第29話 4日目?

レ「あれ? ここは?」


気が付くと、俺は自分の布団の上で寝ていた。


ニ「あっ、起きたのですよ。えいっ。」


ニーナが律義にアヌビスの闇の壁の中に捕らわれていたようで、俺が起きたのを合図にあっさりと闇の壁を破壊する。まあ、そうなるとは思っていたが。

結構ぐっすりと寝ていたのか、俺の他のみんなはもう着替え終わっていた。俺は変に寝癖のついた髪が気になり、昨日風呂に入らなかった代わりにシャワーを浴びる事にする。


レ「ちょっとシャワー行ってくる。」

ニ「旦那様、私がお背中を流すのですよ。」

ヤ「ダメですよ! ニーナちゃんはここに残っててください!」

ア「じゃあ、我が流してやるのじゃ。」

ヤ「アヌビスちゃんもダメです!」

イ「……じゃあ、私が。」

ヤ「え? イルナちゃんが? 珍しいですね。」


弥生にはボケが通じなかったらしく、「どうぞどうぞ」と言わなかった。逆に、素で返されたイルナがどうしよう、と戸惑っている。どこかで日本のボケを仕入れたのだろうか? 忘れているかもしれないが、中学生にしか見えないこんなナリでもイルナは18歳だぞ。


イ「……じゃあ、私が……」


何かを決心したように、イルナが服を脱ぎ始める。


レ「いや、いいって! 自分でやるよ!」


俺の言葉を無視し、イルナはメイド服を脱いで下着姿になった。しかし、イルナにしてはやけに大人しめな下着だな? 俺はいいのか? という確認の為に弥生を見る。


ヤ「ああ、そう言う事ですか。それなら、私達も行きましょうか。」

レ「え? どういう事だ?」


よくわからず、俺はイルナに連れられて脱衣所に入る。


イ「……先に入っているから。きて。」


イルナが下着のまま先に風呂に入る。俺は訳も分からないまま、弥生がOKした事を不審に思いつつも、腰にタオルを巻いて風呂に入る。


イ「……タオル、取らないの?」

レ「いや、恥ずかしいし、さすがに取るわけには行かないだろ。」


イルナは可愛く首をかしげ、先にシャワーで軽く体を流す俺を見ている。そうしている間に、脱衣所に気配がする。


ヤ「お待たせしました!」


入ってきた弥生は、バスタオルを巻いて体を隠している。


ア「弥生は早いのじゃ。ニーナ、急ぐのじゃ!」

ニ「急げと言われても、私はこういうのを着たことが無いのですよ……。」


後ろでなにやらもめているアヌビスとニーナの声が聞こえる。


ヤ「イルナちゃん、お待たせしました。それじゃあ私も……。」


弥生は体に巻いていたバスタオルに手をかけ、一気に脱いだ。


ヤ「じゃーん! どうですか?」


そこには、セパレートタイプの水着を着た弥生が居た。俺の混乱をよそに、アヌビスとニーナも入ってくる。アヌビスは紫のビキニで、プロポーションの良い褐色を惜しげもなく見せている。ニーナは逆に幼児体形そのままに、スクール水着を着ている。


レ「み、水着?」


そして、イルナの方を見れば、下着ではなく白い水着のようだ。俺は茫然とこの状況についていけずに棒立ちになる。


ア「零も早く脱ぐのじゃ!」


そう言ってアヌビスが飛んできて俺のタオルをはぎ取る。静止の声も間に合わず、俺の全裸がさらされる。


ヤ「き、きゃっー!」

ニ「ほぅ、さすが旦那様なのですよ。」


俺を抜き去ったアヌビスと、後ろに居るイルナには見えていないようだが、弥生とニーナは真正面だ。そして、俺の眉間にクナイが刺さる。零はコアになった。


目が覚めると、そこは脱衣所だった。俺を蘇生したらしいニーナが俺を心配そうに見下ろしている。水着のまま膝枕をしているようで、異様に顔が近いが……。これでニーナが見た目通りの年齢だったら、社会的に完全にアウトだな。そこへ、風呂場から弥生が顔をだす。


ヤ「ご、ごめんなさい。てっきりみんな水着で入ろうっていうのが伝わっていたのかと……。」


そういえば、そう言う話もあった気がする。本気にとっていなかったので、イルナが水着というのにも気が付いていなかった。ふと、俺の体はどうなっているのか見ると、ニーナがキチンとバスタオルをかけていてくれた。かける過程は考えない事にする。どうせ、さっき見られたし。


レ「いや悪い、俺もしっかりと確認すればよかった。」

ヤ「じゃ、じゃあ、中で待っていますね。」


弥生は赤い顔でそう言って風呂場へ戻る。いつの間に用意したのか、脱衣所には俺用の水着も用意されていた。


ニ「旦那様、もう大丈夫ですか?」

レ「ああ、悪いな。助かったよ。」


バスタオルがずれないように、ゆっくりと起き上がる。ニーナには先に風呂場の方へ入ってもらう。しっかりと水着を着た俺は、皆と楽しく風呂に入った。イルナがのぼせて倒れそうになったくらいで、それ以外のハプニングは無かった。


朝食は軽くお茶漬けを食べた。アヌビスは相変わらずホットケーキだが、イルナは珍しくアヌビスに合わせたようにホットケーキを頼んでいた。さすがに毎日毎食ホットケーキを見せられたら、たまには食べたくなったのだろう。マグロに飽きていたのもあるかもしれない。弥生はおにぎりとたくあん、みそ汁という懐かしいというか、お寺かどっかの朝ごはんの様だ。朝の事があってからか、弥生は静かにもくもくと食べている。ニーナは俺の横にちょこんと座って俺のマネをしてお茶漬けを食べる。俺は普通のお茶漬けだが、ニーナにはシャケをすすめておいた。


飯を食い終わり、食器を片付ける。すると、ケルベロちゃんがドアを開けて入ってきた。


レ「お、ちょうど食器を片付けているところだ。今日は早いな?」

ケ「それどころじゃないワン。ラヴィ様が、話があるそうですワン。」


すると、ラヴィ様がケルベロちゃんに続いて入ってくる。もしかして、ご飯を食べ終わるのを待っていてくれたのか?


ラ「食事の邪魔をするほど無粋では無いつもりよ。それで、話というのはこれからの行動についてよ。メィルがさらわれたのは知っていると思うけど、行き先が判明したわ。魔界の魔王城よ。」

レ「何故居場所が分かったのですか? ヴェリーヌがそんな簡単に追跡させるとは思えないのですが。」


あれほど慎重で用心深いヴェリーヌが、あっさりと転移先を突き止められると思えない。


ラ「これが動いていたのよ。いつの間にかダンジョンの食堂に置いてあったわ。」


アイテムボックスから何かを取り出してテーブルの上に置く。それは、メィルを小さくしたような人形だった。ただ、慌てて作ったかのようで、そんなに精巧ではない。何かスイッチでもあるのか、人形は顔を上げて手を動かしながらしゃべりだす。


メ「これが見つかったという事は、私が動けない状態にあるという事だろう。私がさらわれたときの為に、この人形と私にリンクを繋いである。それをたどって私を見つけて欲しい。私の居場所を見つける事が出来たら、この人形を零に渡して欲しい。」


人形は、一通り話し終えると、カクンと電池が切れた様に手を下げたまま動かなくなった。


ラ「そう言うわけだから、この人形はあなたに渡すわ。居場所が分かった以上、私達はこれからそちらに向かう準備をする。ケルベロも連れて行くから、しばらくこのビジネスホテルの管理はワルキューレがするわ。」


そう言ってラヴィ様はケルベロちゃんと一緒に出て行った。忙しいだろうに、わざわざ届けてくれるなんて。ありがとうございます、ラヴィ様。


メ「行ったかの?」

レ「うわっ!」


急にしゃべりだした人形にびっくりする。さっきまでの機械的なしゃべりとは全然違う、メィルのしゃべり方だ。


メ「擬似的な魂を入れてある。だからこそのリンクだからの。」


人形は、しゃべれはするが動けないようで、手と首が少し動く程度の様だ。


メ「やれやれ。もう少し時間があれば動けるようにしたかったのだが、まあ、動けなくても問題は無いがの。」

レ「それだけ流ちょうに話せるなら、さっきのは何だったんだよ!」

メ「零達に人形が届くようにしたかっただけだがの。恐らくではあるが、私がこういう人形だと分かれば、お主たちに渡った確率が低いと言わざるを得ないからの。」

レ「それで、わざわざ人形を寄越した理由は何だ? 私の代わりに大事にしてくれとか言うわけでもないだろ?」


それはそれで一瞬、ありかもしれないと思ったが、それならば本当にただの人形でいいはずだ。それも、食堂などではなくこの部屋に置いて行くだろう。やはり、一番の目的は本体の発見なのだろう。


メ「まあ、急かすでない。と言っても、時間が無いのも確かだの。まず、私のお腹の中を探ってくれぬか。人形の手では取りだせぬのでな。」


言われて腹のあたりを見ると、切れ目を縫い合わせた様な場所がある。


レ「この糸を切ればいいのか?」

メ「そうだの。そして、中にある物をとりだして欲しいのだ。」


俺は分裂体でハサミを作ると、糸を切る。そして、綿のお腹を探ると、ビー玉くらいの大きさの丸い球が手に触れる。それをそっとつまんで取り出す。


レ「これは?」


黒いコア。通常のモンスターはモンスターの種類によって色はさまざまだが、大抵本体と似通った色になっている。だが、悪魔だけは必ず黒かった。だから、これは悪魔のコアでは無いだろうか。


メ「それはドラゴンの星に居たベリアスという悪魔のコアだの。それを見つけたので、慌ててこの人形を作ったというのが正しいかの。それで、私を救いたい気持ちはあるかの?」

レ「助けたいに決まっているだろ!」


俺はメィルを連れ去られた悔しさを思い出し、憤りを覚える。弥生もぎゅっと手を握り込んで悔しさをにじませている。


メ「それならば、そのコアを使え。ここから先は、ただの人間が踏み込める領域では無いからの。しかし、ただ使えば、おそらく肉体が耐えられぬであろう。そこで、裏技ではあるが、そのコアをこの人形にもう一度埋め込み、4人同時で倒せ。」


一瞬、メィルの言葉が分からなかった。自分の分身を倒せ? それって、俺達にメィルを倒せと言っているのか?


レ「……できない。」

メ「できないではない。やるしかないのだ。このために、私は自分が使わぬであろうスキルをこの人形に託した。各々、必要なスキルを得ることになるであろう。さあ、時間が無いのだ。」


メィルの人形は動けないなりに手で催促する。不格好な人形ではあるが、俺はすでにメィルにしか見えない。


ヤ「メィルちゃんの人形じゃやりにくいですよね? 私が、姿だけでも変えて上げます。変化。」


弥生はメィルの人形に触れると、ただの的になった。弓道とかで矢を当てるあれだ。いくらなんでも可哀想じゃないか?


メ「弥生、助かる。これで心置きなく倒すがよい。」


口は無いのにどこからかしゃべる的。弥生は既に決心したのか、クナイを構える。それに呼応してアヌビスが杖を構え、イルナも冥府の鎌を構える。


ヤ「源さん……。」


弥生は俺を呼ぶが、それ以上急かすような言葉を語ることはなかった。アヌビスも、イルナもじっと待ってくれる。俺の脳裏には様々な思い出が次から次へと湧いてくるが、最後に「私を救って、お兄ちゃん」と最初にあった頃のメィルが浮かんだことで決心がついた。俺も刀を構える。


レ「待たせたな。いくぞ!」


俺達は、同時に的を攻撃した。そこからは、異常な力の奔流に、4人とも立っていられなくなりうずくまる。


ニ「みんな、大丈夫?」


ニーナは心配そうに俺達を見ているが、これはダメージではなくパワーアップだ。しばらくして、俺達は自分のステータスをみて驚く。そう、俺も鑑定を使えるようになっていたのだ。


アヌビス(神):スキル:魔法耐性(80%カット)、闇魔法(10)、HP自動回復(極)、MP自動回復(極)、空間魔法(5)、転移魔法、鑑定、蘇生、千里眼、飛行、透過、透明化、火魔法(8)、水魔法(8)、木魔法(8)、土魔法(8)、魔力補正(中)、装備:神杖、聖なる衣


まず、アヌビスは女神ランクⅣほどのステータスになっていた。そのステータスに応じて神装備のパワーも上がっている。新しいスキルも増えたようだ。こちらに来た時は女神ランクⅤくらいだったのに。さらに言えば、ほんとうに最初の時は女神ランクⅤのワルキューレより弱かったんだがな。


イルナ(見習い女神):スキル:???、装備:冥府の鎌、カラミティメイド服、死者の杖、死者の衣


イルナは人間の枠を超えて見習い女神へと昇神していた。さらに、ベリアスのスキルのほとんどをイルナが得たような格好になっている。また、ベリアスが使っていた神の服が、イルナを使用者と認めたようで、メイド服として装備されている。元々着ていたメイド服は、その過程で粉々になった。


形無弥生(亜神):スキル:変化、投擲術(10)、空間魔法(8)、HP自動回復(中)、MP自動回復(大)、攻撃補正(中)、透明化、転移、蘇生、千里眼、飛行、鑑定、時空魔法、装備:災厄のクナイ、スラ手裏剣、忍者服


弥生も人間の枠を超え、亜神となっていた。やはり、人間の肉体ではこの力に耐えられないのだろう。イルナと違って女神になる試験に参加していなかったため、女神には至らなかったようだ。スキルは増えたが、スキルランクは上がっておらず、やはりメインスキルはイルナの方へ行ったのだろう。そして、ベリアスが使っていた扇子が、弥生を使用者と認めたようで、俺の与えたクナイを破壊し、クナイに変化した。ついでに、スラマフラーも破壊された。神装備って前の装備壊さないと気が済まないの?


源零(亜神):スキル:分裂、HP自動回復(中)、MP自動回復(大)、融合、空間魔法(4)、転移、蘇生、千里眼、鑑定、コアからスキルの吸収、装備:スラタン(刀)、スラコート、スーツ


俺も人間の枠を超え、亜神となったようだ。正直、思ったより変化がない。ステータスは跳ね上がったが、それだけだ。ただ、メィルのスキルだった「コアからスキルの吸収」がある。まるで、メィルからの形見の様だ。いや、まだメィルは捕まっているだけだ。早く助けに行かないと!


レ「よし、全員転移は出来るな? ラヴィ様達に合流しよう。ダンジョンのフロントへ転移!」


しかし、転移しない。初めて使うスキルに、何か座標指定しなきゃならないとか、スキルを得てから行ったことがある場所だけとか、制限があるのか?


ヤ「あの、源さん。ビジネスホテル内では結界が張ってあるので転移出来ませんよ?」


そうだった……。俺は恥ずかしさのあまり穴があったら入りたい。知らずにテンションが上がりすぎ、うかつな事をしてしまった。俺達は急いでビジネスホテルの外へ出ると、ダンジョン内へ転移した。


丁度出発する準備が終わったのか、魔界へ向かうメンバーが揃っているようだ。その中には、アルスリアの姿もある。急遽集められたのだろうか?


ラ「あなた達、どうしたの?」


ラヴィ様がこちらに向かって歩いてくる。


レ「俺達も、魔界へ連れて行ってください。いえ、ダメと言われても勝手に行きます!」

ラ「だから、あなた達では着いてきても死ぬだけよ。最低限、ランクを持たない悪魔を倒せる実力が無いと連れて行けないわよ。」

レ「今の俺達なら大丈夫です!」


ラヴィ様が怪訝な顔をする。すると、体を舐められるようなゾワゾワした感触がした。これが鑑定されたという事か? うわー、確かに初対面でいきなりこれをやられたら、不愉快な気になるかもな。


ラ「あなた達、そのステータスとスキルは……?」

レ「メィルの置き土産です。」


それだけで、ラヴィ様はどう理解したのかは分からないが、あごに手を当てて考えている。


ラ「分かったわ。ただし、あなた達は正規の神ではないから、危なくなったら逃げるのよ? ニーナ、ケルベロ、2人は彼らについていてちょうだい。」

ニ「当然なのですよ!」

ケ「分かりました。」


それがラヴィ様の下した決定だった。これで俺達もメィルを救いに行ける。戦わずとも、俺達はメィルのコアを発見次第転移すれば勝ちだ!


代表してラヴィ様が一括して転移を行う。崖の上のようで、眼下に城が見える。あれが魔王城なのだろうか? それにしても、魔界って思ったよりも殺風景だな。

この瞬間、世界が変わったような気がした。


レ「メィル?!」

ラ「メィル……様?」


味方の中にも、頭を抱える者、涙を流す者、驚きの表情をする者と様々な反応を示す者たちが居た。逆に、全く反応を示さない者たちも居て、神のランクが高いものほど衝撃を受けているようだ。


かくいう俺も、なぜ今まで忘れていたのか、昔のメィルやラヴィ様の事を思い出していた。そうだ、あいつは過去で上級神だったのだ。


ラ「くっ、メィル様の結界が解かれたわ。これからは世界のルールが変わる……元に戻るわ。ダメージを受ければ痛いし、欠損ダメージも受ける。さらに、死んでもコアにはならないわ……死んだらそこで終わりよ。」


若い神達に動揺が走る。俺達はもともとコアとは無縁の世界に居たから大した驚きは無いが、メィルの結界が張られた後に生まれた神にとっては常識が変わった様な物だろう。


ラ「私たちの中のメィル様の記憶が戻ったという事は、ルシファーが復活したという事よ。ベルゼブブめ……今度こそ封印などと生ぬるい処置では済まないわよ。」

ニ「記憶封印の結界と共に、呪いも解かれているのですよ。メィル様の仇は、ベルゼブブなのですよ!」

レ「ベルゼブブ……そいつが、ドラゴンの星でメィルを連れ去ったやつか。」

マ「マリアが思うには、ルシファーも完全に力を取り戻すにはまだ時間がかかるはずよ。完全に力を取り戻してしまったら、メィル様の居ない今の状況ではどうしようもなくなってしまうわ。下級神とマリアははじまる様を探しに行くしか無いわね。ついでに、神界に残っている中級神も強制徴収するわ。」


その瞬間、何も無かった荒野に亀裂が走り、地球で起きたのと同様に中から何かが溢れ出てくる。


ケ「ばかなっ! 悪魔の大群だと?!」


見たところ、デーモンクラスの悪魔が大量に居る。その数は1万や2万では済まないだろう。


ラ「メデューサにデーモン? どれも同じ個体に見えるわね……まるで複製したかのようね。」


それを指揮する様に大群の上に浮いているのは、ルバート、オリヴィエ、ベリアスの3人だ。


マ「マリアが急いでいるときに! 一気に片付けるわ、ダイダルウェーブ!」


俺達の目の前に、高さ数百メートル、幅数十キロの波が急に現れた。大群は一斉に逃げようとしたが、この範囲から逃れられる者は居なかったようで、あれほどいたデーモンやメデューサ、それらをまとめていたルバート、オリヴィエ、ベリアスですら跡形も残っていなかった。


ラ「マリア様! やりすぎです! ここが魔界じゃなかったら星ごと消滅していましたよ!」

マ「やあねぇラヴィちゃん、魔界だから使ったに決まっているじゃない。」


そう言うマリア様のほほにツツッと汗が垂れる。本人もやりすぎたかもと思ったのかも知れない。見える範囲のすべての地形がまったいらになっているからだ。ただ、魔王城はよほど頑丈な結界でも張られているのか無傷で残っている。


ラ「マリア様は早くはじまる様を探してきてください!」

マ「わ、わかったわよ。転移!」


マリア様もたじたじで転移していった。これで、ここに残る戦力は女神ランクⅠ以下の神だけだ。


ヴェ「あらあら、たかだかランクⅢ以下相当の悪魔を倒しただけで余裕な態度ね。」

ラ「ヴェリーヌ! あなた……。」

ヴェ「問答無用よ。行きなさい、カールー、オエイレット、ロキエル、ウリエル。ラヴィの相手は私がするわ。グレシルはちょっと離れていなさい。アスタロス様は……どうせ動かないのでしょう。」

グ「ふふふっ、私の毒で全員殺してあげてもいいのよぉ?」

ヴェ「味方も死ぬから止めなさい。今死んだら蘇生できないのよ。」

グ「そうだったわねぇ、メィル、死んじゃったもんねぇ?」

ア「俺は、お前らがやられそうになったら助けてやるよ。俺はそもそも働かなくていいって言われたからこっちについてるだけだからな。」


好きな事を言っている悪魔達に対し、これを隙と見て攻撃する味方が居ない。蘇生できない……これがずいぶんとこの戦いのネックになっているようだ。


ラ「状況が変わったわ、あなた達は帰りなさい。転移!」


俺達は強制的にダンジョンの中に戻された。俺はすぐにまた魔界へ転移しようとしたが、転移することはできなかった。これは、ビジネスホテル同様、結界が張られたのかもしれない。


レ「くそっ! せっかく強くなったのにまた仲間外れかよ!」

ヤ「あれだけの悪魔を前に、私達では無力です……。」

レ「だからって、メィルの仇も討てずに! わざわざメィルは俺達に力を託してまで居場所を知らせたのに!」

ア「せめて、上位の神達が早く戻ってくることを願うのじゃ。」


ダンジョンのフロント付近は、コールセンターの様になっていて、状況の報告が行われているようだ。受けているのは、見習い女神たちだろうか、コレやリリスが居る。


コ「無事だったのです? 今ここは仮の報告先になっているのです。責任者は、ワルキューレ様なのです。」


ワルキューレが責任者……大丈夫なのだろうか? いや、ワルキューレ以外の神達は全員魔界に行っているから一番マシなのかもしれないが。今のワルキューレは俺達よりよっぽど弱いぞ?


ワ「ぼさっとするな! どんどんと報告が上がっているんだぞ!」

コ「は、はいなのです!」


コレはワルキューレにどやされて席に戻る。ワルキューレはこちらを一べつしたが、神ではない俺達の事は眼中にないらしい。その間にも連絡が着たようで、コレが通信機を取る。そして、驚愕の表情をした。


コ「ア、アルスリア様が戦死されました……。」


コレの目に涙があふれてくる。アルスリアが……。恐らく、ランクⅡ相当の悪魔と戦ったのだろう。


リ「ケルベロ様が戦死されました。」


ケルベロちゃんが……。俺の脳裏にケルベロちゃんと過ごした日々が思い出される。その間にも、知らない名前だが、戦死した報告がどんどん上がっている。しかし、悪い報告ばかりではなく、ウリエルとロキエルを倒した報告もあがってきた。


コ「ニーナ様が戦死されました。」


ニーナが……。短い時間ではあるが、あの人なつっこさで実際の時間よりも長く過ごした気がする。俺はさらに悔しさで歯をくいしばって涙を耐える。弥生を見ると、すでに涙を流していた。アヌビスとイルナも、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。そして、まだまだ知らない神達の戦死報告が来ている。


リ「オエイレット、カールーを倒したそうです。」

レ「よしっ!」


これであの場に居たランクⅡ相当の悪魔は全滅したはずだ。こちらの戦力がどれほど残っているのかは分からないが、あとはアスタロス、ヴェリーヌ、グレシルの3人だけかもしれない。


コ「ラ、ラヴィ様がヴェリーヌに敗北、この通信を最後に、すべての神からの連絡が途絶えました。」

レ「ラヴィ様が?!」


とうとう、ワルキューレ以外の俺達の知るすべての女神が戦死してしまった。はじまる様は間に合わなかったのか……。


リ「ワルキューレ様、いかがいたしましょうか。」

ワ「はじまる様が戻られるまで、引き続き通信が無いか待機しろ。まだ、生き残っている者が居るかもしれん。」


ワルキューレがそう言った瞬間、この場に転移してくる者が居た。転移して現れたのは、上半身が魚で、下半身が人間のマーマンの様な悪魔だった。申し訳程度に生えた角と蝙蝠の様な羽が、悪魔だという事を証明しているが、それが無ければただの魚人と判断していたかもしれない。


バルベリス(悪魔):スキル:??? ステータス補正:攻撃力2倍、防御力2倍、素早さ2倍、魔力2倍


鑑定結果は、アスタロスをも上回るステータスを持つ悪魔だった。正直、勝てる気がみじんもしない。


バ「ゲッゲッゲッ、ちゃんと俺を鑑定したか? そして、絶望したかー?」


バルベリスは魚眼をギョロギョロと動かし、辺りを見渡す。俺もゾワッときたから鑑定をかけているのだろう。


バ「ちっ、女神共の本部かと思えば、居るのは雑魚ばかりじゃねぇか。」

ワ「貴様は誰だ! どうやってここへ入り込んだ!」

バ「下級神を勤めていた俺を知らないとは、本当にヒヨコちゃんばかりかよ。それに、この程度の結界で俺を防げると思っていたのか?」


強引に結界を割って入り込んだのだろう。こいつのステータスなら、どんな対抗策も無意味に思える。


ワ「くっ、グングニル!」

レ「ワルキューレ、やめろ!」


ワルキューレはグングニルを構え、今にも伸ばそうとしている。ワルキューレは鑑定が使えないため、バルベリスのステータスが見れないのだろう。それとも、たとえ相手が元下級神だろうが挑もうという気位なのだろうか。


ワルキューレは制止を聞かず、グングニルを伸ばす。その槍は正確にバルベリスの大きな魚眼を突き刺す。


ワ「やったか?!」

バ「はぁ? 何かしたのか?」


グングニルは、バルベリスの薄いはずの目の膜で止まっていた。そして、バルベリスはその槍を掴むと、引っ張る。ワルキューレは手を離すこともできずにバルベリスの方へ引っ張られ、右手で胴体を貫かれた。ラヴィ様が言っていた通り、ワルキューレはコアになる事もなく、血を出しながら地面に横たわる。


ヤ「うっ、ワルキューレさん……。」


むわっとした血の臭いに、弥生は口を押えて耐えている。バルベリスは、手についた血を、手を振って弾くと、それだけで数人の見習い女神が倒れる。血液が銃弾の様になったのだろう、死んではいないが、体に穴の開いた見習い女神も居る。


バ「つまらねーな、暇つぶしにもならねーじゃねぇか。」

コ「こ、殺されるのです。全員、殺されてしまうのです!」

レ「落ち着け、コレ!」


コレはパニックになり、逃げ出そうとする。それは、暇つぶしをしているバルベリスにとって、かっこうの獲物になる。


バ「そうそう、逃げるやつの後ろから殺すのが一番楽しいんだよな。」

レ「やめろ!」


俺は分裂で自分のできる限りの硬度を誇る盾を作り出し、バルベリスとコレの間に陣取る。


バ「それそれ、正義感ぶった行動を無駄にして、あっさりと殺すのも楽しいんだよな。」


わざわざ俺が間に合うように待っていたのだろう。バルベリスの指先に小さな水滴が集まったのが見えた瞬間、俺の盾に穴が開き、俺の腹を貫通し、コレの背中から心臓を撃ち抜いたようだ。


ア「零! 今助けるのじゃ、蘇生!」


アヌビスは慌てて俺の腹に手を当てると、蘇生した。多少の血は流れてはいたが、蘇生で傷は元に戻る。


レ「アヌビス、コ、コレを助けてやってくれ。」


しかし、コレは地面に倒れ伏し、じわじわと地面を血で濡らしていた。


ア「蘇生! ……だめなのじゃ、すでに死んでいるのじゃ……。」

下「間に合わなかったか! おのれバルベリス!」


マリア様と一緒にはじまる様を探しに行っていた名も知らぬ下級神様が戻ってきた。


バ「やっとまともに戦える奴の登場か。いいのか? ここを吹き飛ばしちまっても。」


下級神同士がまともに戦えば、ここはドラゴンの星の様に星ごと消滅してしまうかもしれない。下級神様もそう思ったらしく、手を出せずにいる。


下「場所を変えてやる。ついてこい!」

バ「馬鹿か? わざわざまともにやるわけが無いだろう。ウォーターカッター。」


バルベリスは、手をまだ生き残っている見習い女神の方に向けると、水魔法を唱える。下級神は、それを助ける為に間に入る。さっき俺にやったのと同様の卑怯な手だ。下級神の左腕が、切断される。すぐに蘇生で治したようだが、そのままでは的にしかならない。


下「貴様! 戦えぬものを狙うとは、それでも元下級神か!」

バ「ゲッゲッゲッ、そうさ、元下級神さ。今は悪魔だから全然平気だな、ほれ、もう一丁。」


バルベリスは、再び倒れている見習い女神や、震えている見習い女神を狙って攻撃する。そのたびに下級神は傷つき、蘇生する。反撃すると、その余波だけで俺達が死んでしまうので、反撃すら出来ないようでやられ放題になっている。


下「動けるものは、動けぬものを連れて退避しろ! 私がその間の時間を稼ぐ!」

バ「ゲッゲッゲ、そう宣言されてハイそうですかと見逃すと思うのか? 闇分身。」


バルベリスは闇魔法で自分の分身を作ると、逃げようとした見習い女神たちに追い打ちをかける。しかし、狙いはあくまで下級神のようで、目で追えない程のスピードで攻撃していない。見習い女神たちが転移で逃げられないよう、追いたて、転移陣を壊し、動けない程度に傷を負わせていく。


ベ「いつまで遊んでいる? はじまるが戻ってくる前にさっさと片を付けろ。」


いつの間に居たのか、ベルゼブブが居る。その横には、見たことも無い美青年が立っていた。


バ「はいはい、それじゃ終わらせるか。マイクロブラックホール。」


バルベリスは両手を胸の前に持ってくると、その手の間に黒い球を作る。あいつの言葉が真実なら、あれはブラックホールなのだろう。


下「やめろ!」


下級神様はそれを止めるべく突進しようとするが、先にベルゼブブが下級神様を叩きつける。それだけで、地面が陥没し、ダンジョンの壁の一部が崩壊し、俺達は吹き飛ばされた。吹き飛ばされてよかったのか、目の前のダンジョンはバルベリスの手の間に全て吸い込まれてしまった。逃げ遅れた見習い女神ごと……。


ベ「さて、中級神とマリアはそうそう戻ってこれぬはずだ。今のうちに神界を制圧する。」

下「そうは、させぬ!」


下級神様は無事では無いものの、死んではいなかったようで、あのブラックホールでも無事だった神界の入口の前に立ちふさがる。


ル「邪魔、だ。」


それを、美青年はあっさりと手から出した光で消滅させた。その背には、さっきまでなかった16枚の悪魔の翼が生えている。


ベ「ルシファー、もういいのか? わざわざお前がやらなくても俺がやったのに。」

ル「ちょっとした運動にもならんよ。それに、本番はこれからだ。来るぞ、神界に居残っていた中級神が。ここまで来てやっと動くとは、遅すぎるがな。」


ルシファーが言った通り、神界への入口から神が現れる。


中「ルシファー! こりずにまた神界を乗っ取ろうと言うの? 今のあなたなら私でも!」

ル「いいや、お前では無理だ。私はすでに完全体となっている。」


ルシファーがそう言うと、16枚の内の8枚が天使の様な翼に変わる。


聖「これが、聖魔神となった私だ。まあ、もう二度と会う事も無いが。」


聖魔神ルシファーは、中級神様らしき女性首を一瞬で落とし、一撃で倒す。余波など発生せず、すべての衝撃を込めた一撃だったのだろうか。


ベ「おいおい、この銀河系ごと吹き飛ばすつもりか? この場でこれ以上戦うと、本当に星々が飛びちるぞ。」

聖「そのようなヘマはせぬよ。さあ、ゆくぞ。」


ベルゼブブ達が神界へ踏み込もうとしたその瞬間、動きが止まる。


ク「ここまでの様ですね。」

レ「あなたは、クロノス様!」


クロノス様は時間を止めているらしい。こちらも俺以外動いていないが。


聖「時間も止められぬ未熟者が。未来へ進む速度に対して過去に戻る速度を、同じスピードで行うだけの擬似的なものだな。」

ク「なっ、だとしても何故あなたが動けるのです?!」

聖「私の方が格上だからに決まっておるだろう?」

ク「じ、時空転移!」


俺達が転移に包まれるのと、クロノス様の体が真っ二つになるのは同時だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る