて、頬擦りスリスリされたから!

 うん、スリスリや!

 美少女抱き枕みたいにスリスリハグや!

「あぁん ♪  もうアルってば、会いたかった会いたかった会いたかった~ん ♡ 」

「やめ……うひゃう! やめろ! 放せ! うひゃああ!」

「うふふ ♡  うふふ ♡  うふふふふ ♡  アルゥ~ン ♡ 」

 悲鳴と恍惚が入り交じっとる。

 コレ〝地獄絵図〟でええのん?

「……何だッつーの? この光景?」

 リンちゃんが醒めながらに困惑。

「コ……コイツは……うひぃ! 私の幼馴染みで……ひぃぃ! 昔から……ふひゃあ! こういう性格なのだはりぁ! だ……だから、私は会いたくな……イヤァ!」

「ふ~ん?」

「平然と見てないで助けて下さい!」

「ま、頑張れや ♪ 」

「そんな爽やか笑顔で見捨てないで!」

「アルアルアルゥ~ン ♡ 」

「やめひゃはりやあへりひぃーーっ!」

 何語? アリコちゃん? ハウゼン語?

「ったく、何かと思えば……アホらしくて付き合ってられるかッつーの」

「……あんな? リンちゃん?」

「は? 何よ?」

「撫で撫でして?」

「はぁ?」

「ウチも撫で撫でしてもらいたなった!」

「触発されんなッつーの! この甘えん坊!」

「ふぐぅ……イヤや! ウチ、リンちゃんに撫で撫でしてほしいの!」

 ウチ、涙目で駄々コネた。

 それを見たリンちゃんは「……ったく」と、眉間を押さえて嘆息たんそくや。

 ほんでもな?

「ほれ、いいこいいこ……コレでいい?」

 頭、撫で撫でしてくれた ♪

「えへへ ♪  もっと ♪ 」

「はぁ? ったく、面倒なの触発してくれたわね……。ほれ、いいこいいこいいこいいこ!」

「えへへ~ ♪ 」

 撫で撫で撫で撫で──。

「アルアルアルゥ~ン ♡ 」

「イヤァァァーーッ?」

 スリスリスリスリ──。

「いいこいいこいいこいいこいいこ!」

「えへへへへ~ ♪ 」

「アルアルアルアルアルゥ~ン ♡ 」

「うひゃらはぁーーッ?」

 撫で撫で撫で撫でスリスリスリスリ──。

「……カオス?」

 クルちゃんが無感情にまとめはった。




 玉座の背後を抜けると、開放的なテラスがあった。

 そこでテーブルを囲って、ウチらは建設的会合や。

 少なくともハッちゃんが〝悪い人〟やないって判ったし。

 真ん中へ出されたお茶うけは、ハッちゃんからのアムリクッキーやった。

 鼻先に持ってくるといい香りすんねん。

 口に入れると優しい甘さが広がんねん。

「ふひゃう ♪ 」

 ウチ、味覚でとろけそうなった!

「至福や ♪  天国や ♪  あの世逝きや ♪  殺人兵器や ♪ 」

さきモモカ、その比喩ひゆは誉め言葉に適さない」

 クルちゃんから淡白に指摘されたわ。

「へぇ? コレが〈アムリの蜜〉の味?」

 リンちゃんは物珍しそうに観察しながらも、冷静に受け止めていた。

「クッキーに練り込んでいるから純度は多少落ちるがな」と、ハッちゃんは微かに誇らしげ。

 せやね、地産が褒められるんは嬉しいもんや。

「もっと蜂蜜っぽいのかと思ったけど、この後引く濃厚つクリアでまったりとしたとろみ感からすると原液は水飴っぽいのかしら? でも、ほのかに柑橘的な香りもするのよね……レモンティー的な? 味には反映されていないけど……あ、でも、クエン酸が成分に入ってるのは間違いないわね」

 リンちゃん凄いねぇ?

 何で短時間で、そこまで分析できるん?

 御先祖様に〝神舌の新聞記者〟でもいたん?

 けど、ウチはおいしければええねん。

 素直に「おいしい」で、ええやん?

 食べ物は『おいしい』か『おいしくない』か『ふつう』やよ?

 星何個とかも意味不明やかららへんねん。

 評価サイトとかもらへんねん。

 自分が『好き』なら、それでええねん。

 ウチとリンちゃんがアムリクッキーを堪能しているかたわらで、アリコちゃんはクルちゃんからの説明を受けとった。

「では〝根暗な巫女〟ではなく〈ネクラナミコン〉だったのですか?」

「そう」と、クルコクや。

「せやから、そう言ってたやん?」

「……いえ、言ってませんけど」

 言うてたよ?

「そう言えば〈ドクロイガー〉が、そのような事を口走くちばしっていたような? あの時は半月刀を振り回しながら『根暗な子いねがー!』と聞こえたので、何処の方言かと思いましたが……」

 ……〈宇宙の帝王〉諦めて〝ナマハゲ〟に転職したん?

「そもそも、その〈ネクラナミコン〉とは如何いかなる物なのだ?」

 軽い興味にくちを挟むハッちゃん。

「コレ」と、クルちゃんは卓上へ現物を置いた。

「この石板が〈ネクラナミコン〉ですか」

「フム? やはり知らぬな? して、この〈ネクラナミコン〉とやらはなのだ?」

「コミュ障の話し相手」

「サイン入りの明石焼きやねん」

「違う」

 リンちゃんとウチの見解を、クルちゃんが淡々とバッサリ全面否定。

「コレは、ある種の〈アカシックレコード〉──つまり〝宇宙の真理そのものを内在させた記録媒体〟になる」

「はぁ……とんでもない代物ですね」

 軽く驚嘆を浮かべながらも、アリコちゃんはピンと来とらん感じやった。

 そりゃそうやんな?

 ウチかてピンと来てないもん。

「ふむ? そなた達は、コレを集めている……と? して、集めると、どうなるのだ?」

「クラゲ漁解禁」

「毎日、抹茶パフェやねん」

「違う」

 クルちゃん、またもバッサリ全面否定しはった。

「この〈ネクラナミコン〉を集めた者は、神の如きちからを得ると云われている」

「か……神の如き……ですか?」

「とてつもない物であるな!」

 今度は二人揃って素直な驚嘆や。

 やっぱりドエラいモンやのん?

「だからこそ、よこしまな者へ渡してはならない……。知らない?」と、クルコクン。

「スミマセン、生憎あいにく……」

「うむ、我も初見だ」

 二人の反応を承けたクルちゃんは、口元へ手を当てて「ふむ?」と軽い一顧いっこを刻む。

「これだけ散策して片鱗も反応も無く、有力情報も無いとなると……」

「そりゃ惑星全体の中から〝特定の石コロ〟なんて見つけられないでしょーよ」

 皮肉気味に肩を竦めるリンちゃん。

 軽く投げ遣りや。

「事情は解りました」と、アリコちゃんが決意めいて頷く。「そういう事でしたら、この〝アルゴネア・リィズ・コーデス〟──協力致します!」

「ふむ? アルが乗り気であるというなら、我も助力しようではないか」

「有り難う、アルゴネア・リィズ・コーデス。そして、ハッちゃん」

「……ハッちゃん言うな」

 と、不意にウチは引っ掛かっていた事を思い出した。

「あ、せや! あんな? アリコちゃん? ウチ、ちょっときたい事あんねんよ?」

「何です? モモカさん?」

「アリコちゃんとハッちゃんは、何でケンカしとるん?」

「え?」

「さっき言うとったやん? 会いたくなかった……って?」

「……それは」

「もー ♪  アルってばツンデレなんだからぁ♡ 」

「違います」

 モジモジ嬉しそうに照れるハッちゃんを、間髪入れずに冷蔑否定。

 そして、アリコちゃんは、真剣味をはらうれいにこぼし始めた。

「話せば、少々長くなるんですが……」

「ほんなら、ええわ ♪ 」

「うん、アタシも別に興味ない」

「聞いてくれませんッッッ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る