第27話 2日目?
レ「うーん、いい朝だ。」
時計を見ると午前6時30分、いつも通りの時間だ。今回は闇の壁がまだ張られている。恐らく、アヌビスが目覚めていないからだろう。
ア「バアッなのじゃ!」
レ「うわっ! びっくりした! 何下らない事をやっているんだ!」
俺はドキドキする心臓を押さえ、アヌビスを怒鳴った。ダメージを受けなくても心臓発作とかで死ぬ可能性があるのか?
ヤ「みーなーもーとーさーーん。」
レ「ぎゃああ!」
弥生が、透明状態から徐々に姿を現しながら俺に呼び掛けてきたが、その姿は首が曲がり、頭から血を流し、まだ浴衣姿のままだったため、浴衣を赤く染めている。それを見ている間にも、ぽたりぽたりと頭から血が垂れている。
ヤ「アヌビスちゃんにケチャップをかけられました……。」
レ「なんだそりゃ!」
血じゃなかったんかい! と心の中で突っ込みを入れ、アヌビスを睨む。睨まれたアヌビスは視線をそらし、ヒューヒューと口笛を鳴らそうとするが、空気が抜ける音だけしかしない。謝るそぶりがないので拳骨を落とす。アヌビスに0ダメージ。ぐぬぬぬぬっ、平気な顔しやがって!
レ「罰としてアヌビスはホットケーキの飯抜きだ。神は食わなくても死なないんだったな? 当分、飯抜きにするか。」
ア「ぬおお、すまぬのじゃ! 悪かったのじゃ! 謝るからホットケーキ無しだけは勘弁してほしいのじゃ!」
アヌビスはあっさりと白旗を上げ謝った。謝るくらいならするなと言いたいが、いたずら好きは前々からか。
ヤ「もう! 食料を無駄にするのもやめてくださいね! あっ、アヌビスちゃんは私の着替えを持ってきてください!」
ア「わ、わかったのじゃ!」
弥生は怒りながらシャワーを浴びに行った。そして、アヌビスは闇の壁を消した。すると案の定、着替え途中のイルナが居た。丁度パジャマを抜いたところのようで、白いスポーツブラと普通の白パンツだ。そのイルナと目があう。
イ「……いやーん。みないでー。」
そう言いつつもイルナは普通に着替えを続け、表情も無表情のままだ。絶対恥ずかしがっていないだろ。
レ「はいはい、悪かったよ。」
イ「……ぶー。」
その反応がイルナには不満だったようだが、相変わらず着替えは続けているようだ。一応目は背けてあげている。そして、弥生の服を取りに行ったアヌビスが慌てて戻ってきた。そんなに慌てるなら転移をすればいいのに、と思うが、最近はビジネスホテル内が結界で転移不可能だったので忘れているのだろう。
レ「おい、何か落とした……ぞ?」
アヌビスが横を通り過ぎた時に何か落ちるのが見えた。……正確に言うと、俺の素早でばっちり見えていたのだが、理性がそれを認識するのを拒否していたようだ。落ちたのは、紫色のTバックだった。今までの弥生の性格からは信じられない下着のチョイスだ。
イ「……大人な下着?」
レ「……イルナ、弥生に渡してきてくれ。俺は何も見なかった。」
イ「……分かった。」
イルナはトテトテとバスルームに向かった。しばらくして、弥生の怒鳴り声が聞こえた。
ヤ「これ、私の下着じゃありません! アヌビスちゃん! もうっ!」
ア「のじゃー!」
アヌビスがTバックを持って逃げてきた。……なんだ、アヌビスのいたずらだったのか。ってことはワザと俺の前に落としたな! どおりで落としたのに気が付かない上に、服を持っていくだけなのに時間がかかっていたわけだ。おそらく、あの下着はケルベロちゃんに頼んで取り寄せたのだろう。ケルベロちゃんがあれを取り寄せる姿を想像しようとしたが、背筋に悪寒が走ったので考えるのをやめた。
シャワーを浴び終わった弥生も戻り、全員が揃ったので朝食にする。アヌビスの朝食は罰のためにホットケーキシロップ抜きのホットケーキにしたが、本気で泣き出したため、仕方なく普通のホットケーキにした。今は満足そうにそれをほおばっている。イルナはどこで知ったのかは知らないが、豚足を食べている。ちょっと匂いがあるので離れる。弥生は普通のアジフライ定食で、俺はお茶漬けにした。毎回誰が作っているのか知らないが、どんな料理もうまい。
レ「今日はどうする? 俺は昨日に引き続き自動狩りと分裂体の融合を繰り返そうと思うんだけど。」
ア「それなら我とイルナはVRゲームをするのじゃ。昨日のリベンジなのじゃ!」
イ「……ん、望むところ。」
無駄に気合を入れているアヌビスとイルナを横目に、弥生は考えるように黙っている。
ヤ「私は、8階の方へ行ってきます。今ならアラクネにも負ける気はしませんし。」
レ「俺も着いて行こうか? 一人じゃさすがに何かあったときに危ないだろうし。」
ヤ「大丈夫ですよ、帰還の巻物もありますし。悪魔が出たら速攻で退避します!」
そういえば、そんな便利なアイテムもあったな……。実際にアイテムを使う事がほとんど無くて忘れてた。それに、今となればコアとアイテムを交換するよりもコアの経験値の方が大事だ。魔法のスキル書とかは有ったら便利かもしれないが、大したものは無いし、何かあれば普通に融合で使えるようになるしな。
レ「分かった、危険だと思ったらすぐに帰ってきてくれ。」
ヤ「分かりました!」
今日の行動指針が決まり、各々行動を開始する。といっても、皆最初に向かう場所はダンジョンなんだけどな。
レ「あれ? ワルキューレだ。」
玄関に向かう途中に、ホテル内を巡回しているのか、ワルキューレが歩いてくる。確か、ホテルの管理を任されたんだったか? ケルベロちゃんが居るから暇なのかな?
ワ「むっ、冒険者か? ホテル内とはいえ、あまりウロウロするな。」
こちらでは全く接点がなかったためか、偉そうな態度を取っている。実際は女神なので偉いのだろうが、ワルキューレの普段の姿を知っている俺にとっては偉いとは思えない。それに、こっちのワルキューレはデーモン戦も発生しないため、当分女神ランクⅤのままだろうし。
ワ「なんだ、無視か? 最近の人間は神を敬うという事を知らぬようだな。」
なんかイライラしているみたいだ。特に何も言わない事を無視していると思われるとは。
ア「我らはこれからダンジョンに向かう途中なのじゃ。ウロウロしている訳では無い。」
ワ「人間の癖に私の言う事に逆らうのか?」
ワルキューレは、最近基本的には飛行せずに歩いているアヌビスを人間と思っているらしい。次元の違う神なので、見たことが無いからかもしれないが、そういえばワルキューレは鑑定が無いから見た目で判断して痛い目に遭っていた気もするな……。
ア「なんじゃ? やるのか?」
ワ「痛い目を見なければ分からんようだな?」
ア「ほぉ、それなら……これはなんじゃろうな?」
険悪な雰囲気で一触即発なところで、ふいにアヌビスがニヤリとして、白い布をワルキューレの目の前に出す。ワルキューレも、何か分からなかったようで怪訝な顔をしている。アヌビスが、ゆっくりと手を開くと、それは白いパンツだった。
ワ「なっ、それはっ、いつの間に!? 返せ!」
ワルキューレは神装備の上から自分の下着を確認すると、履いてない事に気が付いたようだ。アヌビスの手からひったくろうとするが、素早さは断然アヌビスのほうが上なので、ワルキューレは取り返すことが出来ない。地面の影が動いているところを見ると、闇魔法を使ったのかな。ワルキューレの鎧はスカートタイプだからな……。
ア「謝るなら返してやっても良いのじゃ。謝らぬなら、そのスカートをめくってしまうのじゃ。」
レ「ほぉ。」
ヤ「み・な・も・と、さん?」
俺の背後で殺気が膨らむ。この気配は、悪魔と相対した時以上のプレッシャーだ、冷や汗が止まらねぇ。そして、そのプレッシャーに気圧されたのは俺だけでなく、アヌビスとワルキューレも弥生の方をビクッと見る。そして、いち早く正気に戻ったワルキューレが、アヌビスから下着を取り返す。アヌビスも毒気を抜かれたようで、それ以上何かすることはなかった。
ワ「今後は気を付けろ!」
捨て台詞の様にそう叫ぶと、ワルキューレは下着を履きにどこかへ向かったようだ。これでこっちのワルキューレと仲良くする事は無さそうだな。
イ「……さっさとダンジョンへ向かう。」
マイペースなイルナに言われ、俺達は再び行動を開始した。
レ「それじゃあ、また後で。」
俺は7階までの方のダンジョンの前に陣取り、弥生は8階の方のダンジョンへ向かう。アヌビスとイルナはゲームコーナーへ向かった。
メ「こんなところで何をしている?」
レ「ああ、メィルか。そっちこそどうしたんだ? 何か用事があったんじゃないのか? ん? 少し身長が伸びたか?」
メ「無事確認を終えて戻ってきたところだ。その過程で身長は少し伸びたかの。」
身長だけじゃなく、少し大人びた顔になったメィルに一瞬心を奪われそうになったので、気合で取り戻す。何故か知らんが、こいつに惚れたら負けな気がするからな。そもそもこいつは恋愛対象外だ。
メ「弥生が8階へ向かったようだが、そこにいた悪魔は私が倒しておいたぞ。そして、私はこれからドラゴンの星へ向かう事にする。」
レ「そうか、8階の悪魔はメィルが倒したのか。これで不安材料が減ったな。」
今更ながら、なんで俺は弥生を8階へ向かわせたんだろうな。あそこに悪魔が居る事は知っていたはずなのに。ただ、メィルが何とかするという予感があったのかもしれない。
メ「もう少しで、一つの区切りがつくだろう。そしたら……お別れかの。」
メィルはボソリとそう言うと、こちらの返事を待たずに転移していった。
レ「お別れ、か。」
意識はしていなかったが、いずれそうなるとは思っていた。そもそも、今の状況は一時的な措置であり、いつになるかは分からなかったがまた本来の場所へ戻るはずだったのだから。ただ、こちらでの状況が変わりすぎて、何となくこのままでもいいかな、とは思ってしまった。それが、綺麗になったメィルを見たせいだとは思いたくないが。
レ「っと、それはともかく、今度はキチンと倒されない分裂体を作らないとな。」
触れなければ変化できないドッペルスライム対策に、ガーゴイルあたりを当てる事にする。そして、6階は自分で戦うことにした。何となく、戦う事で他の事を考えなくて済むようにしたかったからだ。こちらのヒノトリはイルナが今使っているヒノトリとは別物だし、気にすることも無い。
……俺は何故忘れていたのだろう、こいつの存在を。ダンジョンの奥から現れた、ボンテージに鞭をもつ女、そう、ブラッドサキュバスを。
ブ「オホホホホ、ちょっとごついワンちゃんね。まあいいわ、久々の獲物だもの。魅了!」
レ「げっ、こいつは……! 帰還の巻物!」
魔力を上げていたおかげで魅了に抵抗する事に成功し、無事に巻物を使って帰ってくることが出来た。それより、急いで助けを呼ばないと!
レ「ラヴィ様……は魔界へ行っていないか。ケルベロちゃん……じゃ勝てないし、ワルキューレは論外だ。メィル、おーい、メィルー!」
聞こえるのかどうかは知らないが、とりあえずメィルを呼ぶ。しかし、メィルは現れなかった。当然か、さすがにドラゴンの星まで声が聞こえる訳も無いわな。仕方ない、フロントへ向かうか。
フロントに行くと、ラヴィ様が外出中の為、今日の受付当番らしいリリスが居た。リリスの姿がサキュバス……しいてはカリヴィアンとかぶり、嫌な思いが顔に出る。
リ「いきなりどないしたん、そない嫌そうな顔をして。うちに何か恨みでもあるん?」
レ「いや、そういう訳じゃない。ちょっと全裸に近いマッチョを思い出してしまってな。」
リ「全裸に近いマッチョ……それは嫌やろうけど、なぜうちを見てそれを思い出すん?」
レ「それには深い訳が、それより緊急事態だ! ラヴィ様かメィルに連絡は着かないか?」
リ「ラヴィ様は忙しいからあまり連絡を寄越さないで頂戴って言われてて連絡しづらいんで、メィルちゃんでいい?」
レ「どっちでもいい! 早く!」
リ「せっかちやなぁ。とりあえず、通信機、通信機っと。」
リリスはフロントの奥にある電話を取ると、内線をかけるかの様にポチポチと番号を押す。
リ「あっ、メィルちゃん? 何かメィルちゃんに連絡を取ってくれって言う人間が来とるんやけど。うん、そう。ダサい人間のオス。」
あのー、聞こえてるんですけど! 悪かったな、スーツ姿がダサくて! そして、リリスが通信機の口の部分を押さえてこっちに話しかけてくる。
リ「メィルちゃん、今忙しいんやって。どうしてもならすぐ来るそうなんやけど、どないする?」
レ「女神ランクⅡ相当の悪魔って言ったら分かるか?」
一瞬でリリスの表情が変わる。見習い女神だけあってその危険度はすぐにわかったようだ。
リ「そない化け物……、メィルちゃんじゃあかんやん、ラヴィ様に連絡を取らないとだめや!」
そう言って通信機を切ろうとしたが、この声が聞こえていたらしく、リリスが通信を切る前にメィルが転移してくる。
メ「そんなうまそうな話し(経験値)、どこにおるのだ?」
リ「何言ってんの?! 女神ランクⅡ相当の悪魔ゆうたらここらじゃラヴィ様しか相手にできんやんか! そのオスの言う事がホンマやったらうちらも殺されてしまうんよ!」
メ「女神ランクⅡなら丁度いい。私は今、女神ランクⅢだからな。」
リリスは訳が分からないという顔をする。理解が追いつかないおかげで、逆に冷静さを取り戻したようだ。
リ「メィルちゃん、うちは鑑定を使えんからステータスは見れへんけど、女神は嘘をつけんから、どうやってかは知らんけどそれがホンマの事だとしても、女神ランクⅡはⅢよりも格上なんよ? 大丈夫?」
確かに普通なら女神ランクⅡは女神ランクⅢでは絶対に勝つことが出来ないはずだが、女神ランクⅤのメィルが女神ランクⅢのルバートをあっさりと倒すのを見ている。それに、8階の悪魔も倒しているらしいし、女神ランクⅢになっているならその強さは本物だろう。だが、鑑定の使えないリリスではメィルの言葉が信じられないのも分かる。昨日まで見習い女神仲間だったのだろうからな。
そして、リリスは思い出したかのように通信機の番号をポチポチと慌てて押す。おそらくラヴィ様にかけたのだろう。
リ「はよー、はよーでてーなラヴィ様。このままじゃうちら殺されてまう。ああもうアカン、留守電になったわ! こうなったら、うちはもう何も聞かへんかった! 何も知らんねん!」
リリスは、俺からの報告を嘘ということで居直ることにしたらしい。いくら恐怖があったとしても、ここから勝手に逃げ出すことは出来ないのかもしれない。
メ「リリス、逃げたかったら逃げても良いぞ? 私が受付を変わろう。」
リ「ホンマ?! それなら……でも、あんたもそのオスと一緒に現場に向かうんやろ? だったら、結局ここを空けるわけには行かんし……えーい、うちも女や、あんたらの調査が終わるまでここにおったるわ! ラヴィ様の折り返し電話に出なかったら後が怖いし。」
最後の最後にボソリと呟いた言葉が無ければ格好よかったのだが。まあ、その責任感だけは褒めてやったほうがいいか。
レ「ありがとう、助かる。それじゃあ俺達はダンジョンへ入る。」
リ「ホンマにあかんかったら、逃げても誰も文句言わんから、無事帰ってくるんやよ。うちも待っとるわ。」
メ「ああ、頼んだ。」
俺はメィルにダンジョン6階と告げ、それを聞いたメィルと共に転移する。6階に戻ると、キョロキョロと辺りを見渡しているブラッドサキュバスが居た。
ブ「あら? ちゃんと戻ってきたのね、偉いわワンちゃん。それに、綺麗なワンちゃんを連れてきてくれたのね。」
メ「どこに居るのだ、女神ランクⅡの悪魔と言うのは?」
レ「そこのブラッドサキュバスがカリヴィアンになるんだ! 魅了を使ってきたから間違いない!」
ブ「何を言って……? 魅了……?」
前回と同様、ブラッドサキュバスが魅了と言う言葉に反応してガクガクと体を震わせる。あまり見ていたくは無いが、目をそらすわけには行かない。白目になり、口から泡を吐き、腹が割れてミノタウロスの様な悪魔が出てきた。
カ「あ・た・し、爆誕! ここに来るのが予定よりも少し早かったわねぇ。おかげであたしのお肌の張りが悪いわぁ。」
そう言いつつマスキュラーポーズをとっているカリヴィアン。お肌の張りは分からないが、見た目は以前に見たままのブーメランパンツ1枚だ。
メ「久しぶりだな、カリヴィアン。」
カ「誰かしら、あなた。ビューティフルアイ! 鑑定失敗ですって?」
言葉とは無関係にマッスルポーズをとるカリヴィアン。ビューティフルアイとやらが鑑定の事だったのか? それにしても、メィルはこいつにあった事があるのか? カリヴィアンはメィルの事を知らないみたいだが。
メ「覚えておらんのも無理はない、まあ、思い出したところで見た目も多少違うがの。」
カ「鑑定妨害があるってことは、少なくとも上位女神かしらん? それとも、偶然スキルを手に入れたのかしらん? それにしても、見た目によらず強いのよね?」
メ「今のランクはⅢと言ったところかの。しかし、期待通り、私は強いぞ?」
カ「オホホホホ、あなた知らないのね。女神の強さはランクが全てよ。ちなみに、私は元女神ランクⅡなのよね。」
メ「元男神ランクⅡ、にきちんと訂正しておいた方が良いのではないか?」
カ「だまらっしゃい! あたしの心はとっくに男である事を捨てたのよ!」
メィルは毎回相手を怒らせているな。そのおかげと言うべきか、無駄にポージングを取らずに攻撃態勢に入っている。カリヴィアンはジリジリと間合いを調整し、メィルの方は自然体で待つ。メィルから攻撃する様子は無いので、カリヴィアンが何かするのを待っているのだろうか。
カ「来ないなら、こちらから行くわ。魅了!」
カリヴィアンが魅了を使う事は分かっていたので、俺はすでに魔法の射線上から離れている。どういう理屈かは分からないが、カリヴィアンの魅了は目に見えるのだ。それなら、躱せばいいと思うだろうが、何故か躱すことができない。実際、メィルも躱せずに魅了に当たる。まあ、ワザと当たった気がしないでも無いが。
メ「それで、魅了してどうするのだ?」
カ「とりあえず、全ての装備を外して全裸になりなさい。私の様に!」
レ「いや、お前は全裸じゃないだろ……。」
だからと言ってブーメランパンツを脱がれても困る。いや、むしろブーメランパンツ姿の方が卑猥なのか? どっちにしろマッチョの全裸に興味はない。そして、メィルの方はというと、自分のお腹付近の服を両手で持ち、たくし上げ……ない。
メ「やれやれ、何を命令するのかと思ったら全裸になれとか……情報を少しでも得られると思ったのが間違いだったかの。」
メィルはパチンッと指を鳴らすと自分への魅了を解除したようだ。やはり、ワザと当たったのか。
カ「きーっ、生意気な小娘ね! でも、魅了が効いたという事は、魔力は私の方が上という事よ。食らいなさい! 岩礫(いわつぶて)。」
カリヴィアンの周りに大量の岩が浮かび、メィルに向かって飛ぶ。最初の一発がメィルに当たった段階でメィルは吹き飛ばされて壁に背中を打ち付ける。そして、破片や砂埃でメィルの姿が見えなくなる。そこへ、どんどんと岩がぶつかり、さらに砂埃が立つ。ダンジョンの壁は頑丈とはいえ、カリヴィアンの攻撃に耐えられなかったようで凹んだ上にひびが入ってきている。
カ「結構あっけなかったわね。さて、コアを回収しようかしら。あら? そこのお兄さんもあたしと遊びたいのかしらん?」
俺は全力で首を横に振る。カリヴィアンの方も、俺よりもメィルのコアを回収する方を優先したらしく、砂ぼこりに向かって歩いて行く。岩自体は魔法だったため消失し、瓦礫の山にはなっていない。
メ「けほっ、けほっ。こういう事なら風魔法でも覚えておけばよかったかの。ああ、ただの砂ぼこりなら透過すればよいのか。」
そんな声が砂煙の中から聞こえ、メィルが普通に歩いてくる。言葉の通り、透過を使ったおかげか、神装備だからか、服に汚れは見当たらない。
カ「なんですって?! 直撃したはずよね?!」
メ「自分で見ておったのではないのか? それとも、その牛の目では良く見えぬのかの?」
挑発されたカリヴィアンはピキリという音と共に血管を浮かべる。見たことはないが、スペインの闘牛でもあれほど怒ることは無いだろうというようなくらいに鼻息を荒くして真っ赤になっている。
カ「それなら、直接殴るまでよ!」
メ「!? 零、離れておれ! 間に合わぬか!」
メィルは地面に手を当てると、俺の前に土魔法のゴーレムが現れた。同時に、カリヴィアンも「直接殴る」とかいいつつ、殴ったのは地面だった。カリヴィアンを中心に衝撃波が発生し、俺の目の前のゴーレムがあっさりと砕けるのが見えた。
カ「ばかね! 人間なんて守るから、自分自身が無防備になるのよ。」
衝撃波は、一旦何かに当たれば、そこの部分の攻撃判定が止まるらしく、ゴーレムの幅の分だけ無事だった。しかし、何も当たることが無かったダンジョンの壁は衝撃で砕け、今にもダンジョンが崩れそうだ。
メ「範囲攻撃は止めてもらえんかの? ただでさえ狭いところが埋まってしまうではないか。壊れたところは直しておくかの。」
パンッパンッとメィルが手を叩くと、カリヴィアンが現れたところから今までに壊れた部分がすべて復元された。ワルキューレが壊したビジネスホテルの壁を、時間を巻き戻して直したのと一緒だ。おそらく大丈夫だろうと思っていたが、やはりカリヴィアンの攻撃は、物理、魔法共にメィルにはダメージが無いようだ。
カ「そんな……あなた、これでも本当に女神ランクはⅢだというのかしらん?」
カリヴィアンが滝のような汗をかいている。ラヴィ様の分身とカリヴィアンとの戦闘は見ていないが、その時は装備の差でゴリ押ししたと弥生たちから聞いていた。実際にステータスを見ている弥生は「ロキエルの5倍くらい強かったですよ!」と言っていたが、ランクが同じでも強さには結構バラツキがあるようだ。
カ「中級魔族の中でも上位のあたしより、あなたのほうが強いって言うの? 嘘よ! 何かトリックがあるに決まっているわ! ……そうよ、きっと防御力と魔力耐性特化なのね?」
カリヴィアンがメィルに向かって走り出す。俺の目にも見えるくらいだから、メィルなら躱すのは簡単だろう。しかし、躱すかなぁ?
メ「そんな遅い速度で何をする気かの? ほれ、受けてやるから何かやってみるがよい。」
やはり、メィルは躱す気は無く、むしろ受けて立とうとしている。それを聞いてカリヴィアンの牛の口角があがった。
レ「メィル! あいつ、何か企んでるぞ!」
カ「もう遅いわよ! 防御力高い? これならいくら高くても関係ないわよ? 崩堅(ほうけん)!」
カリヴィアンの大木の様な右手の平がメィルを正面から叩きつける。不思議と弾き飛ばされることはなく、むしろ全ての衝撃が体内に送り込まれたかのように静かだ。
カ「これで死んだわね。防御力無視の格闘術よ。よくいるのよね、装備の防御力に頼った女神が。そう言うやつらを何度も葬って来たわ。」
カリヴィアンは、自慢げに話し、手を戻す。普通の女神ランクⅢなら1発で死ぬダメージだ。しかし、メィルがコアになる様子は無い。
カ「……変ね。立ったまま死んでいるのかしらん?」
メ「そんなわけがなかろう?」
カ「ぎゃああ!」
カリヴィアンは腰を抜かし、這いながらメィルから離れる。本当に倒せないのだと気が付いたのだろう。さっきまで真っ赤だったカリヴィアンの顔が、今では真っ青だ。
メ「それでは、いろいろと知っていることを話してもらおうかの?」
カ「話せるわけ無いじゃない! あんたよりもよっぽど怖いお方が居るのよ!」
話せるわけが無いといいつつ、微妙に黒幕が居る事を話している。すると、ポツリとどこからか声が聞こえてきた。
グ「あー、話しちゃうんだぁ? ねぇ、いいと思ってるのぉ?」
レ「おえっ、何だこの臭い! く、臭い!」
カ「この臭いは……グレ、シル……さ、ま?」
カリヴィアンがギギギッと油の切れたロボットのように声の聞こえた方に振り向く。そこには、いつの間に居たのか女性が膝を抱えて座っていた。髪がぼさぼさで、前髪が顔の半分にかかっており、左目の下にはものすごいクマがある。服は、元は白かったのだろうか、全体的にくすんだ灰色になっているが、ところどころどう見てもカビだとしか思えない緑や黒のシミがある。神自身は垢など出ないはずだが、この臭いはずっと風呂に入っていないとしか思えない。
メ「グレシルか。相変わらず汚いのう。」
メィルはグレシルが居たことを知っていたのか、鼻をつまんで話している。臭いこそ防御力や魔力で防げないので我慢するしかない。
グ「汚いのが好きなのよぉ。でもね、裏切りなんて言う汚さは要らないわぁ。」
カ「ち、違うわよ! ちょっと口が滑っただけで話す気は無いわよ! だから、ね?」
カリヴィアンは自分で中級魔族の上位と言っていた。そのカリヴィアンがこれだけビビっている。あいつはまさか。
レ「……上級魔族?」
グ「あらぁ、物知りねぇ。それとも、この馬鹿が漏らしたのかしらぁ?」
カ「あ、あたしは漏らしてないわよ! あなた、余計な事を言わないでよ!!」
俺が予想で言ったセリフに想像以上にビビっているカリヴィアンが必死の表情で否定し、こちらを睨む。その顔色は青を通り越して白くなっている。
グ「もうどっちでもいいわぁ。さっさとコアにしてカールーの素体にでもしてしまえばいいのよぉ。」
グレシルはすくっと立ち上がり、両手を前にだらんとさせてカリヴィアンの方へゆっくりと歩いて行く。それによってカリヴィアンも腰を抜かしたまま下がる。しかし、ダンジョンの壁はすぐ後ろにあった。
メ「待ってくれんかの。そやつはどうなってもよいが、ここで戦われるとダンジョンが壊れるからの。」
グ「あんたわぁ……? まあいいわぁ、見ていなさい、私の戦いは破壊とは無縁よぉ。パンドラ。」
すっと手があげられると、カリヴィアンの頭の周りに緑色の霧が発生する。その霧を吸ったのか、カリヴィアンが叫びだす。
カ「ぐっ、があああぁ! 目が見えない! あぁ、吐き気が! おぉぉ、体中に痛みがぁ!」
攻撃によるダメージでは痛みが発生し無いこの世界で、痛みにのたうちまわる姿を見るとは思わなかった。
グ「それじゃぁ、聞こえてないと思うけどぉ、さようならぁ。神毒。」
カ「ああぁああぁぁ!」
痛みにあえぐカリヴィアンが、さっきより更に濃い緑色の霧に包まれる。カリヴィアンは神毒になった。しばらくして、毒のダメージでカリヴィアンはコアになった。
あのカリヴィアンがこんなにもあっさりとやられるなんて……。ラヴィ様ならこいつにも勝てるのだろうか?
グレシルは、ゆっくりとカリヴィアンのコアに近づいて拾い、アイテムボックスへ放り込んだ。
グ「それでぇ、あんたわぁ?」
グレシルがぐるりと180度首を回してメィルを見る。ホラーすぎて怖い。それに、ある程度我慢できるとはいえ、臭いもきつい。掃除されていない公衆便所の臭いの方がまだ全然マシだ。この臭い、毒じゃないよね?
メ「私はメィルだ。せっかくの獲物を横取りされて少し腹ただしいと思っておる。」
グ「ふふふっ、ごめんなさいねぇ。こいつがあんまりにも馬鹿だから、つい手をだしちゃったわぁ。それでぇ、鑑定できないあなたはだぁれ?」
グレシルは首を90度横に傾ける。首が180度回っている上に横にも90度傾くとか、首が折れているようにしか見えない。夜にこれを見たら叫んで逃げるわ。
メ「こう見えても女神だが、それを聞きたいわけではあるまい?」
グ「何故こんなにも余裕があるのかなぁと思ってぇ。今の見てたわよねぇ? カリヴィアンがあっさりと死ぬところぉ。」
メ「そっちこそ見ていたのであろう? 私がそいつを圧倒していた所をの。」
グレシルはぐりんと今度は体を180度メィルに向け、首も元に戻す。鑑定が出来ない以上、どうすればいいのか図っているのだろう。
グ「私にぃ、勝てるとぉ、思ってるのぉぉお?」
グレシルが、少しイラッとした声で問う。その問いは言外に「勝てるわけ無いでしょ」というニュアンスが含まれているのが分かる。
メ「勝てないと思う。……と言ったら、見逃してくれるのかの?」
グ「逃がすわけ無いでしょぉ? 麻痺毒ぅ。」
グレシルから辺り一面に黄色い霧が広がる。あいつの言葉の通りなら、これを吸ったら麻痺する! 俺は思いっきり息を吸い込んで止める。
グ「馬鹿ねぇ、息を止めても無駄よぉ。皮膚呼吸どころか、触れるだけでも効果があるわぁ。」
グレシルから案の定、ダメ出しを食らうが、広範囲に広がってきているため回避する場所も無い。俺はマヒになって倒れる。ダメージは無いが動くことが出来ない。気持ち、呼吸すら苦しく感じる。
グ「あなたにはぁ、効いていないようねぇ。まさか、そのナリで無生物とかぁ?」
メ「馬鹿を言うな、しっかりと生物的な情欲をそそる体であろう?」
メィルは両手で胸を持ち上げるが、正直、寄せて上げてぎりぎり胸の谷間が出来るくらいか? それでナイスバディというには無理がある。が、その柔らかさは生物にしかありえないものだろう。ただ、科学が進んでシリコンとか何とかゴムとかで質感は皮膚ですっていうのを再現していなければの話だが。
グ「言ってみただけよぉ。麻痺が効かない装備ぃ? それとも、魔力だけ馬鹿高いとかぁ? あぁ、麻痺耐性もあるわねぇ。」
グレシルはブツブツと何故メィルにマヒが効かないのか考えているようだ。
メ「それで、もう終わりかの?」
メィルの言葉に考えを中断され、グリンとメィルの方を向く。いちいち大げさに見ないとダメなのかあんたは。
グ「ちょっと気になっただけよぉ。毒の霧はどうかしらぁ?」
グレシルからさっきに比べればすごく薄い緑色の霧が発生する。あれはイルナの使う毒より薄そうだが、麻痺している俺は当然回避も出来ないし、回避する場所も無い。零は毒になった。
グ「やっぱりぃ、毒も効果無しかぁ。」
グレシルはあっさりと毒を解除する。どうせ効かないと思っていたから低レベルのスキルで確認しただけっぽい。さっきカリヴィアンを倒した毒を使われていたら、俺はもう死んでいただろうけど。
グ「信じられないけどぉ、私より魔力が高いのねぇ。ふふふっ、まあいいわぁ、私の魔力、高いって程じゃないしぃ。私ってぇ、見た通り肉体派なのよねぇ。」
見た通りと言われて見るが、どう見てもガリガリで病的な感じだけど。井戸から出てくる貞子さんのほうがまだ肉体派ですよ? と思っている間にダンジョンの壁に穴が開く。グレシルの攻撃を回避したメィルと、勢いのまま壁に穴をあけたグレシルが見える。
メ「何が『私の戦いは破壊とは無縁』じゃ、しっかりと壊しておるでは無いか。」
グ「うるさいわねぇ、毒が効かないあんたが悪いのよぉ。」
グレシルとメィルの姿が消えるたびに地面やら天井やら壁やらに穴が開く。流れ弾? にでも当たったら俺も死ぬ! でも、麻痺のせいで声も出ない。
ラ「そこまでよ。これ以上ダンジョンを壊さないで頂戴。」
さすがにこの騒ぎに気が付いたのか、リリスの連絡が付いたのか。ラヴィ様! と言いたいけど麻痺中で首すら向けられない。
グ「ラヴィかぁ。あんたも毒が効かないわよねぇ?」
ラ「グレシル……あなたは別に毒だけってわけじゃないでしょう。」
グ「2対1はぁ、分が悪いかねぇ? 多対一は私の望むところではあるんだけどねぇ、毒が効かないんじゃやる気も下がる。それに、ラヴィの相手はあいつに譲るかぁ。転移。」
ラ「待ちなさい! 結界!」
グレシルの転移に合わせ、転移封じの結界を張るラヴィ様。しかし、グレシルはあっさりとその結界を物理的に壊して行ったようで、パリンと乾いた音がした。
ラ「くっ、やはり短時間で編んだ結界では逃げられてしまったわね。それにしても、女神ランクⅡ相当の悪魔が現れたと聞いていたのだけれど、大丈夫かしら?」
ラヴィは倒れている俺に話かけてきたが、まだしゃべることができない。麻痺を解いてもらえれば……。
ラ「あいにく、麻痺を解除するアイテムは持っていないわ。一旦もどりましょう。メィル、あなたも着いてきなさい。その前に、ダンジョンを手分けして復元するわよ。」
メ「分かっておる。言われなくてもそのつもりだからの。」
ラヴィ様は相変わらず俺の心を読めるようで、麻痺であることに気が付いてくれた。倒壊の危機にあったダンジョンは、無事ラヴィ様とメィルの手で修復されたのであった。
購買で麻痺を直すアイテムを買い、麻痺を直してもらった。俺はやっとのことで起き上がり、椅子に座る。フロントに居たリリスは、待っているといいつつラヴィ様が来た時点で逃がされたらしい。逃げていなかったらダンジョンが倒壊した場合巻き込まれていただろう。
ラ「リリスから緊急の連絡を受けて来てみれば、これは一体どういう事かしら? それにメィル? あなた、少し見ない間にずいぶんと成長したじゃない? それに、鑑定妨害も覚えたのかしら?」
ラヴィ様はメィルの姿を見て「勝手に何しやがった」と怒っているのだろうか。想像通り、勝手に悪魔のコアを壊したんですけどね。
ラ「やっぱり勝手にコアを破壊したのね。あなたの場合、女神ですらないのだから降格なんかでは済まないわよ?」
俺の心を読んだラヴィ様が現状を把握する。別にチクったわけじゃないぞ、聞かれたことに対して心の中で思うのは普通の事だと思う。
メ「そう言われてもの。結果論ではあるが、おかげでこの程度の被害で済んだとも言えるぞ?」
ラ「報告にあったランクⅡ相当の悪魔の事ね。それはどうなったの?」
メ「ランクⅡはカリヴィアンという悪魔で、カリヴィアン自体はグレシルが倒して、コアを回収していったぞ。」
ラ「そう……それは嘘じゃないようね。でも、どうしてそうなったかの説明が無いのだけれど?」
ラヴィ様は、今度は俺の方を向く。俺が説明しなきゃならないのか?
レ「ブラッドサキュバスがカリヴィアンになる事を思い出して、丁度フロントにいたリリスに、ラヴィ様への救援を頼んだんだ。運悪く、連絡が付かなかったからメィルを連れて確認に向かったんだが……。」
ラ「何故そんな危険な場所へ向かうの! 相手はランクⅡの悪魔なんでしょ? 死にに行く様なものよ?」
レ「それは……。」
メ「私が話そう。私なら、仮にランクⅡの悪魔であっても何とかなると思ったからの。」
ラ「そこが一番不可解よ。昨日まで見習い女神だったあなたが何故急にそんなに自信を持ったのかしら? いいえ、自信だけじゃなくて実際に実力があり戦った。そうよね?」
ラヴィ様はリリスから連絡を貰った時間と、現場に着く間の時間差で生き残っているのが信じられないのだろう。仮にメィルが勝手にコアを壊してランクⅤになっていたとしても、瞬殺されているだろうから。
メ「今の私は、ランクⅢはあるからの。」
ラ「あなた、勝手にっ……! いい? 急激な経験値の取得に対する負荷に体が耐えきれない場合、死ぬ可能性もあるのよ? そのランクに上がったのだとしたら、壊したのはランクⅢ相当のコアか、複数のⅤ、Ⅳランクのコアを壊したわね。本当に、何をしているのかしら!?」
ラヴィ様は苛立ちを隠せずに床をドンと踏む。俺はビクリとし、床はビキリとひび割れる。床が陥没していないところを見ると、これでも壊さないように配慮したのかもしれない。そして、さりげなく壊したことがバレないように復元で修復しているな。
ラ「うるさいわね。」
レ「何も言っていません!」
ラ「思うのも同じよ。」
俺は無心になって何も考えないようにする。そうしたことで、質問先がまたメィルに戻る。
メ「コアに関しては大丈夫だという確信があったからの。まだ全然足りぬくらいだの。」
ラ「あなた、懲りてないようね。それに、ランクⅢ? ランクⅢでランクⅡの悪魔の様子を見に行ったというのかしら? 本当に、死にたいのね?」
怒りつつも心配をしているラヴィ様は優しいのだろう。だが、当のメィルはどこ吹く風という感じで堪えていない。
メ「ふーむ、信じておらぬな。それならば、こっちへ来てステータスを確認するがよい。」
メィルはラヴィを連れてダンジョンの入口の方へ向かった。俺もメィルのステータスは気になるが、ラヴィ様の殺気にこれ以上近づきたくないのでこのまま待機している事にする。しばらくして、あれほど怒っていたラヴィ様が、落ち着いた様子で戻ってきた。
レ「ど、どうでした?」
その様子に興味が引かれ、腫れ物に触るような感じではあるが尋ねずにはいられなかった。そして、怒鳴られることはなく、冷静な返事が来た。
ラ「実際ステータスを見ても信じられないわ。ランクの表示は故障なのか、正式なランクアップじゃないからか、理由は分からないけれど、表示されなかったわ。でも、表示されたステータスはランクⅢどころか、ランクⅡ……いいえ、ランクⅠと言われてもおかしくはない数字だったわ。でも、やはり故障かしらね? それとも見間違い? 私も疲れている様ね。先に失礼するわ。」
ラヴィ様はそう言うと、返事も聞かずにフラフラとどこかへ歩いて行った。転移する気力も無いのだろうか。
メ「まあ、よいではないか。そうだ、今日は一緒にビジネスホテルに泊まるかの?」
レ「それは弥生たちにも聞いてみないと。と言っても、以前のメィルなら有無を言わさず自由に泊っていった様な気がするが。」
メ「ふーむ。あいにく記憶は無いが、そんなに恥知らずな行動を私はしていたのか。」
メィルは微妙にショックを受けた様な感じではある。
ア「お腹が空いたのじゃー。ん? 零とメィルではないか。どうしたのじゃ?」
丁度ゲームが終わったのか、アヌビスとイルナが歩いてくる。ゲーム中は本人にダメージが無い限り起きることはなく、外部の事が全く分からないのが難点だ。
レ「ああ、カリヴィアンの事を思い出して、メィルと一緒に向かっていたんだ。それは何とかなったんだが、そのあとにグレシルとか……、それもラヴィ様が来てくれたおかげでなんとかなったんだが。」
ア「ふむ、よくわからぬが何とかなったのなら良いではないか。飯を食べるのじゃ! ビジネスホテルに向かうのじゃ。」
複雑な事は全く気にならないアヌビスは、あっさりと会話を切り上げて飯の話にする。イルナにしても相変わらず何を考えているか分からない顔をしているが、質問をしてこないという事はどうでもいい事だと思っているのだろう。
レ「それなら、弥生も連れてきたらどうだ? まだ8階に居るだろうし。」
ア「分かったのじゃ。転移!」
アヌビスは弥生の所へ転移する。そして、すぐに戻ってきた。
ヤ「まだ戦闘中だったのに! もうっ!」
ア「ご飯を食べてからまた戦えばいいのじゃ。我はもう腹ペコで我慢ができないのじゃ。」
子供の様に駄々をこねるアヌビスに、弥生の方が大人の対応をする。弥生自身も戦闘の緊張感が切れ、空腹に気が付いたのか、これ以上文句を言わなかった。食堂にははじまる様が居ないため、ケルベロちゃんにご飯を取り寄せてもらいにホテルへ戻る。
ア「ホットケーキなのじゃー!」
イ「……マグロ。」
アヌビスは相変わらずホットケーキを。イルナは何を思ったのか、マグロ……の刺身だよな? を希望した。弥生は珍しくポークカレーを。俺は何となく銀鮭の焼き魚定食にした。
メ「零の星の食べものを食べてみたいの。何かおすすめはあるか?」
俺は少し考えた末、ギャグに走ることにした。
レ「そうだな……、お子様ランチなんてどうだ? 日本人なら誰でも必ず一度は食ったことがある有名な料理だ。場所によっては、豪華なおまけがつくことも多い。」
俺は大げさにお子様ランチを紹介すると、メィルは「ほぉ」と目を輝かせる。その後ろで、弥生は笑いを堪えているが。
メ「それならば、その『お子様ランチ』とやらにするかの。楽しみだの。」
フロントに電話すると、ケルベロちゃんが出たので料理を注文する。ワルキューレは居ないのかな? まあ、居たとしても絶対に俺達の所へは来ないだろうが。
ケ「よぉ、持ってきたぜ。」
持ってきたのはケルベロちゃんの分身のようだ。こちらの世界でも分身の方は語尾に「ワン」が付かないみたいだ。まあ、その辺はどっちでもいい事だが。料理を順番に出し、そして、驚いたことにイルナの目の前にはマグロがまるまる一匹デンッと置いてある。活け造りと言えばいいのか? 100kg近いマグロを一人で食えるのか?
メ「ほぅ、これがお子様ランチか。これは、零の国の旗か? この赤色の穀物と、黄色い物は見たことが無いの。」
レ「それは日本国旗だな。赤色のはケチャップで味付けしてあるケチャップライスというんだ。大人……ごほんっ、それだけで食べるならオムライスと言って卵で包まれている場合もある。黄色いのはプリンといって甘いぞ、デザートとして最後に食べるといい。」
メ「飲み物まで一緒についてくるとは、これだけで全部揃うとは豪勢じゃの。ん、この味はリンゴかの。」
メィルは意外に気に入ったようで、ウィンナーやスパゲッティ、ハンバーグなど順番に口に入れては「うまいの」と言っている。あとで「それは子供用だけどな」と言いづらくなった。そして、イルナは案の定、マグロを喰いきれていない。イルナにしては珍しく、表情が分かるくらいげんなりしていた。
レ「……なあ、少し貰っていいか?」
イ「……いいよ。」
イルナもまるまる一匹来るのは予想外だったようだ。結果的にみんなで腹のあいている限りマグロを食べ、食べきれず、もう残すしかないかと思ったところで、時間の止まったアイテムボックスへ放り込めばいい事に気が付いた。腹がいっぱい過ぎて午後の狩りが遅くなったのはご愛敬だろう……。
ヤ「それじゃあ、先に行きますね! アヌビスちゃんは責任をもって私を転移してください!」
ア「うぷっ、て、転移。」
アヌビスはお腹を抱えながら弥生を転移する。みんな一緒に腹いっぱいだったはずなのに、弥生だけどんな体質なのか、いち早く消化したようだ。俺、アヌビス、イルナ、メィルはお腹がいっぱい過ぎてダウンしている。神であっても、食わなくても死なないくせに食って腹いっぱいだと動けなくなるとか、食事に対するデメリットの方が大きくないか? そうアヌビスに問うと「嗜好の問題じゃ。腹が減ったと思えば腹がへるのじゃ。」と返事があった。
レ「だったら、今すぐに腹が減ったと思えよ……。」
ア「ぶ、物理的にお腹がいっぱいなのに腹が減ったと思えるわけがないのじゃ……。」
と、お互い元気の無い声でやりとりする。メィルはこの状態で満足なのか、昼寝に入っている。当然、神に睡眠も必須では無いが、やはり気分的なものなのだろう。それにつられて俺達もうつらうつらと昼寝に入る。
ヤ「なんで誰も迎えに来てくれないんですか!」
弥生の怒った声で目が覚めると、仁王像の様な顔をして仁王立ちしている弥生がいた。昼寝のつもりが、消化のためにかずいぶんと時間が経っていたらしい。もうすぐ夕食の時間だろうが、今は食欲が全くない。
レ「ト、トイレ……。」
弥生の小言から逃げるようにトイレに向かう。実際、消化が終わった食事が体から出たがっている。しかし、トイレは鍵がかかっていた。
レ「おーい、誰か入っているのか?」
イ「……うーん、もう食べられない。むにゃ。」
分かりやすいくらいお決まりのパターンでイルナがトイレで寝入っているようだ。
レ「起きろ、イルナ! トイレに入りたいんだ!」
イ「……あと五分だけ……むにゃ。」
レ「五分も持たん! それに、そう言って本当に五分で起きたやつを俺は知らない!」
しかし、イルナから返事が無いので本格的に寝入ったようだ。やばい、もれる! そうだ、隣の部屋でトイレを借りれば……。後で気が付いたが、その時の俺はトイレの事しか考えられず、隣の部屋に鍵かかかっている可能性を考えていなかった。さらに悪い事に、そのドアの鍵は開いていたのだった。
レ「ト、トイレをお借りします!」
返事も聞かずに部屋に飛び込むと、そこには純白の下着すがたのワルキューレが居た。丁度風呂から上がったらしく、少し肌が赤く、髪は濡れている。そして、それを目にしても俺は何も思わずにトイレに飛び込む。
ワ「き、貴様は!」
遅れて硬直の解けたワルキューレから声が掛けられるが、今はそれどころではない。何とか洋式のトイレに座る。ぎりぎり間に合った……。そう思った瞬間、トイレのドアから槍が生え、俺の首筋をぎりぎり避けて背後の壁に刺さる。そして、ベキリとドアが割られ、顔を真っ赤にし、一応着替え終わったワルキューレの姿が……。
ワ「いい度胸だな。勝手に私の肌を見た挙句、了承も得ずにトイレに入るなどと。」
レ「き、緊急事態だったんだ!」
俺はまだ動けないし、動けたとしても動いたら殺される雰囲気だ。背後の壁もミシリと音を立てる。そんな中でも俺の体は生理現象を続ける。
ワ「うっ、臭い! もうこの部屋は引き払う、好きにしろ!」
ワルキューレの怒りは臭いに負けて逃げ出す。槍を引き抜いたせいか、背後の壁が崩れ落ちる。壁の崩れた音で異常事態だと判断したケルベロちゃんの分身が部屋に飛び込んできた。そして、丁度立ち上がった俺と目が合う。
ケ「何があった! 何だこの異常な臭いは! あっ……。」
レ「あっ……、きゃー!」
女性の様な悲鳴を上げて俺は便器に座りなおす。ケルベロちゃんはフイッと顔を反らし、一言。
ケ「その、なんだ。あたちは何も見ていないから大丈夫だ。」
それ、ばっちり見たやつのセリフなんだけど! その後、ワルキューレが壊したトイレは、ケルベロちゃんに連れてこられたワルキューレが直した。「私は悪くない!」と言っていたが、鼻のいいケルベロちゃんにはこのトイレの臭いが我慢できないらしく、ワルキューレが鼻をつまみながら復元した。ついでに、便器も俺の使用前の状態に復元したようだ。
ヤ「何があったんですか?」
レ「……なんでもない。」
しょんぼりと帰ってきた俺に、怒りの消えた弥生が心配の声をかけてくるが、それに対する答を俺は持っていない。ありのままを話すなんて、恥の上塗りだからな。その後、こっそりとお詫びの品としてケルベロちゃんから帰還の巻物が届いた。……ダンジョンのトイレを使えって事か? と邪推する。それ以降、俺は自分がトイレを使用するたびに綺麗に掃除をしようと心に誓った。
ヤ「それよりも、私のステータスがまた一気にあがりました! アラクネを倒しまくりです!」
弥生は話題を変え、今日の狩りの結果を伝えてきた。弥生の頑張りが見えるようだ。
レ「……俺も、がんばらないとな。明日から本気出す。」
ヤ「それ、頑張らない人のセリフですよ……。」
これでも、MPが余ってるときは分裂体を作っているんだ。ただ、かさばるから俺も空間魔法欲しいな……。とケルベロちゃんに愚痴ったところ、空間魔法のスキル書を特別にくれた。ダンジョンで未獲得だったやつらしい。そういえば、こっちのダンジョンではまだ取ってなかったな……。ついでに、自分の装備だけこっそりと一新する。おっ、ステータス未割り振り分があるわ。ついでに振ってしまおう。
ステータスを割り振ると、MP自動回復が小から中に、空間魔法が速攻で1から4に上がった。これで分裂体を作る作業と、余った分裂体をしまう作業が楽になった。分裂体と融合するのは、経験になるけれど、融合するたびに満腹感の様なものに襲われて、ずっと融合している訳には行かないのだ。なんだかんだと余っていた分裂体が部屋に置いてあるので、それを片付けることにした。片付け終わる頃には、あれだけお腹いっぱいだと言っていた腹が、現金なもので腹が空いたとグーグー鳴いて主張してくる。
大部屋で仲良くトランプをしていた弥生たちが、俺に気が付いたようで、トランプを片付け始める。丁度区切りがよかったみたいだ。
レ「運動したおかげか、俺は腹が空いているけどみんなはどうだ?」
ヤ「私は普通にいつでも食べられますよ。」
ア「ホットケーキは別腹なのじゃ!」
イ「……マグロ以外なら食べたい。」
メ「私も、お子様ランチをもう一度食べようかの。」
メィルはお子様ランチを気に入ったようだ。飽きるという事が無いのだろうか、アヌビスにしろ同じ物ばっかりよく食うな……。いつまでもマグロをアイテムボックスへ入れていても仕方が無いので、焼いたり煮たりと料理を変えて俺と弥生で食べる。イルナは「……牛」とか言っていたが、こんどは牛が丸ごと1頭来ても困るので、普通にステーキにした。
食事も終わり、順番に風呂に入る事にする。メィルは入らなくてもいいと言っていたが、弥生がせっかくだからと強制的に入れることにした。ここの風呂は大きいので、俺以外が全員入り、その後で俺が入る感じだ。
ア「なんじゃ? 零も一緒に入るか?」
風呂場へぞろぞろと歩いて行く弥生たちを見ていたのを目ざとく見つけたアヌビスが聞いてくる。
ヤ「ダメに決まっているでしょ! 早く来なさい!」
当然、弥生が許可するわけはなく、ずるずると引っ張られて行く。お風呂でキャッキャウフフな会話が聞こえた様な気がしたが、俺は無心で分裂体を作る。すると、アヌビスが俺を呼びに来た。
ア「零、入ってよいぞ。」
レ「ああ、わざわざサンキュ。」
俺は脱衣所に向かい、ピタリと動きを止める。俺を呼びに来たのはアヌビスだけ、そして他のメンバーの姿は見えない。これはアヌビスの罠か? よし、声をかけよう。
レ「俺だ。もう入っていいのか?」
ヤ「ダ、ダメですよ! まだ私たちが入っているんですから!」
やはり、弥生たちはまだ上がっていなかった。危ない、あのまま素直に突入していたら血の雨が降る所だった。
メ「ふう。風呂もいいものだの。」
メィルが壁を透過して歩いてくる。透過したのですでに水気は無く、服もいつものワンピース姿だ。ただ、肌は薄いピンク色になっていて、いつもより色気が……。
メ「どうしたのだ? 何か私に変化があったのかの?」
レ「い、いやなんでもない。」
俺は早口で否定したが、メィルは4枚の羽をパタパタしたり、後ろの方をがんばって向いたりして確認していたが、何も無いと判断し、飲み物を取りに歩いて行った。次に、ドアを開けてイルナと弥生がパジャマで出てくる。イルナは新調したのか、着ぐるみっぽいパジャマだ。フードをかぶると死神に見えるという誰得のデザインだ。弥生は浴衣で、こちらも湯上りのため肌がピンク色で、メィルと違って透過は無いので水気を含んだ髪の毛が肌につき、色っぽい。
イ「……入らないの?」
レ「お、おう。入るぞ。」
ぼーっとしていた俺にイルナが突っ込みを入れたので我に返る。
ヤ「ふぅ、皆を入れるのは大変でしたけど、楽しかったですよ。みんなで水着を着れば一緒に入ってもいいかもしれませんね。」
いや、そこを後悔してぼーっとしてたわけじゃないぞ! 心の中で突っ込みを入れて風呂へ入る。風呂から上がり、歯磨きをして、アヌビスがキチンと闇の壁を張ったのを確認してから寝た。
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