第25話 地球

レ「ちょっと待て! って、ぐえっ。」


気が付くと、目の前に電車があった。線路に落ちる前に電車にぶつかる。ガンッとものすごい音と衝撃があったが痛くない……即死って痛くないんだな。それより、なんでよりにもよって転移前の状態に戻したのやら……ってそういう条件で戻るんだったか?


ヤ「源さん、大丈夫ですか?」


弥生の声がする。とうとう幻聴が……って、死んでないのか?


男「君たち、大丈夫か!」

女「今、駅員さんを呼んだから、すぐに救急車も来ると思うわ!」

男「今、引き上げてやるからな!」

ヤ「源さん、装備を貸してください!」


俺はまだまわっていない頭で、とりあえずスラタンを弥生に渡す。すると、アイテムボックスが使えるようで、他の人に見られないように陰で片付けている。


レ「生きているのか? 俺達。」

ヤ「生きていますよ。スキルも使えるようですし、装備もそのままですし。」


弥生は小声で教えてくれる。


男「手に掴まって!」


俺と弥生は、簡単にジャンプで登れそうなホームに、男の人に手を引っ張ってもらって這いあがる。今は下手な事をしないようにしておこう。見ると、駅員さんが近寄ってくるのが見えた、そして、前面が凹んだ電車も。あれ、俺達が弁償しないといけないのかな……。


駅員「君たち、もうすぐ救急車が来る。大丈夫か? 見たところ目立った怪我は無さそうだが。」

男「電車にぶつかって10mくらい飛ばされてたぞ。確かに流血等の目立った怪我は無さそうだが、あれだけの事故で無傷という事は無いだろう。」


多数の人に見られているので、痛い振りまではしないが、大人しく座っている。弥生も同じように考えたらしく、座ったまま動かないことを選んだようだ。

しばらくして、担架で救急車に運ばれる。生まれて初めて乗った救急車だが、なんとも言えない気持ちだな。


ヤ「多分、ステータスのおかげですよね……。」

レ「まあ、それしか考えられないな。」


弥生と現状を確認して、大人しく病院へ搬送された。


医者「ふむ、特に外傷は見られませんが……痛い所は無いですか?」


脱いで分かったが、電車とぶつかった時にスーツが結構地面にこすれてボロボロになっていた。しばらく会社を休んだ方がいいなと判断する。


レ「頭が痛い……気がします。」

医者「レントゲンを撮っておくか。おい、レントゲンだ。」


医者が看護婦に指示し、レントゲン室へ入る。自分で見ても、完全に無傷だな。レントゲンを撮り、結果が出るまで待合室にいることになった。弥生にも同様に痛みがあると伝えておけと教えた。病院で忍者服は目立つな……。


医者「レントゲンでは特に異常は見つからなかったが、何かあったらまた検査に来なさい。」

レ「体調がすぐれないので、診断書を書いてもらってもいいですか? 会社に提出したいので。」

医者「分かった。」


よし、これで1週間の猶予が出来たな。あっ、会社に電話しないと。俺たちは病院を後にした。


レ「弥生は会社に電話したのか?」

ヤ「はい、さっき電話して事故に遭ったと伝えたら、好きなだけ休んでもいいと言われました!」


それがいい事なのか、クビという事なのか分からないが、弥生の様子を見るに、心配して言ってくれたのだろうと判断する。


レ「さて、これからどうするか。そのうち呼ぶかもしれないと曖昧な感じだったからな。」

ヤ「もし……もし、良ければしばらく源さんの家に置いてくれませんか……? すぐに戻されたときに別々に行動してたら嫌じゃないですか。」


それは、一緒に暮らしたいというプロポーズ……ではないことくらい分かる。俺も状況を整理するために弥生と話し合いたいと思っていたところだしな。


レ「っても、俺の家と言ってもアパートだぞ? それも1LDKの。」

ヤ「ビジネスホテルの最初の部屋と同じくらいじゃないですか。十分ですよ。」

レ「布団とか無いから、買わないといけないな。」

ヤ「それはさすがに用意したいですね。」


俺はタクシーで帰ろうと、財布の中身を見る。うん、ほとんど入ってない。


レ「悪い、ちょっと金が無いから銀行に寄らせてくれ。」

ヤ「いいですよ。正直、私もあまり持ち金が無かったので。」


俺は特にキャッシュカードすら持たない主義だったからな。とりあえず、近くの銀行まで歩いていく。銀行内に入ると、平日の朝だからか人がほとんどいない。


行員「いらっしゃいませ。どのようなご用件ですか?」

ヤ「ちょっとお金を下したいんだけど。」

行員「分かりました。受付票を取ってしばらくお待ちください。」


入り口に居た女性の銀行員に案内され、受付票を取り席に座る。隣に弥生も座る。


行員「いらっしゃいませ。どのようなご用件ですか……きゃぁ!」

強盗「うるせぇ! 静かにしろ! このバッグに金をさっさと詰めやがれ!」


見ると、入り口に野球帽にサングラス、マスクで顔を隠し、手は軍手をして拳銃のようなものを持っている。俺は本物の拳銃は見たことは無いんだが、あれは警察が持っているようなやつじゃなくて、ドラマとかに出てくるようなモデルガンの様な気がする。強盗は窓口にバッグを置くと、窓口に居た女性は金庫へお金を取りに行く。そして、強盗は気が付いていないようだが、誰かが通報ボタンを押したのだろう。入り口のランプが点滅している。

時間をかけるようにお金を用意し、途中で現金を落とすなどの小芝居をしていると、犯人がイライラしているのが分かるくらいにキョロキョロし始めた。


強盗「早くしろ!」


さすがにこれ以上時間を稼げないな……と言ったところでお金をバッグに詰める。


ヤ「はっくしゅん!」


弥生がかわいいくしゃみをする。しかし、強盗は薬でもやっているのか、弥生の方をギュルッと音がするんじゃないかと思うほどに気持ち悪く首を曲げる。


強盗「てめぇ、俺を舐めてるな? そうだろう!」


いろいろとイライラが重なっていたのだろう。難癖もいいところで、強盗が弥生に向かって拳銃の引き金を引き絞るのが見える。パンッ。思ったよりも軽い銃声がして、弥生の後ろの壁に穴が空く。


行員「きゃあぁ!」

強盗「騒ぐな、うるせえ! 今度は当てるぞ!」


正直、銀行員も本物の銃だとは思っていなかったのだろう。本物と分かったとたん、今までの落ち着いた行動から、急に強盗の視線に入らないように逃げる行動に移った。


ヤ「源さん、見ましたか?」

レ「ああ、当然弥生にも見えてるか。」

強盗「何をごちゃごちゃ喋ってやがる! 死ね!」


強盗は、今度は俺に向かって引き金を引く。またパンッという音がして俺の後ろの壁に穴が空く。


強盗「運のいいやつめ! 死ね!」


俺は体を少し傾けて躱す。また、背後の壁に穴が空いた。


強盗「クソが、これならどうだ!」


強盗は、俺の肩に銃口をつける。さすがにこれだけ接近されると回避できないな……。俺は痛みを我慢するように目をつぶる。パンッ! 


強盗「ぎゃあ!」


肩に軽い衝撃を受けると同時に、強盗の持っていた銃が暴発する。近くに警察が到着していたようで、あっさりと犯人は捕まった。俺たちは事情聴取を受けたが、大したことなく解放された。また、駅での事故の事もすでに調べていたらしく、防犯カメラの状況から自殺などではなく、偶発的な事故で線路に落ちたと判断され、今回はおとがめがなかった。電車の修理代も払わなくていいらしく、ほっとした。


レ「はぁ。戻ってきていきなり事件に巻き込まれすぎだろ。そして、結局金を下せてないし。」

ヤ「まあまあ、今日は持っているお金で何とかしましょうよ。」


俺のアパートに向かう途中で、広い公園の多目的トイレに2人で入る。そして、俺のスーツと、弥生の服を変化で直す。強盗に撃たれた肩の部分の穴や、事故のせいでボロボロになったスーツ、それに目立ちすぎる弥生の忍者服を目立たない服装にした。本人は忍者服はおかしくないと言い張っていたが、周りの目線が痛すぎる……。


レ「これでよし、今日の晩御飯をとりあえず買いに行くか。」

ヤ「そうですね。お腹がすきました!」


ちなみに、昼食は警察署で食った。


結局晩飯だけを買い、布団は変化で作ることになった。金を下せていないからな。備品なども変化で作り……ってやっぱり変化って便利だよな。


ヤ「覗かれるのが怖いので、透明化をしてお風呂に入ります!」

レ「いや、そんなに堂々と宣言されても……覗かないって。」

ヤ「ラッキースケベとかありませんか?」

レ「誰も居ないから無いだろ!」


風呂に入り、レトルトカレーを温めて食べる。やっぱり久々の日本のレトルトはうまいな。歯磨きをして、寝る準備は完璧だ。


ヤ「ついたてが無いので、透明化して寝ますね!」

レ「好きにしてくれ。」


さすがに寝る場所は一緒の場所しか空いていないので、弥生が気が済むように好きにさせた。おやすみ。


次の日の朝


ヤ「おはようございます、源さん。」

レ「おはよう。」


俺の目が覚めると、6時半だった。弥生はすでに着替えており、変化させたのか普通の……忍者服じゃない洋服になっていた。新鮮な姿にじっとみてしまう。


ヤ「あっ、すいません、今食パンを焼きますね!」


弥生は朝食の催促だと思ったのか、キッチンへ向かう。変化でエプロンを作り、フライパンを出して目玉焼きを作り始めた。あっちじゃ料理はほとんどケルベロちゃんかはじまる様に用意してもらったからなぁ。なんか新婚生活みたいだ。そう思って、急に恥ずかしくなった。……悪くないと思う俺がいる。


ヤ「できましたよ!」


俺が妄想している間に準備ができたようで、テーブルに食パンと目玉焼き、コーヒーが並べられていく。


レ「いただきます。」


飯も食い終わり、銀行が開くまで暇だなと思っていた8時過ぎ、電話が鳴った。


レ「はい、源です。」

課長「おお、源か。事故に遭ったって聞いたけど、声は元気そうだな? そこで悪いんだが、ちょっと仕事が立て込んでてな。できる範囲でいいから仕事をして欲しいんだ。」

レ「えっ、しばらく休むって連絡したのにですか? 診断書も郵送しましたよ。」

課長「悪い悪い、でも、骨折とかは無いんだし、できる範囲でいいからさ。」

レ「……分かりました。ちょっと考えさせてください。」

課長「頼むよ。」


ガチャリと受話器を置く音がして電話が切れる。


ヤ「お仕事ですか?」

レ「正直、仕事に行ってる場合じゃないんだよなぁ。」


特に何かがあるわけではないが、何かあった時に対応できないのは困る。


レ「そうだ! 分裂!」


俺は、俺そっくりというか、ほぼ本人というか、俺の記憶を全て移した分裂体を作る。ステータスは何かがあって消滅したら困るので、ステータスをHPは100くらいで防御力を常人の2倍程度にした分裂体にした。

体感では、恐らく車に轢かれても消滅しないと思う。


ヤ「わぁ、源さんそっくりですね!」

レ「そうだろ? よし、分裂体、仕事へ行ってこい!」

ヤ「あれ、それ使えばバイトし放題……?」

レ「源泉徴収とかでバレルからやらんぞ。」


仕事へ行く分裂体を見送り、俺達は銀行へ向かった。一応、昨日強盗があった銀行とは別の銀行にした。


レ「それにしても、俺達のステータスは地球じゃ異常すぎるよな、拳銃の弾が余裕で避けれるし、当たっても無傷だし。」

ヤ「やらないですけど、それを言ったら私の透明化で怪盗とかできますよ!」

レ「それで仮に指紋とかで見つかっても、刑務所からの脱獄なんて余裕だろうなぁ……。」


試しに、道に落ちていたコンクリートのかけらを握ると、あっさりと粉々になる。空気抵抗が違うのか、本気を出して走ると普通の服が持たないからやらないだけで、マッハを越えるのは余裕かもしれない。


日中の東京をぶらぶらするのは、営業以外では久しぶりだな。ちなみに、俺の仕事は事務に近いからどっかのクモ男みたいにスクープを取るのにステータスを生かす!ということは出来ない。いや、転職すればできるんだろうけど、今のところ必要性を感じていないな。どうせ今日の電話も、めんどくさい入力の仕事とかだろうし。


レ「さて、気分を変えて昼飯をちょっといいところで食うか?」

ヤ「それなら、中華とかですかね? テレビでビリが全額払うような番組のお店とか。」

レ「ちょっと高い気もするが……まあいいだろう。久々の地元だからな。」


まあ、俺自身もそんな高い店に行ったことは無いが、異世界に行った身としては、地球で金を貯めてても意味がないなと感じたところだ。それに、いざとなったら日雇いの土木作業だろうが苦も無くできそうだし。下手したら重機以上に働けるかもしれない……目立ちすぎるからやらないが。

すると、キキキーと急カーブしてきた車がこちらに突っ込んでくるのが見えた。俺と弥生は、普通の人間としておかしくない程度のスピードで避ける。車は、ガードレールにぶつかって止まった。さすがに2日連続で、無傷で病院へ行きたくないからな。


レ「大丈夫か?」


一応、運転席のエアバッグのおかげで、運転していた男性に目立った怪我はなさそうだ。


男「うぅ、警察か? 死ねや!」

レ「うわっ!」


男は急にナイフを取り出すと、突き刺してくる。驚きながらも、ナイフの刃を人差し指と親指で挟んで止める。


男「何?! 離せ!」


危ないので、刃をパキリと折っておく。すぐにパトカーが到着した。


警察「大丈夫ですか? 追跡を振り切られてしまって。」

レ「そうですか。私は怪我どころか、触れられてもいないので大丈夫です。」


面倒ごとにならないように、ナイフの事は黙っておく。被害届を出すために警察に行くとか勘弁してほしいからな。弥生も口裏を合わせてくれたので、特に何事もなく解放された。


レ「昨日からやけに事件に巻き込まれるな。」

ヤ「神様関係ですかね? 地球で私たちをどうにかできるものがあるとは思えませんが。」

レ「いや、フラグは立てなくていいから!」


万が一、ここに悪魔が転移してきたりしたら本当にアウトだからな!


面倒ごとを避けるために、一旦人気のない路地裏に入る。すると、知らない女の子の声が聞こえた。


コ「ちょっと、そこのあなた達!」

レ「え? 声はすれども姿は見えず。頭の中に直接話しかけてる系か?」

ヤ「いえ、普通に透明化してるんじゃないですかね?」

レ「ここは地球だぞ? どっかにマイクでも置いてあるのか?」

コ「ふっふっふ、あなたたちの頭の中に直接話しかけているのです!」

レ「んー、どっかこの辺から聞こえる様な……。」


ムニュ。見えないが、何か柔らかい物が目の前にあるようだ。ムニムニムニ。


コ「なにするですか!」

レ「げはっ!」


俺は急に顔面を何かに強打されてふっとぶ。……電車にひかれるよりは全然大丈夫だな。


コ「あわわわわ、やっちゃったです! 始末書ものです! 急いで蘇生しないと!」

レ「いや、大丈夫だ。ダメージはない。」

コ「なんで大丈夫なんですか! あたしは本気で殴ったですよ!」

レ「そう言われてもなぁ。ところで、そろそろ姿を見せたらどうだ?」

コ「本来は簡単に姿を見せるものじゃないのですが、あなたたちは普通じゃないのでお詫びも兼ねて姿を見せるです。」


そう言うと同時に、小学生並みの身長でローブの様な服を着た美少女が空中に浮いていた。少し顔が赤いのは怒りのせいか、変な所に触ったせいかは知らないが、メィルの同族っぽく背中に小さな羽が生えている。


コ「あたしの名前はコレ=ミンです。この星の女神なのです。敬うのです!」


コレはそう言うと、Aカップほどしかない胸を張って威張る。地球の女神ってこいつなのか?


ヤ「地球の女神様ですか? 私たちに何か御用ですか?」


弥生は信じたらしい。まあ、本物だろうが偽物だろうが俺達には関係ないか。いや、関係あるな。


コ「この星でスキルを使う反応があったから見に来たのです。この星でスキルを得たもの、星外から来たものには自動的にスキルを使わないように脳内に警告が流れたはずなのです!」

レ「いや、警告なんて無かったぞ?」

コ「そんなはずないのです! はっ、あなた達人間じゃないのですね!」

レ「いや、人間だけど……鑑定は使えないのか?」

コ「なぜそんなにスキルに詳しいですか! ますます怪しいのです!」


俺としてもコレが本当に女神かどうか疑ってるんだけどな。仮に最弱の女神のメィルですら女神になったなら俺にノーダメージということは無いはずだ。


レ「俺たちは、一応見習い女神のメィルに異世界召喚されたからな。スキルはそこで付与されたんだ。」

コ「メィル? 知らない名前なのです! 適当なことを言っても騙されないですよ!」

レ「いや、こういうやつだ。分裂。」


俺はそう言ってメィルを分裂で作り出す。あっ、ついくせでステータスまでメィルと同等にしてしまった。……俺って見習い女神レベルを作り出せてしまうんだな。なんかやばい気がするな。


メ「はーい、メィルちゃんです! 何か御用ですか? お兄ちゃん。」

コ「あっ、勝手にスキルを使うなです!」

ヤ「本物のメィルちゃんみたいです!」

レ「あー、つい本物っぽく作ってしまったな。性格は俺の想像な上にスキルも無いけど。」

コ「とりあえずこれは排除しますです!」


コレはそう言って分裂体のメィルを殴る。メィルの分裂体は近くにあった金網フェンスにめり込んだ。


コ「いったーい! ナニコレ、固いです!」


コレはそう言って手をフーフーと吹いている。最弱のメィルすら倒せない女神とか居るのか?


レ「……お前、女神じゃないだろ。」

コ「ギクッ! な、何を根拠にそんな事を言うんですか! 証拠はあるんですか? 証拠は!」

ヤ「その発言がすでに認めてるような気がするんですが……。」

メ「よくもやったわね! お返しよ、えーい!」


話しを聞いて居なかったようで、分裂体メィルは勝手にコレに攻撃をする。スキルが無いからただのパンチだが。


コ「ぐふぅ、よ、よく……も。」


コレはパンチされたお腹を押さえ、しばらくプルプルしていたが、気絶したようだ。


レ「……どうしようか、これ。」

ヤ「コレだけに……ぷっ。」


弥生は何かツボにはまったらしく、腹を押さえて笑っている。さて、目立つのもあれだし、適当に分裂体で包んで一旦家に帰るか。


家に帰ると、丁度コレが目を覚ましたようだ。


コ「ここはどこですか!? あたしをどうする気ですか!」

レ「いや、どうもしないけど。とりあえず気絶してたから目立たないように家に連れて来ただけだぞ。」

コ「あたし、お持ち帰りされた!? た、助けてください、女神様!」

レ「何もしないから落ち着け! あと、やっぱりお前は女神じゃないじゃないか。」


分裂体の包みを壊すと、中でグスッグスッとコレが泣いていた。


メ「泣いてるの? えー、女神なのに泣いてるのー?」


メィルの分裂体が追い打ちをかける。メィルってこんな性格だっけ? いや、俺の想像の性格はこんな感じだな。


ヤ「このメィルちゃんはもう片付けましょう。投擲!」


弥生はアイテムボックスから手裏剣を取り出すと、分裂体メィルに向かって投げる。そして、消滅した。


コ「ひぃっ、こ、殺さないで! 分かりました! 嘘をついていてごめんなさい! あたしは、いえ、わたしはこの星の見習い女神ですぅ。」


今にも号泣しそうに目にいっぱい涙をためてコレはそう叫ぶ。


レ「殺さないから落ち着け。」

コ「ほ、本当ですか……?」


自分が倒せなかった分裂体メィルを、弥生があっさり消滅せたのでそうとうビビっているようだ。上目遣いに目をウルウルさせている。


ヤ「本当ですよ。今度嘘をついたらどうするかは分かりませんが。」

コ「ひぃっ、ごめんなさい! 嘘つきません!」


確か、女神は嘘をつけないはずなので、見習い女神かどうかすら怪しい所だが。まあ、とりあえず話を聞くか。


レ「それで、俺達に何か用か?」

コ「女神さまから、地球にスキルの反応があったので調べてこいと言われたのは本当です。ごくたまにですが、原住民が何かの拍子にスキルを覚えたり、次元をまたいで何かが現れたりすることはあるのです。けれど、大抵はあたしでもなんとかなる程度の問題しか無いはずなのです。」


まあ、コレの手に負えないような問題に送り込むようなやつは居ないと思うな、たぶん。無茶ぶりする上司というのも微レ存だが。


ヤ「それで、私達をどうするつもりだったんですか?」

コ「本来は、透明化をしたまま事情を聴いて、あとは女神さまの判断に任せる予定だったのです。原住民を勝手に殺したりしたら始末書なのです!」

レ「……始末書で済むのか。」

コ「? 人間も、犬や猫を殺した程度では死刑にならないはずです?」

ヤ「そういう認識なんですね……。」


まあ、そういうものかととりあえず納得しておく。文句を言ってもどうしようもないからな。


レ「それで、これからどうなるんだ?」

コ「あたしが解決できる範疇を越えているので、女神さまに連絡をとるです。ちょっと待っててくださいです。」


そう言ってコレはアイテムボックスから通信機の様なものをとりだすと、かけた。


コ「コレです。少し問題がありまして……はい、はい。罪人が……はい。よろしいです? お願いしますです!」


連絡が終わったらしく、通信機の様なものをしまう。電話機とかと違うのは、向こうの声が全く漏れない所だろうか、目の前で通信しているのにコレの声しか聞こえなかった。所どころしか聞こえなかったが、罪人とか言わなかったか?


コ「ふっふっふ、お前たちももう終わりです! 女神さまが直々にこちらにいらっしゃるのです!」

レ「いきなりすぎる!?」


すでに俺達が排除される事になっているのに驚いた。そして、逃げる間も無く転移の魔方陣が目の前に現れる。


ア「どこッスか? 問題の罪人というのは。」

コ「こいつらです! あたしに攻撃してきたのです!」

レ「いや、攻撃したのは俺達じゃ……って、あれ? アルスリアじゃん。」

ア「……誰ッスか? あーしは地球人に知り合いは居ないと思うんスすけど。ん?……少しだけッスけどあーしらと時間軸が違うッスね? ちょっと待っててほしいッス、記憶を同期するッス。未来のあーしはどこに居たッスか?」

レ「はじまるのダンジョン近くのビジネスホテルだと思うけど……。」

ア「分かったッス。」


アルスリアはそう言うと、目をつぶってこめかみに人差し指をつける。しばらくして、目を開けると同時に土下座した。


ア「大変お世話になりましたッス!」

コ「アルスリア様、何してるですか!? こいつらは罪人ッスよ……じゃなくて罪人です!」


自分の上司がいきなり土下座をしたら誰でも驚くだろうが、さすがに急すぎるため俺達も驚いた。


ア「この方たちは、未来であーしがお世話になる方たちッス。コレも安心していいッスよ。」

コ「未来!? 今は安心できないです!」

ア「うーん、説明が難しいッスね。順を追って言えば、ドラゴンの星にあーしが赴任する事になるみたいッス。そこであーしが殺されて、取り込まれて、それを助けてくれたのがこの方たちッス。」

コ「アルスリア様がやられるような敵にこいつらが勝てるとは到底思えませんです!」

ア「あーしも死んでたみたいッスから詳しくは分からないッスが、蘇生自体はケルベロ様がしてくれるみたいッスが、未来のあーしが感謝しているのは、この方たちにしてるみたいッスから。」

コ「100歩譲って未来ではそうだとしても、今から未来を変えればいいのです! ドラゴンの星へ行かなければいいのです!」

ヤ「あー、確かに未来で起こることが分かっていれば回避できますね?」

ア「時間の強制力はそんな単純なものじゃないッスよ。未来を変えるには最低でも下級神……いや、中級神くらいのランクが無いと無理ッス。仮にドラゴンの星に行かなくても、何かで結局あーしは死ぬんスよ。」

レ「そういうもんなのか。ところで、アルスリアはこの星の女神なのか?」

ア「違うッスよ? あーしは女神になったばっかりッスからいろいろ研修中ッス。太陽系の中では地球にしか知的生命体が居ないので、今は地球で研修中ッス。そして、この子はコレと言って女神候補ッスよ。」

レ「てめぇ、やっぱり嘘ついてたんじゃないか!」

ア「え? 嘘ついたんスか? ダメじゃないッスか、嘘なんてついてたらいつまでたっても見習い女神にすらなれないッスよ。取り合えず減点ッスね。」

コ「そんな!? うぅ、それもみんなこいつらが……。」

ア「あーしの恩人って言ったッスよね? 失礼なことをしたら減点どころでは済ませないッスよ?」

コ「ご、ごめんなさい!」


脅されてではあるが、一応謝ったので許してやるか。それよりも知り合いに会えたのはでかい。見ず知らずの女神だったら、コレの言う事を信じて俺達を排除していたかもしれない。……もし、ワルキューレだったら確実に俺達が消されていたな。


ア「それじゃあ、あーしに何でも言ってくれて良いッスよ。できる限り協力するッス。転移で全世界の観光でもするッスか?」

レ「普段の俺ならやったぜ! って言うんだろうけど、今は微妙なところなんだよな。女神の試験も終わってないし。」

ヤ「中途半端に説明もなく戻された感じなんですよね。アルスリアさんで何とかできませんか?」

ア「アルスリアでいいッスよ。さっきも言った通り、時間の強制力はあーしの力じゃ逆らえないッス。恐らくッスけど上司に伝えても絶対対処してもらえないッス。」

レ「ケルベロちゃんやラヴィ様に連絡してもか?」

コ「ケルベロ様をちゃんづけだと……!」

ア「コレは黙ってるッス。連絡を取ること自体は可能かもしれないッスけど、起こっても居ないことを信じさせるのは難しくないッスか?」

レ「え? アルスリアみたいに記憶の同期とやらをすればいいんじゃないのか?」

ア「ああ、これはあーしの特殊能力ッスから他の女神は使えないッスよ。あーしはあーしが生きている場所が分かればたとえ次元が違っても記憶を読み取れるッス。ただ、本を読むみたいに読み取るだけで体験するわけじゃないッスから未来のあーしのスキルとかは使えるようになるわけじゃないッスけどね。」

レ「万能ってわけじゃないのか。じゃあ、他の女神様達は?」

ア「太陽系担当の〇×△様とか銀河系担当の×〇△様とかッスか?」

レ「え? 誰だって?」

ア「だから、〇×△様とか×〇△様とかッスか?」

レ「……弥生、聞こえたか?」

ヤ「うまく聴き取れませんでした。」

ア「あー、それが強制力ッス。名前を知ることによって未来が変わるのかも知れないんスね。」

レ「そうだとしたら、やっぱりクロノス様に戻してもらうしかないか。」

ア「時間に身を任せるしか無いッスよ。そういう訳で、コレは罰として砂漠に植林してくるッスよ。」

コ「ひぃぃ、あたしだけ明らかに未来が変わってるです!」


大したことが無い場合は未来が変わることもあるらしいな。


ア「そういうことで、あーしは仕事に戻るッス。あっ、何かあった時のために通信機を渡しておくッス。使い方はコレに聞いてくれッス。」

コ「えーっ、あたしが教えるですか?」

ア「やっぱり植林の方がいいッスか?」

コ「ぜひ、あたしにやらせてくださいです!」

ア「どっちにしろあとで植林は確定なんスけどね。」

コ「そんなぁ……。」


がっくりと肩を落とすコレを尻目に、アルスリアは転移していった。


コ「仕方ないです。使い方はですね……。」


俺達はコレから通信機の使い方を学び、一回コレにかけて使えることを確認すると弥生のアイテムボックスに入れておくことにした。


レ「サンキュー、コレ。」

コ「……それじゃ、あたしは植林しにいくです……。」


コレはそう言うと、トボトボと歩いてアパートを出て行く。スキルについては使用許可を貰っておいたので、俺達に関してはこれで問題になることは無いだろう。まあ、あまり目立つような使い方はしないで欲しいッスって言われたからほどほどにしておくか。


レ「さて、結構時間がたってしまったが昼食にするか。」

ヤ「そうですね。なんだかんだあってお昼がまだでしたね……お腹がすきました。」

レ「今からまた出かけても、時間がかかるだろうし……カップ麺でも食うか。」

ヤ「それがいいです! 中毒性のあるカップ麺ですね!」

レ「言い方……。まあ、無性に食いたくなることがあるのは認めるが。」


俺はヤカンにお湯を入れ、沸かす。インスタント麺系は結構備蓄してあるからいつでも食える。そうだ、これを機に弥生のアイテムボックスにも地球の食料を入れておくか……まあ、ケルベロちゃんに言えば何でも取り寄せてくれるからあんまり意味はないかもしれないが。


お湯が沸いたのでカップにお湯を注ぎ、3分待つ。その間見ていたニュースで昨日の強盗の事件がでていたが、俺と弥生は名前すら出ることは無かった。いや、出ても困るんだけどな。俺は会社に行ってることになってるし。そういう意味では、あまり出歩くのもだめかもしれないが、何かあったらアルスリアに頼んで証拠を隠滅してもらおう。などと考えているうちに3分経った。


レ・ヤ「いただきます!」


うん、やっぱり久々のカップ麺はうまいな。弥生も夢中で食べているようだし、俺もさっさと食べ終えてしまおう。


レ「ごちそうさま。」

ヤ「ごちそうさまでした! 宇宙から帰ってきた宇宙飛行士もこんな感じなんですかね?」

レ「俺達の方が宇宙より遠いところに行ってたけどな。むしろ、次元すら違うっていうな。」


そう思うと、やっぱり地球はいいなって思う。ただ、気を抜きすぎるとステータスを抑え忘れそうで怖いが。今の俺達にとっては車なんかよりよっぽど歩く方が早い。だが、それを人並みにするには……意思の力だけでいいんだけどな。もっとアリを潰さないようにつまむような感覚とかを……と思っていたんだが、日常生活の力加減は体が覚えていた。


ヤ「カップを片付けて、お茶を入れてきますね。」

レ「おう、サンキュー。お茶葉とポットはキッチンの上に置いてあるから。」

ヤ「分かりました。」


弥生って案外女子力高いな。部屋に2人きりとか、一昔前の俺じゃ考えられない事だな。弥生は湯飲みを2つテーブルに置くと、急須でお茶を入れてくれる。俺はティーパックより急須派なんでな。


レ「ずずっ、うん、うまいな。お湯の温度も丁度いい感じだ。」

ヤ「これでも接客もしていたんですからね。職場じゃ職員分のお茶くみもさせられてましたし。」

レ「ああ、これならどこへ出しても恥ずかしくないな!」

ヤ「どこへ出すつもりですか!」


弥生とそう笑っていた瞬間、世界がずれた気がした。エレベーターが上がる瞬間のあの感じだ。


ヤ「? 何か変な感じがしませんでしたか?」

レ「弥生もそう感じたか?」


俺達は何があったのか確認するために外へ出た。すると、玄関前に空間の裂け目が出来ていた。


レ「何だこれ?」

ヤ「あっ、何か出てきます!」

レ「……これは、ゴブリンか?」


まるで裂け目が生み出したかのようにドサリと緑の物体が落ちてくる。それはすぐに立ち上がると、俺達に攻撃してきた。


ヤ「やっぱりゴブリンですね。」


弥生は一瞬のうちに手刀でゴブリンの首を刎ねる。血は出ず、ドラゴンの星の時のように粒子となって消えた。それにしても、弥生の判断が早すぎて怖い。それに素手で斬首とか修羅の国かよ……。


ヤ「見て下さい! さっきの空間の裂け目がいろんなところにあります!」


弥生の言う通り、街中に裂け目が現れ、そこからモンスターが生み出されているようだ。俺はすぐにアルスリアに連絡を取る事にした。さっき貰った通信機を弥生から受け取り、かける。


レ「アルスリアか? 街中にモンスターが現れた!」

ア「こっちでも確認してるッス。あーしはちょっと悪魔と戦闘中ッスからあんまり余裕がないのでコレを行かせるッス。コレ、聞いた通りッスから転移して……何とか頑張れっす。」

コ「指示が雑すぎです!? アルスリア様は大丈夫なんです?」

ア「正直、コレが居ても足手まといッスからさっさと行って欲しいッス。」

コ「正直すぎる!? 嘘がつけないからって言葉をオブラートに包むくらいはできるです!」

ア「さっさと行けッス!」


アルスリアの声を最後に通信が切れ、こちらに転移陣が現れる。


コ「ふぎゃっ! せめて丁寧に送って欲しかったです!」

レ「……これ、俺達にお守を任せたんじゃないのか?」

ヤ「そうですね、確実に足手まといですし。」

コ「あなた達もひどいです!? 女神候補と言っても地球上では一番強いですよ?!」


俺と弥生は肩をすくめると、どうすればいいのか調べることにした。


空間の裂け目はそこかしこで発生しているらしく、車のぶつかる音や叫び声、泣き声などが聞こえてくる。発生範囲は分からないが、少なくとも目に見える範囲だけでもなんとかしたい。


レ「よし、ケルベロスタイプは敵認定されると尚更混乱に拍車がかかるだけだから、ユウの様な人型タイプで行こう。ただ、強さと見た目をどうにかしないとな。」

ヤ「せめてこれが使えればいいのですが……。」


弥生はアイテムボックスから鑑定眼鏡を取り出し、もう一度鑑定してみるが、発動しないようだ。


コ「それは、誰かが作った神具です? 見たところ、神力が切れてるみたいです。」

レ「電池切れかよ!?」


地球だから使えなかったわけではなく、単に充填されていた神力とやらが切れているらしい。


ヤ「それは補充できるんですか?」

コ「貸してみるです。うっ、思ったよりも器の容量がでかいです……が、がんばって注入するです!」


コレが鑑定眼鏡を持ち、何かを注ぎ込むと眼鏡が光りだす。しばらくして、光が収まると同時にコレがガクリと膝をつく。


コ「な、なんとか補充出来ましたです。しばらく休ませてほしいです。」


コレは弥生に眼鏡を渡すとゼハーッゼハッーと息を荒くして横になる。俺達は特段MPが減ったからと言って疲れないが、神力は別なのか? それとも、単にコレが弱いだけか……。


ヤ「あっ、鑑定が使えました! あのゴブリンはレッサーゴブリンと言ってゴブリンの半分くらいのステータスしかないですね。」

レ「……そのステータスってどの程度の強さだっけ?」


最近は数千万とか数億とかのステータスばかりでいまいち強さの感覚を忘れた。


ヤ「比較対象に、その辺の男性を鑑定してみます!」


弥生はまだ異変に気付かず逃げていないその辺にいる外回りの仕事をしているっぽいサラリーマンを鑑定する。


営野行助(人間):スキルなし、装備:スーツ・防御力0、カバン・防御力0


レ「くっ、地味に最初の俺よりステータスが高いのが羨ましい。」

ヤ「このステータスならゴブリンから逃げるのはそんなに難しくないですし、数人で殴るもしくは何かバットみたいなものでも装備して攻撃すれば倒せそうですね。」

レ「俺が最初にゴブリンと戦った時はもっと苦戦した記憶があるが、レッサーならそんなものか。とりあえず、十分なステータスを持たせて、分裂!」


俺はMPがある限り分裂を使い、とりあえず50体用意した。


レ「これをいろんな容姿に変化させてゴブリンを倒させるぞ!」

ヤ「分かりました! 変化!」


弥生の変化によって普通の人よりも強そうな外見の男女になる。


レ「なんかどっかで見た事あるような顔が多いな……。」

ヤ「分かります? オリンピックに出てるようなアスリートを参考にしたので……。想像で人の顔なんてそうそう作れませんよ!」


ちょっと逆切れぎみに弥生が主張するが、まあ、他人の空似で誤魔化せると思うからいいや。仮に本人にインタビューされたところで違います、で終わるしな。


レ「よし、分裂体達よ、ゴブリンを倒してこい! 間違っても人間を攻撃するなよ!」


一応知識はそれなりに入れたはずだが、分裂体達は無言でバッと散開する。ゴブリンを1発で倒せるという事は、普通に人間も1発で死ぬだろうからな。一番近くにいたレッサーゴブリンが、ボルト風の分裂体の蹴りを食らって消滅する。ちなみに素早さも常人の2倍近い。


ヤ「私も頑張って倒しますね! 投擲武器複製! 投擲武器操作!」


見える範囲に居たレッサーゴブリン100体の頭部が弥生のクナイによって消滅する。相変わらず弥生のせん滅力が高い……。レッサーゴブリンに襲われかけていた女性が、急にレッサーゴブリンの頭部が吹き飛んで消滅したので、びっくりして腰を抜かしているぞ。車を乗り捨てて逃げた人も多く、交通機関もマヒしたらしい。交差点には人影が無くなった。

そこに今までと違う巨大な空間の裂け目が出来る。そして、そこから大量のレッサーゴブリンが溢れてきた。そのゴブリンたちは攻撃することは無く、綺麗に整列している。


イ「人間の中にもなかなかやるやつが居るものね。」

ボ「くっ、俺の事はいい! 早く逃げろ!」


……そんなセリフ回しをする風に作った覚えはないが、空中に現れた悪魔っぽい少女に頭を掴まれ、ジタバタしているボルト風の分裂体が捕まっていた。


コ「お前はイブリアル!」


神力とやらが多少回復したのか、いつの間にかコレが側にいた。


ヤ「イブリアル……コレよりさらに雑魚ですね。」

イ「何だと貴様! 人間の分際で私を馬鹿にするのか!」


偉そうに出てきた割に雑魚らしい。まあ、見た目はコレに悪魔の角を付けただけだしな。

イブリアル(悪魔):スキル:透明化、千里眼、蘇生、HP自動回復(小)、MP自動回復(小)、飛行、水魔法(5)、転移魔法、空間魔法(2)


ちなみに、弥生はコレのステータスも鑑定していたようだ。


コレ(女神候補):スキル:透明化、千里眼、異世界召喚、蘇生、HP自動回復(小)、MP自動回復(小)、飛行、火魔法(5)、転移魔法、空間魔法(2)、時空魔法


コ「あいつはイブリアルといって、元女神候補の裏切り者なのです! 異世界召喚を覚えることができない万年落ちこぼれなのです!」

イ「言ってはならんことを! ゴブリンども、やってしまえ!」

ボ「ぐああぁぁ!」


見せしめなのか、イブリアルはボルトっぽい分裂体の頭部を握りつぶすと、分裂体はコアになった。そして、それをきっかけにしてレッサーゴブリンたちが襲い掛かってくる。


ヤ「投擲武器操作! 投擲武器複製! 貫通! 衝撃波!」

イ「……は?」


弥生のクナイによる波状攻撃ですべてのレッサーゴブリンが消滅した。


イ「馬鹿な! 貴様、本当に人間か?」


さっきのなかなかやるやつってボルト風の分裂体の事だったらしく、その前の弥生の戦闘は見ていなかったようだな。


イ「……そうか、お前たちは他の星の女神候補生か何かか。ちっ、救援がいやがるとはな。」

コ「いえ、彼らは……。」

イ「ふんっ、異世界召喚が使えるからっていい気になるなよ!」


人の話を聞かなさそうなやつだな。それに、レッサーゴブリンならそれこそボクシングチャンピオンとか、拳銃を持った警官でも十分倒せる程度のモンスターだろう。


レ「俺達は……。」

イ「だが、コレが居ることは想定内だ。こちらもそれに応じた切り札を用意している。」


本当に人の話を聞かないやつだな。


コ「切り札って何です!? 何をしようとしてるですか!」

イ「ふふふっ、神獣を知っているか? その辺のモンスターとは格が違う、本物の強さを持っている。」

ヤ「地球にはそもそもモンスターなんて居ませんが?」

イ「レッサーゴブリンを倒していい気になっているようだな。だが、その程度は神獣にとっても朝飯前だ。お前たちが何人でかかろうとまるで相手にならないだろう。」

レ「なあ、弥生。本当にそんな神獣があいつの言う事を聞くと思うか?」

ヤ「うーん、微妙ですね。何か言う事を聞かせる道具でもあるんですかね? 少なくとも魅了のスキルは見当たりませんが。」

イ「何をごちゃごちゃ言っている。いでよ! フェンリル!」

コ「フェ、フェ、フェンリル! あわわ、これは本当にヤバイです! に、逃げるです?」


見た目はまじまるのダンジョンで見たのと同じ、4mくらいの水色の狼だ。弥生がさっそく鑑定をしている。


フェンリル(神獣):スキル:水魔法(8)


コレは逃げるといいつつ、弥生の後ろに隠れただけで転移はしていない。


イ「逃げてもいいのかな? その辺の人間がすべて死ぬぞ?」

ヤ「人間には絶対勝てないのは確かですね。どうしますか?」

レ「本物の神獣か。あのときは俺達も死を覚悟したよな。結局あのときはアヌビスが居たから楽勝だったが。」

イ「ふふふっ、恐怖に怯えるがいい!」

フェ「ガルルルゥ!」


フェンリルは唸り声をあげ、よだれを垂らしている。ダンジョンの時と違い、本物の生物っぽいな。そして、その目はイブリアルを見ている。


イ「ちっ、ちょっと! 私じゃなくて敵はあっちだ!」


イブリアルは噛みつかれてはたまらないと、空中に浮かぶ。見た感じ、完全に支配下に置いているわけでは無さそうだな。フェンリルは仕方なさそうに俺達の方を向いて、2mほどの水球を作り出す。


イ「いけっ、フェンリル! ジャイアントウォーターボールだ!」

ヤ「なんですかそれ。」

イ「うるさい!」


フェンリルは一番弱そうなコレの方を向くが、その前には一応弥生が構えている。そして、水球が放たれて弥生に当たる。弥生に0ダメージ。衝撃で多少吹き飛ばされるかと思ったが、パァン!と弥生は右腕で水球をはじいた。


イ「な、なんだと! フェンリル! 手加減なんか要らないぞ! 早く倒せ!」


フェンリルは別に手加減しているわけではないだろうし、今の弥生は余裕でフェンリルの魔力を上回っている。


フェ「ガオーッ!」


フェンリルは技を変え、水圧カッターの様に極細の水で斬りつけてくる。今度は俺の方が先に当たりそうだ。


レ「よっと。」


俺は濡れるのも嫌だったので、分裂体で軽く盾を作って防ぐ。零に0ダメージ。


イ「お前もか! 一体何者なんだ!」

レ「今更かよ! それに、何者も何も、ただの地球人だぞ。」


日本人で通じるかどうかわからなかったので、とりあえず地球人にしてみた。別にイブリアルが異星人という訳じゃないが、女神候補やらなんやらでは無い事は伝わって欲しい。


イ「嘘をつけ!」


……やはり伝わらなかったようだ。


コ「す、すごいです! 神獣の魔法が全く効いていないです!」


コレも俺達の実力をあなどっていたのか、今更尊敬の目で見てくる。


イ「ふ、ふんっ。少し魔力が高いようだな。だが、フェンリルは物理攻撃力の方が高いのだ!」


よく考えたら、フェンリルの魔力はコレと同じだ。あいつ、フェンリルのステータスもコレのステータスも知らないんじゃないのか? まあ、コレもフェンリルを見た目で強いと判断してるだけっぽいが。


コ「は、早いです!」


フェンリルは一瞬で間合いを詰めると、弥生に右手の爪で攻撃してくる。だが、コレにとっては素早くても、俺達にとってはあくびが出るくらい遅い。弥生はクナイで爪を受け止める。弥生に0ダメージ。


フェ「ガ、ガル?」


弥生はそのままキンッと爪をはじくと、フェンリルの眉間にクナイを投擲して刺した。フェンリルはレッサーゴブリンと違ってコアになった。俺はそのコアを拾い、すぐに復元した。


フェ「ガルーッ!」

レ「いけ、フェンリル! 噛みつく攻撃だ!」

イ「なっ、動けない!」


弥生はこっそりと変化で糸状にした分裂体でイブリアルを固定していた。それをひっぱってフェンリルの攻撃が届く範囲に引きずり下すと、フェンリルが噛みつく。イブリアルはコアになった。


レ「……弱い。」

ヤ「ですね。」


ステータスで知っていたとはいえ、あっさりと元女神候補を倒すことが出来た。


コ「やりましたね! それにしても、フェンリルを従えるとは本当にすごいです!」

レ「厳密には従えているわけじゃないんだが、まあ、似たようなものか。」

ヤ「これで異変は終わりですかね? 他の場所の様子を見に行きますか?」

レ「そうだな。よし、フェンリルに乗って街を調べよう!」


しかし、フェンリルの足は俺達よりも遅く、さらにフェンリルを見た人が驚いて逃げるので、倒してコアに戻した。


レ「大した事は分からなかったな。」

ヤ「そうですね。見かけたモンスターは粗方倒したとは思いますが、原因は……本人に聞きます?」

レ「本人って……ああ、そうか。」

コ「イブリアルに聞くです? 蘇生しますです。」

レ「違う違う、もっといい方法があるんだ。」


俺達は一度アパートに戻る。騒ぎがあったせいか人通りは無く、アパートの住人も逃げているようで好都合だ。騒がれても通報される心配はないな。通報したとしても今の混乱状態ですぐに警察が駆けつけてくるとも思えないが。とりあえず、俺はイブリアルのコアを弥生から受け取ると、復元した。


イ「ここは……? おのれ人間どもめ、いくら蘇生してくれたとはいえ、簡単に言う事を聞くと思うな! ふふふっ、そうかそうか、私が転移できることも知らんのだな? 転移! ……あれ?」

レ「いや、お前のスキルもステータスも知ってるし、それに蘇生したわけじゃない。」

イ「ど、どういう事だ? 蘇生じゃないなら何をした!」

レ「俺のスキルで仮の肉体を与えただけだ。」

イ「仮の肉体だと……? 体に違和感が無いが……私の裸を想像していたのか? 変態め!」

レ「それは誤解だぞ?! コアをもとにして復元しただけだから俺が想像して作ったわけじゃない!」

イ「黙れ! この変態!」

レ「……黙って俺の質問にだけ答えろ。」

イ「誰が……はいっわかりました。んんっ!」


イブリアルは何か言おうとしたみたいだが、復元された以上俺の言う事に逆らえないはずだ。それに、念のためにHP以外のステータスを1にしてあるので魔法を使う事も暴力に訴えることも、走って逃げる事すら出来ない。ちなみに、素早さ1でもカタツムリよりは早いみたいだ。


レ「まず、誰に言われて何をしていた?」

イ「言うわけが……私は、ヴェリーヌ様の命令で地球を侵略しに来ました。私は召喚が使えないので、簡易召喚のアイテムを使用しました。転移では違う次元から一緒に連れてくることは出来なかったので。んんっ!」


イブリアルは自分の知っていることをベラベラと話す。最後に文句でも言おうとしたのか、口を開くことはできなかったようだ。


レ「それで、これからの予定は? 他に何をしようとしていた?」

イ「作戦が失敗したので、一度転移して再度命令に従って行動するつもりです。んーっ!」

レ「じゃあ、お前を帰らせるわけには行かないな。他に話しておくことはあるか?」

イ「……クソ野郎!」

ヤ「無いようですね。それじゃあ、空間断裂!」


イラッとした弥生が空間魔法を唱えると、イブリアルの居る空間がずれる。イブリアルはコアになった。


レ「珍しく魔法での攻撃だな?」

ヤ「私の魔力じゃほとんどのモンスターに大したダメージを与えられませんからね。こういう時にでも使ってみようかと。」

レ「そうか。ともかく、これ以上の情報が無いなら今のところすぐに何かが起こるという事は無さそうだな。アルスリアの方は大丈夫かな?」

コ「連絡を取ってみるです! ……アルスリア様、聞こえますか?」


コレは通信機を取り出してアルスリアに連絡を取る。すぐにつながったようだな。音声は俺達にも聞こえるようにスピーカーモードにしたようだ。


ア「コレっすか。こっちは丁度戦闘が終わって連絡を取るつもりだったからちょうどよかったッス。今どこッスか?」

コ「今はアパートに居るです。座標は分かりますです?」

ア「当り前じゃないッスか。すぐに行くッス。」


コレが通信機を切るのと、アルスリアが転移してくるのはほとんど同時だった。何故居場所が分かるか聞いたらだめかな?


ア「大丈夫だったみたいッスね。」

レ「一応無事だが、神獣がでたぞ。」

ア「神獣ッスか。少なくとも女神レベルの神力は感じなかったッスから心配はしてなかったッス。」

レ「そんなもの来てたら死ぬわ!」

ア「そうッスよね。じゃあ、これが何か分かるッスか?」


アルスリアはそう言ってアイテムボックスからコアを取り出した。アルスリアは見たことが無かったか?


ヤ「それはコアですね。モンスターを倒すと出るやつです。」

ア「モンスターッスか。あーしと同等の強さを持ってて、見た目が悪魔っぽかったッス。」

ヤ「鑑定は出来ないみたいですね。復元してみますか?」


弥生の一言に応じて俺はアルスリアからコアを受け取り、復元してみる。


レ「……駄目みたいだ。俺よりはるかに強い奴だから復元を受け入れてくれない限り無理だな。」

ヤ「それは残念ですね。それじゃあ、これからどうします?」

ア「あーしが思うに、はじまるのダンジョンへ行ったらどうッスか?」

レ「それはなんかややこしいことになりそうだが……。」

ヤ「たしか、今頃はスキルを貰ったくらいの時間ですかね?」

レ「あんまり覚えてないけど、初日はそんな感じだったかな。」

ア「あーしが一緒なら、今ならいろいろと聞くことができるかもしれないッスよ?」

レ「それなら、行ってみる価値はあるのか?」

ヤ「他にやることも無いですし、お任せします。」

コ「あたしはどうしますです?」

ア「コレは足手まといなんで留守番ッス。何かあったら連絡するッス。」

コ「はっきり言いすぎです!? まあ、怖い目に遭いそうなので留守番しますです。」

ア「念のため、雑魚モンスターがまだ残っていたら退治しておくッスよ?」

コ「分かりましたです。それじゃあ、いってらっしゃいませです。」


コレは特段着いて来る理由が無いので居残りだ。俺達は再びはじまるのダンジョンへ向かう事になった。

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