第121話 最強の運用。
「信号トラブルだと? こんな時に」
「うん。周辺の駅、全部止まってるって」
奏がスマホから顔を上げる。
その目は語っている。誰がこれを起こしたのかと。
「マズいな」
やはり、車か。信号の操作も、道の選び方では最小限の影響で抑えられる。
くっ、襲撃されないかなと望むことになるとは。
結愛や組織の戦闘員が現場に出ていないのなら、それなりにまだ余裕がある。
「おっ、来たな」
車が二台停まり、扉が一斉に開き、中から黒服の男たちが下りてくる。
さて、俺は闇討ちを中心に動く方が強い。
例えば今のように正面戦闘をするのは、本来俺の仕事ではない。
「花音、行ったぞ」
「よっしゃ!」
この程度なら、花音でも倒せる。花音の実力は、訓練を付けた俺が知っている。
十人程度なら、あっという間に地面を舐めることになる。
花音は正面戦闘向きだな。訓練すれば俺よりもこなせるようになるだろう。実戦強襲室が目を付けそうだ。
さて、警察が駆けつける前に逃げよう。
「あの車だ、乗り込め」
五人で駆け込む。俺が運転席、音葉ちゃんが助手席。花音、奏、志保が後ろ。
「そのまま駅前ルートを抜けて。交差点手前で左折」
「よしっ」
さて、結愛の最強の運用方法だが。
パシュッ。という音ともに車が少し傾く。
「えっ」
パンク、した。
だが、まだ車はある。そう思ったが、目の前で残っていたもう一台のボンネットが撃ち抜かれる。
悲鳴が上がる。目の前で車が突然、派手な音を立てて凹んでガソリンを噴き出したんだ。誰だって驚く。
「……対物ライフル」
だが、どこから。
増援が来た。二台。続々と降りてくる。
「……走るぞ」
「うん」
車を出て人混みに紛れる。
どこから。どこから撃って来ているんだ。
双眼鏡で近くのビルを見回す。
「どこだ……あそこか」
ここから二キロ。ビルの屋上に見つけた。
二千メートル級の狙撃。そんなことがホイホイできる奴なんて、俺の周りにいる奴で、一人しかいない。
「結愛……。そうか、最強の運用方法を」
ミストルテインまで出したのか。
ミストルテインを構えて、デウス・エクス・マキナで対象の周辺をハッキング、コントロールしながら狙撃する。
結愛の最強フォーム。
例えば逃走中の犯人を追いかける時、結愛が信号や監視カメラ、場合によっては犯人のスマホをハッキングして位置情報を掴んだり、盗聴したり。車やバスに乗ればそれを狙撃して足止め。なんてことが可能だ。
弱点なんて、狙撃不可能位置に入られたら、殆ど手出しできないということだ。
「強すぎんだろ」
室長もリミッターかけるわけだぜ。
結愛が俺と組んでいる時が一番強いと本人は言うが、俺が見るにそれは二番目。
最強は、今の結愛だ。
どうする。どうするどうするどうする。
結愛は恐らく、俺達を直接撃って来ない。だが。
「あのバス」
そう言った瞬間、バスが出発する。
そうか、満員。電車が止まったから、バスに人が流れたんだ。
そして、取り囲まれる。
総勢、三十。全員、スーツにサングラス。不気味な光景だ。テレビや漫画でしか、こんなの見たことないぞ。
守りながら戦うのは、困難だ。
「あと、少し」
あの依頼主、ずっと私の画面を監視しているんだもん。油断も隙もあったものじゃない。
でも、今、この状況。ようやく外に出れた。先輩が、皆さんが、こちらの手札を全て打ち払ってくれたから、私が現場に出るという提案が通ったのだ。
恐らく、依頼主もそろそろ詰められると踏んだのだろう。
対象を追い詰めるまでの短時間で、ながら作業で、裏帳簿を見つけられてファイルを盗まれて送信されるとは思っていない。だから、私の渋々ながら認めようと考えられた。一応の監視付きだが。
対物ライフル、ミストルテインと私が呼んでいる、私専用にカスタムされたそれを構える。その後ろから、ずっと監視している黒服。
でも、さっきの部屋よりはやりやすい。あっちの部屋なら、妙な動きをすれば、室長も私もどうなるかわかったものじゃない。でも今なら、どうにか。最悪一人なら黙らせられる。
デウス・エクス・マキナを少しずらし、黒服の角度から見えづらい位置にする。
もう、引き延ばすのは限界だ。私が本気で仕事をしている設定だから、私が打てる最高の手の一戸手前くらいの手は打ち続けなければならない。
そろそろ日が落ちる。ちらりと外を見上げれば、夜空と夕焼けが同居していた。
かれこれ半日戦っている。先輩達の体力もそろそろ限界だ。だから、決めるならここだ。
イヤホンに、作業がすべて完了した通知音が聞こえた。
キーボードに素早く指を滑らせる。
ファイルの送信なんて、一瞬で終わる。
「よし」
ここまで来れば、もうゲームエンドまでまっしぐらだ。
さぁ、チェックメイトですよ。先輩、気づいてください。
「目立つんじゃないか?」
俺の問いかけに、黒服は唇の端を吊り上げて答える。
「社長が映画の撮影として、既に話を通しております」
「チッ」
「朝倉志保を渡してもらおう」
完全に追い詰められた。
ここまでの展開を、予想していたと言うのなら、結愛、やっぱりすげぇよ。
そして、俺は知っている。結愛はまだ本気を出していない。
俺達のスマホに強制的に盗聴アプリでもインストールさせたりとか、発信機として位置を掴み続けたりとか、していないみたいだしな。
この情報化社会において、やっぱり結愛を敵に回すのは厄介だ。
スッと志保が俺の前に出る。
「史郎。少し時間を稼ぐから、どうにかして」
小声で、そう耳打ちされる。
志保が前に出て、グッと胸を張る。
「たかが高校生に寄ってたかって、恥ずかしくないのかしら?」
普段より少し低い志保の声がやけに響いて聞こえた。
「これが仕事なのでね」
黒服は平然と、そう答える。
「クスッ。仕事、ということはプロなのね。それでこのざま。駅前を貸し切りのような状態にして、十五歳の女の子におんぶにだっこでようやく」
志保の声に、これでもかと、侮蔑の感情が込められる。
「馬鹿にしているのか? 我々は無傷で届けろとは言われていない」
「あら怖い。何て言うと思う? これしか用意できなかったのね。この程度の人数で捕まえられるのかしら? あなた達なんかより、私の友達の方が凄いわ。ふふっ、あはは、あははは」
この場が、響き渡る志保の声に包まれる。
志保の見下す視線を、実際に向けられたわけじゃないのに、黒服の男たちはそれを感じている。その怒りを感じる。
地面を擦る靴の音、歯ぎしり、拳を握り過ぎて爪が食い込んでいる奴もいる。
一瞬で場を支配して、囲んでいる人たちの感情に、乱れを起こさせた。
「状況が見えていないようだな、お嬢様。世間知らずも程々にしていただきたい」
怒りに震える声で、この部隊の代表らしき男はそう言った。
「やはは。だってよ? 史郎」
「ふっ。結愛、決めろ」
『了解です。先輩』
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