ウチの銀暦事情 Fractal.2

 仲良う並んで航行するイルカとシャチ──。

『滞在可能推定時間は、二時間三〇分リミット──って事は、あまり遠くへは行けないわね。せいぜい近域惑星ひとつってトコか』

 リンちゃんが、今後の指針をつぶやいた。

「あ、せや!」ウチは不意に思い立った。「リンちゃん? ちょっとええ?」

『何だッつーの? 何かアイディアでも出たの?』

 コンソール操作の片手間に応えるリンちゃん。

「あんな? さっき『6フラクタル/3ブレーン次元ディメンション』って言うてたやん?」

『うん』

「だいたい、どの辺りなん?」

 ──ズガシッ!

 リンちゃん、ド派手に突っ伏したねぇ?

 勢いよくサブモニターからフレームアウトしたねぇ?

 ややあって、ゴゴゴ……と怒気をはらんだリンちゃんのけ顔が浮上した。

「リンちゃん、額が赤く腫れてるよ?」

『ア……アアア……アンタッ! いままで、どれだけ次空航行をしてきたと思ってるッつーの!』

『ケルルルルル!』

 リンちゃんとシャチ・・・、両方からツッコまれたわ……。

「せやかて、正直言って〈フラクタルブレーン〉の概念すら、よく解ってないモン。ねぇ? イザーナ?」

『キュー? キュー?』

『そこからーーーーッ?』

『ケルルーーーーッ?』

 リンちゃん&ミヴィーク、反響してウルサイよ?

 先刻、艦内放送が『空間転移』と読みあげた通り、此処はウチらがいた次元宇宙やない。

 フラクタル分岐によるブレーン宇宙──平たく言えば〈パラレルワールド〉というヤツやねん。

 ただし、通称〈フラクタルブレーン〉と呼ばれるこの次空構造は、従来のパラレルワールド理論よりもいささか難解な概念やった。

 だから正直いって、ウチもいまだによく理解できてへんのや。当然ながら。

『モモカ、やっぱり理解していなかったのね……』

 リンクモニターに、こめかみ押さえのマリーが映った。

 しばし思案気に耽っていたマリーは「よし」と決心めいた一言を洩らすと、おもむろに『モモカでもわかるフラクタルブレーン講座』を特別講義してくれはった。

 うん、『モモカでも──って、どゆ意味?

『モモカ、いい? まず、線を一本引いて……』

 マリーに言われるまま、ウチはフリーディスプレイへと光線を一本引く。

「うん、引いたよ?」

『それが私達のいた宇宙。平面は、いくつある?』

「そりゃ、ひとつやん?」

『そうね。で、次はその中央をまんで、ひとつの三角形を作って?』

「三角形っていうか、まんで作ったら底辺無いよ?」

『……いいからやる』

「は~い」

 マリーの態度が静かに威圧的だったので、ウチは素直に従った。

 こういう時のマリーは、実は意外に沸点が低いから怖いねん。

『モモカ、今度は平面がいくつ?』

「底なし山の斜面として分断されて計二つやね」

『……じゃないでしょ』と、リンちゃん。

 ちゃうの?

 う~ん……と?

 あ! せや!

「中央に山作ったから、左右には地面が残っとる! 計四面や!」

『そうね。で、平面をひとつの宇宙と考えたら、これで宇宙が四つに分岐した事になるわね?』

「なるん?」

『『なるの!』』

 リンちゃんとマリーの同時口撃こうげき

 そんなユニゾンで怒らんでもええやん……。

『じゃあ今度は、その上に同様の図形を描いて……コピペでもいいけれど』

 ウチは言われるままにタッチして、底なし三角形をコピペする。

 それを見計みはからって、マリーの次なる指示。

『それもさっきと同じ手順で、三角形の平面に同型の三角形を作ってみて? 平面、今度はいくつある?』

「単純に二倍やから計八面やん」

『じゃあ、その上に同じ図形をトレースして、また同じ行程を繰り返す……今度はいくつになった?』

「何かコンペイトウの出来損ないみたなってきたで……えっと、計十六面!」

『最初の手付かずも含めて、ここまでの平面合計は?』

「えっとね……え……っと……」

 目算ではややこしいので、ウチは指折り数えた。

「……ひぃふぅみぃ」

『『計二十九面!』』

 またもマリーとジュンの同時口撃こうげき

 ふぐぅ……数え終わる少しの間くらい待ってくれてもええやん?

『現在で分岐宇宙は合計二十九個存在するという結論になるわね? これが延々と続くのがフラクタル分岐の宇宙理論よ』と、マリー。

「ふぇぇ? 延々なん?」

『つまりね? このように平面への角構成が延々と続いていく増幅論は、カオス的演算のフラクタル理論を強引に図的解釈したものなの──旧暦時代から使われている古典的解説表現ね。これにブレーン宇宙論を適応させて考えると、一次から一〇次までの上層ブレーン宇宙は決して下層次元と完全な分離セパレートをされたものではなく、もととなる次元宇宙から派生増殖したものと解釈できるの』

「?」

『ただし、この図形からは示唆できない要素として、各面──この面は異なる派生次元宇宙を現しているわけだけれど──は、全く同一の物ではなく、何かしらの差異要素を内包している。でなければ、カオス演算的観念としては成立しないでしょう?』

「???」

『ということは、もととなった次元宇宙──つまり起因次元を基準に考えて、それに連なる次元は、そのヴァリエーションと化しているという結論になるわね? これが〈フラクタルブレーン理論〉の基礎理念なの』

「??????」

『けれど誤解してはいけないのは、そのどれもが〈オリジナル〉であり、また同時に〈ヴァリエーション〉でもあるという観念解釈。要するに、どれが〈オリジナル〉かという定義は、結局、どの次元を自身の基準とするかで変わってくる──それこそ〈一般相対論〉の応用解釈ではあるけれど……』

「?????????????」

『そして、その他次元に元来発生してなかったはずの存在──現在の〈私達〉がそうね──は、次元宇宙そのものが〈特異点〉と認識して別次元へと排斥しようとする──解り易くいうと〈異物〉を吐き出して正常な状態へと戻ろうとするわけね。その現象が発生する猶予時間が〝私達の滞在可能時間〟──これを、私は『特異点排斥の法則』と学会には提唱しているけれど』

「………………………………………………………………」

『では、吐き出された〈異物〉──つまり〈特異点〉は、何処へ飛ばされるのか? 実は突飛もなく離れた次元座標じゃなくて、起因次元へと向けたベクトルに沿って一次元分の層だけ戻されるのよ。そして、そこも〈私達〉の次元じゃない場合、また『特異点排斥の法則』によって同過程が繰り返される。最終的には時間を掛けながらでも起因次元へと帰される法則になっているけれど、それが数時間か数百年かは誰にも解らない。だから、私達の〈ツェレーク〉のような単独次元航行を自在とする存在は、銀邦ぎんぽう政府でも一目置く唯一無二のスペシャルなの』

「────────────────────────」

『そして、フラクタル分岐による派生宇宙の危険性としては〝どんな世界と化しているか解らない〟っていう差異特性が挙げられるわ。それこそ猿や恐竜が知性的進化を遂げて支配するような、まったく異質な別世界と化している可能性すらもある──極端な例だけどね。起因次元から次元層が離れれば離れるほど、そうした非共通項が増えていく。何よりも他次元には必ず〈もうひとりの自分〉──すなわち〈ダブル〉が存在し────』

『ちょ……ちょっと、マリー? ストップ! ストーーップ!』突然、講義中断を訴えるリンちゃん。『モモが煙噴いてる! 噴いてるッつーの!』

『キューッ! キューッ! キューッ!』

『ケルルッ! ケルルッ! ケルルッ!』

『──それが自分自身と接触すれば〈自己存在対消滅〉を起こしてしまう危険性も──え?』

 リンちゃんの必死な直訴を受けたマリーは、怪訝けげんそうにウチをうかがい見て絶句。

 そう、リンちゃんの言う通り……。

 その時、ウチは濛々もうもうと煙を噴いてギブアップ硬直フリーズ

 ただでさえ勉強嫌いな思考回路がショートしよった。

 現場は右往左往の大騒ぎや──イルカとシャチも巻き込んで。

 結論として得たのは『モモカでも解る~』でも『モモカには解らない』という再認識だけやった。

 うう、われながら情けないわあ……。





 数分後──。

「うう~~……まだノーミソがジンコラするわぁ~~」

 ウチは操縦シートをリクライニングモードにして寝そべり、スッキリしない不調感をうめいた。

 顔に当てたアイスパックが、ヒンヤリと癒してくれてはいたけど。

『キュー? キュー?』

 心配したイザーナが声を掛けてくる。

「えへへ……大丈夫やよぉ~? もう少ししたら起きるね?」

 ありがとねぇ、イザーナ?

 この子、優しいねん。

 そんなウチを呆れた視線で眺めて、サブモニター越しのリンちゃんが皮肉を投げてきよった。 

『……アンタ、脳味噌あるの?』

「あるよッ?」

 あまりに失礼な一言に、ガバッと半身起こしたわ!

 休憩中断や!

『そりゃ失礼』とか言いながらも、リンちゃんはコンソール操作をテキパキと再開。

 まったく悪びれた様子もない。

 リンちゃん、意地悪や。

『ま、マリーの講釈はアンタには難しいかもね』

「そういうリンちゃんは、どうなん? 理解してんの?」

『アタシ? もちろん、しているわよ』

 余裕しゃくしゃくに、根拠に満ちた自信を示しはった。

 と、リンちゃんはジッとウチを見つめる。

 そして、しばしの黙視後、実情把握を兼ねてたずねてきた。

『ねえ、モモ? アンタ、さすがに今回の目的と経緯は理解しているわよね?』

「今回の目的? もちろんやん!」

 自信満々にウチは返した。




 事の起こりは、三日前にさかのぼる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る