ウチと惑星テネンス Fractal.3

「こんちは ♪ 」

「え? な……何です?」

「こんちは ♪ 」

「あ、はい……こんにちは」

 改めて間近に見れば、やっぱり結構な美人さんやった。

 スラッと目鼻が通った顔立ちに、穏やかそうな眼差まなざし。

 微々となびく銀髪はサラリと長くて、朝陽の射光みたいや。

 ウチ、ほわっと笑顔で話し掛けてみた。

「あんな? ウチ〝さきモモカ〟言うねんよ?」

「え? あ、はい……」

「ほんでな? 根暗な巫女さん、知らへん?」

「え?」

「ウチ、捜してんねん」

「いえ、そういう知り合いはいませんけど……」

「そうなんや?」

「はい」

 ウチはニコニコと笑顔を向ける。

「…………」

 あちらさん、黙って見つめ返しとった。

「…………」

 ニコニコ ♪

「街どこ?」

「え?」

「ウチ、街へ行きたいねん」

「えっと……ゴメンなさい。私も、この辺りは知りません」

「せやの?」

「はい」

「………………」

「………………」

 ニコニコ ♪

「此処どこ?」

「え?」

「せやから、此処どの辺?」

「ですから、私も初めての場所なので知りません」

「せやの?」

「はい」

「……………………」

「……………………」

 ニコニコ ♪  ニコニコ ♪

「何歳?」

「え?」

「せやから、何歳?」

「え……っと、十八歳ですけど?」

「ふぇぇ? そないに変わらん年齢としなん? 大人っぽいねぇ?」

「そう……ですか」

「うん ♪  ウチ、十六歳 ♪ 」

「はぁ……」

「…………………………」

「…………………………」

 ニコニコ ♪  ニコニコ ♪

「アリさん?」

「え?」

「せやから、その鎧〈アリさん〉がモデルなん?」

「ゴメンなさい、さっきから何を言ってるか解らないんですけど?」

「何で?」

「いや、小首コクンと『何で?』って……あの、とりあえず、その無垢顔やめて下さい」

「………………………………」

「………………………………」

 ニコニコ ♪  ニコニコ ♪  ニコニコ ♪

「ほな、バイバ~イ★」

「え? あ、はい、バイバイ……」

「リンちゃ~ん、知らへんって~ ♪ 」

も当然とばかりに報告するなァァァーーーーッ!」

「ぎゃん!」

 叩かれたよ?

 トテテテってリンちゃんのトコへ駆け寄ったら、いきなりパモカハリセンで後頭部叩かれたよ?

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

潤々うるうるしながら『痛いよ?』じゃないッつーの! この脳味噌白雲娘! ったく、目を放した隙に勝手な別展開を進行させんな! アタシが気付かなかったら、何の事かサッパリ分からなかったところじゃない!」

「あんな? あんな? ウチ、訊いてみてん。そしたらな? あの人、知らへんって。ほんでな?」

「……いや、必死になって説明しないでいいから。親に言い訳する子供か」

「ちゃちゃちゃちゃうよ? 言い訳、ちゃうよ? ウチな? ウチな? リンちゃん手伝おう思うて──」

「はぁぁ~~~~……」

 リンちゃん、何や深い嘆息たんそくを吐いとった。

「で? 誰よ?」

「知らへんよ?」

「……友達作りの天才か、アンタ」

「あの? ちょっと、スミマセン」

 背後から呼び掛けられて、ウチらは注視を向けた。

 さっきの虫娘むしっこさんや。

 怖ず怖ずとウチらへ近付いて来はった。

貴女あなたたち、何者です?」

「ウチ〝さきモモカ〟言うねんよ?」

「いえ、それは先程聞きました……」

「その前に! 他人ひとへ質問するなら、まず自分の名前から名乗りなさいよ!」

 リンちゃん、強気や。

 初対面なのに強気や。

「あ、スミマセン……私は〝アルゴネア・リィズ・コーデス〟という者です」

 それを受けたリンちゃんは、ロングポニーをフワサァとき流して絶対無敵な自尊を誇示。

「耳の穴かっぽじって、よ~く聞きなさい! アタシは〝リン〟! 銀暦ぎんれき有数の大企業〈星河ほしかわコンツェルン〉の娘〝天条リン〟よ! 不可能なんて無いんだから!」

「……はぁ」

 虫娘むしっこさん、どう対応していいか分からへんといった感じや。

 そりゃそうやんな?

 初対面で、いきなりこんな自己紹介を聞かされても困るだけやんな?

 せや!

 ウチ、アダ名を付けたげよう!

 アダ名付けたら距離縮まるよ?

 すぐに仲良うなれるよ?

「ほんなら、略して〝アリコちゃん〟や ♪ 」

「アアアアリコちゃん?」

「……黙ってろッつーの。脳味噌フレンドパーク娘」

 リンちゃん、あんまりや。

「で? その〝アリコさん〟が、初対面のアタシらに何の用だッつーのよ?」

「アリコじゃありません!」憤りに抗議したあと、深い溜め息に気持ち切り替えるアリコちゃん。「あの……この人を見ませんでした?」

 そう言ってパモカを取り出すと、立体映像ホログラフィを投影する。

 カードの上に立体化したミニチュアフィギュアを見るなり、リンちゃんは閉口へいこうにフリーズした。

 いかついロボットの胸に大きな骸骨の意匠と、野牛のような角を生やしたスカルヘッド──ドクロさんやった。

「〈ドクロイガー〉って言うんですけど──」

「アハハハハ~ ♪  知らな~い★」

 ウソつきはったよッ?

 カワイコブリッコにしな・・つくろって、ウソつきおったよッ?

「ずっと探してるんですが……」

「ゴメ~ン? 知らな~い★」

「そうですか。結構な巨体だから目立つし、見た人もいるかと思ったんですけど……」

「見てな~い★」

「天条リン、これは〈ドクロイ──」

「──聞いた事もな~い★」

 クルちゃんの指摘さえもさえぎったわ。

 どうあっても黙殺する気やんね? リンちゃん?




 再び森の中をさまよう。

 かれこれ三〇分歩き通しや。

 先頭はリンちゃん。

 次がウチ。

 並んでクルちゃん。

 ほんでもって、最後尾がアリコちゃんや。

「ってか! 何でアンタまで同行してんだッつーの!」

「スミマセン。一人では何かと心細いもので……」

「ええやん? リンちゃん? ウチ、いっぱいの方が楽しい ♪ 」

「……黙ってろ、脳味噌西遊記娘」

 リンちゃん、あんまりや。

 と、不意にクルちゃんが会話に割り込んだ。

「アルゴネア・リィズ・コーデス、質問がある。その容貌からして、アナタは〈ジアント〉だと推察した。その推測で間違いない?」

「え? あ、はい。私は〈ジアント〉ですが?」

「やはり」

 納得するクルちゃん。

 初耳用語に顔を見合わせるウチとリンちゃん。

「ジアント? 何よ? それ?」

「この惑星テネンスに生息する知的生命体種族。我々の次元で言えば〈蟻人間〉といったところ」

「ふ~ん? って、アレ?」

「何? 天条リン?」

「何でアンタ、そんな〝他次元情報〟にまで精通してんのよ?」

「…………」

「…………」

ブイ!」

「いや! 無表情に『ブイ』じゃないッつーの!」

 クルちゃん、ブイサイン出しはった。

 何や? 結構、茶目っ気あるやんな?

「私は〈ジアント〉の誇り高き戦士……。先日、集落巣コロニーを襲撃してきた〈ドクロイガー〉という者と一戦交えたものの逃がしてしまいました。の者のせいで集落巣コロニーも半壊の大打撃……。現状いま再襲撃されたら、今度こそ危ない。その前に見つけ出して決着をつけて、先手を打たないと……」

「ふ~ん? だから〈ドクロイガー〉を追って、さ迷ってた……ってトコか」

「はい……って、え?」

「何だッつーの?」

「いえ、先程〈ドクロイガー〉なんて知らない──と?」

「…………」

「…………」

「え~? アタシ、何も言ってな~い★」

「え? だって、いま……」

「ヤダァ~? 聞き違~い★」

 変わり身早ッ!

 リンちゃん、変わり身早いよッ?

 と、その時!

 周囲の繁みから大勢の人影が姿を現した!

「な……何?」

 狼狽うろたえるウチ!

 いや、今回ばかりはウチだけやない!

 リンちゃんも……アリコちゃんも……全員が狼狽うろたえた!

 ……クルちゃん以外は。

 完全に包囲されとった!

 それも、相手は〈異形・・〉や!

 その容姿は、簡単に言えばスズメバチ怪人!

 全身は黒光りするキチン質甲殻で、背中にはシャープな透明羽が四枚。

 頭部は言わずもがな蜂ヘッド。半円形に吊り上がった巨大複眼や鋭利な鎌型牙が秘めたる攻撃性をうかがわせる。

 せやけど、アリコちゃんとはちごうて、昆虫色が強い。

 人間的要素は口元くちもとだけや。

 薄い唇は女性的で……というか、全身的なフォルムがスレンダーで女性的やった。

 うん、きっと〝女性〟や。

 前腕部位には黒縞の黄色い生体篭手が付いとる。蜂の尻部を彷彿させる代物シロモンやった。

 おそらく針が出るやんな……アレ。

「〈アルワスプ〉!」

 咄嗟とっさに臨戦態勢を構えるアリコちゃん!

 手の甲に有った小さな二対の鍵爪が、巨大に生え伸びて刃と化す!

「な……何だッつーの! コイツら!」

 狼狽えながらもヘリウムガンを取り出すリンちゃんに、クルちゃんが無抑揚な解説を答えた。

「彼女達は〈アルワスプ〉──この惑星テネンスに於いて〈ジアント〉と双璧となる高度知性種族」

「見つけたぞ! アルゴネア・リィズ・コーデス! 今日こそ、我々と共に来てもらおう!」

「性懲りもなく!」

 アルワスプの警告に、アリコちゃんは忌々しく歯噛みした!

 そして、蟻型ヘルメット頭頂の複眼部位がガシャッとスライドダウン!

 人間的美観は口元くちもとだけになった。

 つまり、包囲している〈アルワスプ〉と同じや。

 コレで〈蟻〉か〈蜂〉かだけの差になった。

 ってか、何や?

 アレ、ヘルメットバイザーになるんや?

 あれれ? って事は、つまり──や?

 ウチはトテテテテッと手近な〈アルワスプ〉さんに駆け寄った。

「こんちは ♪ 」

「な……何だ! 貴様は!」

「こんちは ♪ 」

「何だと言っている!」

「こんちは ♪ 」

「だから、貴様は──」

「挨拶、大事!」

「あ、はい……こんにちは」

 ウチがプンプンしたら、ようやく挨拶返してれた。

 えへへ ♪

「あんな? ウチ〝さきモモカ〟言うねんよ?」

「……で?」

「上がるん?」

「は?」

「せやから、その目のトコ。ガチャンって上がるん?」

「……上がるが?」

「上げて?」

「ハァァ?」

「ウチ、見たいねん」

「ふざけるな! バカにしてるのか! 貴様は!」

「してへんよ?」

「いや、無垢にコクンと『してへんよ?』って……とりあえず、その顔やめろ」

「ねぇ? 上げて?」

「ふざけるな! 何故、私がそんな事を!」

「ウチ、見たいねん ♪ 」

「上げん!」

「ええやん? チビッとだけやん?」

「ダメだ!」

「ええ~? どうしても?」

「どうしてもだ!」

「うう……ほんなら、しゃあないわ」

「…………」

「ほな、バイバ~イ★」

「え? あ、うむ、バイバイ……」

「リンちゃ~ん、アカンって~ ♪ 」

「早々に新パターンを天丼ボケするなァァァーーーーッ!」

「ぎゃん!」

 叩かれたよ?

 トテテテってリンちゃんのトコへ駆け戻ったら、いきなりパモカハリセンで叩かれたよ?

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

潤々うるうるしながら『痛いよ?』じゃないッつーの! この脳味噌ワンタン娘! この緊迫状況を把握しろ!」

「せやかて、ウチ気になってん」

 リンちゃんにガミガミ説教されるウチを呆気に見て、アリコちゃんはクルちゃんへと質問した。

「……あの、スミマセン?」

「何? アルゴネア・リィズ・コーデス?」

「あの、どういうなんです?」

「未知数……私も、よく把握しきれていない」


 そして、ウチらは連行された。

 多勢に無勢やった。

 それ以前に、ウチが人質にされたからやねん……。

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