第122話 逃走劇の終わり。

 破裂音が一斉に響いた。

 俺達を取り囲んでいた男のズボンのポケットや、胸元が次々に爆発した。

 イヤホン越しにもその音が聞こえた。

 その後、スタンガンの音と男の呻き声。


『さて、先輩。そちらのサポートに付きます。逃げ切れば勝ちです』

「よし」


 目の前の五人を殴り倒し、道を開く。


「待て! ぐはっ」


 後ろ、銃を取り出した男、ちらりと確認したが、装填して構えたところを結愛がすぐにその銃を吹き飛ばした。

 手に当てずに銃を当てるとは。相変わらず凄まじい精度だ。

 ワゴン車に乗り込み走り出す。

 後続車は次々とタイヤが撃ち抜かれ走行不能になる。

 運転席のスマホ立てに置いたスマホの画面が勝手に切り替わる。結愛が捜査しているのか。表示されたのは地図だ。マークされている地点で結愛を拾えば良いわけだな。


「兄さん、そこを右。次のT字路を左」

「よし」


 結愛の提示した最短ルートとは違うが、進む先を見れば、音葉ちゃんの狙いがわかる。

 結愛が撃ち漏らした追跡車両が一台ずつ減っていく。

 音葉ちゃんは、結愛が射線を通せる道を選んでいる。

 追跡車両は無し。結愛をスムーズに拾う。


「いやー。大変でしたけど。何とかなりましたね。お相手、怒り狂ってますよ」

「だろうな」


 結愛がカーナビのモニターに表示したカメラの映像。そこには室長が映っていた。

 室長に殴り掛かっているのは、今回の黒幕か。

 屈強な如何にも荒くれという感じの男も二人、部屋に入ってくる。

 室長の唇が吊り上がり次の瞬間、荒くれ二人は鳩尾を抑えて崩れ落ちた。


『始めなさい。作戦、最終フェイズ』


 唇の動きから、そう言っていると判断。


「今、今回の依頼主の所有するビルの制圧作戦が各地で決行されています。先ほど手に入れた裏帳簿と、今回の明らかに法に触れる朝倉家に対する攻撃。そして先輩が撃破した拳銃を装備した部隊の映像。これらの証拠に基づき、警察も出動します。我々の勝利です。完璧なカウンターが決まりました」


『九重君。お疲れ様。結愛とは合流したかな』

「あぁ」


 スマホの画面が勝手に通話モードに切り替わった。


『結構。今回の任務は終了だ。君たちはそのまま、朝倉邸まで朝倉志保を護送。帰還の許可を与える』

「了解」

『では、通信終了』

 



 「先輩、運転変わりましょうか?」

「大丈夫だ」


 途中のサービスエリア。少しだけ休憩する。

 もう外はすっかり暗い。警戒しながら来たが、怪しい影は無い。結愛にも確認した。

 自販機がずらりと並んだ休憩スペース。六人それぞれ好きな飲み物を買って座る。


「やっぱり、結愛は味方でいて欲しいわ」

「先輩はやっぱり味方が良いです」


 同時に、そんなことを言った。


「ククッ」

「ふっ」


 どちらからともなく、俺は缶コーヒーを、結愛は紅茶の缶をぶつけ合った。


「史郎、妬いちゃうぞー」

「志保、サンキューな。最後」

「やはは。私も少しは役に立ちたかったんだよ」


 志保が時間を稼いでくれなかったら、結愛の超遠回しなメッセージに気づけなかった。


「わかりづらいんだよ。結愛」

「気づいてくれたじゃないですか。逃げ道を用意し続けたところに、私のサポートが無いと突破できない状況を用意した。つまり、私はもう味方です。ということです」

「うーん。意地悪過ぎない?」

「奏さんまでそう言いますか……むー。良いじゃないですか。ちゃんと伝わったのですから」


 笑い声が木霊した。クイっと残っていたコーヒーを呷る。

 油断をするにはまだ早いが、それでも、頑張ったなと思える。

 



 「おせち食べよ。おせち、おせち」


 志保がそう言いながら玄関の扉を開ける。

 俺達は無事に朝倉家の屋敷にたどり着いた。

 扉を開けてすぐ、動物園の熊のように、グルグルと玄関ホールを歩き回る社長さんと、淡々と、しかし、心配の色を隠しきれていない渋谷さんがいた。


「ただいまー」


 志保が呑気のそんなことを言いながら入ると、社長さんが娘の肩を掴んで無事を確認して安堵の息を漏らした。


「ありがとう。九重君。萩野さん。久遠さん達も。娘を……」

「仕事ですから」

「仕事ですからね」

「それに、友達ですし」 


 奏が小さく笑う。

 ちらりと俺、そして、志保に視線を移して、また、幽かに笑う。


「志保にも助けられましたし」

「本当に、ありがとう」


 社長さんはそう言って深々と頭を下げ、そして急ぎ足で階段を上がって行った。

 まだ忙しいのだろう。各所への対応とか。


「……お前が起こしたサイバーテロ的なあれ、どこが責任取るんだ」

「適当に責任は全部押し付けると言っていましたよ」

「えー」

「あそこまでしなきゃ普通に逃げられていたと考えると」

「いや、そこまで遠くに逃げるつもりなかったし」

「むー。むーむーむー」


 結愛がぶんぶん腕を振り回して本気の抗議の意思を示した。


「もーもーもー。何なんですかー。そんなに私が敵対したのが嫌でしたかー。好きなんですかー浮気ですかー」

「悪い。悪かった悪かった。言い過ぎた」

「浮気?」


 志保が俺の横できょとんと首を傾げる。

 奏が口元を抑えて肩を震わせている。

 というか、奏、気づいているのか。この反応。


「まぁ良いですよ。完璧な装備で本気の本気で、私が一度挑んでみたかった人に挑めたので」


 結愛はそう言って、腰にギュッと抱き着いて、ニッと笑った。




 夜。正月料理を戴いて、俺は志保の部屋に呼ばれた。奏と一緒に。

 花音ちゃん達は渋谷さんが送ってくれるという。

 結愛は書類仕事をしてくると。一緒に行こうとしたが、仕事を言い訳に逃げるなと。


「先輩。私に対物ライフル向けられるのと、どっちが怖いですか?」

「そりゃ、結愛だけど」

「なら、何も怖くないですよ。先輩の相棒は最強です。私の相棒も最強ですから。一人で街を駆け回り、襲い来る武装部隊を潰して回った先輩が、今更何を怖がるのですか?」

「……そうだな」

「志保さんの彼氏なら、もっと堂々としてください」


 ドンと背中を叩いて結愛は歩いていく。

 そうだな。

 彼女に恥ずかしくない男でなければ。

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