第28話 3日目?

レ「むぅ、暑い……。」


俺は暑さから逃げるように目をつぶったままゴロリと転がる。しかし、そっちは壁だったようで、固い感触がある。仕方なくもう一度寝返り、暑さの元を確認する。うーん、ふにふにと柔らかくてあったかいな。そっと目を開けると、目をつぶって寝ているメィルの顔が目に入る。急激にバクバクと心臓が音を立てる。何故メィルが? いや、先に寝た俺はメィルがどうしたのか見ていなかったな。誰かに見られていないか? バレたら殺されるかもしれん。今何時だ? メィルはまだ起きていないよな? いろいろな考えが頭に浮かび、解決する前に次の考えが浮かび、パニックになる。まだメィルは起きていないようなので、徐々に体を離す。


メ「ううん、行っちゃダメぇ。」


だというのに、メィルは俺の方に近づいてきて抱きついてくる。いくら胸の無いメィルとはいえ、ブラもしていない上に布一枚みたいな神装備だ。さすがに透けてはいないが、柔らかさがダイレクトに伝わってくる。さらに、ワンピースがめくれて太ももが露わに。


レ「だーっ!」

メ「な、何事だ? 敵襲か?」


我慢できずに大声をだすと、メィルはびっくりして目を覚ました。


レ「何故ここに居る!」

メ「昨日言ったではないか。一緒に泊まっていいか? と。」

レ「それは知っている! なぜ俺の布団に一緒に入っているんだ!」

メ「良いではないか。私の布団が無かったのだからの。」

レ「弥生かイルナの方でもいいだろ! いや、取り寄せてもらえば……。」

ヤ「もう、何事ですか? こんな夜中に大声を出して。投擲武器操作。」

レ「ひっ!」


闇の壁の上から弥生のクナイが飛翔し、俺の首筋の右側をぎりぎり通って壁に刺さり、壁が円形に30cm消滅する。ワルキューレの槍もぎりぎりだったのを思い出す……デジャヴか? 

メィルが何事も無かったかのようにすぐに壁の穴を時空魔法で修復した。弥生は寝ぼけていたのか、それ以降の声は聞こえなかった。


レ「い、命に関わるから小声で話すが、今からでも布団を取り寄せてもらって他の場所で寝ろ!」

メ「連れないの。私もたまには人肌が恋しくなることもあるのだ。どうせ別れも近い事だし、今なら好きにしていいぞ?」


メィルが肩をチラリと出して誘惑してくる。男であればほぼ全員が「いただきます!」と言いそうな状況ではあるが、相手がメィルという事もあり俺の理性は全力でブレーキをかける。


レ「そういう訳にはいかん! ほら、人肌が恋しいならイルナの所へ行ってろ!」

メ「むー、ケチじゃの。」


メィルはしぶしぶではあるが、イルナの所へ向かったようだ。しばらく興奮状態で寝付けなかったが、1時間もしないうちに寝入ったようで、少し寝不足感はあるが、6時半の目覚ましと共に目が覚めた。


ア「零、おはようなのじゃ。」


アヌビスが俺の起床に気が付いて闇の壁を消す。弥生はすでに起きていたようで、布団が片付けてある。イルナは、今日はキチンと部屋へ着替えに行ったのか、ここにはいない。


レ「おはよう。みんなは?」

ア「弥生は部屋へ行っているのじゃ。イルナはトイレかの?」


イルナはトイレだったのか。昨日と同様にトイレで寝ていない事を願う。さすがに2度目は無いと思うが、2度目はワルキューレに殺されるだろう。その場合は、大人しくダンジョンへ帰還の巻物を使うしかないな。


レ「あれ? メィルは?」

ア「うん? 零と一緒に寝ていたのではないのか?」


アヌビスはメィルが俺のところで寝ていたのを知っていたようだ。知ったうえで特に何も言ってこないところを見ると、異性が一緒に寝る事をどうとも思っていないようだな。


レ「夜中にイルナの所へ行って来いと追い出したんだが……。」

イ「……来てないよ?」


トイレから戻ってきたイルナが、丁度話を聞いていたようで返答する。イルナの所じゃないとすると、


レ「弥生の所で寝たのかな?」

ヤ「誰がですか?」


丁度弥生が着替え終わったらしく、大部屋に顔をだした。


レ「メィルを見なかったか?」

ヤ「そう言えば見ていませんね。何かあったんですか?」

レ「特に何かってわけじゃないが、今朝起きたら居なかったからな。」

ヤ「メィルちゃんも気分屋ですからね。途中で帰ったのかもしれませんよ?」


うーん、昨日の感じだと帰ると思えなかったんだが。一応、他の部屋も探してみるか。しかし、メィルは既にどこにもいなかった。


少しもやもやした感じがするが、居ないなら仕方ない。俺達は朝食をケルベロちゃんに持ってきてもらう。いつも通りのホットケーキと、俺と弥生は納豆ご飯、イルナもご飯が食べたくなったのか、タケノコご飯を食べた。マグロはまだ残っていたので、刺身で数枚食べた。さすがに連続でがっつりと食うには飽きてきたからな。


ケルベロちゃんに挨拶をして、ビジネスホテルの前からダンジョンへ転移で向かう。フロントに居たラヴィ様に挨拶すると、説明があった。昨日の出来事があってから、他の冒険者や見習い女神達は退避させられ、ダンジョン自体への結界は張られていない。下手に結界を張るよりも、このままのほうが都合がいいだろうという事だった。


そして、昨日忘れていった俺の分身体が、フロントで待機していた。うん、完全に回収するのを忘れていたな。即座に融合し、ステータスを振る。


やっと念願のHP自動回復を覚え、MP自動回復も中から大へ1ランク上がった。ステータスも一気にあがり、弥生に追いつけそうだ。


ラ「今日は、ダンジョンを閉鎖する事になっています。」

レ「えぇ、せっかくここまでステータスを上げたのに……、どうにかならないのか?」

ラ「悪魔向けの罠が張ってあるので、それに巻き込まれて死んでもいいなら止めませんが。」


罠を張ったのか、だからわざわざ全員を退避させたんだろうけど、それならもっと早く教えてくれれば……。


ラ「何か文句でも?」

レ「ありません!」


でも、少しはステータスを上げたいんだが……。チラリとラヴィ様を見て目で訴えてみる。と言っても、心の声が聞こえているだろうけど。

ラ「はぁ、仕方がありませんね。魔界とドラゴンの星と、どちらがよろしいですか?」


ラヴィ様の顔に暗い影が入ったような……。さらに言うなら、声のトーンが下がったような……。でも、これはチャンスだろう。冗談だとは思うが、悪魔の巣窟っぽい魔界は最初から選択肢から外れるので消去法でドラゴンの星だ。もしかしたら、メィルもそこに居るかもしれないしな。


ラ「冗談では無いですが。まあ、ドラゴンの星の方が無難でしょうね。結界は張ってありませんが、ケルベロを護衛として連れてゆくと良いでしょう。」


恐らく、俺達がステータス上げを諦めるとは思っていなかったのだろう。分かっていたかのようにケルベロちゃんがすでに待機していた。さっき転移するまえに挨拶をしたときは、そんなそぶりは一切なかったのに。あっ、もしかして魔界へ行くつもりだったのか?


ラ「まあ、そう言う事ですね。仕方ない、ワルキューレにでも働いてもらいましょうか。」


ボロボロになって帰ってきたワルキューレの姿を思いだし、心の中でワルキューレに謝っておく。


ケ「準備はいいのかワン? 準備が良ければ転移するワン。」

ヤ「戦闘準備はいつでもいいですよ! ドラゴンの星ですよね? 今度はドラゴンを乱獲します!」


弥生がやる気満々で胸の前でグッと両手を握っている。某戦闘民族に襲われる星みたいだな……。


ア「我も準備はいいのじゃ。」

イ「……大丈夫。」

レ「全員準備は出来ているようだ。それじゃあ、ケルベロちゃん、頼む。」

ケ「分かったワン。」


俺達は再びドラゴンの星へと転移した。


転移した場所は何もない荒野だった。ここは、八岐大蛇を探しに行く途中の場所だったか?


ヤ「あっ、ミミックが居ます!」


弥生の指さす方を見ると、宝箱がある。ダンジョンならともかく、普通に何も無いところにある宝箱を怪しまないやつって居るのかな? ゲームじゃ結構落ちてるけど、誰も拾わないのか? という疑問が出る。どうせ誰も答えを持っていないだろうけど。


レ「そう言えば、結局倒したことはなかったな。まあ、当時のステータスじゃ誰も倒せなかったんだったか?」

ア「我はちみっこいままだったが、倒せない事も無かったと思うのじゃ。」

ヤ「逃げ足も結構早かったと思いますし、わざわざ倒す必要が無かっただけだったかもしれません。」

レ「今ならいけるか?」


弥生が念のためにミミックを鑑定する。まあ、俺も当時のステータスを覚えていないからな。逆に覚えているのはあるのか? と聞かれれば、無いと自信をもって言える。

ミミック(鉱物):スキル:???


ヤ「鑑定して思い出しましたが、スキルが見え無いので下手に触らない方がーと言っていたんでしたね。ステータスだけ見ると今なら余裕そうです。」


ミミックはこうしている間にも大人しく待っているというか、誰かが近づくまで動かないのだろう。弥生はチャキリとクナイを取り出す。


ヤ「投擲武器操作、投擲武器複製!」


弥生はクナイを10本に増やし、ミミックの周りをぐるぐると飛ばして逃げられないようにした後、一斉にミミックに刺さる。クリティカル発生無効、貫通無効、消滅無効、形状保存発動、ミミックはコアに……ならない。


レ「あれだけやって倒しきれなかったのか?」

ヤ「いえ、鑑定結果は宝箱になっているので倒しはしたようです。スキルの効果で宝箱として残ったって事ですかね?」


俺は念のために宝箱を開けるための分裂体を作る。前に遭った事故を覚えているため、弥生もそそくさと離れる。前の事をしらないイルナとアヌビスが、不思議な顔をして俺達を見ているが、これはしょうがないだろう。


不安は杞憂に終わり、普通に宝箱が開けられる。


ア「ほぅ、何か神の気配を感じるのじゃ。」


分裂体を融合して回収し、宝箱をのぞき込むと、そこにはドラゴンの鱗で表面が覆われた道着の様な物が入っていた。


ヤ「防具みたいですね。鑑定結果は、……龍神の道着?」


弥生が屈みこみ、取り出すと、道着は急に輝き出し、弥生を包む。まるで装・着・完了! と太字で背景に出そうなくらいに派手に弥生に装備される。装備された弥生は、青い鱗で表面を覆われ、道着というかチャイナ服みたいに見える。


ヤ「な、なんですかこれ! 恥ずかしいです!」


勝手に装備が変更されて戸惑う弥生の声に、道着が反応し、また弥生の全身が光った。しっかりみてもシルエットが裸になったりはしていないようだ。そして、光が収まると、弥生の腕に鱗で覆われた様なブレスレットが装着されていた。


ヤ「あっ、鑑定で見たら名前が龍神の腕輪に変わりました。」

ア「所有者の意思で変化するタイプかの? まあ、神装備はもともとそう言うものが多いのじゃ。」

レ「へぇ、じゃあ俺の場合はどうなるかな?」


俺も興味を持って弥生の腕輪に手を伸ばす。すると、サッと弥生が腕を上げて回避する。


レ「少しくらいいいじゃないか。一回試させてくれよ。」

ヤ「わ、私は動かしていませんよ! 勝手に腕が……。」


上げた腕に手を伸ばすと、またサッと左に避けられ、左に手を伸ばすと今度は右にという風に追いつけない。


ア「所有者を選ぶタイプか、意思を持っているのか。どちらにしても珍しいタイプじゃの。」

ケ「ほぅ、あたちにはそうは見えないワン。」


ケルベロちゃんがジーっと腕輪を見つめる事10秒、腕輪が少し動いたか? 見つめる事30秒、少しプルプルしている気がする。見つめる事1分、腕輪なのに汗の様な物が垂れてきた。


ケ「いい加減にしろ、お前だろ? 龍神ニーナ。」


ケルベロちゃんに名前を呼ばれると、観念したのか、さっきまでの荘厳さが嘘の様にポフンと煙が立ち、煙が収まると小学生くらいで金髪ポニーテールのかわいい女の子が立っていた。チャイナ服はこの子の基本装備だったのか、龍の鱗があしらわれているようだ。


ニ「ご、ごめんなさい。別に遊んでいた訳じゃないのですよ? ちょっとお昼寝をしていたら、ミミックに閉じ込められて、さらに特殊なミミックだったのか、内側は神である私ですら破壊できないような頑強なスキルがあったみたいで、それに、通信妨害や変身妨害、転移妨害や魔法妨害までてんこ盛りだったみたいで……。」

ケ「もういい。この星の神が急に行方不明になってアルスリアを派遣するという話になっていたのに……。原因はこういう事だったのか。ラヴィ様が調査したときには神気が全く感じられなかったから、もしや敵に連れ去られたか、消滅させられたという事になっていたんだぞ。あっ、ワン」


知った神相手だったからか、タメ口になっていたケルベロちゃんが思い出したかのように語尾にワンと付ける。早口で言い訳をしていたニーナもピンと背筋を伸ばして起立している。俺達が来るときにはすでにアルスリアが派遣され、そのアルスリアもウロボロスに喰われたあとだったからな。あの時、ミミックを倒していたら流れが変わっていたかな? まあ、過去の事はいいとして、元の時間軸に戻ったらこいつを助け出してやらないといけないな。


ニ「そ、それで、わ、私への罰は何でしょうか? 無意味にひたすら穴を掘って、また埋めたり、砂漠の砂の数を全部数えたり、円周率を延々と言わされるのは勘弁してください!」


どれも罰と言うには微妙すぎる気がするが、神には精神的苦痛くらいしか罰にならないだろうな。寿命も無いだろうし、死ですら苦痛じゃ無いだろう。いつか復活するらしいし。


ケ「今はそれどころでは無いので、無断での職務放棄については不問とするワン。代わりに、この人間たちのサポートをするといいワン。」

ニ「どうしたのですか先輩、急に変な語尾を付けだしたりして。」

ケ「あ? 殺すぞ?」

ニ「ごめんなさい!」


どうやら二人は昔からの知り合いらしい。まあ、ダンジョン関係でこうやって行きき出来るんだから知り合いでもおかしくないか。いつからかは知らないが、ケルベロちゃんが語尾にワンと付けるのは最近の事なのかな? 殺されたくないから聞かないけど。


ケ「それで、いいのか? 悪いのか? ワン。」

ニ「大丈夫です! ワン!」

ケ「てめーはマネしなくてもいいんだよ。」

ニ「ごめんなさい!」


本人は真面目に考えた末にケルベロちゃんのマネをしたみたいだけど、裏目に出たみたいだな。ニーナは小学校の頃、先生に怒られて廊下に立たされた児童みたいになっている。


レ「ところで、この……龍神さんはどなたですか?」


俺はニーナがかわいそうになり、何となく関係性は分かってきたが、一応話題反らしの為に聞いてみる事にする。一瞬ギラリとした目でこっちを見たが、一瞬目をつぶり、落ち着いたのか説明をしてくれる。


ケ「こいつの事はニーナと呼び捨てでいい。むかーしむかし、こいつが暴れ龍だった頃にちょっとオシオキしてやっただけだ。」

ニ「アレをちょっととは、先輩ぱねーっす! 嫌がる私の体を……。」

ケ「誤解を受ける言い方をするな!」


ケルベロちゃんはふわっとちょっとジャンプすると、目に見えない速度で回し蹴りをしたらしく、一瞬でニーナの姿が消えて大岩が崩壊する。その中からニーナがケホケホと咳をしながら現れる。


ニ「た、たんまです先輩! これ以上は死んじゃいます! ってあれ、私のHPが1じゃない?」


ニーナ(女神Ⅲ):HP349万/1000万、スキル:???


ニ「あっ、勝手に鑑定しないでくださいよ。まあ、いいですけど。」

ヤ「ご、ごめんなさい。」


弥生がステータスを鑑定したようだ。特に隠す必要は無いと感じたのか、ニーナ自身がステータスを教えてくれる。


ニ「先輩のステータスを鑑定してもよろしいですか?」

ケ「いいわけねーだろ。」

ニ「がってんです!」


しばらくしてニーナのHPが全快した頃、昔の話を今度はキチンとし始める。HP回復を待ったのはもう一度攻撃されると思ったからか?


ニ「昔の私の名前はニーズヘッグと言う龍だったのですよ。今は龍神と名乗って正式にこの星の神となりましたが、昔は納める神も居らず、私がこの星の支配者だったのですよ。ただ、あまりにも横暴な期間があったというか、他の星の神に喧嘩を売ったというか、いろいろありましてね? で、その対処に派遣されてきたのが先輩なのですよ。当時の私もそれなりに強かったのですが、先輩の一撃であっさりとHPが1になりまして。でも、私もHP自動回復くらいはもっていましたし、すぐに回復はしたのですよ。ただ、HPが回復するたびに攻撃され、HPが1になり、逃げても追いつかれ、また回復したら攻撃されて1になり、回復前に攻撃を寸止めされて死ぬ思いをしたり、を繰り返された結果、心が折れました。当時は神ではなかったので、当然死んだらそれまででしたし。」

ケ「まあ、実力はあったから、逆らわない事を条件にして女神候補に推薦したら、こいつもまじめに働いてキチンと女神に昇神したんだな。」

ニ「はい、それ以来先輩には歯向かえません! ただ、当時は女神ランクⅡって言っていたような? ごめんなさい!」


余計な事を言おうとしたニーナは、ケルベロちゃんに睨まれて謝る。もう、謝るのが条件反射になってないか? 当時もきっと謝っても許してもらえなかったんだろうな……。


ケ「わけあって今のあたちの力にも封印がされているだけだ。」

ニ「はい! ごめんなさい! もう聞きません!」


ケルベロちゃんに再度ジロリと睨まれて謝るニーナ。深堀は寿命を縮める……ニーナはそう理解し、この話を切り上げる。


ニ「それで、ここへは何をしに来られたのですか?」

レ「俺達はステータス上げと、俺としては八岐大蛇のコアを手に入れたいなと。」


ニーナは俺達の周りをちょこまかと飛行して回っている。小学生っぽい見た目通りに落ち着きがない。


ニ「コアを、ですか? 経験値にするならドラゴニュートの方が数も多いですし、楽に倒せますよ?」

レ「ああ、ニーナは知らないか。俺はコアを利用するスキルを持っているんだ。」


細かいところまで説明すると話が長くなるので、かいつまんで説明する。そして、この星でも有効なのは白竜と八岐大蛇のスキルだろう。シンジュのコアは手に入らないしな。ジャイアントトレントのほうはもう持っているし。ウロボロスはどうなんだろうな? 随分と流れが変わってきているから、すでに修正不可能になっているとかか? とりあえずサクッと八岐大蛇の所へ向かうか。丁度そっちへ向かう方が近いし。


ニ「案内するのですよ~。」


ニーナが先頭に立ち、というか、浮き? 八岐大蛇の所へ向かう。場所自体は知っているが、本人がやりたいというのならやらせておくか。ケルベロちゃんの転移でもいいだろうが、そこまで遠い場所でも無いし。それに、道中でもいろいろと話をして情報を集める必要がある。本来の未来の流れとどうずれてきているのかが気になる。ニーナの復活にしろ、元の時間軸じゃどうなってたんだろうな?


ニ「着きましたのですよ~。」


以前に見たのと全く一緒の洞窟だ。まあ、そこが変わるような事は無いか。それじゃあ、以前の通りと行こうか。


レ「ケルベロちゃん、酒の樽を出してくれ。」

ケ「何故ですかワン? 戦う前に酔っぱらうのは推奨されませんワン。気付け程度であれば、少しぐらいならよろしいですワン。」


おおう、以前の通りと言うのは俺が勝手に思っていただけで、ケルベロちゃんに作戦は伝えていなかった。弥生も「しまった」と言う顔をしている。情報を集めるのに夢中で、こちらから情報を与えるのをすっかり忘れていた。


レ「それは……。」

ニ「おーい、オロチのじじい、さっさと起きろー。」


俺が作戦をケルベロちゃんに伝える前に、ニーナが大声で叫び、八岐大蛇を呼ぶ。


八「誰じゃ、ワシをじじいと馬鹿にする無礼者は! そこで待っておれ、今すぐ殺してやるわ!」


八岐大蛇はすでにオーラを纏っている。大竜の力を使っているようで、呼ばれてから一瞬で洞窟の入口に現れた。


ニ「で、どのような勝算があるのですか?」

レ「バカ野郎! 勝算は今消えたわ!」


ニコニコとオロチを呼び出したニーナに怒鳴る。こうなったら、自力でやるか?


八「生娘が五人と、オスが一人か? 殺すにはもったいない美女や美少女ばかりじゃな、それなら腹いせはそこのオスで晴らすとするか。」

レ「ニーナも生娘なのか……。」

ニ「そうなのですよ。なかなか釣り合うオスが居なくてですね。」

ヤ「余裕をかましている暇はありませんよ! 来ます!」


八岐大蛇は尻尾を振りかぶり、高速で垂直に振ってくる。見えてはいるが、素早さが違いすぎるため回避は間に合わない。クリティカルを受けないように腕でガードするのが精いっぱいだった。ゴロゴロと吹き飛ばされている間に、弥生が八岐大蛇の今のステータスを伝えてくる。


八岐大蛇(ドラゴン):スキル:大竜の力、HP自動回復(大)、MP自動回復(大)、属性ブレス


八「さて、憂さ晴らしも終わったし、どの娘から頂こうかのぉ。」

ア「それじゃあ、我がパパッと退治するのじゃ。」

レ「まだ終わってないぞ! みんな手を出すな、俺一人でやる!」


たまにはいいところを見せようと啖呵を切る。勝てるイメージは湧かないが、やるだけやってやる!


八「人間にしては頑丈じゃな。せっかく拾った命、さっさと逃げればよいものを。」


八岐大蛇は再び尻尾を振り上げる。しかし、同じ攻撃をそう何度も食らう訳が無いだろう!


レ「復元、スペクター!」


俺はスペクターを尻尾と俺の間に復元する。八岐大蛇は「それがどうした」というように、そのまま尻尾を振る。物理無効、スペクターに0ダメージ。無効化なので、そのままスペクターごと吹き飛ばされるという事もなく、八岐大蛇の尻尾はスペクターに届く寸前で止まっている。


八「なんじゃこやつは! くそっ、このっ!」


八岐大蛇は意地になって尻尾でスペクターを滅多打ちにしている。しかし、全て無効化され0ダメージだ。


八「しゃらくさい、これでも食らえ! ブレス!」


八岐大蛇が息を深く吸い込むのを見て、俺は慌ててスペクターから離れた。そこへ、八岐大蛇の首の一つから、赤いブレスが吐き出され、スペクターに直撃する。スペクターはコアになった。


レ「ジャイアントトレント、復元!」


そして、俺はその隙に俺が持っている中でも最強のはずのジャイアントトレントを100%復元する。今の俺のMPになったからこそ可能な復元だ。


八「なんじゃ? ただの木では無いか。見たことも無いほどでかいがな。」


八岐大蛇よりもよっぽどでかい木に、八岐大蛇は上を見上げている。そして、八岐大蛇と同じくらい太い枝が八岐大蛇に叩きつけられる。八岐大蛇に0ダメージ。


八「びっくりしたが、今のワシを傷つけるほどではないな。ブレス!」


八岐大蛇から、先ほどスペクターを倒したのと同じ赤いブレスが吐き出され、幹にあたる。そして、ブレスを脅威と見たジャイアントトレントが実をつけ始める。


八「そーれ、もう一丁、ブレス!」


動きを止めたジャイアントトレントに、再びブレスが当たる。


八「なかなか頑丈な様じゃが、これならどうじゃ?」


八岐大蛇の9つの首全部が深く息を吸い込む。実が出来るまであと少し、時間を稼ぐ必要があるな。


レ「復元、ゴブリンいっぱい!」


俺はアイテムボックスに手を入れて、つかめるだけゴブリンのコアを掴み、八岐大蛇に投げつける。20体くらいのゴブリンが復活し、ブレスを阻む。ブレスを浴びた9体のゴブリンがあっさりとコアに戻る。まあ、それは想定内だ。そして、生き残ったゴブリンは、0ダメージではあるが八岐大蛇に攻撃する。


八「鬱陶しいわ!」


八岐大蛇は、9本の首それぞれでゴブリンに噛みつく。9体のゴブリンがコアになる。残り2体のゴブリンも、尻尾の攻撃を受けて消滅する。しかし、時間は稼げたようで、ジャイアントトレントは枯れてコアに戻り、一つの人間大の実が落下してくる。そして、中から全身が茶色で、上半身は半裸の美女、下半身が根っこの様なモンスター、シンジュが産まれた。


シ「お前か、私に攻撃をしていた不届き者は! くたびれたドラゴン風情が!」

八「なんじゃと! 見た目だけ女の草風情が!」


ドラゴンは尻尾でシンジュを叩き潰す。物理無効、シンジュに0ダメージ。


八「こやつもか! くそっ、ブレス!」


物理攻撃が効かないと分かると否や、すぐにブレスで攻撃する。シンジュは吹き飛ばされるが、そんなにダメージは無いようだ。


シ「やりやがったな、足の生えたヘビが!」


シンジュは根っこの様な足で素早く八岐大蛇に近づくと、指のように見えた枝が伸びて八岐大蛇に刺す。八岐大蛇に0ダメージ。


八「効かぬわ! これだから雑草は! ブレス!」


八岐大蛇はさらにブレスで追い打ちをかける。しかし、シンジュもタダでやられる訳も無く、HP自動回復(大)の効果でHPを全快する。ただ、八岐大蛇からは回復は分からないので、八岐大蛇はご機嫌でブレスをちょくちょく当てるだけだ。


八「なかなかHPは多い様じゃが、これで止めとするか。」


八岐大蛇から回避のしようがない9本のブレスがシンジュに直撃する。シンジュのHPは多大なため、9本のブレスを受けても消滅しなかった。


シ「それが止めだと? 笑わせるね!」

八「なんじゃと!?」


HPだけは異常に多いうえ、自己回復するシンジュに八岐大蛇は苦戦しているようだ。といっても、シンジュからは八岐大蛇にダメージを与えられないが。


ヤ「あっ、もうすぐですよ!」


弥生から「もうすぐ」と言われ安心した。さすがに、大竜の力の持続に加えてあれだけブレスを連発すれば、MP自動回復(大)があってもMPが切れるというものだ。待ち望んでいた八岐大蛇のMPが切れ、オーラが消える。そこをシンジュが攻撃する。八岐大蛇にダメージを与えたが、倒すには程遠い。うん、絶対に倒せないわこれ。それに、早くしないとまた回復したMPで大竜の力を使われてしまう。


レ「……ごめん、弥生、やっぱり手を貸して。」

ヤ「仕方ないですね。投擲武器操作! 投擲武器複製!」


弥生の放ったクナイが、9つの首全ての眉間に正確に刺さる。結構なオーバーキル気味ではあるが、八岐大蛇は消滅し、コアになった。


ア「我の出番が無かったのじゃ……。」

イ「アヌビス様、私も無かった。」


もう終わった事だし、二人には他の時に活躍してもらうとして、今回は我慢してもらうしかないな。すると、ニーナがトテトテと近づいてくる。


ニ「ほえー、人間にしてはやるのです。最後は格好つかなかったし、戦いもほぼモンスター任せでしたが、それを含めてあなたの実力だと思うので、うん、合格なのですよ。私の初めての人にしてあげてもいいのですよ?」


突然のカミングアウトに全員がぽかんとした表情になる。八岐大蛇に生娘って言われたのを気にしているのか?


レ「いや、見た目が小学生に手を出したら普通に犯罪だろ。」

ニ「いやいや、こう見えても年だけなら億の桁なのですよ?」

レ「いや、見た目を重視させてください。」

ニ「それじゃあ、私のすべてを見せてあげるのです!」


ニーナがそう言うと、体が光だした。これは、あの時の服の変化のやつか? そう思ってみていると、光っていて詳細は見えないが、全裸のシルエットが少しずつ大きくなり、さらに大きくなり、うんと大きくなり、6mくらいになったところで突っ込みを入れる。


レ「ってでかすぎだろ!」


すると、一旦ピタリと大きくなるのが止まり、光も収まって全身が分かる。半分ドラゴンのような見た目になっている。


ニ「え? これでもまだ全然元の姿には程遠いのですよ?」

ケ「ニーズヘッグだった時の姿に戻るのは止めろ。こいつらを踏み潰すつもりか?」


ケルベロちゃんからの冷静な突っ込みにより、ニーナは元の小学生くらいの大きさに戻った。どっちが元かは知らないが。


ヤ「次は白竜の所へ行きますか?」


俺は八岐大蛇のコアを回収し、弥生がニーナをブロックするように俺にニーナを近づけさせないようにしている。そんなことをしなくても、俺はニーナに手を出すつもりは無いぞ? 力づくで来られたら、どれだけ抵抗しようが無駄だろうし。そんなことを考えていたら、どこかで大きな音がする。


レ「なんだ?」

ヤ「あっちの方から聞こえた気がします!」


八岐大蛇の居た洞窟の更に向こう側の島からの様だ。ケルベロちゃんとニーナが血相を変える。


レ「ケルベロちゃん、何が起こっているか見に行こう! 転移で連れてってくれ!」

ア「あー、やめとけやめとけ、行っても死ぬだけだぞ?」


いつの間に居たのか、八岐大蛇の洞窟の上に、横に寝転んだ40代くらいのおっさんが居た。そして、尻をぼりぼり掻きながら欠伸をする。


ケ「お前は、アスタロス!」

ア「あー、お前は犬の……誰だっけ?」

ケ「あたちは犬じゃない! ケルベロだ!」

ア「まあ、どうでもいいが、行くなら止めないが、さっきも言ったが、死ぬだけだぞ? メィルとかいう女神が喧嘩を売ってきたからな。」

レ「メィルが? ケルベロちゃん、転移を!」

ケ「だが、アスタロスを放っておくわけには!」

ア「俺は何もしないが。復活したばかりで働く気も起きねぇし。」


アスタロスは再び欠伸をする。その隙に、弥生が鑑定をかける。


アスタロス(悪魔):スキル:??? ステータス補正:攻撃力2倍、防御力2倍、素早さ2倍、魔力2倍


ヤ「ひっ、ラヴィ様より強い……?」


弥生がステータスを見て小さく悲鳴をあげる。大声を出したら、それだけで「死ぬ」みたいな。しかし、鑑定された事が分かっても、アスタロスは何かをする様子は無い。本当に戦う気どころか、動く気もなさそうだ。


ア「おっ、終わったみてーだな。」


ひと際大きく音がして、さっきまであった島が消滅する。その反動でここにも津波が押し寄せたが、アヌビスが闇の壁で防いだ。そこへ、何かが転移してきた。場所はアスタロスの近くだ。


ベ「ここに居たのかアスタロス。帰るぞ。」

ア「へいへい。ヴェリーヌの嬢ちゃんはどうしたんだ?」

ベ「まだ2体の女神と遊んでいる。じきにそちらも片が付くだろう。」


転移で現れた美青年の手には、気を失っているらしいメィルが掴まれていた。


メ「うっ、れ、零?」

ベ「もう気が付いたか。やはり、一旦コアにして持ち帰るか。」

レ「や、やめ……。」


俺の目の前でメィルはあっさりとコアになった。消滅する寸前、「逃げろ」と口が動いた気がした。


レ「貴様ぁ!」

ケ「やめろ!」


勢いのまま攻撃しようとした俺の肩を、ケルベロちゃんが掴む。それを無理やりはがそうとするが、ステータス差で無理だった。


レ「離してくれ! メィルが!」

ニ「ダメなのですよ! 殺されるのですよ!」


ニーナも弥生を押さえつけている。しかし、押さえつけられていないアヌビスが飛び出した。


ア「メィルを返すのじゃ!」

ヴェ「邪魔。」


飛び掛かるアヌビスの目の前にヴェリーヌが現れ、アヌビスを攻撃したらしい。アヌビスはコアになった。


ベ「終わったのか?」

ヴェ「はい。無事女神ランクⅡのコアを回収しました。こいつらは?」

ベ「ランクⅢのコアなぞ、こいつが手に入ったからにはもう要らぬ。」

ヴェ「はい。それでは帰還しましょう。」


3人の悪魔は、俺達の事が本当にどうでもいいようで、転移していった。


レ「何故止めたんだ!」

ケ「見たら分かるだろ! 戦っても死ぬだけだぞ!」


ケルベロちゃんがアヌビスを蘇生させながら叫ぶ。


レ「そんな事、分かってる! だけど、何もしないわけには!」

ニ「無理なのですよ。あの方は……あいつは、力を封印される前は元中級神。10分の1に力を封印されている今ですら下級神並みの実力なのですよ。誰も勝てないのですよ。」

レ「それなら、もっと上の、そうだ、はじまる様を呼べば!」

ケ「最高神様がそう簡単に動けるわけがないだろう! 落ち着け!」


本気で怒鳴るケルベロちゃんに、ビクリと体が怖気づいてしまう。落ち着いてなど居られないと叫ぶのは簡単だが、冷静な部分で叫んでどうなると思っている部分もある。あのメィルを、カリヴィアンですら余裕で戦っていたメィルをあっさりと倒すような奴だ。命が助かっただけでも儲けものだったのだろう。そう思っていたら、さっきよりも大きな衝撃が地面を伝わる。


ニ「!!? 星が、星が砕けるのですよ! 急いで退避するのですよ!」


さっき行われていた戦闘は、相当激しかったらしく、その余波で星自体にひびが入っていたようだ。巻き込まれたら絶対に生き残れないので、素直に全員ケルベロちゃんの転移でダンジョンへ転移する。そして、ダンジョン内もあわただしく動いているようで、見たことも無い神々が右往左往している。そして、その中からラヴィ様がこちらへ向かってきた。


レ「ラヴィ様、メィルが……。」

ラ「それは後にして。状況が悪化したわ。サンガ様が倒されてしまったの。」

ケ「サンガ様が!?」

ヤ「サンガ様って誰ですか?」


弥生が俺達を代表してニーナに聞く。その間にも、ケルベロちゃんとラヴィ様の情報交換が続いているからだ。


ニ「下級神様なのですよ。それも、最も硬いと言われる防御特化の神なのですよ。確か、防御力が50億だと聞いた事があるのです。」

ヤ「ごじゅうおく……? 本当に、桁が違う防御力ですね……。」

レ「それが倒されたって? 倒したのは、メィルを倒したやつか?」

ニ「推測ですが、そうだと思うのですよ。ただ、名前は知らない方がいいのですよ。あなた達では、聞いた瞬間に呪われる可能性が高いのですよ。」

レ「くそっ、メィルの仇の名前も知ることが出来ないなんて!」


俺達は、できる事もなく、ビジネスホテルに返されてしまった。星自体が無くなり、居場所のなくなったニーナは、暫定的に俺達の護衛として据え置かれることになった。ニーナは「やったのですよ! 未来の旦那様の近くに居れるのですよ!」と息巻いていたが、弥生が「そんな事はさせません!」と俺をよそに言葉での攻防を繰り広げていた。



ケ「まさか、ジルフィール様までが倒されてしまっていたなんて……。」


事態の急変から、あたちの封印もいつ解いても良いことになった。しかし、女神ランクⅠのジルフィール様や、下級神のサンガ様まで倒されてしまっている。それに、ドラゴンの星に居たアスタロスも、強さで言ったらラヴィ様をも上回るだろう。それに、ダンジョン内ですら女神ランクⅠ相当のグレシルが現れたらしい。


この混乱に乗じて、他の次元でも悪魔の反乱がおきているらしく、他の次元に自由に渡れる最高神様が出向いて行った。アヌビスが他の次元からこちらに来られたのは、すでに開通している次元の隙間を通ってきているからであって、本来は上級女神であっても次元を簡単に渡ることは出来ない。


……そういえば、簡単に渡りそうなやつに心当たりがあった。ラヴィ様の上司であったヴェリーヌ。頭抜けた空間操作のセンスを持っていて、実際このダンジョンに仕掛けられた空間の亀裂もヴェリーヌの仕業だった。


ラ「さらに悪い知らせがあるわ。神界への侵入を許し、魔界から持ち帰った謎の黒いコアを奪われたらしいわ。幸い、上級神のマリア様が居合わせたおかげで、何体かの悪魔を討ち取ったらしいわ。はじまる様の不在をわざわざ狙ってきたわね。」


神界はそもそも許可の無いものは入れない。入口は複数あるが、そのどれもが上級女神か、それ以上の神が守っている。このダンジョンの神界の入口は、普段であればラヴィ様、はじまる様、裏切っていなければヴェリーヌが守っていた。それを、はじまる様が不在で、ラヴィ様の手が回らず、ヴェリーヌが裏切った……いや、最初から敵だったのだろうが、そのせいで入口の守りが薄くなってしまった。


しかし、神界へ行っても、神界に居るのは基本的に下級神以上のランク、それも言っては悪いが、引きこもりか重要なポストについている神ばかりで、ほぼ誰が居るのか分かっている者ばかりだ。その暗殺でなければ、目的は黒いコアを奪う事だけだったのか?


ケ「しかし、マリア様が居て逃げられたのですか?」

ラ「用意周到に逃走経路を確保してあったらしいわ。普段であれば、神界から出るのも許可が無いといけないのだけれど、このダンジョンの神界への入口が、時間をかけて細工したヴェリーヌによって、神界からもこちらからも出入りが自由になってしまっていたのよ。今はもう自由には出入りできないけれど、何の慰めにもならないわね。」

ケ「それで、結局何のコアだったのですか?」

ラ「マリア様が解析していたのだけれど、結局は分からないままだったわ。ただ、敵が危険を冒してでも回収したのだから、ろくでもない物であることは確かね。」

ケ「本当に、邪神のコアだったのでしょうか……。」

ラ「はじまる様ですら分からないって言っていたのだから、今更どうしようもないわね。取り返すにしても、今どこにあるのか分からないわ。悪魔の本拠地は分かっているから、まずはそこへの調査かしらね。」

ケ「魔界……ですか。総力戦になりますね。」

ラ「時間が無いせいで、こちらの戦力としては上級神のマリア様、中級神は参加不可能、下級神は一人か二人来られればいいということころね。」

ケ「マリア様が動かれると、逆に世界が心配になりますが……。」

ラ「やりすぎなければ良いのだけれど……。」



ヴェ「封印を解かれる前に回収してよかったのですか? すでに細工もバレ、神界への出入りは不可能になってしまいましたが。」

ベ「予定外に良いものが手に入ったからな。あやつの復活後の逃走の手伝いをする必要も無くなった。代わりに、コアを回収する事になったが、それほど重要視されていなかったのか守りは厳重ではなかったな。」

ヴェ「神界に出入りする者は限られていますし、常に居るであろう神たちの場所を踏まえて逃走経路を細工しましたので。」

ベ「本当によくやってくれた。あとは、メィルから力を抜き、このコアに移すだけだ。そう簡単に移すことはできぬだろう。しばらく女神共の相手は任せるぞ。」

ヴェ「はい、お任せください。上級魔族も徐々に揃い、中級魔族に関しては女神ランクⅡのコアも手に入りましたのでいつでも蘇生できます。下級魔族に関しては、逆にほぼ倒されてしまいましたが、今となればいくらでも複製すら可能になっていますので不安要素はありません。」

ベ「よし、私はル――こやつの復活に全力を注ぐ。任せたぞ。」

ヴェ「はい。」


ベルゼブブ様はそうおっしゃられた後、魔界へ転移していった。こちらの今の主戦力……上級魔族(女神ランクⅠ相当)はアスタロス、私、グレシル。コアさえあればソンネイロンも蘇生できるのだけど、あいつは好きじゃないからどうでもいいわ。


次に戦力となる中級魔族(女神ランクⅡ~Ⅲ相当)は、カールー、オエイレット、ロキエル、ウリエル。カリヴィアンのコアを使ってカールーを、ドラゴンの星で手に入った女神ランクⅡのコアでオエイレットとウリエルを蘇生したわ。逆に、回収の間に合わなかったベリアスとオリヴィエ、ルバートは倒されてしまったけれど、この程度の戦力ならいつでも擬似コアで行けるわね。


下級魔族(女神ランクⅣ以下)のデーモンやメデューサレベルに至っては、居ても居なくてもどっちでもいいから擬似コアでいいわね。それに、こちらにはサンガのコアがある。私やベルゼブブ様ですら使用できないけれど、あの方が復活されれば最上級魔族(下級神相当)のどなたかが復活されるわね。さあ、準備が整いつつあるわ。全宇宙を我ら魔族の物に!



ラヴィ様とケルベロちゃんの情報交換も終わり、ラヴィ様は早々に他の神たちと共に忙しく動き回ることになったようだ。ケルベロちゃんはビジネスホテルへ一旦戻ることになったらしく、俺達を連れてビジネスホテル前に転移する。結界は継続的に張られているようで、例外はあるだろうが、基本的には女神ランクⅠ以下の者は直接ビジネスホテルの中へ転移することは出来ない。少し時間が経って俺も少し落ち着いたようだ。急いで何とかしないと……という焦りは収まっている。自分の手に余る事態だというのも感じているが。


ニ「私の部屋はダーリンと一緒にして欲しいのですよ。」

レ「おい、その呼び名は止めろ。語尾が『だっちゃ』になっても知らんぞ。」

ニ「よくわかりませんが、分かりました旦那様!」

レ「俺はまだ旦那になった覚えはない!」

ケ「どちらにしろ、嫌でもニーナと護衛先であるあなた方を分けるわけにはいかないですワン。」

ヤ「えー、ワルキューレさんみたいに隣の部屋でもいいんじゃないですか?」


弥生が同室になる事に抗議する。しかし、ケルベロちゃんもすでに出た命令に逆らえないのか、却下する。弥生が自分で見張るという事で、とりあえず以前の部屋をそのまま使うことになった。ニーナの部屋は以前のワルキューレの位置だ。


ニ「わざわざ私に部屋を与えなくも、旦那様と同じ小部屋でいいのですよ。」

ヤ「よくありません! あなたの部屋は、こ・こ・で・す・か・ら・ね!」


部屋のおさらいをすると、入口からすぐの部屋が大部屋、その右が小部屋2つで、うち一つがイルナの部屋。その北側に弥生の使っている小部屋がある。大部屋の北側が俺の使っている小部屋で、大部屋から左に行くと洗面所、さらに北奥にトイレ、西側が脱衣所、風呂となっている。ニーナの部屋は大部屋の東側の小部屋だ。基本的には大部屋を通らなければ俺のところへ来れないが、寝るときは、闇の壁で区切ってはあるが、大部屋で全員寝るのであまり部屋の位置にこだわる必要は無いかもしれない。以前は大部屋を3つに区切り、右側半分をアヌビス、イルナ、弥生が、左下をワルキューレが、左上を俺が使用していた。なお、闇の壁は完全に区切っている訳では無く、目隠しのためのついたての役目だけなので、人が通れる隙間は開けてある。じゃないと、夜にトイレに行けないからな。

その辺をニーナに説明してやる。


ニ「分かりました。それじゃあ、東側で弥生さん、イルナさん、アヌビスさんが寝て、西側で私と旦那様が寝るのですね。」

ヤ「ちゃんと話を聞いていましたか? あなたの場所は洗面所前の4分の1の部分だけです!」

ニ「大丈夫なのですよ。私にはワルキューレのように区切らなくても、隠すようなプライベートは無いのですよ。すでにすべて旦那様に見られているのですよ。」


半ドラゴンの姿か。巨大化するにあたってプロポーションも良くなっていたが、さすがに何メートルもある姿と一緒に寝たいとは思わない。寝返りだけで踏み潰されそうだ。


ヤ「いいえ。何があろうと区切ります! 頼みましたよ、アヌビスちゃん。」

ア「分かったのじゃ。しっかりと隙間なく囲むのじゃ。」

イ「……アヌビス様、それだとトイレに行けない……。」

ア「そうかの? それじゃあ、場所を入れ替えるのじゃ。」

レ「その場合、俺がトイレに行けなくなるわ!」


あーだこーだと押し問答した末、結局当初のままの位置に落ち着いた。ただ、ニーナだけ四方八方すべて闇の壁に囲まれるという形で。まあ、どうせニーナが壊そうと思えば、あっさりと壊れるだろうから気分的なものだな。


ア「とりあえず、食べられるうちに食べるのじゃ! ホットケーキ!」

ニ「ほっとけーきってなんなのです?」


ニーナも食にはうといらしく、しかし甘い物は好きというのでホットケーキにした。昼食には遅く、夕食には早い、3時のおやつの時間か。俺も緊張が解けて空腹感が強まった。心配で飯が喉を通らないという事にはなっていないので、俺は薄情なのかと少しがっかりした。しかし、ここで食わなくても何かが好転する訳では無いので、気を取り直してご飯にする。ただ、がっつり食いたいとも思わなかったので、ラーメンだけでいいや。弥生も、食うときは食うという感じで、カルビ丼を食っている。イルナは、責任を取るという事でマグロ丼になった。


ニ「甘くておいしいのですよ!」

ア「そうじゃろ? 我はずっとホットケーキだけで生きていけるのじゃ。おぬしもそうかの?」

ニ「いえ、私はそこまでではないのですよ。」


アヌビスは裏切られたと感じたのか「ガーン」と言う顔をしている。しかし、好きなものが一緒という事で、アヌビスはいろいろなトッピングをホットケーキに施す。ニーナは、ホイップクリームを乗せたホットケーキが気に入ったようだ。

それから、ニーナからいろいろな話を聞いた。サンガ様が天の川銀河の担当神であった事、ジルフィール様が太陽系の担当女神であった事、ケルベロちゃんが意外にも地球の事を知っていた事。まあ、これはよく考えれば俺達が言った物を用意できる時点で、そう言われればそうか、ぐらいに思う。地球付近の神達の事をよく知っているみたいだし。


太陽系以外の星には、それなりの数の女神が居るそうだ。ただ、知的生命体と言えるほどの生命体はおらず、地球だけが特別視されているらしいな。まあ、ドラゴンの星の知的生命体であるドラゴンや、アヌビスの星の文明を見ると、地球の文明は進んでいる方なのだろう。ビルや乗り物を作るのが正解なのか、自然と調和して生活するドラゴンのどちらが正解なのかは俺には分からないが。

そうしているうちに夕食の時間になる。アヌビスは相変わらずホットケーキだが。


ニ「他に何かおすすめはあるのですか?」


ニーナも地球の食べ物には興味津々なようだ。あれから4時間ほど経ったのでそれなりに腹も減っている。


レ「肉か、魚とどっちが好きだ? どっちでもないパスタとかもあるが。」

ニ「旦那様のおすすめがあれば、それがいいのですよ。」


ドラゴンか。ドラゴンと言えば肉か、雑食なイメージがあるな。まあ、ニーナの姿を見ればお子様ランチが似合いそうだが、その件はもうやったし。まあ、似たようなところでカレーにでもするか、超激辛の。俺もカレーは好きなので、2日連続の6食くらいは食えるくらいだ。それ以上はさすがに飽きる。弥生はマグロの刺身とマグロの炙り焼きを。イルナはハンバーグを注文する。俺はこっそりとケルベロちゃんに超激辛カレーと普通のカレーを注文した。ケルベロちゃんもニヤリと意図を理解したようだ。


ケ「お待たせしましたワン。」


待たせるというほど待たずに運ばれてくる。ニーナの話でほぼ確信に変わったが、これはやはり地球から取り寄せたものなのだろうか。ニーナの前には、どう見ても辛く見える赤いカレーが。俺の前には普通の黄色のカレーが置かれる。


ニ「旦那様のと少し色が違いますね?」

レ「味が違うんだ。どっちが好きかは好みかな?」

ニ「いただきまーす。」


俺は内心笑いを堪えて、ニーナが一口目を食べるのを見る。パクリと食べたニーナは、全く顔色を変えない。


ニ「おいしいのですよ!」


あれ、おかしいな? 古典的な口から火を噴くというのをリアルにやるのを期待していたくらいなのに。俺はニーナが辛さに強いという結果を残念に思いつつ、自分のカレーを一口食う。


レ「超辛え!!」

ケ「ゲラゲラゲラ、かかりやがったぜ!」


ケルベロちゃんめ、やりやがったな! 色だけ辛そうな普通のカレーをニーナに、見た目が普通だけど超激辛カレーを俺の前に置きやがった。やばい、辛すぎて唇が熱いし、喉がひりひりするし、飯テロだ!


ニ「そんなに辛いのですか?」


ニーナは俺の様子をよそに、カレーを一口パクリと食う。


ニ「ほどほどに辛くておいしいのですよ!」


くっ、やはりドラゴン、辛さにも耐性があるとは……。それを確認し、俺の意識は遠くなった。

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