ウチの銀暦事情 Fractal.3

 太陽系第四惑星〈火星〉生存可能宙域ラグランジュポイント──そこには銀邦ぎんぽう政府太陽系支部が在る。

 直径はおよそ5平方キロメートル。

 円盆型の人工地盤の上に築かれた都市が機能し、それを透明半球体スケルトンドームがすっぽりとおおった形状や。底部から火星へと伸びとる竜骨のような機械塔は、地表に建設された移民都市〈ライマン〉へとつながっとる〈超電磁軌道ハイリニアエレベーター〉やねん。

 要するに〈宇宙ステーション〉と〈衛星コロニー〉の両性質をそなえてんな?

 名を〈マルスクラウン〉言う。

 そこに呼び出されたウチとリンちゃんは、長官室へと通された。

 呼び出し主である〝レスリー長官〟が、後ろ手を組んで眼下の赤い惑星を眺めとる。

 要するに貫禄感の自己演出やんね? 長官?

 やがて沈黙の頃合いを見定めた長官は、重々しく会話を切り出した。

さきモモカくん、天条てんじょうリンくん、どうして呼ばれたか……分かってるかね?」

「いいえ? 今回は、さっぱり?」と、リンちゃん。

「そりゃそうだろうね。まだ用件を言ってない」

「帰っていいわよね? 貴重なプライベートタイムを無駄にしたくないし」

 リンちゃん、温顔にっこりで怒ってはるねぇ?

「まあまあまあ! 待ち給え! 軽いジョークだよ! ウェットに富んだジョークだよ!」

 アメリカンスマイルで振り向くも、実は慌ててはるね?

 尋常じゃない早さやったもん。

 振り向く速度がシュバッて。

 ともあれ平静を無理矢理取り繕った長官は、椅子を引いて腰掛けた。

「実はだね。先日、ハウゼン博士にも話したんだが……」

「そう言えば、マリーはどうしたん? 呼んどらへんの?」

「ハウゼン博士には本件の解析を引き続きしてもらい、場合によっては〈ツェレーク〉の出撃準備を……って、うん?」

 ウチの返しに、怪訝そうな表情で詰まる。

「何? 長官?」

「いや、いま〝マリー〟って……」

 ああ、そこやったんか。引っ掛かったのは。

「ウチら、マリーと呼び捨てにしあえる仲やもん ♪ 」

「いつの間に、そこまでッ?」

 何か知らへんけど、露骨に動揺してはるし。

「キミ達がチームになって数ヵ月だよッ? たった数ヵ月で、そこまで親密になったというのかいッ?」

「ウチ、友達作り得意なんよ ♪ 」

 ウチは「にへら ♪ 」と得意気にわろた。

「う……うらやましい! うらやましい限りだ!」

「は?」

「長官、うらやましいん?」

「あまり大声では言えないが、こう見えても前々から狙っていてねえ……ハウゼン博士を」

 ホントに『大声では言えない話』を言い出しはった。

 仮にも〝銀邦ぎんぽうトップ〟が、神妙な面持ちで何をカミングアウトしてんのん?

「だって、こう……ねえ? スラッキュッボンッだし」

 何やエラい事口走くちばしってはる。

 しかも、スタイル表現のジェスチャー添えて。

「……もう帰ってええの?」

 ウチは無垢に小首コクン。

「待ち給え待ち給え! まだ話は終わっていないぞ?」

「っていうか、始まってもいないわよね?」

「思いっきり美人だし、性格も控え目でたおやかだ。世の男性なら憧れを抱いて当然……スラッキュッボンッだし」

「まだ続ける気ッ? このマリー煩悩!」

「長官? そのジェスチャーやめた方がええよ?」

「あわよくばキミ達をダシにして親密になろうと考えていたんだが、よもや先を越されるとは!」

「どういう了見だーーーーッ!」

 間髪入れず〈パーソナルモバイルカード〉──通称〈パモカ〉──を、顔面へと投げつけるリンちゃん!

 さながら〝怪盗予告カード〟のようにサクッと長官の額に突き刺さる!

「リンちゃん! 暴力はアカン! 長官相手に暴力振るったら、下手したら反逆者テロリスト扱いなってまう!」

「はーなーせーーッ! モモーーッ!」

「ダ~メ~やぁぁぁ~~! ウチ、リンちゃん逮捕されたない~~!」

 慌てて羽交い締めにしたけど、リンちゃんはジタバタジタバタ!

 アカン! リンちゃん、興奮しとる!

「ぎぎぎ銀邦ぎんぽう長官に対して何をするんだね!」

 濁々と流血まみれの長官が、瀕死から這い上がりつつ抗議してきおった。

「わざわざ年頃女子を呼び出して、しみじみとセクハラ妄想を語る官僚なんて聞いた事ないッつーの!」

「ああ、そうか……そうだな。いささか本題から脱線してしまったよ。ハハハハハ!」

「空笑いで誤魔化すな!」

 何や会うたびに敬意とか尊敬とかが薄れていくわぁ……この長官ひと

「ま、それはさてき」

「さてくな!」

「実は、このようなものが銀邦ぎんぽうの観測システムに確認されてね」

 長官のパーソナルタブレットから、ウチらのパモカへ映像データが添付されてきた。

 この〈パモカ〉言うんは、超薄型多機能電子端末やねん。

 見た目はホビーカードそのものやけど、実質は超科学の結晶や。

 う~ん?

 みんなに分かり易う表現するなら、スマホの超進化版やろか?

 イラストスペースにも見えるんは、ディスプレイ画面や。

 ディスプレイフレーム四隅のアイコンをタッチすると、様々な多機能アプリが立ち上がる仕様。

 もちろんディスプレイ自体もタッチパネルやけどね。

 パモカ間の通信・通話にいては〈ネオニュートリノ・ブロードバンド〉を採用しとって、太陽系圏内程度ならタイムラグ皆無で連絡が取れんねんよ?

「まずは見たまえ、貴重な資料映像だよ」

 言われたウチとリンちゃんは、各々パモカのディスプレイ画面を開く。

「うん、確かに貴重ね」

「せやね」

「そうだろう。まだ一般に流通させていない極秘映像だから、普通なら御目に掛かる事もない」

「流通していたら大事おおごとやんね?」

「さすがにそうか……いや、もあらん!」

 長官としては真面目な資料映像を添付してきたつもりやろうけど、ウチらのパモカには『薄着マリーのブラウス透け透け動画』が添付されてきよった。しかも、要所を拡大トリミングしたヤツ。それがユサユサ揺れとるよ?

「初めて見た時は、あまりの衝撃に唖然あぜんとしたよ。まさに未知との遭遇だった」

「でしょうね」

「私の人生にいても、こんな凄まじい光景は見た事も無い。だが、おのれを震い立たせたよ。『尻込みしてなるか! 絶対に全貌を解明してみせる!』ってね」

「解明する気は満々なん?」

「とは言うが易し。実際は、全力で挑んでも持て余す事は明白だろう」

「ま、持て余すかもね。これだけ大きいと」

「だが! 私とて男だ! こればかりは退けん! おのが魂を灰と燃やし尽くしてでも挑む所存だ!」

「……エラく本意気の覚悟やね? 長官?」

「男ってバカよね」

「コホン、そこで……だね? 是非、キミ達にも助力を願いたいのだよ。どうだね? 私と一緒に臨んではくれまいか?」

「「鬼畜変態」」

「そう、実に鬼畜変態──んん?」

 奇跡的に噛み合っていた会話に、ようやく違和感をいだいたようや。

 水戸黄門の印籠いんろうよろしく、パモカをかざすリンちゃん。

 顔面蒼白となった長官が「ははあーーッ!」とばかりに土下座した。

「ど……どうか内密に」

「それはドコに? 銀邦ぎんぽう委員会? それとも、マリー?」

「どっちも! とりわけ〝マリー〟には!」

「……いま、どさくさ紛れで呼び捨てにしたでしょ。アタシらに乗っかって」

 ヘコヘコと謝罪に頭下げまくる長官を流し、ウチは改めて動画再生して観た。

「それにしても、よくこんなベストアングルで撮らはりおったねぇ? 長官?」

「分かるかね? いやぁ、苦労したんだよ。気付かれずにカメラ設置するのは」

 何かドエラい事をくちにしはったねぇ?

「顔と胸とを鮮明な解像度に抑え、障害物も少なく、尚且なおかつ視認されない位置を探る! 実に半月は計画プランを練り込んだよ、キミ」

「何を揚々とセクハラ犯罪行為のカミングアウトしてんだ、長官アンタ……」

 リンちゃん、心底ドン引きしてはる。

「だが、此処こそがだ! 絶対に妥協してはイカンのだよ! さきくん、キミなら分かるだろう! この男の浪漫ロマンが!」

「ウチは〝女の子〟やーーーーッ!」

 今度はウチがパモカをに投げつけた!

 サクッと眉間に刺さった長官が、再度流血に沈む!

「ふぇ~ん! リンちゃ~ん! ウチ、胸とぼしないもん! ちゃんと〝B〟あるもん! ふぇぇぇ~~ん!」

「ああ、もう……よしよし」

 泣きつくウチを、リンちゃんが「イイ子イイ子」となだめてくれた。

 クスン……えへへ~ ♪  何か元気出た ♪

「まったく、どいつもこいつも……。で、極秘事項扱いの本題って何なワケ?」

 混沌カオス現状の仕切り直しとばかりに、リンちゃんは物臭な態度でソファへと投げ座る。

 ウチも後追いしてチョコンと隣に座った。

「ああ、それはだね……コレ・・だ」改めて正式な資料映像が添付されてくる。「水星宙域で撮影された映像だよ」

「なッ?」「ふぇ~?」

 ウチとリンちゃん、揃って驚嘆や!

 それ・・は、惑星付近に浮遊する巨大な〈クラゲ〉やった!

 透明スケルトンな軟体ボディに、無風空間でそよぐ無数の触手!

 頭か胴体か解らへん内部には何やら発光器官があって、プリズム光彩を絶え間なくグラデーションさせとる!

 信じられへんのは、その大きさや!

 周囲に待機しとる監視衛星と対比しても、おそらく数百メートルはある!

 つまり〈ツェレーク〉とドッコイや!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る