Regret-reverse-
「シオリちゃん、好きだよ」
男の息は荒い。
私もだよ、なんて言いたくなくて、私は顔を背ける。余裕がないふりをする。
ユウタは、私の全てだった。
「今から会おうよ」と言われれば例え真夜中だって飛んでいったし、どんな欲求にも応えた。実際それは全く苦ではなかった。ユウタに会えるなら。
愛されていないことはわかっていた。だけど、ユウタが誰も愛していないこともわかっていた。ユウタの携帯に入っている、数え切れないほどの女の子の名前。その中の誰のことも、ユウタは愛してなどいない。例えその中の一人でもよかった。誰も特別でないのなら、そのローテーションの中にいられるのなら、それでよかった。
だけどユウタは、言った。本気で好きな人ができた、と言った。
それを告げられた時、大きな地震が来たのかと思ったくらい、世界が揺れた。立っているのも精一杯なほど、大きく。私は、選ばれなかった。誰よりも尽くし、誰よりも愛した自信はあるのに、ユウタが選んだのは違う女だった。その現実が受け入れられなくて、その場から動けない。立っているのも辛いのに、靴が地面に張り付いたように離れない。気づいたときには、目の前にユウタはいなかった。秋の冷たい風が髪の毛を乱す。手櫛で整えようとして、気づく。この短い髪も、季節外れのショートパンツも、全部ユウタのためだったことを。
携帯を鳴らすと、三コールで反応があった。「今から会いたい」言うのは今度は私の方。電話の向こうの優しい声は「わかった」と頷く。しばらくして、待ち合わせのコンビニの駐車場に、見慣れた白いセダンが滑り込んでくる。
「ユウタに好きな人?初耳なんだけど」
運転席の男は、嘘をついているようには見えなかった。
煙草の煙を吐き出しながら、私を見つめる。
「親友にも言えないくらいの大物か、むしろその逆・・・?」
「よく笑えるな。失恋したってのに」
あきれたように笑うのは、ユウタの親友のナオキ。飲み会で知り合って、ナオキはユウタに内緒でわたしに連絡先が書かれたメモを手渡してきた。そこから、私たちはたまに会っている。勿論、ユウタはこのことを知らない。
「私さ、今までユウタに色々尽くしてきたよ。全部私が勝手にやったことだし、別に恩を着せるわけじゃないんだけど」
「知ってるよ」
「だけどこうなることは、どこかでわかってた気がする。いつかユウタに彼女ができて、私は捨てられる。そんな未来が見えてた気がするんだよね」
「シオリちゃんはさ、ユウタの彼女になりたかったんじゃないの?」
私はゆるゆると首を振る。
「わかんない。でもきっと違う」
強がりではない。だけど自分でもわからない。どうしてここまでユウタのことが好きなのか。ユウタのどこが好きで、追いかけてきたのか。
前に、ユウタに同じことを聞かれたことがある。だけど私はその時も答えられなかった。ユウタのどこが好きなのか、自分でもわからなかったから。
「こんな時にあれだけど」
ナオキが煙草を荒くもみ消した。助手席の背もたれに左腕をかけて、私の顔を覗き込む。
何が言いたいのかは、言われなくてもわかる。
「いいよ」
私はナオキの顔を見つめ返した。ナオキの大きな瞳に、コンビニの明るすぎる白い光が反射する。
「ごめんね。今までごめん」
ナオキの腕が、私を包み込んだ。ユウタとは違う、爽やかなシトラス系の香り。
「シオリちゃん、俺のこと、好きになってよ」
身体中を違う色に塗り替えられながら、私は思う。
この人を好きになれたら、どんなに楽だろうと。親友に振り回される私を見守り続けてくれた優しさに、甘えられたなら。温かい陽だまりのような温もりに、溺れられたなら。だけど私はこの期に及んで、ユウタのことを考えている。
ユウタ、ごめんね。なんて思っている。
こんなこと、裏切りでもなんでもないのに。バカみたい。彼は私が親友に抱かれても、何とも思わない。むしろ、チャラい、ヤリマンだのと私を罵るかもしれない。
ナオキの大きな手が、優しい声が、柔らかな唇が、私を滑り落ちていく。私にこびりついたユウタの体温も、匂いも、感覚も、全てを攫うように、剥がれ落ちていく。流れていく。
涙が一筋、零れた。
ラストシーン @rui_takanashi
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