第8話

 ゼツの背中から顔を出し、女が泣きそうな顔で言った。

「ほ、本当に、セイだ……」

 泣きそうなだけではなく、水色がかった瞳に涙を浮かべた明るい髪色の女メルは、泣き笑いで続ける。

「別れた時と、全然変わってねえじゃん」

「本当ね。もう少し、大きくなると思ってたのに。でも……」

 内心身構えているセイは、意外な気持ちで男を見上げると、ロンはその目を見返して破顔した。

「やっぱり、可愛いっっ」

「っっ」

 逃げる間もなくその大きな腕に捕まり、そのまま抱きすくめられたセイは、悲鳴を上げそうになった。

「顔もつるつるじゃない。もう、いつまでも触っていたいわっ」

「髭が痛いから、程々にしてくれっ」

 感極まって頬ずりする男に、若者は耐えられずに頼んだ。

 ようやくその腕から逃れたセイに、他の二人は抑え気味な挨拶のみで済ませてくれたが、再び小屋の中で、今後の事を話し合うこととなった。

 エンが改めてこの辺りに縄張りを持っていた盗賊と、話をつけた旨と、あちらの頭の残した言葉を伝える。

「……そう。あなたしか見つけられないのが逆に、おかしいとは思っていたけど、まだいたのね、カスミちゃんの子供」

「ええ。話が分かる人で、助かりました」

「でも、あたしたちの行いは、許さないと言ったのね?」

 穏やかな笑いを浮かべたまま頷く男に、机を挟んで向かい合ったロンも頷いた。

「仕方ない話では、あるわね。あたしたちは、手の込んだ調べの後に動いてはいるけど、所詮は人殺し。人道を考えると、許せる事じゃない。今までもこれからも、無闇に仲間を増やす気はないけど、その子の望みはそんな事では誤魔化せないでしょうね」

 敢て減らすことはしていないが、今後はそうするつもりだと告げるエンに、ロンは小さく溜息を吐いた。

「そうするしか、ないわね。元々、カスミちゃんの気晴らしを理由に、作ったようなものだもの。ここまで永く続くなんて、あたしも思っていなかったから、この機会にそう言う心算で動き出しましょうか」

「気晴らし?」

 呟いたのはゼツだったが、その言葉に引っかかったのは、その場の全員だった。

 あら、と皆の顔を見回すロンに、エンが目を細めて確かめる。

「親父さんの、気晴らしが目的で、始めたんですか?」

「言ってなかった?」

 訊き返し、全員が頷くのを見ると、笑いながら男は話し出した。

「カスミちゃん、正妻だったランちゃんたちのお母さんと死に別れてから、それはそれは落ち込んでしまって、あたしと叔父さまが見ていられない程だったのよ」

 どれくらい落ち込んだのかというと、一族の不穏分子を、この際皆殺しにしてしまいましょうと、真顔で言い出す程だ。

「? 別に異常な事でもないでしょう、それ? 不穏分子なら、片付けた方が後の憂いは消えますよ」

「それはそうだけど、カスミちゃん、元々、中立の立場だったから。突然、成り行き任せの姿勢を崩した上に、本当に計画まで立ててたのよ」

 それで気が済むならと、しばらくは傍観していたのだが、その計画によって消される者の中に、カスミの実の父の名まで上がっているのに気づき、叔父がまず制止の声を上げたのだ。

 なぜ父の名を上げるのだと問う叔父に、カスミは言い切った。

「止められない時点で、あの人も同罪です。当主のくせに」

 真面目に落ち着いて見えたが、乱心していた。

 必死で宥めた叔父が切り出した話が、後のこの盗賊団結成へと動き出す。

「自分の所の一族と同じように、一族内部に止まらず、人や他の生き物の生態を脅かしている一族は、探せばいくらでもあるから、まずはそいつらでお前の計画が上手くいくか試したらどうだと。その初めに襲った一族がゼツちゃん、あなたのお父さんがいた、一族よ」

「……」

 叔父は旅先で知り合った狼男をカスミに会わせ、一族の事を話した。

 そして、数日程でその一族に迫り、殲滅に動いたのだ。

 叔父の友人となった狼男と、旅に出ていて留守だった者が数名、生き残ってはいるようだが、その一族が広く知られることはなくなった。

「その時は、あたしや叔父さまの他に、カスミちゃんとそのお兄さんが一緒になって動いたんだけど、その後は世界の方々を旅して、気に障る一族を皆殺しにして行っていたのよ」

 懐かしそうに語る男を見ながら、ジュラが小さく唸った。

「そうだったのか。もしかして、オレたちがいた村も、襲う気で立ち寄ったのか?」

「あなた達のあの時の状況を考えると、そうなったかもしれないわね」

 餓死寸前の少年少女が、誰もいなくなった村に取り残されていた。

 慌ただしく逃げた気配の残る村で残った二人のその様子は、永くそんな生活を送っていたと思われ、ロンも叔父も、一足遅かったかと、悔しい思いをしたものだ。

「あなた達が襲うのを見越して、という逃げ方でもなかったけれど、そうね。今思うと、そうして欲しい人たちではあったかも」

 おっとりと呟くジュリを、ゼツが困った顔で見やるが、何も言わない。

 男自身が生まれてもいない時の話だ、何も言えなくても仕方がない。

 というか、ジュリとの年齢差が伺え、少しだけ別な意味で困っていたりするのだが、勿論それも口にはしない。

「……まあ、そう言う理由で作ったような群れだったから。いつから、こんな混雑したのかというと、まあ、身寄りのない子供を、どんどん引き取ってしまったあたしや叔父さまたちが、いけなかったんだけど。まさか、その子供たちが居ついてしまうとは、思わなかったのよ。程々大きくなったら、独り立ちするとばかり、思っていたのよね」

 程々大きくなるまで、そう言う殺伐とした事には、関わらせていなかったのだが、いつの間にかそう言う事に関心を持つ子供が、多くなっていたのだと、ロンは嘆き節で続けた。

「それは、仕方ないと思うぞ。一時期子育てしてた人に、俺は憧れてしまったし」

 ジュラは、苦笑しながら宥めるように言い訳した。

 今は亡き、カスミの右腕だった若者は、ロンやカスミの叔父の喧嘩仲間で、弟子はたった一人しかとらなかったが、養われた子供はジュリとジュラ以外にも数多く、成長しても慕い、傍で役に立ちたいと願った者は多かった。

 その頃から、一族を襲うだけの団体が、その一族を深く調べ上げて、少しでも憂いを残さない様に考える団体へと変わっていたが、数も増え始めた。

 匙加減が出来、三すくみの様な頭と側近二人の空気が、上手く言っていた理由の一つだったが、今その三人はいない。

 だからこそ、畏怖や血筋だけでは、抑えきれない者も、これからは増えて来るだろう。

「……その片鱗が見える前に、根元から消していくことを、考えるしかないのでしょうけど……」

 ロンは、隣に座らせたセイを見た。

 そっとお代わりの茶を啜り、顔を上げた若者と目を合わせ、静かに尋ねた。

「あなた、これから、どうするの?」

「行くところがある。あんたに顔が見せられたんなら、ここにも用はない」

「そう……」

 素っ気なく言われ、男はつい、声を沈ませてしまった。

 その顔を、目を見開いて見てしまったセイから目を背け、ロンは小さく笑った。

「そうよね、今更、頼めないわね」

「……当たり前でしょう。この子は、足を洗ったんです。まっとうに行きたいと願って、この子は離れた。今更……」

「でも、もう、まっとうは、無理じゃないの」

 つい咎めるエンは、男の返しに詰まってしまった。

 そう、足を洗った時は、寿命までまっとうに生きる事を願って、送り出した。

 だが、セイは、五十年前と変わらぬ姿かたちで、座っている。

 この先、何年生きようが、居場所を落ち着かせることは、出来ない。

「……訊きたいことがあったんだ、セイ」

 今度はエンが切り出し、尋ねた。

「お前、ここ数年、ここに立ち寄っていなかったのか?」

「……立ち寄ってたよ」

 古くなり、使い勝手が悪くなった義手を、新しいそれと入れ替えるために。

「……入れ替える?」

 それは気づいていなかったのかと意外に思いながら、セイは答えた。

「時が止まった感じがした後から、包みの中身だけ古い物と新しい物を入れ替えるようにしていたんだ。あんたたちには、もう死んだと思わせた方がいいかと、その方が、安心するんじゃないかと思って」

「……そうか」

「思わぬ邪魔が入って、無駄になったけど」

 本当だなと笑い、ロンと目を交わしたエンは、溜息を吐いた。

「いずれ、作りだめていた分は、無くなってしまう」

「いざとなれば、外の木を剥がして使う心算だけど」

「……お前、余計に人前に出れなくなるぞ」

 無感情に答える若者に、ジュラが苦笑する。

「かと言って、あんな精巧な細工を作る奴は、爺さんだけだったからな」

「その手の事が得意そうな奴は、育てられませんか?」

 エンが、穏やかな笑顔でロンに問うと、男は天井を仰ぎながら笑った。

「その餌を使う? そうね、手先が器用な細工師を、どこかで確保してみましょうか」

「……先が永そうな話だな」

 首領格の二人が、遠回しに何か言い出しそうな雰囲気に、オキは呆れている。

 その話の先に気付いているようだが、セイも黙ったまま二人が切り出すのを待った。

「まだ、代わりの物は、残っているんだよな?」

「ああ。売られる事なく、手元に戻った」

 精巧に作られた、紛い物の腕だが、大量にあるそれを、どう売るのか扱いに困ったようで、手付かずのまま手元に帰って来た。

 だから、あと数年は不便なく生活できるはずだ。

 そう答えるセイに、エンは頷いてから言った。

「もし、不便になるようなら、すぐに顔を見せるんだぞ。義手の表面を削って、見目を良くするくらいなら、オレも出来るから」

「それ位なら、私も出来るけど」

「……そうだったな」

 首を傾げる若者の前で、エンは小さく唸る。

 代わりにロンが切り出した。

「エンちゃんが言いたいのは、あなたが来たいのなら、いつでもおいでって事よ。どこに腰を落ち着けるにしても、人恋しい事はあるでしょ?」

 首を傾げていたセイの眉が、僅かに寄った。

「あ、あら。これも違う?」

 慌てる男の後ろに立つ兄妹も、困ったように顔を見合わせ、メルも唸って考える中、呆れたまま立ち尽くすオキが、隣に立つ男と目を交わした。

 若者を引き留められないなら、時々は顔を見たいと、何とか言い訳を考える面々だが、そんなもの考えるまでもないとは、思わないようだ。

「……オレが言っても、良いものですかね?」

「いいんじゃないか? 奴らがあの体たらくだぞ」

 同じように内心呆れているゼツの呟きに、オキは小さく答えて無言で促した。

 溜息を吐いた大男は、無表情にセイに呼び掛けた。

「セイ、時々は、ロンやエンに顔を見せに、うちに立ち寄って下さい」

 真っすぐな申し出に振り返った若者を見て、オキも続けて言う。

「お前が元気な顔を見せれば、この二人も、オレも、気が和らぐ。旅に飽きたら、また腰を落ち着けてもいい」

 目を見張るセイが、正面に顔を戻すと、エンは真面目な顔になっていた。

「勿論その時は、ただいてくれるだけでいい」

「そうね、それで充分だわ。それだけでも、ほっとできるもの」

「……だから、時々は、立ち寄ってくれれば、嬉しい」

 無言で目を見開いていた若者は、顔を伏せた。

 言葉を発しない若者が、何を考えているのか、どう答えるのか、内心はらはらとしながら見守る面々の前で顔を上げ、セイは頷いた。

「分かった。長居するかは、少し考えさせてくれ。分かる場所にいるなら、時々立ち寄れるようにはする。だから……」

 ほっとした面々に、若者は続けた。

「余り、思いつめないでくれ。内側から崩すなんて、気心知れた奴ら相手に、あんた達は出来ないだろ」

 やれているのなら、初めから慈悲など、かけようともしないだろうと言ってから、セイは立ちあがった。

 湿った挨拶の言葉は全く投げる余裕がないまま、若者は旅立った。

 それを見送った面々は、内心がっかりとしながら、翌朝合流して来た仲間たちと共に、その場を立ち去ったのだった。


 翌日の朝には、そこについた。

 秘かに動いていたようだったが、数が多い為、完全には気配が立てず、自分たちに気付かれている次第だ。

「セイは恐らく、エンの前に頭をやっていた奴だ。そんな奴が生きていたと分かれば、あいつを知る奴らは仲間を置き去りに、先に行きたくもなるだろう」

 しかもあの若者は、あの大叔父の子供だ。

 主な奴らには、それだけでも気になる存在のはずだ。

「その、金色の奴は、もう旅立ったようです。すぐに合流に動くかと思ったのですが、向かった奴らもオレたちが会った奴らも、喪中のような空気で動いています」

「……なら、急ぐこともないか?」

 別な部下の言葉に、セキレイが呟くと、傍に控えていたシュウレイが首を振った。

「念には念を入れなきゃ、駄目だよ。異変に気付いて、急に来るかもしれないし、何よりも、あの中にどんな逸材が混ざっているか、分からないんだから」

「そうだな」

 野宿を終え、動き始める団体を見下ろし、男は頷いた。

 後ろには、本隊に残して置いた先鋭たちが控えている。

 昨日の話し合いの場を思い出し、心の中で腹違いの弟に小さく詫びる。

 人を集め直さないといけない程、人員は割かれてはいなかった。

 あの場にいたのは、本当に極僅かな部下だ。

 三つほどの里をまとめ上げたセキレイは、小さな国と劣らぬほどの民と、人力を有していた。

「……オレは、短気なんだ。悠長な仕込みで滅ぼそうなんて、甘すぎる」

 それに、エンは料理人でもあるようで、食にはこだわりがある。

 どんな仕込みにするかは分からないが、人の口に入る物を害のあるものにしてだすなど、本心ではやりたいとは思っていないだろう。

「……ここにいるのも、先代頭とやらを一目見たいと思った奴らだけだろうから、ここだけ襲っても意味はないが、相当の手練れたちなのは、間違いない。気を抜かずに行くぞっ」

 真剣に後ろの夜叉たちに呼びかけ、その掛け声を背にセキレイは先に立って走り出し、前のめりになって止まった。

「……勢いだけは、すごいんですね」

 しみじみと、それでも無感情に響く声で、若者は言った。

 セキレイが向かう方向の先に、小さな若者はぽつんと立っていた。

「お前、旅だったんじゃ……」

「ええ、昨日の内に。そして、ここで待っていたんです、あなた方が来るのを」

 見つめる黒い目から顔を背け、セキレイは呟く様に言う。

「……卑怯な手を使うと、責めに来たか?」

「そんなの、今更責めてどうするんですか? 責めるなら、初めにやってます。誰かさんが薬を使った時に」

 シュウレイの後ろで、コウヒが胸を突かれて呻く。

 それに構わず、セイは言い切った。

「大体、後ろの奴らもエン達も、ついでに私も。責める事の出来るような人間じゃ、ない。それくらいは、承知しています」

「じゃあ、わざわざオレたちを待ち伏せしていた理由はなんだ? 止める為か?」

 襲う寸前に出て来たのだ、その為以外にはないだろうとセキレイに問われ、若者は無感情に答えた。

「ついでに止めようと思っただけで、別な用があるんです」

 これから慣れぬ殺戮をする、緊迫した夜叉たちの群れの前に、ついでで現れたと言う若者は、己の首に両手を回し、何かを外して手に乗せた。

「それは……」

「あなた達が、あの人を探し出して、渡してもらえますか? 私が渡すより、きっと意味があると思うんです」

 レンから預かった石を見下ろし、しんみりと言う若者を、セキレイはしみじみと見下ろしてから、首を振った。

「いいや。お前が、そのまま持って置け。お前が、レンと会った時に渡せばいいだけだ。それまで、オレたちといればいい」

 一瞬、嫌そうな顔をしたセイに、男は傷つきながらも慌てた。

「い、いや、この位までしか近づかないから、大丈夫だっ。いずれ、力も抑えられるよう精進するっ。だからっ」

 セキレイは、勢いで言い切った。

「うちに、嫁に来いっ」

 その場の空気が、凍った。

 が、言い間違いに慌てたセキレイが、気づく余裕は無かった。

「……あんた、私が、女に見えてたんですか?」

 若干、低い声で言う若者から後ずさる男は、顔を引き攣らせていた。

「風穴開けられたくなかったら、二度とそんな戯言は言わないでください」

「せ、セイ?」

 後ずさった弟を見てぎょっとしたシュウレイは、片足を静かに下ろしたセイに目を剝いたまま呼びかけた。

「風穴開けられたくなかったらって、もう開けてるじゃないかっっ」

「お、親父っっ、しっかりしろっっ」

「き、傷は……本当の、見事な風穴だっっ」

「感心するなっ。不味い、色々はみ出て……っ、穴が開いた割に、はみ出たものに傷がないっ、見事だっっ」

 座り込んだセキレイに駆け寄るコウヒと部下が、騒然としているのを見下ろし、腹を立てた割に器用な蹴りを繰り出したセイは、小さく舌打ちした。

「やっぱり、もう少し背が欲しかった。本当は、頭に風穴を開けたかったのに」

 そうすれば、少しはましな考えをしてくれる頭に、変わったかもしれないと残念がる若者に、弟事ながらそこまで心配していないシュウレイが、呆れて返した。

「そんな事で変わるなら、ここまで生きてて変わらないはず、無いでしょう」

 言ってから、女は再び呼びかける。

「ねえ、嫁云々は聞かなかったことにして、どうかな? うちにしばらくいないか? レンに会いに行くなら、私たちも付き合うから」

「……いえ、私の考えが甘かったようです。自分で返しに行きます」

 これ以上、人任せにこだわっては、何を口走られるか、分かったものではない。

 セイは溜息を吐いて言い切り、コウヒが必死で父親の腹の中に、中にあるはずの物を押し込んでいる様を見下ろした。

「奴らを滅ぼす件も、暫く置いてもらえませんか? まあ、怪我が治らない限り、無理でしょうけど。あいつらの事は、私なりに考えて、群れを散り散りにする算段を立ててみます」

「ま、待て。お前が、そんな事をして、傷つくことは……」

「傷つきませんよ。だから、安心して、高みの見物でもしててください」

 数人がかりの手当ての前で、セキレイが何とか動かせる手を伸ばすが、その手を見る事もせずに傍に立つシュウレイを見た。

「じゃあ、失礼します」

「うん……お前のお父さんに、会って欲しかったんだけど」

 未練がましく言う女に、若者はきっぱりと返した。

「私は、会いたくありません」

 嫌で会わないのではない、逆だ。

 たった一人だった肉親を見殺しにした自分には、まだ胸を張って実の父と会う勇気が出ない。

 もし、勇気が出来たとしても、会ってどうすればいいのか分からず、避けたい気持ちが生まれてしまうのだろうと、他人事のように考えていた。


 セキレイを隠れ家に運び込み怪我が治った数日後、暫く顔を見せなかった大叔父が、ひょっこりと顔を出した。

 この間の悪さは何だろうと、シュウレイは内心考えながら出迎えたのだが、大叔父は気づいたらしい。

「どうした? 何か悪さでもしたような顔をしてるぞ」

 顔に出したつもりはなかったのにそう言われ、女はつい苦笑した。

「生きる上で仕方ない悪さくらいは、してますよ。御存知の通り」

「本当に、そう言う悪さだけ、か? あれ、お前達じゃないのか?」

 誤魔化そうと姉が言葉を探すが、後ろで寝込んでいる弟は、正直だった。

 寝台に寝ころんだまま、頭を抱え込んだ。

「叔父貴にまで、伝わってたか」

 大叔父を、呼びやすく呼びかける甥の子供に、姉弟とは全く違う色合いの大男は、立ち尽くしたまま聞き返す。

「伝わるとは、何がだ? この辺りに暫く出回った、義賊紛いの盗賊の話なら、街で聞いたが」

「ああ、そっち? それなら、もうやらないよ」

 どうやら、血縁の誰かから、先日の兄弟との諍いが伝わったのかと思っていたのに違うようだと考えながら、シュウレイは大叔父に答えたが、男は聞きとがめて目を細めた。

「そっちとは、どう言う意味だ? 別な話もあったのか?」

「うん。でも……すごく、話しにくいから、話せるようになってからでも、いい?」

 上目づかいで銀髪の男を見上げ、女は首を傾げて見せると、失礼にも笑いをこらえながら大叔父は頷いてくれた。

「……言いにくいなら、言う事はない。お前もようやく、そう言う媚を覚えたんだな」

 これも失礼だ。

「……叔父さんにしか、こんなこと、しないし」

「そう言う所は、まだまだ子供だな」

 笑いながら寝台に近づく大叔父の背を目で追い、シュウレイはむっとした気持ちでその背を睨む。

 幼い頃からの付き合いだから、仕方ないとは思う。

 だが、この、成熟した女を前にしても、態度が少しも変わらないのは、おかしくないだろうか。

 この朴念仁に、子を成そうとまで思わせた女は、一体どんな人だったのだろうと、シュウレイは思った。


 追いついた仲間たちと共にその隠れ家の周りで一晩過ごし、二手に分かれていた盗賊たちは一つに戻った。

 押し込み稼業を放り出して、殆どの仲間たちを置き去りにして来たロンは、当代頭を連れてすぐに引き返してくるらしい。

「一緒に行った奴ら、結局先代には会えなかったんだってよ」

「何だ、その無駄骨の動きは? だから、のんびり待っときゃ、良かったのになあ」

「絶世の美女も顔負けの、別嬪だと言われてたらしいからな、一目会いたかったんだろ。そんなの、頭たちの欲目に決まってるってのに」

 帰りを待つ仲間たちは、男女ともに陽気な気分で飲み明かしていた。

 鬼の居ぬ間に、というより、いない間は好きにしろと言われ、それならと隠されていた極上の酒を持ち出して、めいめいに飲み始めたら、女たちが肴や料理をこしらえ始め、豪勢な宴となってしまったのだった。

「しかし、ロンの旦那も無茶やるよな。一昨日の夜に知らせが来て出て行って、昨日の朝その人と会って、見送ったんだろ? よっぽど、好きな人だったんだなあ」

「好きか嫌いかは知らないけど、そこまで急いだわけでもない様だぞ。意外に近くで動いてたんだな。もう少し、国境の方なのかと思ってたよ」

 中身の減らない器を片手に言う相手に、酔っぱらった男が気分良く答えた。

「ロンの旦那も、心配してたんだ。頭が、たった二人しか連れずに、別れて動いてたからな。お前がいない間の事は、もう言っただろう?」

「大変だったんだってな。獲物を横取りされてたんだって?」

「それよ、そこがうちの旦那方のまだろっこしい所だよな」

 へらへらと笑いながら、大きな男が遥かに小さい若い男に、後ろから抱き着いた。

 隣の男が顔を顰めて咎めるが、気にせずに言う。

「ただの噂でも、流されるだけの事をしてるって考えを、持たないんだよ、あの人たちはっ。目立った悪さはなくても、そいつらは、恨みを買っていたってことだ。それだけでも、狙うには充分な理由だろ? それを、何で、あんな拘り方するかねえ」

「お前、それじゃあ、他の盗賊と変わらねえじゃないか。オレは、義賊みたいなその矜持、良いと思うがな」

「へっ、綺麗ごとで、飯が食えるか? 食えなきゃ死ねるってか?」

 一つの些細な言い合いが、徐々に広がって喧騒になる。

 それを見守りながら、セイは器に入った白湯を啜った。

 倭国へと向かおうと思い立って、目立たず動くなら大勢の人間に混ざればいいと考え、当の盗賊の群れに紛れたのは、二年ほど前だ。

 今では顔見知りになった数人に、立ち寄るところがあると告げて別れた時には、すでに二手に分かれての活動をしていたが、細部の話は知らなかった。

 図らずも、自分が健在だと知られてしまったが、それがこれからの障りになるのは、もう少し後だろう。

 今はこの立場のまま、彼らの動きと考えを見つめつつ、目的地に向かう心算だ。

 この群れを散り散りにするのは、倭国から戻った後取り掛かろうと思っていた。

 数日後、頭以下数名が、同行した仲間たちと共に合流して来た。

 若干沈みがちな彼らが、ちゃっかりと群れに紛れていたセイを見つけるのは、それよりも更に数日後だった。

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