ウチの銀暦事情 Fractal.4

「ウチ、こんなん資料で見た事ある! 確か……えと……えとぉ……せや! 確か〈カツオだべし〉とかいうヤツや!」

「……それを言うなら〈カツオノエボシ〉ね」

 せやの?

「ようここまで育ったねぇ? 何年生きたら、ここまで大きくなるん?」

「だから、想起させても別物だッつーの! そもそも〈カツオノエボシ〉が宇宙そら飛ぶか!」

「進化したんちゃうの?」

「するか! ってか、飛ぶか!」

「亀さん、飛ぶよ? 火ィ吐いてグルグルグル……って」

「ドコの亀だ! その節操無い進化論に染まった亀は!」

「……ウチも、よう知らへんよ?」

 そんなこんなしてる間に動画が進行した。

 何や? 巨大クラゲが声を発したよ?

 喋れんのや? この子?

『銀河連邦政府ニ告グ。タダチニ宇宙開拓ノ着手ヲ停止セヨ。コレ以上ノ開拓行為ハ、宇宙ノ生態摂理ニトッテ害悪デシカナイトイウ事ヲ心セヨ。モナクバ、主立ッタ開拓設備ハ片ッ端カラ破壊セザル得ナイ。コレハ脅シデハナイ』

「……コイツ?」

 リンちゃんの正義感が歯噛みする。 

「何や無茶苦茶ワンマンやんなぁ? それじゃ『人類は活動範囲を縮小せよ』って言うてるようなモンやんね?」

「そう言ってるんだッつーの──暗にね」

『繰リ返ス、コレハ脅シデハナイ。ソノ証拠トシテ、軽イ挨拶ヲ送ッテオコウ』

 そして、巨大クラゲは触手を振った!

 そこから眩しい光撃こうげきが放たれる!

 ウチ、けたたましい爆発音にビックリしてソファからひっくり返ったよ? コテンって!

「ひゃう!」

 そして、映像は終わった。

 そのままブラックアウトや。

「破壊されたの? ステーションが?」

「いや、破壊されたのは監視衛星だけだよ。幸か不幸か、水星宙域には生存可能宙域ハブビタルポイントは発見されていない……まだコロニーやステーションも建造されていないからね」

「あ、そうか……そうだったわね」

 リンちゃんにしては珍しく失念していたようや。

 それだけ焦っていたいう事やろね。

 せやけど、その表情は微かに安堵を噛み締めとった。

 ウチ、せやからリンちゃん好きやねん ♪

 くちは悪いけど優しいねん ♪

「この後、この巨大怪物の反応は消失した。あらゆる観測システムからね。つまり消え失せた・・・・・という事だ」

「……コレ、ホントに生物?」

「ほう? 何故かね? 天条くん?」

 長官が予見していたかのようにニヤリとしはった。

「その場で瞬時に全反応が消え失せたっていうんなら、大方〈フラクタルブレーン航行〉でしょうよ。だとしたら、あの光彩機関は〈光速推進力発生コンバータ〉の可能性が高い。つまりは〝人工物〟と考えるのが妥当だッつーの。ま、正体が〈ロボット〉か〈サイボーグ〉かは知らないけどさ」

「ほう? さすがだね、天条くん?」

 リンちゃんの演繹えんえき能力に、長官は御満悦の様子や。

 一方でウチは、よう解らへんかった。

 せやから、キョトンと質問してみる。

「……あんな? リンちゃん?」

「何よ?」

「その〈ナンタラコンバータ〉って、何?」

 リンちゃん、ズルッとソファを滑り落ちたわ。

「アンタ、ホントに銀暦ぎんれき世代か!」

「せやかて、ウチ難しいのキライ」

「ったく……つまり〈光速推進力発生コンバータ〉ってのは『アクティブジャイロ機構によって、固定座標で距離をかせいで光速移動エネルギーを得れらるエネルギーユニット』の事──早い話〈OTF〉よ!」

「……どゆ事?」

「だ~か~ら~ッ! 光速エネルギーを発生させるには、必然的に膨大な航行距離と時間をついやさなきゃならないでしょ! けど、それじゃ〈リップ・ヴァン・ウィンクル現象〉のせいで実用性がとぼしい! そこでアレのジャイロ回転運動によって擬似的な航行距離を無限発生させ、その場に停滞しながらも光速エネルギーを得る事を可能としたシステムなの! そうする事で〈リップ・ヴァン・ウィンクル現象〉の影響下に存在するのは、あのユニットパーツだけって事になるから、本体は通常空間に滞在しながらも光速エネルギーを抽出供給する事が出来る! 要するに、本体は滞在空間の時間軸に存在しながらも、光速時空軸の影響を受けずに航行が可能となるの! 解った?」

「う~ん?」ウチは示された難解な理論を噛み砕いてみた。「あ、バスの中で足踏みするようなモンやんね?」

「……どうしてそうなった? 脳ミソふわふわメレンゲ娘?」

 リンちゃん、あんまりや。

「で? 結局、コイツなの?」

「うむ、順を追って説明しよう。まず、この巨大怪物が突如として水星宙域に出現したのは、約一週間前にさかのぼる。さて、では、如何いかなる怪物なのか? 我々は存在考察の糸口たる情報を模索した。関連しそうなデータベースや文献を洗い直したりね。だが、有益な情報は何ひとつ得られない。目撃談も研究形跡も。つまり人類史上にける初遭遇ファーストコンタクトという事だ。そこで、マリー──」馴れ馴れしさをリンちゃんがジロリととがめる。「──・ハウゼン博士に相談してみたんだよ。すると、こころよく実態調査を引き請けて────」

 すかさず卓上の御茶請け入れを投擲とうてきするリンちゃん!

 ボウル型容器が長官の顔面をスカーンと直撃!

 続け様に床へと撃沈した長官を仁王立ちで威圧する!

「余計な事すんなッつーの! おかげでマリーの好奇心が触発されちゃったじゃん! 今回の任務ミッション、十中八九コレ・・じゃん! アタシら大迷惑だッつーの!」

「リンちゃん! 暴力はアカンて!」

「放せーッ! モモーッ! コイツ、簀巻すまきにして宇宙空間へ放り出す!」

「拘束イ~ヤ~やぁぁぁ~~! ふぐぅ~!」

 ウチ、半泣きでリンちゃんいさめたよ?

 必死にソファへ押し戻したよ?

「つつつつまりだねぇ──」流血ダラダラの長官が、ゾンビみたいに這い起きよった。「──満を辞して、キミ達の〈ツェレーク〉に出動してもらおう……と」

「何が『満を辞して』だーーッ!」

 リンちゃんが手近なリモコン取ってスカーン!

「アタシはやるなんて、一言も言ってないッつーの!」

「あ、ウチも言うてないよ?」

 一緒なんが嬉しなって、ウチはほわっと笑う。

「それをマリーやアンタが一緒になって、勝手に盛り上がって!」

 ……無視されたわ。

 もう一回 ♪

「なぁなぁ、リンちゃん? ウチも言うてないよ?」

「だいたい、何で一介の女子高生JKが戦わなきゃいけないッつーの! それも銀邦ぎんぽうが持て余すレベルを相手に!」

「なぁなぁ、リンちゃん?」

「ざけんなッつーの! アタシは平穏に日常を過ごしたいだけなんだからね!」

 ……無視された。

「ふぐぅ!」

「イタタタタタタッ?」

 ウチ、寂しなった!

 せやから、リンちゃんの腰にギュウって抱きついたよ?

 ちから一杯、抱きついたよ?

「リンちゃん! 無視イヤやぁ!」

「イタタタッ! モモ、痛いッつーの! 放せってば! この!」

「ふぐぅ~~!」

 もっとギュッとしたよ?

 いっぱいギュッとしたよ?

「アタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!」

「あ! リンちゃん、北斗 ● 拳や?」

「キョトンと無垢顔を向けて、何を天然ボケてんだッつーのぉぉぉーーッ!」

「ぎゃん!」

 卓袱台ちゃぶだい返しで放り捨てられたよ?

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

潤々うるうるしながら『痛いよ?』じゃないッつーの! ベアハッグか! アタシの方が百倍痛かったわ!」

 ウチとリンちゃんが長官から特別視されとる理由が、コレ・・やってん。

 つまり銀邦ぎんぽう最新鋭大型宇宙船スペースシップ〈ツェレーク〉──そして、艦載機である〈イザーナ〉と〈ミヴィーク〉は、マリーが個人所有する私製宇宙船やねん。

 どういう事かいうと、その基本設計をしたんはマリーの祖父である〝ウィリス・ハウゼン博士〟やから。

 ウィリス・ハウゼン博士は、とっくに故人なんやけど〝銀暦ぎんれき稀代の大天才〟と呼ばれる傑物やねん。

 そんな大天才が独自設計した〈ツェレーク〉や〈イザーナ〉&〈ミヴィーク〉は、それこそ〈OTF〉のかたまりや。

 銀邦ぎんぽうにしても、そないな危ない宇宙船ふねの野放し状態はけたいし、あわよくば自分達の最終兵器リーサルウェポンかかえたい思惑もあってん。

 とは言え、遺産相続権はマリー──この状況を好転させるべくマリーに私有権を与えたままにして、有事には協力してもらう提携で建造を承諾させた。

 一方でマリーにしても、祖父の形見なら完成形を見てみたい慕情もある。

 いや、それ以上にどんな超科学の結晶・・・・・・・・・かを見てみたい好奇心やろね。

 せやけど、これだけの途方もない宇宙船ふねを個人建造なんて出来へんから、銀暦ぎんれきが資金と実働作業を買って出てくれるなら『渡りに船』やった──宇宙船ふねだけに。

 くして利害は一致。

 晴れて、銀暦ぎんれき最大の大型宇宙船スペースシップ〈ツェレーク〉は建造される運びとなったねん。

 そんな〈ツェレーク〉の超スペックは、銀暦ぎんれきでも随一や。

 それゆえに〈超宇宙船ハイパーシップ〉や〈超宇宙航行艇スーパークルーザー〉なんて異名も持っとる。

 これにマリーの貪欲な知識吸収欲が併さると、今回みたいな〝銀邦ぎんぽう宇宙時代ユニバースの驚異に挑む事態〟になんねん。

 んでもって、ウチとリンちゃんはマリーに付き合う形が余儀なくいられとる。

 その辺の理由は追々語るけど……とりあえずマリーはウチらの司令塔であり保護者やねん。

 つまりウチらは一蓮托生な関係やってん。

「さて!」と、おもむろに一本締めの笑顔をつくろい、長官が仕切り直しはった。「話も無事にまとまったところで──」

「……まとまってないッつーの」

 リンちゃん、ジト目や。

 恨みがましいジト目や。

「──とりあえずキミ達には〈宇宙クラゲ〉を追ってもらう事になります」

「ウチら次空を越えて〈クラゲ〉を追跡すれば、ええん?」

「そういう事だね」

「アタシは承諾してないッつーの!」

「何や? ウチらだけ、また貧乏クジやんな?」

「ハッハッハッ……では、一連の事が片付いたら御馳走してあげようじゃないか?」

「だ~か~ら~ッ!」

「え! 御馳走?」

「うむ。無事任務を遂行したら、みんなを私の御用達ごようたしであるレストランへ連れて行ってあげよう。地球産食材も食べれるような高級レストランだよ?」

「地球産ッ! 培養養殖やなくてッ?」魅惑の言葉に、ウチはソワソワ浮かれた。「食べたいなぁ……ウチ、食べてみたいなぁ……」

「……簡単に懐柔されんな。脳ミソふわふわ綿菓子娘」

「ハッハッハッ ♪  無論、マリー……コホン……ハウゼン博士も一緒にね★」

「……どさくさ紛れにセッティングしたわね? エロ長官?」

「わ~い ♪  ウチ、がんばる!」

「ハッハッハッ……頑張ってくれた御褒美だよ ♪ 」

「アタシの話を聞けーーッ!」

「リンちゃん ♪  楽しみやんね?」

 満面の笑顔で振り向いた途端とたん──カコカコーン!──二刀流の投擲とうてきが、ウチと長官をダメージに沈めた!

 ウチはリモコン、長官はボウル型菓子容器。

 肘折り交差に構えるリンちゃんの事後フォームは、何や〝苦無を投げ終えたくノ一〟みたいやった。

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

「……黙れ、脳ミソぷるぷるゼリー」

 あれ? ついに〝娘〟いう形容詞が消えたねぇ?

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