第26話 1日目?
アルスリアの転移によってはじまるのダンジョン入り口前に来た。ほとんど時間は経っていないはずなのにものすごく懐かしい気がする。アルスリアがインターフォンを押すと返事があった。
ラ「はい、こちらはじまるのダンジョン受付のラヴィです。お名前とご用件をお願いします。」
ア「あ、ラヴィ様、アルスリアっす。ちょっとご相談があって来ましたッス。」
ラ「あら、久しぶりね。丁度メィルが試験のための人材が居なくて召喚できずにいるから、時間はあるわよ。入りなさい。」
ア「あざーっす。」
以前と同様にインターフォンまでしか扉が開かない中途半端さも懐かしい。
ヤ「メィルちゃん、こっちじゃまだ召喚できていないんですね。」
レ「結局俺達は電車じゃ死ななかったからな。この時点で少し未来が変わってるのか?」
ア「貴方たちの代わりが死んでいない所を見ると、強制力でも直せないたぐいの変更ッスね。それが吉と出るか凶と出るかは分からないッスけど。」
レ「まあ、メィルが女神になったところで大して変わらなかっただろうし、大丈夫だろ。」
ヤ「私達、もうメィルちゃんより強いですしね。」
俺達は雑談しながらフロントに向かった。インターフォンでのやり取りの通り、ラヴィ様がフロント受付で待っていた。
ラ「貴方がここに来るのは本当に久しぶりね。相談って言うのは隣の人たちの関係かしら? 見たところ、見習い女神では無いようだけど、そこらの女神候補者よりずいぶんと強い者を見つけたのね。用件は見習い女神への昇進申請についてかしら?」
ア「うーん、どう説明すればいいッスかね。この方たちは、時間軸が違う未来からの転移者ッス。」
レ「ここでは初めましてになるのかな? 本来はこれからダンジョンをクリアしていく予定だった源零です。」
ヤ「同じく、形無弥生です。」
ラ「初めまして、ここで受付をしているラヴィ=キラーよ。一応、アルスリアの上司に当たるかしらね?」
ア「そうッスね。一応まだ研修中ッスけど、ラヴィ様の指揮下に置かれるみたいッスから。」
ラ「アルスリアが記憶の同期を行っているという事は、結構大きな問題が起きたのかしら?」
ア「あーしも詳しくは分からないんすけど、クロノス様がらみみたいッス。」
ラ「クロノス様が……。そう、ちょっと食堂へ行きましょうか。」
俺達はラヴィ様に続いて食堂へ行く。アルスリアは実質ウロボロスに取り込まれていたから詳しい話は知らない。とはいっても、俺達も上位の神たちが何をしていたのかは全く知らないが、俺達が経験したことは話せる。
は「よう、飯か? もう閉める時間なんだが、簡単な物でも食うか?」
ラ「いえ、食事ではなく厄介ごとみたいです。」
は「そうか。なら、そのテーブルに座ってくれ。」
俺達は食堂のど真ん中にある6人掛けのテーブルに座る。ラヴィ様、はじまる様が向こう側で、アルスリア、俺、弥生はこちらがわで対面に座る。
は「それで、何があった?」
レ「話せば長くなりそうですが……。」
俺はこれから起こるであろうことをかいつまんで説明する。主に悪魔達の行動に関して。特に俺達が地球へと返される原因となるヴェリーヌの行動については詳しく説明した。
は「あのヴェリーヌがな……。」
ラ「ヴェリーヌ先輩がそんな事を? 信じられないわね。」
ヴェリーヌはよっぽどうまく行動を隠していたのだろう。俺達の言う事よりも普段のヴェリーヌの行動からありえないとまで言われるほどに。しかし、数日以内にそれを決定づける出来事が起きるはずだ。
ア「確信できる出来事が起きるまで待つんスか? あーしの記憶同期でも大事になることは知ってるッスよ。」
ラ「アルスリアの記憶を疑う訳じゃないわ。そうね、魔界にも嫌な動きがある事は確かですし、それ前提で動きましょう。」
は「そうだな。とりあえず、ラヴィには一番最初の出来事が起きる3階を見に行って貰おう。わしは一旦神界へ戻って対策を練るとする。」
そう言ってはじまる様は転移していった。
ラ「それじゃあ、あなた達にもついてきて貰おうかしら。場所は分かるのよね?」
レ「ああ、大丈夫だ、任せてくれ。」
俺達は3階に出るであろう悪魔が居た場所まで向かうことにした。3階へエレベーターで移動するとワルキューレが居た。
ワ「ラヴィ様、どうされました? 巡回中に異変はありませんでしたが……。」
ラ「ちょっとしたタレコミがあったのよ。それで、確認しに来ただけだから、貴方は巡回に戻りなさい。」
ワ「はっ、分かりました!」
ワルキューレは俺達を訝しげに見るが、何かを言うことも無く巡回に戻ったようだ。これで俺達と一緒に行動するという未来も変ってしまったのかな? 悪魔の時のミスが無ければ俺達と一緒に行けという命令が下されないはずだからな。そして、3階の悪魔が出た付近に着く。
ラ「あら、本当に……少しだけ空間に隙間が空けられているわね。言われなければ気が付かないほど巧妙に隠されているわね。」
ふうっ、よかった。もし、まだ発生していないとかだったら俺達が嘘つき呼ばわりされるところだった。しかし、その空間の隙間とやらが俺達にも分かるほど大きくなってきた。
ラ「!? 何かが来るわ。貴方たちは下がりなさい。」
ラヴィ様を先頭に、俺達は後ろに下がり、ガードするようにアルスリアが側に控える。そして、空間の隙間から何かが転移してきた。
ア「戻って来られたのじゃ!」
ラ「貴方は悪魔じゃ無さそうね。何をしに来たのかしら? 返答次第では消えてもらう事になるわ。」
レ「ラヴィ様ストップ! アヌビスか? 記憶はあるか?」
現れたのはアヌビスだった。最初に見たときと全く変わらない大人な姿だ。
ア「おお、零ではないか。久しぶりなのじゃ。おっと、我は交戦する気は無いのじゃ。」
アヌビスは持っていた杖をアイテムボックスに片付けると、ストンと地面に降りる。どういう事かとラヴィ様は俺達を見てくるが俺達にもよくわからない。本来ならアヌビスがこちらに来るのは数日後のはずだ。
レ「本当に俺達の知っているアヌビスだよな?」
ア「そうじゃ。我はもう自らの肉体に戻っておるから零の分裂体ではなくなっておるがな。記憶を保っていたおかげで悪魔どもに侵略される前に片付けてきたのじゃ。ついでに零に逢いたくなったので転移してきてしまったのじゃ。」
ヤ「むむっ、アヌビスちゃんが前よりも強そうに見えます!」
ア「おおっ、分かるか? 前回はしらなんだから見逃していたが、今回は悪魔のコアを全部砕いてきたのじゃ。おかげで1段階パワーアップしたようなのじゃ。それに、新しい魔法も増えたのじゃ。」
ヤ「見てみていいですか? 鑑定!」
アヌビス(神):スキル:魔法耐性(特大)、闇魔法(8)、空間魔法(2)、HP自動回復(特大)、MP自動回復(特大)、転移魔法、鑑定、蘇生、千里眼、飛行、神杖、聖なる衣
ヤ「むーっ、私だけだった空間魔法が!」
レ「いや、空間魔法ってダンジョンで手に入ったスキルじゃないか……。」
空間魔法はほとんどの女神たちが持っているような魔法だ。便利ではあるが特別なスキルでは無いだろう。それにしても、今のアヌビスは女神ランクⅣのワルキューレ並みの強さだな。
ラ「とりあえず、敵では無いと判断していいのかしら? ついてきてちょうだい。」
ア「分かったのじゃ。」
アヌビスは大人しくラヴィ様に続く。俺達も一緒にもう一度食堂へ行く事になった。そこでアヌビスから惑星アヌビスであったことを説明してもらった。
ラ「……事情は分かったわ。悪魔の進行がもうそこまで進んでいたなんて予想外だったわ。」
ア「そうなのじゃ。それに……おっと、忘れておったのじゃ。」
そう言うと、誰かを転移させてきた。急な転移のため、またラヴィ様が警戒する。
イ「……アヌビス様、忘れるなんてひどい。」
ア「すまぬのじゃ。ちょっと話しが長くなったのじゃ。」
レ「イルナじゃないか!」
イ「……おひさ。」
イルナは少し照れたように顔をプイッと背ける。その顔が少し赤い。
ア「イルナも会いたいだろうと、先に迎えに行ったのじゃ。我はこれでも神じゃからな!」
どういう意味かは分からないが、とりあえず全員揃ったことを喜ぶとしよう。イルナは最初に会った時の様に操られてはおらず、装備も整い、ケルベロちゃんからもらった冥府の鎌すら持っている。まあ、俺達も地球に戻されたときは装備そのままだったしな。
ラ「……説明してもらう事が増えた様ね。」
俺達は、結局悪魔の事以外にも詳しく説明する羽目になった。説明の間暇なのか、アルスリアが寝てやがる!
ラ「事情は分かったけれど、どうしたものかしらね……。とりあえず、アルスリアは地球へ帰りなさい。分かっていると思うけれど、今度はべリアスに負けないように増援を呼ぶ事よ。」
ア「分かったッス。銀河管理の女神様に伝えるッス。」
ラ「私からも連絡をしておくわ。」
やることがいっぱいありすぎて優先順位的にどれから手を付けるべきか考えているのだろう。これでアルスリアがドラゴンの星でウロボロスに食われる未来は回避されたか? アルスリアは挨拶もそこそこに転移していった。
ア「とりあえず、デーモンは我に任せるのじゃ。2度同じ失敗するつもりはないのじゃ。」
ラ「それなら、私は魔界へ調査に向かった方がよさそうね。貴方たちの誰もそちらの情報は持っていないようだし。」
レ「ラヴィ様達が秘密裏に動いていた出来事まではさすがに分からないな。知ってるのはワルキューレがズタボロになってるところくらいだな。」
ラ「そう。ズタボロでも大丈夫なら連れて行こうかしら?」
ヤ「でも、その時はワルキューレさんも女神ランクⅣじゃありませんでしたか?」
ラ「へぇ、あの子が女神ランクⅣにねぇ。よっぽどすごい功績を立てたのかしら?」
レ「デーモンのコアを勝手に壊したんじゃなかったか?」
ラ「……そう言う事なら納得かしら。」
今回はとりあえずワルキューレは足手まといになりそうという事でラヴィ様とケルベロちゃんが魔界へ向かう事になった。代わりにワルキューレはビジネスホテルの管理をすることになった。また、今回は先にビジネスホテルに結界が張られている。
レ「それじゃあ俺達は5階へ向かうか。」
ラ「私が居ない場合、エレベーターは自由に使えなくなるけどいいかしら?」
ア「我の転移があるから大丈夫じゃ。」
分身を使う手もあっただろうけど、余計なリソースをこちらに振る意味も無いと思うので、俺達は俺達だけで動く方がいいだろう。
ラ「そう。それじゃあ任せるわね。」
ラヴィ様はそう言って魔界へ転移していった。俺達がエレベーターへ向かうと、メィルが受付に居た。
レ「メィルが受付をすることになったのか?」
メ「? だぁれお兄ちゃんたち。あ、私は見習い女神でメィルって言います。」
そうか。こちらでは初対面になるのか。今までが結構普通にしてたから忘れそうになるな。
レ「俺は源零、こっちが弥生で、順にアヌビス、イルナだ。」
メ「よろしくお願いします! ……ねぇねぇ、ところでお兄ちゃんたち、私の為に試験を受ける気無い? ちょうど今試験の時期なんだけど、なかなか受けてくれる人が居なくて困ってるの。」
俺達は顔を見合わせ、苦笑する。
レ「悪いな、今は用事があって無理だ。それが終わったらまた付き合うよ。」
メ「うん、よろしくね!」
メィルは笑顔で俺達を見送ってくれる。最初のあの舐めたやり取りが嘘のようだ。俺達はエレベーターに着いた。
ア「ところで、何故エレベーターに来たのじゃ? 我の転移で一瞬で行けるのじゃ。」
レ「……そうだったな。」
俺は寝ぼけていたらしい。いつもの癖って恐ろしいな、ダンジョンに行くときは必ずエレベーターに向かうという行動に違和感を覚えなくなっていた。
ア「それじゃあ、転移!」
アヌビスの転移で俺達は5階に着く。
レ「それじゃあ、ゾンビを先に倒すために……分裂!」
俺はケルベロスを生み出し、スペクター以外のモンスターを倒させる。スペクターは物理攻撃無効があるが、俺の分裂体は魔法を使えないからな。……いや、使わせることができそうだ。
レ「復元、ガーゴイル! スペクターを魔法で倒しに行け!」
俺はガーゴイルを復元し、スペクターを倒させることにした。そして、その間にヴァンパイアが居るであろうエレベーターの方へ向かう。アヌビスが元々近くに転移したこともあってすぐに着いた。
ヴァ「おやおや、お客様ですかな。」
以前と同様に、ダンディな髭の大男が近づいてきた。弥生は念のために鑑定をかける。
ヴァンパイア(不死):スキル:HP自動回復(大)、物理耐性(中)、魔法耐性(大)、血魔法(8)、装備:魔力の杖・魔力200、魔法のマント・防御力200
ヤ「源さん、血魔法があるので間違いなく前と同じ個体です。」
レ「そうか……じゃあさっそく倒してしまうか。」
ヴァ「まあまあ、落ち着きなさい。さて、座り給え。」
ヴァンパイアは以前と同様に血魔法でテーブルや眷属召喚でメイドなどを召喚する。
レ「残念ながら、その手は食わないぞ、デーモン。」
ヴァ「!? なぜ私の名を……そうか、貴様ら女神の差し金か。」
ヴァンパイアは悔しそうにギリリと歯を食いしばる。あっさりと正体がバレたんだから分からんでもないが、すぐに認めるのもどうかと思うぞ。
イ「……私がやる。」
レ「イルナが? まあ、ヴァンパイア程度ならイルナでも勝てるか。」
俺達ならもうヴァンパイア程度だ。冥府の鎌があるだけ攻撃力にも不安が無い。呪術もあるし、アヌビスの蘇生もあるし、至れり尽くせりだ。
ヴァ「これは……どうあっても生き残れませんね。仕方ない、最終手段だ、ぐぱぁ!!」
ヴァンパイアの体が爆散した。自爆か? と思ったら、血が集まってデーモンの姿を取る。
デ「長くは持たんが、貴様らを道連れにする時間はあるだろう。」
デーモン(悪魔):スキル:なし
ヤ「!!? 源さん、スキルは無いようですが、ステータスがデーモン本来の強さになっちゃってます!」
レ「なんだと!? くっ、自滅覚悟の最終手段って奴か! 逃げろイルナ! 援護だアヌビス!」
デーモンのステータスではイルナのHPでも1発で死んでしまう。いくらアヌビスの蘇生があったとしてもやられていいわけが無い。
イ「……大丈夫。ダメージリフレクション。」
イルナが今まで聞いたことが無いスキルを唱える。
デ「死ぃねえぇぇ!」
デーモンの拳がイルナの顔面を捉える。しかし、その衝撃が反射されるかのようにデーモンが吹き飛んだ。そして、デーモンのHPが半分以下になる。
デ「ばかな……まてっ、と、取引しようじゃないか。蘇生してくれれば情報をやろう。」
イ「……本当?」
イルナは無防備にデーモンに近づく。そして、その隙を見逃すわけが無く、デーモンはイルナの口を手で塞ぐ。
デ「嘘に決まっているだろう! これでスキルは唱えられまい。さあ、仲間を殺されたくなければ自害しろ!」
レ「くそっ、その手を放せ!」
ヤ「大丈夫ですよ、源さん。」
弥生の意図は分からないが、信じて待つ事にした。
デ「どうした!? くそっ、俺の時間切れ狙いか? ならばこいつだけでも!」
デーモンはイルナを殴り飛ばす。物理無効、イルナに0ダメージ。
デ「ば、ばかな!?」
ア「終わりなのじゃ。闇の球!」
アヌビスの闇の球はデーモンの胸を撃つ。デーモンはコアになった。
レ「ふうっ、そうか、死者の杖を持ってたんだな。」
ヤ「それだけじゃありませんよ、イルナちゃん、伝えていい?」
イ「……隠す理由が無い。」
イルナ:スキル:ネクロマンシー、呪術、装備:冥府の鎌、腕輪、指輪 、死者の杖、死者の衣
レ「ぶっ! 何だそのステータスは! 普通にデーモンに殴られてても耐えられてたのか。」
イ「……リッチ達ぶっ殺したらステータスいっぱい上がった。」
レ「なるほど。良く倒せたな……って物理無効で魔法無効なイルナを倒せる存在なんて居ないか。」
イ「んっ、がんばった。」
聞くと、イルナが戻った時点で死者の杖と死者の衣は装備されていたそうだ。神装備はさすがに時空を超えないようだが、元々最初からイルナが使っていたものだし、憑依される前の状態だったみたいだ。俺達は知らなかったが、イルナに憑依し、ネクロマンサーと名乗っていたのはルバートだったらしい。時が戻った瞬間体が入れ替わったとかか? さて、今回イルナに憑依しそびれたルバートはどこへ行ったのやら……。
レ「さて、このコアをどうするか。」
メ「いただきっ!」
俺が地面に落ちたデーモンのコアを拾おうとすると、スッとコアが消えた。そして、透明化して着いてきていたらしいメィルが現れる。
レ「おいっ、それは悪魔のコアだぞ!」
メ「悪魔? 何言ってるの? これはヴァンパイアのコアだよ!」
レ「確かにヴァンパイアのコアだけど、中身はデーモンのコアだ!」
メ「ふふーん、渡したくないからっていろいろ言っても無駄だよーだ。」
メィルは悪魔を知らないのか、俺の言う事を全く聞かないな。じゃあ、力ずくで返してもらうか。
レ「勝手に使って爆散しても知らんぞ。それが嫌なら返して……。」
パキッ。
メ「あっ、割れちゃった。」
俺に奪われないようにメィルはギュッとコアを握りしめたらしく、デーモンのコアが割れた。それと同時にメィルが光りだす。ウロボロスの様に爆散しなかったが、この現象には思い当たることがある。それはワルキューレの女神ランクが上がった時と同じ現象だな……。
光が治まると、そこには12歳くらいの美少女が居た。まるでメィルを育てたらこうなる……いや、現実を直視しよう。間違いなくこの美少女はメィルだ。服装は変わらないが羽が4枚になっているし、あほ面が知的な感じになっているが。
メ「ふむ……やっと元に戻ったか?」
メィルはそう言って自分の体をジッと見下ろす。
メ「いや、まだ元には戻っておらんな。力も……この程度か。」
ヤ「えっと、メィルちゃん?」
弥生がメィルに声を掛けると、自分の体を確認していたメィルはこちらの方を向く。
メ「ほぉ、この時代の人間だったのか。久しぶりだな零。」
レ「久しぶりも何もさっきから会ってるじゃないか。」
メ「そう言う意味では無いのだが……、結界は継続中か。それならまあ、まだ記憶は戻らぬか。」
ア「お主、本当にメィルか?」
アヌビスがジロジロとメィルを見る。飛行しながら360度確認しているが、見た目だけならどう見てもメィルではないがな。
ア「鑑定不能……じゃと?」
ああ、鑑定をしていたのか。それなら分かるだろうが、360度確認する意味がなくね?
メ「まだ完全に力が戻っていないとはいえこれでも元××神なのでな。」
レ「えっ?」
メ「元××神といったのだ。ふむ、情報に制限がかかっておるのか。それはそうと、もう少し力が欲しいの。おお、丁度いい物があるではないか。」
メィルはそう言うと、まるで来るのが分かっていたかのように目の前に現れた転移陣に手を突っ込む。
ル「だ、誰っ? 私の頭を掴むのは誰なのよ! 放しなさい!」
その空間からズルリと悪魔の角を持つ女性が引きずり出される。そして、頭を掴んでいたメィルの手を払う。メィルに0ダメージ。
ル「くっ、見失ったネクロマンサーを追って来てみれば……私を天使ルバートと知っての狼藉かしら?」
メ「ふふふっ、笑わせてくれるでは無いか。悪魔落ちした者を天使とは呼ばぬぞ?」
ル「貴方、死にたい様ね。」
ルバートは右手をギュンッと伸ばすとメィルの顔面を掴もうとしたらしいが、メィルはその手を掴む。俺達には素早さが違いすぎて回避することも防御する事も出来ないスピードだ。実際にメィルが手を掴んだからこそ分かる事だ。
メ「怨みがあるわけではないが、お主はどうせ悪魔だし、私の経験になってもらおう。ソーラービーム。」
メィルの手から出た光が、ルバートを貫き、ルバートはあっさりとコアになった。そして、メィルはそのコアを踏み砕く。すると、またメィルの体が光輝き、さっきより少し体が大きくなって16歳くらいに見えるようになった。
メ「ふむっ、これでやっと女神ランクⅣくらいかの?」
ヤ「えっ? 女神ランクⅣ……ですか? ちらっと見えたルバートのステータスは女神ランクⅢのケルベロちゃんより少し低いくらいだったような……。えっ、さっきまで女神ランクⅤですか?」
弥生は強さの定義が分からなくなり混乱しているようだ。俺も頭の中で計算してみる。
メ「あやつは女神ランクⅢの中でも弱い方だからの。それに、見間違えでは無いか? ケルベロと同じようなステータスと言うには桁が一つ足りぬぞ。」
メィルはそう言ったが、ランクが上がるごとにステータスが10倍になるのだから、ランクが一つ低い最強の女神であってもそう簡単に格上の女神に勝てるものでは無いと思う。計算したら、見習いのメィルがたとえ女神ランクⅢになったよりもルバードの方がステータス上は強い。うん、よくわからなくなってきたな。
メ「ともかく、私には状況が分からぬ。一度どこかで現在の状況を教えてはくれぬか?」
ア「それなら食堂へ行くのじゃ。誰もおらぬと思うから丁度いいのじゃ。転移!」
状況が混乱する中、少しでも落ち着ける場所で話をすることになった。
メ「なるほど、そのような状況になっていたのか。」
俺達は出来る限り詳しくメィルに現在の状況、さらには女神たちの言う時間軸の違う世界での出来事を説明した。
メ「お主たちの居る本来の次元では、私はまだ見習いのままなのか。あれから随分と時間が経っておるのに全く嘆かわしい事だ。」
メィルは残念そうに首を振る。女神ランクⅤになるだけで悪魔の女神ランクⅢ相当を簡単に倒せるのなら、真っ先にメィルを女神にするべきだろう。帰れたらすぐにラヴィ様に伝えるべきことができたな。
レ「それで、俺達はどうすればいいんだ? クロノス様には時が来ればまた召喚するかもしれないとしか聞いてないんだが。」
メ「ふむ。正直、お主たちがこちらの次元で何をしようが元の次元には全く影響せぬからの。私としてはこのまま悪魔を退治して欲しいが、強制はせぬよ。」
レ「いやいやいや、悪魔と戦うとか無理だろ! ステータス的にも戦えるのはアヌビスとイルナくらいだし。」
ア「我とイルナに任せるのじゃ!」
アヌビスはやる気を出しているが、今のアヌビスはすでに俺の分裂体では無いので俺が一緒にいる必要は全くない。ひどい言い方をするが、俺の次元に全く影響しないのならばこちらで頑張る意味が全くないしな。
メ「ん? 気づいておらぬのか? 零と、弥生が持っているスキルの特性があれば戦えるのではないか?」
ヤ「分裂と変化でですか? ワーウルフになって多少は戦えますが、悪魔みたいに激強キャラには無理ですよ!」
メ「考えてみよ、スライムはどうやって強くなる? ドッペルスライムも特殊ではあるが、あのステータスでどうやって生きていると思う?」
レ「え、単なるダンジョンのモンスターだろ? 知ってるゲームとかなら合体して強くなったり、変身後のキャラと同一ステータスになったりするけど。」
メ「知っておるでは無いか。そのとおり、合体して強くなり、変身して強くなればよいではないか。」
俺達は半信半疑で自分のスキルを見直してみる。合体して強くか……キングなんとかにならないよな?
ヤ「あっ、できました。」
見ると、アヌビスが2人になっている。変化は変化でも、単なる見た目が一緒になるだけか?
ア「ほぉ、我と全く同一のステータスなのじゃ。戦力が2倍なのじゃ!」
鑑定を持っているアヌビスが現在の弥生のステータスを見たらしく、同一らしい。マジで?
レ「俺の立場が全くないな! そんな簡単に強くなれるなら最初からやっとけばよかったな……。それか、メィルの説明不足か。」
メ「過去の私なら、説明不足の可能性も否めないが、いいではないか。今現在生きておるのだし。」
メィルが適当な事を言うが、正直何度死ぬ思いをしたか……というか、実際何度も死んでるわ!
レ「で、俺は何と合体しろと?」
メ「自分の分裂体に決まっておろう? 試しに何かとくっついてみよ。」
俺はそう言われて、弥生のアイテムボックスから以前作った分裂体の固まりをもらい受け、融合する。
レ「マジか……本当にステータスポイントになっているな。」
分裂体の残したコアを壊せば、分裂体の得た経験を引き継げることは知っていたが、まさかコアの残らない分裂体も融合で経験を得ることが出きるのは目からうろこが落ちる思いだ。モンスターのコアとは違って元々自分のMPだからいくら融合しても全く反発が無いのもうれしい。
レ「じゃあ、少し自動狩りと分裂を繰り返すかな。」
俺はここで話をしている間、分裂体達にダンジョンのモンスターを狩らせると共に、余ったMPで分裂体をひたすら作っては融合を繰り返すことにした。
とりあえず、狩りは分裂体に任せたし、弥生はともかくアヌビスやイルナはこっちのダンジョン程度じゃいくら狩っても経験にならないだろうから、一旦食堂まで戻ることにした。
メ「ふむ、今更かもしれんが何かスキルを付与しようかの? ……弥生の方にだけだがな。」
レ「何で弥生だけなんだよ!」
メ「……融合のスキルを極めれば、私と同じコアから直接スキルを吸収できるようになるだろう。」
レ「本当か? だったらまあいいか。」
メ「それで、弥生は何か必要なスキルはあるか?」
ヤ「何でもいいんですか? だったら、忍術を下さい!」
レ「……弥生、恰好が忍者服だからってスキルまで忍術を取る必要ないんだぞ。」
ヤ「いえ、確かに忍者の格好をしてますけど、別に忍者に憧れてるとか、実家が実は忍びの家系でとかいうのはありませんから! 単に就職先が忍者村だっただけで……。」
レ「そうだったのか……。」
初めて知った弥生の就職先。俺は正直、コスプレ好きの変なやつとか心の中で思ってた、ゴメン。
メ「ふむ、忍術? そんなスキルは聞いたことが無いぞ。」
ヤ「そうなんですか? 身代わりの術とか、分身の術とか、すいとんの術とかいろいろ使うやつです。」
メ「それなら、それぞれ別のスキルならあるにはあるな。」
ヤ「えー、そこを何とか一つになりませんか?」
メ「ならぬな。近い奴なら……おお、そうだ。さっきデーモンを倒したとき手に入った血魔法をやろう。」
ヤ「血魔法ですか……微妙ですね。」
メ「といっても、他に与える様なスキルはまだほとんどないし。HP回復やMP回復なら与えれんでもないが。」
ヤ「むむむっ、それならMP回復の方がいいです! さっき使った変化ではHPやMPは増えないので、結局強い魔法を使うとMPが足りない感じだったので。」
メ「分かった。ほれ。」
メィルは弥生の頭に手を置くと、光る。光が治まると弥生はMP回復を覚えたようだ。正直、見た目が何も変わらない上に何かができるようになったわけじゃないからなぁ。
ヤ「ありがとうございます!」
弥生が喜んでいるところで、分裂体の1体が戻ってきた。この早さから行くとおそらく1階を担当していた分裂体だろう。さっそく融合してみる。おお、確かにステータスポイントが増えた。さっそく割り振ろう。
今までの比じゃないくらいステータスが増えた気がする。もしかして、ドラゴンの星とかで倒して得たステータスポイントもあったのかもしれない。まあ、何にしても無いよりはあった方いい。これからの事を考えるとむしろ全然足りないくらいだ。
メ「さて、私はこれで別行動をとらせてもらう。いろいろと自分で確かめねばならぬことも増えたのでな。」
レ「分かった。俺達は俺達でできる限りの事はするよ。」
メ「無理はせんでもよいぞ。ここで消滅したら元も子もないからな。」
レ「ああ、わかったよ。」
そう言ってメィルと別れた。しばらくは分裂体待ちなため、久しぶりにゲーセンで遊ぶことにした。意外にアヌビスがゲーム下手で、イルナが異常にゲーム上手だったのには驚いた。まあ、所詮ゲームなので何かを得るという事は無かったが気分転換にはなった。そろそろ次の分裂体が戻ってきていないかな。
そう思っていると、2体目の分裂体が戻ってきていた。2階を担当していた分裂体だろうか? しゃべる機能を省いたため、言葉でのコミュニケーションは取れないが別に問題は無いだろう。目的はあくまで経験値の獲得なのだから。
ヤ「じーっ。」
俺が分裂体に近づくと、弥生が「じーっ」と口に出してアピールする。何となく言いたいことは分かるが、一応確認しておくべきだろうか。
レ「ど、どうしたんだ弥生?」
ヤ「源さんだけずるいです。」
やっぱりか。俺だけ一気にステータスが増えたから、嫉妬しているのだろう。俺だってもしRPGで中ボスに勝てなくて作業に近いレベル上げを強制される場面で、放置でレベルが上げられると言われたら、喜んでそちらを選ぶだろう。誰も繰り返し作業、それも脳死で行えるものをやりたいとは思わないだろう。
レ「弥生は変化することで、もう神クラスのステータスに成れるじゃないか。ステータスを上げる意味はそんなに無いだろ?」
ヤ「源さんだけずるいです。」
レ「いや、だから……。」
ヤ「源さんだけずるいです。」
やばい、弥生が初期の頃のRPGの村人並みに同じ言葉しか発しなくなった。「はい」と「いいえ」があるのに、「はい」を選ばないと永遠に進めなくなる選択肢の様だ。
ヤ「源さんだけずるいです。」
ヤ「源さんだけずるいです。」
とうとう、相槌を打たなくても繰り返すようになった。壊れたレコーダーか? と思っているうちに弥生の目がうるうるとうるみ、泣き出しそうになってきた。
レ「わ、わかったから泣くな! ほら、この分裂体の経験値はやるから」
ヤ「本当ですか? ありがとうございます!」
泣きそうだった顔が、パァッと明るくなる。別にウソ泣きでは無いだろうが、この変わりようは一種の変化レベルでは無いだろうか。弥生はさっそく無抵抗の分裂体にクナイを投げた。分裂体はコアになった。
分裂体の強さは分からないが、分裂体を1発で倒せる強さの弥生がこれ以上強くなる意味はあるのだろうか……。
ヤ「わぁ、すっごくステータスがあがりました! 本当にありがとうございます!」
弥生はとろけるような笑顔でそう言った。あれ、あいつもしかして2階層担当じゃないやつだったのか?
形無弥生:スキル:変化、投擲術(10)、空間魔法(8)、HP自動回復(中)、MP自動回復(大)、攻撃補正(中)、透明化、装備:スラクナイ、スラ手裏剣、スラマフラー、忍者服
ヤ「空間魔法が8になりました。また、HP自動回復と攻撃補正っていうスキルが増えました!」
レ「それは俺が欲しかった!」
俺はガクリと膝をつく。勢いで「いいよ」と言った手前、いまさら返してと言えないし、言ったとしても返せるものではないし。それに、俺よりも随分と経験値が多かったようで、総合ステータスでは一気に引き離された。俺がみんなの強さに追いつくための方法だったのに……。俺はそのまま膝を抱えて座ると、地面に「の」の字を書く。
ヤ「あっ、だ、大丈夫ですよ! まだまだ分裂体は残っているでしょうし、あとは全部あげますから。」
レ「元からそのつもりだ!」
俺がいじけていたので慰めようとした弥生のボケに、つい突っ込んでしまい立ち直った。弥生が得たスキルから、あいつは5階担当だったのだろうとあたりを付ける。おそらく、倒してステータスを上げてを繰り返すので、階層クリアまでの時間差はそんなに無いのかもしれない。こういうやり取りをしている間も、アヌビスとイルナはゲームで遊んでいるので会話に参加して来ない、というか、そもそも会話が聞こえてないだろうな。
そう思っていると、エレベーターの方から緑のでかいスライムが近づいてくる。
レ「あれは、今度こそ2階を担当していた分裂体か? でも、スライム型の分裂体なんて作ったか?」
ヤ「そんなわけないじゃないですか! あれはヒュージスライムです!」
レ「へぇ、あんなでかいヒュージスライムもいるんだな。でも、モンスターって階層を出たら消滅するんじゃなかったか?」
ヤ「そのはずなんですけど……鑑定!」
ジャイアントキングスライム(変異体):スキル:分裂、HP自動回復(中)、MP自動回復(中)、飛行、火魔法(5)、風魔法(5)、木魔法(5)、物理カット(99)、魔法カット(99)
レ「ジャイアントキングスライム? そんな奴居たか?」
ヤ「変異体って書いてありますし……あっ、もしかして!」
レ「もしかしてなんだよ?」
ヤ「分裂体を逆に倒しちゃった奴が居るんじゃないですか?」
レ「それこそありえんだろ。分裂体は余裕をもってその階層を倒せるくらいの強さにしてあるし。最初に出会ったのがヌシならわかるけど、あいつらはエレベーター付近にしか居ないはずだし、そもそも2階はミスリルスライムだろ?」
ヤ「源さん、ドッペルスライムの存在を忘れていませんか? たとえば、ドッペルスライムが分裂体を倒してしまって、変化の解けたドッペルスライムを何らかの形でヒュージスライムが倒してしまって進化したとか。」
レ「そんなシステムあるのか? と言いたいが、実際に目の前に存在する以上、いま議論しても無駄だな、くるぞ!」
恐らく、それだけであのステータスに成るわけが無いので、他の階層の分裂体も倒したのだろう。
レ「とりあえず、くらえ!」
俺はスライムの表面を刀で切り裂く。ジャイアントキングスライムに0ダメージ。
レ「だめだ! 俺の攻撃力じゃダメージを与えられない! クリティカルを狙おうにも、スライムの弱点は中心のコアだけだから、俺では届かん!」
ヤ「じゃあ、私に任せてください! 投擲武器操作! 貫通!」
弥生がクナイを投げると、俺の刀をはじいたゼリー状の体をどんどん貫通し、コアに刺さる。クリティカル発生、ダメージカット99%。
ヤ「えー! そんな!」
ダメージカット、ミスリルスライムが持ってたスキルだな。雑魚ならともかく、強いモンスターが持つとやっかいすぎる。
そして、スライムから反撃が来る。スライムの体表に多数の火の玉と風の刃が発生し、足元から木の根が針山の様に突き出てくる。
レ「ぎゃーっ、あっちぃ! 痛てぇ!」
ヤ「え? 熱くないですよね? それに痛みもありませんよね?」
レ「……ああ、そうだったな。」
零に0ダメージ。弥生に0ダメージ。スライムと俺で魔力は同等、弥生は少し上なので、魔法ではダメージを受けない。それに、この世界では痛みも熱さも、ダメージ的には感じないんだったな。
ヤ「どうやって倒しますか? 私の与えたダメージも、もう回復してしまっているでしょうし。」
スライムの知能は低いのか、俺達にダメージが無いと分かってからも火の玉や風の刃、木の根で攻撃してくる。まあ、0ダメージだからいいんだけど。と、油断していたのが悪かったのだろう。いつの間にかスライムから伸びた触手が木の根に混じっていて俺に突き刺さった。
レ「ぐっ!」
俺はその勢いで吹き飛ばされる。
ヤ「源さん! 空間固定!」
弥生は新しく覚えた空間魔法でスライムの動きを止める。時間稼ぎはできるが、時間を稼ぐだけじゃ解決しないだろう……。
ア「何を遊んでおるのじゃ?」
レ「助かった! あいつを倒してくれ!」
ゲームを終えたのか、こちらに合流したアヌビスにスライムを任せる。スライムは新たに現れたアヌビスを敵と判断し、魔法や触手で攻撃してくる。アヌビスに0ダメージ。
ア「なんとも巨大なスライムなのじゃ。イルナにゲームで負けて溜まったストレスを発散するのじゃ。とりあえず、触手を斬るかの。」
アヌビスは体にエロく巻き付いた触手を手刀で叩きつけると、触手は縮んで本体に戻る。ダメージカット、99%。
ア「そうか。この世界では欠損ダメージが無いのであったな。それにしても、ダメージが低いと思ったらやっかいなスキルを持っておるのじゃ。」
1万を超える攻撃力を持つアヌビスであっても、ダメージを99%もカットされると物理攻撃で倒すのは無理そうだ。スライムは1分で30%のHPを自動回復しやがるからな。
ア「それならば、闇の球!」
デーモンクラスの悪魔ですら1撃で倒すアヌビスの闇の球が、スライムの中心に当たる。ダメージカット、99%。
ア「うーむ、倒すのはなかなか厳しいのじゃ。」
物理攻撃も、魔法攻撃も両方1%のダメージしか与えられないとは。下手な防御力を持ったモンスターよりよっぽど凶悪なスキルになっている。スキル所有者のミスリルスライムですら女神候補も苦戦するモンスターなのに……。
終わった、俺達の冒険はこんなモンスターに立ちふさがれて終わるのだった。
イ「……私に任せて。毒の霧を使うから、早く離れて。」
レ「わ、分かった! 弥生、アヌビス、離れるぞ」
俺達は慌ててイルナから離れる。毒の霧は確か、最大HPの10%ダメージの固定ダメージのはずだ。イルナは俺達が離れたのを確認すると、毒の霧を使ったらしく、イルナの付近が緑の霧に包まれる。状態異常、ジャイアントキングスライムは猛毒になった。ジャイアントキングスライムに最大HPの10%ダメージ。ジャイアントキングスライムに最大HPの10%ダメージ。ジャイアントキングスライムに最大HPの10%ダメージ。……ジャイアントキングスライムに最大HPの10%ダメージ。ダメージは継続して当たっているが、倒れる様子は無い。
ヤ「ダメですね。毒の継続ダメージよりも自己回復速度の方が早くてHPが減っていません。」
レ「イルナ! 毒の霧を解除して戻ってこい!」
イ「……まだ、やれる。」
イルナは毒の霧を解除したものの、そのままスライムに向かって行く。スライムはアヌビスの時と同様に魔法と触手で攻撃してくる。物理無効、イルナに0ダメージ。魔法無効、イルナに0ダメージ。死者の杖の効果で物理無効、死者の衣の効果で魔法を無効化しているが、ダメージはともかく触手はイルナに絡まってきた。
イ「……やっ、あっ!」
触手が死者の衣の中に入り込むと、そのままスポッと脱がされる。衣を脱がされて、メイド服姿になったイルナにスライムの魔法が命中する。イルナに0ダメージ。それでも魔力はイルナの方が上のため、ダメージは無いようだ。
イ「かえっ、してっ!」
イルナはピョンピョンとジャンプして衣を取り返そうとするが、スライムは触手をふりふりして取らせない。さらに追い打ちをかけるかの様に飛行し始めた。
イ「……うぅっ。」
スライムはさらに、死者の杖まで取り上げようとしてきたので、イルナはこちらに半泣きで退避してきた。
ア「仕方ないのじゃ。取り返してくるかの。闇の球!」
魔法無効、ジャイアントキングスライムに0ダメージ。触手が衣を着たと判定されているのか、唯一ダメージの多かったアヌビスの魔法すらダメージを与えられなくなった。さらに悪いことに、無効化の場合はノックバックすら発生しないので、魔法の風圧で死者の衣が脱げる様子も無い。それに味を占めたのか、スライムは死者の衣をそのまま体内に取り込んでしまった。これではもう、脱がすことは不可能だな。やはり、俺達の冒険はここで終えるのか。
ケ「何をしているのですか? ワン。」
レ「ケルベロちゃん!」
ケ「? そうですが、何故あたちの名前を知っているのですかワン?」
レ「と、とりあえずそのスライムを倒してくれ!」
ケルベロちゃんは怪訝な顔をしたが、とりあえず邪魔なスライムを排除することにしたらしく、スライムの目の前?に一瞬で近づくと、掌底をスライムの胴体に打ち込んだ。ダメージカット、99%。
ケルベロちゃんが一瞬、「ほぉ、あたちの攻撃でこの程度のダメージとは」と凶悪な笑みを浮かべたのも束の間、スライムは吹き飛んで壁に当たり、コアになった。そのコアをケルベロちゃんが拾う。そのコアを俺にくれとはとても言い出せないな。
ケ「やっとこっちへ戻ってきて冒険者たちを迎えに来てみれば……これは、一体何だったんですかワン?」
レ「それが、ヒュージスライムが突然変異を起こしたみたいで、俺達にも何が何やら。」
と誤魔化しておくことにする。正直に俺が原因ですって言うと俺が殺されかねない。それに、今のケルベロちゃんはちょっと他人行儀っぽい話し方で話しかけづらい。まあ、会ったばかりだから当然か。以前のファーストコンタクトは、メィルがやらかしたおかげでケルベロちゃんの素がでて、一気に他人行儀さが無くなったからな。
ケ「そうだったのですかワン。ところで、あなた達も冒険者ですかワン? ビジネスホテルに案内しますワン。」
俺達はケルベロちゃんに連れられてビジネスホテルに向かう。案内が無くても行けるけど、勝手に行くわけにはいかないし、勝手に行ったとしても不審者として殺されかねない。あれ、何気に殺される確率高くね? まあ、勝手な思い込みなんだけど。
ケ「こちらですワン。部屋の希望はありますかワン?」
レ「どうせなら、4人一緒に泊まれる部屋はあるか?」
以前は俺と弥生だけだったので、最初は2部屋別々にしたけど、その後はワルキューレの闇の壁があったとはいえみんなで同じ部屋を使っていたのだから、今回は最初から一緒でいいと思う。一応、弥生の顔も見たが「なんですか?」くらいに首を傾げただけなので文句は無いと思う。アヌビスとイルナについては、そもそも何か言うとは思えない。
ケ「ありますが、エッチな事をする場所ではありませんので、変な反応があったら叩き出しますワン。」
レ「そんな事しないよ! なっ!」
俺は皆を見渡すと、弥生は考えがそっち方面に及んでしまったのか、顔を赤くして背け、アヌビスとイルナは「なにそれ? それっておいしいの?」的な反応だった。
その後、食事の話や、備品等の話を終え、部屋の鍵を渡された。そこは前回みんなで使っていた部屋なのでよくわかる。
レ「あ、そうだ。分裂! こいつを番犬代わりに使ってくれ。名前はそうだな……サーベラスでどうだ。」
俺はケルベロス型の分裂体を作ると、ケルベロちゃんに渡す。元の世界では結構仲良くやってたみたいだから、こちらでも気に入ってくれると良いな。
ケ「……悪くない名前だと思いますワン。ありがとうございますワン。」
ケルベロちゃんは一瞬やさしい笑顔になったが、慌てて仕事の顔に戻す。
ケ「それでは、ごゆっくりどうぞ、ワン。あ、申し遅れましたが、あたちはケルベロと言いますワン。ケルベロちゃんと呼んでくださいワン。」
レ「分かった。ありがとう、ケルベロちゃん。」
俺は丁寧にお辞儀をするケルベロちゃんに手を上げると、皆で部屋へ向かった。部屋割りは前回と同様にした。寝るときは、やはり闇の壁を張ることになったので、アヌビスがワルキューレの代わりに張る役だ。それから、風呂にアヌビスが突入しようとするハプニングや、イルナが闇の壁を張る前に服を脱ぎだすハプニングがあったが、無事、弥生が阻止してくれたため何事も無く1日が終わった。が、夜中にトイレに起きた俺に、寝ぼけた弥生が浴衣をはだけさせた状態で着いてきたのにはびっくりさせられた。恐らく明日の朝まで覚えてはいまい、いや、覚えていないといいな。
サイド:ヴェリーヌ
ヴェ「……地球の侵略に失敗したようです。」
ベ「なんだと? あそこは確か、見習い女神が不在のはずだ。たかだか女神候補程度に負ける戦力しか送っていなかったのか?」
ヴェ「確かに、リーダーはイブリアルにしましたが、それは地球に詳しかったためであって、戦力としては十分な者を送ってありました。それに、太陽系担当の女神ランクⅢの女神は秘密裏に処理してありましたが、ドラゴンの星に向かうはずのアルスリアが、何故か地球に居たのが誤算でした。現状、表だって女神ランクⅣ以上の悪魔を送り込むわけには行きませんでしたので……。」
ベ「もういい、次の手を考えるのだ。私の予知が、地球人を放置するなと知らせている。急で準備が出来ないのも分かるが、次は失敗しないようにしろ。……いや、予知が変わった。なんだと、危険度が地球からはじまるのダンジョンへ変わった、だと?」
ヴェ「はじまるのダンジョンですか……それは非常にまずいですね。今の段階で仕込みがバレると、神界へ忍び込むことが不可能になってしまいます。ただでさえ最高神が居座っているというのに。」
ベ「くっ、それも手遅れになりそうだ。やっとこの時が……、ルシ――。」
ヴェ「ぐぁっ、おやめください! その名を告げると私では耐えられません!」
ベ「すまない。……もう少しであいつを蘇らせれるという所まで来たのに。これでは、我らの悲願が遠のいてしまう!」
ヴェ「気休め程度にしか成らないかもしれませんが、惑星アヌビスに送る悪魔を増やしましょう。こちらも地球と同様に女神ランクⅣ以上の悪魔を送り込むことはできませんが、あそこの神は弱いはずなので。」
ベ「そうだな。不安要素は減らしておくべきだ。ところで、ルバートはどうしている?」
ヴェ「ルバートですか? 彼女にはネクロマンサーの少女の監視をさせています。完全に逆らえぬ様、今は憑依しているかもしれませんが。何故今それを?」
ベ「何があったか分からぬが、相次いで私の予知に異変が起きていると知らせてくる。くそっ、強制力を超える異変を起こすなど、クロノスめ、何かしたな!」
ベルゼブブは一気に押し寄せる情報の変化に耐えられず、地面に片足を着く。魔界の砂はその膝を傷めないように柔らかく受け止める。それを見て、ヴェリーヌは慌ててベルゼブブを助け起こす。
ベ「……もう大丈夫だ。異常な予知の変化によって、私のMPが常に消費され枯渇してしまった。この状況が治るまで、しばらく私は動けぬ。」
ヴェ「分かりました。私の方で引き続き作戦を行います。今の段階で何かアドバイス等はありますか?」
ベ「オリヴィエとベリアスを呼び戻せ。これからは女神ランクⅡ以上を相手に出来る悪魔を使え。」
ヴェ「それは……。素体となるコアがほとんどありません。それに、有象無象の女神ランクⅤ、ランクⅣならなんとか誤魔化しは効きますが、女神ランクⅢ、ランクⅡを倒してしまうと、さすがに上位女神にバレてしまいます。」
ベ「それがバレない結界の使用を急げ。しばらくは素体なしで使い捨ての肉体を与え、運用しろ。」
ヴェ「分かりました。」
ヴェリーヌはそう言うと、どこへか転移していった。一人残ったベルゼブブは、魔界に入ってきた女神の存在を感じた。
ベ「この気配は……ラヴィか。予定通りだな。適当な悪魔をぶつけて一旦帰ってもらうとしよう。あいつと面識があるのはメデューサあたりか。コアを復活させてくれればいいが、今の状況では分の悪い賭けになるが、他に方法も無いか……。」
ベルゼブブは一瞬回復したMPでメデューサのコアを蘇生させる。
ベ「メデューサよ。この魔界にラヴィが来ている。復讐したいだろう? その装備を与える、好きに使え。」
メ「あんたは……? 復活させてくれたのか?」
メデューサをパワーアップさせる余力までは無いが、言う事を聞かせるために適当な装備を渡す。今のメデューサのステータスを2倍にする程度だが、これ以上の装備を捨て駒に渡すには惜しい。
ベ「そうだ。それと、このコアを持っていけ。女神のコアだ、これを盾にすれば絶対にラヴィはお前を攻撃する事ができない。あとは……。」
適当に邪神の事などを吹き込み、やる気にさせると、メデューサは新たな装備を着こんでラヴィの所へ転移していった。確認の為に私も近くで待機するとしよう。
サイド:メィル
メ「ふふーん、見つけたぞ。それで隠れているつもりかの? 異様な気配をたどってみたら、案の定悪魔だったのう。」
オ「貴様は、誰だ? 俺を知っているのか?」
悪魔は飛行し、私を見下ろしてくる。こういう態度をとるやつはだいたい自分の強さに自信があるやつだな。
メ「知らぬが、どうせルバート程度の雑魚だろう?」
オ「俺は大天使だ! あんな兵卒程度と一緒にするな! 衝撃拳!」
ふむ、やはり虎の尾を踏んだみたいじゃの。まあ、今の私にとっては子猫程度かもしれぬが。私の目の前にゆっくりと拳が現れ、ゆっくりと私の顔に近づいてくる。これに当たってもダメージは無いだろうが、わざわざ当たってやる理由も無い。首を傾けて避ける。
メ「ひょいっと。」
オ「てめぇ、俺を馬鹿にしているのか!」
わざわざ口に出して回避してやったのに、何が気に入らなかったのか。今度は両手で攻撃してきたが、躱すのもめんどくさいのう。
メ「透過。」
オ「貴様! それはやっちゃダメな回避だろうが!」
メ「知った事か。それにしても、魔法に自信がないのか、格闘に自信があるのか知らぬが、物理攻撃しかしてこぬのか?」
オ「そんなわけあるか! 俺は自分で殴るのが好きなだけだが、貴様には地獄を味わってもらう! 闇分身! 闇の球!」
大天使と聞いて序列表を今思い出したが、あやつの名前はオリヴィエだったか? どこかで見たことはある気がするのう。私の周囲に複数のオリヴィエの分身が現れ、それぞれ同等の威力を持つであろう闇の球を飛ばしてくる。
メ「光の壁。」
オ「はっ、その程度の魔法で俺の魔法を防げるとおぉぉぉ?!」
オリヴィエの闇の球はしっかりと私の光の壁ではじかれる。まあ、当たったところでダメージは無いだろうが、汚れるかもしれぬしの。
オ「ふっ、ふんっ。なかなか上位の女神だったようだな……。」
メ「今は女神ランクⅣくらいだと思うがの?」
オ「嘘を付け! って女神は嘘を付けないのか……ということは、まさか……。」
オリヴィエは私の正体に気が付いたのか、慌てて逃げ出そうとする。しかし、それを許す私では無いが。
メ「ソーラービーム。」
オ「悪魔に栄光あれ!」
オリヴィエは消滅し、コアとなって振ってくる。それを空中で指をはじいて割る。私の体を光が包み、身長が少し伸びたが、胸の大きさは変わらぬな……解せぬ。
メ「ふーむ、これで女神ランクⅢ……になったかの?」
自分で自分に鑑定はかけられないし、そもそも鑑定妨害がある。そうだ、鑑定ボードを使うとするか。思い立ったが吉日と、さっそくダンジョンの入口に戻ると、ホワイトボードに触れる。
メ「まだまだだの。」
今の女神の強さのランクは知らぬが、本来の私の強さから見るとやはり女神ランクⅢくらいのステータスに成っていた。
メ「この辺にはもう、悪魔の気配は無いか。少し、遠出してみるかの。」
私は一旦ダンジョン内へ戻って報告するとするかの。そして、次の目的地はドラゴンの星かの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます