第7話
話し合いは、思いもよらない理由で決裂した。
突然殺気を孕ませた客三人を、セキレイ側の部下とシュウレイは必死に宥め、その場での血を見る事はなかったものの、敵対は決まったも同然となったのだ。
原因となり宥められる筈の若者は、刺さった短剣を深々と腹に押し込めれ、流石に起きてはいられなくなり、気絶してしまった。
オキと名乗った男が、慌てて傷を確かめて短剣を抜き治したようだったが、エンの怒りはすさまじく、止められなかったらあのまま、セキレイの顔ごと頭を潰したかったに違いない。
「……折角、穏便に帰せそうだったのに、何でお前は、怪我なんかしてたんだよう」
目覚めたセイに、嘆き節で文句を並べたのは、シュウレイだ。
見覚えある部屋の片隅の寝台に横になっていた所を見ると、置き場に困って、まだ取り壊していなかった隠れ家を、急遽使っているようだ。
ここにシュウレイとコウヒが来ていると言う事は、敵対してはいるが、今は休戦している、と言う所だろう。
「……突然過ぎて、こちらも避ける間がなかったんです。出来れば今度から、抱き着くときは一声かけるように、セキレイさんにもお願いしておいてください」
言いながらももう会いたくないなと、考えてしまっているセイとシュウレイたちの間で、小さな黒い猫がちんまりと座ってシュウレイたちを見上げている。
森から続く抜け穴の前で立ち尽くしたままの女は、困ったようにセイに声をかける。
「ちゃんと元気になったか、近くで見させてよ」
若者が答える前に、座ったままの猫が、低い唸り声で答えた。
地の底から這い出るような、威嚇の唸りだ。
「……どの位、私は眠っていたんでしょうか?」
いつもなら眠っている間に、多少小汚くなっているのに、今見れば小綺麗なままの身なりだ。
あの怪我の具合からすると、永く眠ることになると思っていたから、誰かが小まめに世話してくれていたか、目の前にいるオキが、見かねて怪我を治してくれたかのどちらかだ。
「一晩だよ。でもその間、話し合う余地は、全然与えて貰えなかった」
エンの、セイが目覚めるまでは、何も話さないと言う言葉だけが理由ではなく、セキレイが頭を抱えたまま気に病んでしまい、話し合いが出来なかったのだ。
「だから、本当に元気なのか見てからお前が起きたと言わないと、あの子、安心しないよ」
セキレイの心の安寧など、気にする事はないだろうとは思うが、セイは少し考えて頷いた。
「オキ」
小さく呼びかけると、すぐに黒猫は寄って来て膝の飛び乗る。
「……オキ?」
コウヒが怪訝な顔をしたものの、すぐに若者の傍まで歩み寄る。
「エンが、サイカの主人が躾を怠ったせいだと責めてね。その通りだから言い返せなかったけど、本当に、あいつが?」
「あれを躾けるのは、虎一匹躾けるより、難しそうでした」
珍しく、音を上げたような答えだが、膝の上のオキは驚かずに無言で頷いている。
一月余り、何度も本音を伝えていたはずなのに全く聞く耳を持たず、自分の思いに酔ってしまっていた。
あれは、死ななければ治らない類だ。
「本当なら本人をここに引っ張って来て、土下座で謝らせるべきなんだろうけど、見事に埋まっちゃったらしくて、掘り出したら虫の息だったんだよね」
客三人の要望で、そのまま放置して、息絶えるのを見守ることになってしまった。
まだ助かるかもしれないと足掻きたかったシュウレイ達は、それだけで懲りてしまった。
「お前が起きたから話し合いが進むけど、正直あの連中とは永く付き合いたくないよ」
血も涙もない夜叉の部下たちが、人間にしては温和な顔立ちをした客たちに、恐怖を抱いている。
騙された時のあの場の空気が、恐ろしかったと言われてもピンとこなかったが、今では分かっていた。
しかも、カスミが率いていたのは、群れ、だ。
その内の、たった三人が、これだけの恐怖を植え付けられるのに、他の大勢に囲まれたら、こちらには勝ち目がない。
「……」
セイはそんなシュウレイの言葉に、無言で天井を仰いだ。
自分がいた頃とも、また違う群れの形になったのかと考える若者の膝の上で、オキが溜息を吐いた。
一番怒りを煽った火種が、怪我をしたまま顔を出した若者で、その火種に大量の油を注いだのが、その怪我に気付かず傷を開く動きをして見せた、セキレイだっただけで、今も昔もあの三人は、温和な方だ。
温和ではあるが、怒らせなくても怖い奴らでは、あるんだがな……。
そう考える猫を撫でながら、セイは呟く。
「そう考えるに至ったのなら、良かったです」
セイにはもう一人、心底苦手な男がいる。
その男がここにいないのは、まだ救いだった。
若者が起きたことを伝える為、シュウレイとコウヒは外へと出て行った後、オキがぽつりと言った。
「ジュラが、ロンに知らせた。だから、あいつもここに向かっているはずだ」
セイの状態を話したので、寝る間を惜しんでここに向かっているはずだと言うと、若者は深く溜息を吐いた。
去るのは顔を合わせてからでないと、すまない話になっているようだった。
伝えられたように、セイは元気になって起きていたと、シュウレイは告げてすぐにその場を去った。
セイが休んでいる部屋の真上の床間で、その言葉に安堵するセキレイを穏やかな笑顔で見返し、エンは言った。
「あの子の事で、下手な嘘をつくはずがないでしょう? オキには、あなたが下手な負い目で迷い事を言い出さないように、刺し傷も綺麗にするように言っておいたんですから」
穏やかに響く声だが、言葉は恐ろしく棘がある。
「迷い事とは、どう言う意味だ? おかしくもないだろう、血の繋がりはないが、あいつは縁者だ。傍に置くことが、そんなにおかしいか?」
「……負い目がなくても、そんな事が言えましたか。それは困りましたね」
本当に困っているのかどうか怪しい笑顔のエンに、セキレイは真顔で尋ねた。
「セイを、これからどうする気だ?」
「どう? あの子はもう、オレたちと関わりがない筈の子です。後の事は、自分で考えるでしょう。立ち寄っただけのここで、あなた達に捕まる羽目になったんですよね? あの子が言っている通り、うちの稼業からは足を洗っているので、それを確かめられた今、あなた方の元にいる謂れもない筈です」
きっぱりと言い切る弟に、兄は慎重に切り出した。
「……親を探して、会わせたいとは、思わないのか?」
「親?」
笑顔に深みが帯びた。
「今更、親が出て来て、どうなるんですか?」
「大人の年なのは、分かる。だが、どう考えても、人の手はいるだろう、あの体では?」
「あのですね……」
それこそ今更じゃないかと思いながらも、エンは声を抑えて答えた。
「人の手が要らないくらいには、あの子は器用なんです。別れてから今まで、元気で姿を見せたのがその証でしょう。今更、人の手の有無を気にする事は、ないです。ましてや、これまで探しにすら来ない親なんか、要らないでしょう」
その言い方だと、親が誰かも、分かっているようだ。
「あの子の親が、どこの誰かも、知っているのか?」
「ええ。育ての親は、実の母親とその間男、実の父親は、大叔父に当たる男です。実の母親と間男は死にましたが、実の父親は健勝らしいです」
らしいと言うのは、会った事もないからだと言う。
セキレイは唸った。
これ以上、この話は続けるべきではない。
エンの機嫌が、先程よりも悪くなっているように感じるのだ。
話し合いで済ませると決めているから、手を出されることはないだろうが、その分何を言われるか分かったものではない。
だが、セキレイ側は、セイの父親に恩がある。
子供が生きていると分かったからには、一度会わせてやりたいと言う思いがあった。
セイ本人は、何故かセキレイから離れたいと思っているようだ。
コウヒがオキに伝えるように言われた言葉から、それは明らかだ。
コウヒは必死で穏便な言い方をしようとしてくれたが、
「あんたとは、永く話していたくない」
という言葉は、どう遠回しに言おうが、穏便な優しい言い回しにはならなかった。
正直それが一番堪えているのだが、少なくても大叔父が立ち寄った時に会えるまでは自分の手元に残したいと考えていた。
本人が嫌がっているのなら、その親しい者から取り込もうと、無謀にも母親違いの弟の説得に取り掛かっていたのだが……。
「……お前、このまま親父の後を継いで、本当にやって行けるのか?」
別方向からの説得をするべく、セキレイが改めて切り出した。
「親父さんの後とは、頭業の事ですよね? まあ、昔からその殆んどはやらされていましたから、引き継いだのはほんの少しの雑務だけです」
押し込む先を決め、下調べの段取りをし、家人の身元を顧みて処遇を決める。
その位だと言うエンに、セキレイは小さく唸った。
「何ですか?」
その唸り方に何か引っかかり尋ねる男に、その腹違いの兄は躊躇いながら切り出した。
「昨日、お前と顔を合わせた時、妙だとは思ったんだが、その後すぐにそれどころじゃなくなったからな。ようやく訊きたい事を訊けそうだ」
突然なんだと、首を傾げる腹違いの弟に、セキレイは慎重に尋ねた。
「お前、オレたち姉弟を見た時、うんざりとした顔をしたよな?」
「……」
「何で、そんな顔をされなきゃならんのかと腹が立ったが、一晩考えてもしやと思った。オレがそういう目に合ったとしたら、同じようにうんざりとしただろうと、思い直しただけなんだが……」
顔に出していたか?
内心、舌打ちしたい気分のエンに、セキレイはずばりと言った。
「お前、オレたちの前にも、血の繋がった兄弟に会ったな?」
「はい」
取り繕う気もなく、エンはあっさりと答えた。
その上で、穏やかに続ける。
「しかも、あなたと同じ言い分で、同じような出し抜き方をしていました」
ただ、中身が違っただけだと、穏やかに告げる男に、セキレイは静かに尋ねた。
「そいつは、どうしたんだ?」
「片付けました」
あっさりと言われ、思わず声を失くした男に、エンは穏やかに言い訳した。
「だって、仕方ないでしょう? 全くの噂で白だと分かった家を、我々が引いた途端に襲った上に、家の者皆殺しにしてたんです」
だが、巧妙でもなかったから、すぐに正体は知れた。
「そこの頭と顔を合わせた時は、驚きましたよ。物心ついた頃に生き別れた、同腹の兄の面影がありましたから」
「あ、兄、だと?」
驚愕するセキレイに、エンは穏やかに笑いながら、宥めるように言った。
「ああ、そんなに気にしないでください。オレもそれには驚きましたが、兄だったから驚いたわけじゃないんです」
「それ以外に、驚けるところが、あるか?」
「……あの男には、すでに孫までいました。もう大人の年の、よく似た男でしたよ」
頭であるその男は、すでに七十を超えていた。
「杖を突いて歩かねばならない程に高齢でしたが、高慢で威圧的な、そんな男でした」
その年齢と姿に、エンは少しだけ躊躇ったが、他の誰に任せるのも嫌で、自分で手を下した。
だが、その時、時の流れを思い出したのだ。
「本当ならオレはあの年齢で、いつ死んでもおかしくないはずだったんだなと思ったら、虚しくなってきたんです」
セキレイたちに会った時、うんざりした顔になってしまったのは、兄の様に時を止めずに往生する兄弟ではなかったからだ。
「兄の場合は、すぐに片付ける事で、その姿を消すことが出来ましたが、あなた方はそうはいかないでしょうから」
この男は、カスミの息子であると同時に、倭国で会った若者の父親だ。
会った途端にそれに気づいたエンは、元から争う事は躊躇っていたのだが、同時にうんざりとしてしまったのだ。
カスミの隠し子は、これから先何人現れる事になるのか。
その全てを、自分が相手する羽目になるのかと。
「そう思うのなら、足を洗ってはどうだ?」
「今更ですか? オレは、この稼業にどっぷりと首まで浸かってしまっています。鬱憤はこの稼業でなくても晴らせますが、だからと言って、一度引き受けた事を、途中で投げ出せるほど、怠けものじゃないつもりなんです」
「途中で投げ出せないから、オレたちに殺されたかったのか?」
エンが首を傾げた。
「オレを殺したのがあなただと気づけば、今別行動をしている人が、あなたを捕まえて後に据えるかも、とは少し考えました」
あの人からは、逃げられないと、男は笑顔に苦い物を混ぜた。
そんな弟を眺め、セキレイは静かに頷いた。
「話を戻すが、セイに関しては、あの子の望みを聞いてから、引き取るか否かは決める。無理強いするつもりはないから、安心しろ」
「……有難うございます」
突然、そう言いだした兄を見つめつつ頷くエンに、男は目を細めながら言い切った。
「だが、矢張りお前たちの群れは、見逃せねえ」
「そうですか」
静かに返す男に、セキレイは続けた。
「だが、出し抜くと言う形ではなく、全力でお前たちを壊滅させる。今は人が減ってしまったんで無理だが、力を集めてから仕掛けさせてもらう」
「分かりました。別行動の連中には、出し抜いていた連中は片付けたと、伝えます。それさえしないと約束いただけるなら、いつでもお相手しますから、こちらが簡単に返り討ちに出来ないくらいには、大きくなってから顔を見せて下さい」
敢て煽る言い方をするエンに、セキレイは思わず笑ってしまった。
「分かった。お前を殺さなくてもいいように、お前たちを上回る力をかき集める。それまで、首を洗って待ってろ」
椅子から立ち上がり、外に出るセキレイを、エンも立ち上がって外で見送る。
小屋から出た二人を、立ち尽くしていた若者が迎えた。
「セイ、もう、本当に大丈夫だったんだな」
ほっとして歩み寄ろうとするセキレイを、セイは無感情に止めた。
「それ以上は、近づかないでください」
露骨な拒絶の言葉に、男は固まってしまった。
そのまま膝を折りそうな父親を支え、コウヒが文句を言う。
「こらっ、もう少し優しく言えねえのかっ」
「足で止めるよりは、優しいと思ったんですけど」
蹴り離すつもりだったかと、セキレイの後ろでエンは苦笑している。
「……足の間を蹴り上げられるよりは、衝撃は少なそうね」
「……それは、完全にまずい奴だ」
おっとりと呟く妹に、顔を引き攣らせた兄が思わず返す。
「オキに聞いたと思うんですが、私は、あなたと永く一緒にいたくありません」
「それ、聞いたけど……どうして?」
これは、すぐに立ち直れないと内心嘆きながら、シュウレイが尋ねると、セイは正直に答えた。
「その人といると、体が動かないんです。出来れば、ご自分でその力を抑えられるようになるまでは、近づきたくありません」
何のことだと言われたら、もう救いがないと思いながら答えたのだが、セキレイは膝を折ったまま頭を抱えた。
「どう抑えろと言うんだっ? 仕方ねえだろっ、この世には人には移らねえ病もごまんとある。それを消す薬を、体が勝手に作ってんだぞっ?」
「……」
聞いているだけで、眠くなりそうな力だ。
「仕方ないと言い切っている内は、私も近づきません。これも、仕方ないでしょう?」
泣きわめきたいが、男としての矜持がそれを抑えてしまって、セキレイは頭を抱えたまま喚くしかなかった。
セキレイ達を送り出し、エンはセイを小屋の中へと招き入れた。
下の隠れ部屋には何度か足を向けたが、上の部屋は久しぶりに入る。
懐かしい気持ちで見回すセイに椅子をすすめ、エンは茶の用意をする。
ジュラジュリ兄妹は、オキと共に外にいる。
先程の様に血の繋がりはないが、兄弟水入らずの時が設けられていた。
「もう歩けるのか?」
「ああ。気を使ってもらったお蔭で、傷の方は全く障りがないから、動かない方がつらい」
「そうか」
洗った器に茶を注いで、机に置きながら、エンは何気なく尋ねた。
「これから、どうするんだ?」
「……ロンが、こっちに向かってるって、聞いた」
「ああ、向かってるな。だが、会う事はない。あの人の事だから、何を言い出すか分からないからな」
大袈裟に抱き着かれるだろうと覚悟はしているセイは、エンの言葉に頷いた。
立ったままの男を見上げる。
「……」
「何だ?」
「死ぬ気だとか何とか聞いたから。ここを去る前に、もう一度あんたを、じっくりと見ておこうと思ったんだ」
ロンが来るまでその余裕はあるが、ゆっくりとしている今なら、見放題だ。
無感情に見上げるその目を見返し、エンは苦笑した。
「僅かな望みで考えただけで、どうしてもそうしたいとは、考えていないぞ」
「みたいだな」
熱い茶を啜る若者を見ながら、エンはしみじみと切り出した。
「時が経つのは、あっという間なんだな」
目を上げたセイに、男は穏やかに笑いかける。
「本当ならお前、六十過ぎてるんだぞ。オレに至っては、七十も終わりだ。往生していてもおかしくない年齢なんだぞ」
それが何の因果か、若い姿のまま生き続けている。
そう言うエンに、若者も頷いた。
「足を洗ってすぐに、腰を落ち着けていた村に最近立ち寄ったら、私と同じくらいだった夫婦が、ひ孫に囲まれて楽しそうにしていた」
体が小さくなり、動きも鈍くなっていたが、とても幸せそうに子供たちが遊ぶさまを、見つめているのを、セイは遠目で見つけた。
これが、人としての人生かと、そう思った。
「うちの連中の殆んども、そう言う奴らだ。人の生涯は、六、七十年と短い。それを踏まえて、最近ではロンもオレも、噂を聞いてうちに身を置きたいと願う奴を、よっぽどの事情がない限りは、断ることにしている」
それは、目の前の若者の時の事があるから、なのだが、セイはそれに気づいた様子はなく頷いた。
「目を離してはまずい奴らを、手元に置くようにしていたんだが、周りから見れば、残酷極まりない盗賊にしか、見られないよな」
様々な欲を抑えきれずに苦しむ者たちのはけ口を、自分たちは作り続ける。
寿命持ちのその者たちは、その欲を怨念にすることなく、往生できるだろう。
だが、そのはけ口を探し、彼らの世話をし続ける側は、全く救われない。
周りからの目の険しさも、世話をしている者たちから向けられる目も、重荷だ。
他の盗賊団ならば、頭はふんぞり返って指示を出すだけでいいが、ここは違う。
違うからこそ、今決めた事を始めるのは、楽だった。
「オレは、永い時をかけてでも、足を洗おうと思う」
「……」
目だけで続きを促したセイの、いつも通りの顔に押されて、エンは先程決めた事を話した。
「……出来るのか?」
無感情な声が、話し終えて息をつく男に投げかけられた。
その声に、僅かな戸惑いが混じっているのに気づき、エンは少しだけ軽くなった気分で頷く。
「ああ。やってみせる」
「そうか。……あんたが、出来ると言い切れるのなら、きっと出来るんだろう。私がこれを聞いたところで、止める謂れもないし、外の奴らが気にしないのなら、やってみてもいいんじゃないのか?」
顔を上げると、出入り口の外から、ジュラが顔だけ覗かせていた。
「……今立ったところだ」
そう言う所を見ると、立ち聞きを咎められるのを、見越していたようだ。
「立ち聞きより、盗み聞き、と言った方がよさそうだな」
咎める気のないエンは、苦笑して言い、ジュラの近くに立つ男女を見た。
「……その覚悟は汲むけど、大丈夫なの? あなたの矜持の真逆のことよ?」
「終わってから、取り返せばいい。先は、気が遠くなるほど長いからな。それより、分かっているのか? お前がその気で動いても、他の奴らがどう動くか、分からんぞ?」
おっとりと問うジュリの声にはオキが答え、代わりに真面目な問いがエンに投げられた。
エンは、ロンを筆頭とした、別行動している者たち思い浮かべた。
ゼツはロンに忠実だが、ジュリに頭が上がらない。
姉を思うより、少しだけ淡い気持ちを向けているのがはた目にも分かるから、ジュリが咎めなければ黙認してくれるだろう。
他の奴らに関しては、そこまで気にする事はない。
「料理に毒物を混ぜる訳じゃない。料理を、体に悪い物にするだけだから、ロンたちに障りが出るとも思えない」
寿命を持つ者を、少しでも短命にして、人数を減らす。
衣食住の食を担っているエンならば、自然にそれが出来る匙加減も知っていた。
セキレイが力を取り戻し、正々堂々と挑む頃には、身軽になっていればいいと、エンは考えている。
「まあな、味の方は、考えてくれるんだよな?」
「勿論だ。その辺りは考えて、料理する」
「なら、オレたちも反対する謂れは、ないな」
白い兄妹が頷き合った。
「そうね。太らないように、自分で気遣って口につければ、いいだけだもの」
「……カスミの旦那や、ロンが作っていた時は、食うだけで修業に感じたものだったからな」
「太る素材を使うだけが、病を呼ぶわけでもないんだが、味に障らない様にはするつもりだ」
そう話が収まった時、ジュリの肩の後ろから、ひょいっと姿を見せた小さな顔があった。
「あら、お帰り。早かったのね」
別行動していたゼツの元に残した、小鬼だ。
繋ぎを取った時、一緒に戻っておいでと言っておいたのだが、予想よりも早い。
耳元で話す小鬼の言葉で、ジュリは珍しく目を見開いた。
「まあ、そうなの? 昨日の今日で、ここまで、戻って来てるの、あの人たち?」
あまりに早いと驚くだろうと言う、ゼツの配慮だと察し、ジュリは目を見開きつつも頷いただけだったが、オキは呆れた顔になった。
「オレのこの姿で急いで、二日かかったってのに。繋ぎを取ったのは、昨夜だったよな?」
正しくは夕方、だが、そう変わりはない。
ジュラの言葉を、ジュリの子鬼を通じてゼツに伝えてもらった。
今迄とは違い、大事な事は殆ど隠さずに伝えたので、ここまで急いで来たと言う理由は、一つだけだ。
振り返った外の三人の目に、見慣れた大きな男が見えた。
途中でへばった小さな女を背負い、隣に立って暫く立ち尽くしていたらしい男を振り返っている。
色が抜けたような髪色の男より、少し背が低い男は、小屋を遠目に眺めた後、こちらに歩き出した。
「……他の奴らは、ついて来れなかったか」
苦笑して外に出て迎えるエンの隣に立ち、セイは久しぶりに見る三人が歩み寄って来るのを待った。
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