「今日から皆さんと同じクラスメイトになる、山下奈緒子やましたなおこさんです」

「山下奈緒子です。よろしくお願いします」


 その棒読みに近い無感情な自己紹介は、ほとんどの男子生徒の耳には届いていなかった。


 次郎は言うまでもなく、学年一の秀才メガネ、鈴木純平すずきじゅんぺいまでもが、口を開いて山下奈緒子に見惚れている。


 山下奈緒子は、スラリと伸びる均整のとれた身体にまとう長袖の白いワンピース、その裾から伸びる白磁はくじのような細い脚、多感な小六男子の目を釘づけにするには十分なほどに発育した胸の膨らみ、腰まで伸びたあでやかなからす羽色ばいろの髪、そして高い鼻梁びりょうと二重まぶたの、まるで幻想の世界から抜け出てきたかのような端正な顔立ちで構成された、非の打ちどころのない美少女だった。


「ウソだろ……」


 うしろの席の岸学きしまなぶが漏らした声を、慎吾は聞き逃さなかった。


「えー、皆さん仲良くしてくださいね。」


 そう言って町山先生が山下奈緒子に指示した席は、慎吾のとなりの席だった。


 いくつかの舌打ちと嫉妬の入り混じる視線を感じながら、慎吾はその幸運に浮き足立っていた。


 となりに座った山下奈緒子に、


「ぼ、ぼく、宮瀬慎吾って言います。よろしく」


 と、目を合わすこともできず、緊張しながら自己紹介をすると、


「よろしく」


 と、慎吾の顔すら見ず、山下奈緒子は静かに応えた。


 肩透かしを食らって目を泳がせると、不意に遠くの席の直人と視線がぶつかった。ニヤニヤとする直人の視線に、アイツはいつもそんな目で人を見るんだからたまったもんじゃないよな、と思いながらいたたまれずに目を伏せると、その先に山下奈緒子の白い脚が見え、慎吾はなぜかゲップをしてしまった。


「大丈夫?」


 気にかける左隣の野口清実のぐちきよみに、頷くことすらできなかった。この恥ずかしさやいたたまれなさを形容できる言葉を、小学生の慎吾は持ちえていなかったが、それでもやはり、なんとも恥ずかしい状況であることだけは身にしみていたからだ。


「じゃあ一時間目は国語だから、宮瀬君は山下さんに教科書を見せてあげて」


 町山先生に言われ、慎吾は奈緒子の席に自分のそれを寄せて、国語の教科書を開いた。


「ありがと」


 無機質ながら涼やかな山下奈緒子の声に、一瞬ウットリとしかけたが、チラと見た彼女の横顔がなぜかとても物憂げに見え、慎吾は舞い上がっていることに少しの罪悪感を感じてしまった。


 もちろんその日、上の空で授業内容はまったく頭に入ってこなかった。

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