第118話 寝返り。

 午前十時。ホテルをチェックアウトして神社を目指す。ここからはわりと本気の護衛だ。

 組織からも増援が送られてくる手筈になっている。

 正月の人混み。何が起きるかわかったものじゃない。

 親戚一同に挨拶を済ませ、車で神社まで。結構大きい、有名な神社だ。

 近くにあった専用駐車場には警備員が立ち。ちらりと見れば満車なのはすぐにわかる。

 鳥居の方に目を向ければ、続々人が入って行き、それと同じだけ出て行く姿が見られる。


「やっぱり混んでますね」

「あぁ、大丈夫だよ、馴染みの神社だから」


 志保は平然とそう言った。車は賑わいから逸れて、比較的静かな方に行く。

 首を傾げていると、車は神社の裏手の、関係者用の駐車場に停まる、

 社長さんが下りて、関係者らしき人に挨拶している。


「なるほどな」


 馴染みなのは本当のようで、話し込んでいる。


「先代からの馴染みなんだって」

「へぇ」


 それから俺達が呼ばれ、軽く挨拶して、案内される。

 物凄くスムーズに参拝まで行けてしまった。

 二礼二拍、一礼。

 感謝することも、願うこともない。神がいるなんて、思ったことは無い。

 隣に立つ志保にならって、手を合わせているだけ。

 初詣なんて、奏に連れ出されて来ていたくらい。今年は、仕事でか。

 でも、こんな大勢で来ることになるなんて。

 社長さんとか、奥さんとか、俺達が変に緊張しないように、志保に任せてあまり話しかけないでいてくれる。正直、ありがたい。


「史郎、もう良いの?」

「あぁ」

「じゃあ、おみくじ引こうか。お父さん達、神主さんと話してくるって。好きにしていて良いって。実際、かなり話し込むから、しばらく暇だよ」

「あぁ。了解した」


 社務所も混んでいた。しばらく待つ。


「志保は大吉を引きそうだ」

「やはは。大吉を引きそうな女だって?」

「私はどうかな?」

「奏ちゃんは、凶なのに凄く良いこと書いてありそう」

「なに、その反応に困るおみくじ。というか、おみくじって凶本当に入ってるのかな」

「二十%から三十%って噂を聞いたことあるよ」

「わりと高いですね」


 そんなことを言いながら、結愛はぼんやりと空を眺めている。

 何となく、それに倣ってみる。雪や雨の気配は無い。快晴と言っても差し支えない天気だ。


「絶好のスナイプ日和です」

「こえーこと言うな」

「先輩、ほら、順番ですよ」

「あ、あぁ」


 恋みくじとかあったけど、普通のを選んだ。

 別に信じていない。運任せにするような状況に持っていくつもりは無いから。


「吉か」

「私大吉」

「やっぱりな。奏は?」

「小吉。反応に困る」 

「吉と小吉だと、小吉の方が上らしいですよ」


 そう言いながら結愛が少し遅れて戻ってくる。


「私は中吉でした。コメントに困る結果ばかりですね。お土産は買うのですか? そういえば」

「あっ、そうだね。買わないと」

「少々お待ちを……この辺りが良さそうですね」


 結愛が地図アプリを起動していた。


「りょーかい。ここから歩いて行けそうだね。お父さんに連絡しておく」

「あぁ」


 場所が決まれば後はすぐだ。

 俺達はそこに向かった。




 「奏姉さん。お父さん達に、あれ、良さそう」

「あー。良いかも」

「奏さん。クラスメイトに買う予定はありますか?」

「あー。ある。買おう」

「なら、私たちはあまり買う相手いないので、そこら辺ぶらついています。済んだら連絡ください、荷物持ちしますので」

「ふふっ。ありがとう。じゃあ、ちょっと見てくるね」


 一緒に行けば良いのに。と一瞬思ったが、結愛の言う通りだ。

 この人混み、あまり大勢で店に押しかけるのは、よろしくないか。


「さて、私たちはそうですね……あそこから見てみますか」

「あぁ」


 結愛が指さしたのは、通りから少し外れたお店だ。 

 建物だけを期間限定で貸して、ちょっとしたお店を開ける施設みたいだ。

 遠方でしか手に入らないものを店の方から出張してくる。って感じか。

 今は木製のキーホルダーとかを売っているようだ。

 珍しく、結愛が仕切っているな。

 旅行、楽しんでいるのか。


「先輩? 早く行きますよ」

「あぁ。悪い。すぐ行く」


 土産か。ひょいひょいと人をかわしながら歩く。

 誰に買おう。……霧島とか?

 いやいや。まぁ良いや。俺は荷物持ちだ。

 三が日の通りは、賑わっていた。観光地だし、人混みは苦手だが仕方無いか。

 



 店を出て、俺はすぐに違和感に気づいた。


「なんだ、これ」


 店の前が閑散としている。通りから少し外れている店とはいえ、こっちもそれなりに混んでいた筈。


「結愛、警戒しろ」

「了解」


 結愛は胸元のホルスターの銃に手をかける。

 人払い? この休日の通りで? しかもただの休日ではない。元日の神社の目の前の通りだ。

 ガラガラ、背を預けていた店の扉が開く。咄嗟に飛びのいた。


「くっ」


 後ろから出てきたのは、如何にもという風貌の男。

 そして、建物と建物の間の抜け道からも。俺達を囲むように出てくる黒服、サングラス。体格に差異があっても、共通している服装。


「朝倉志保だな。一緒に来てもらおうか」


 志保は答えない、毅然と、男たちを見据える。


「朝倉家と奏達の安否を確認しろ。俺が相手をする」


 結愛にそう指示を飛ばし、返事を確認せず、一人目に飛び掛かる。四対一。だが、志保がいる。なるべく速攻で決めたい。

 最低限の回避動作の準備だけする。守りはあまり考えない。

 足払いで崩れた体勢、顎を蹴り上げ一人目。もっと速く。

 二人目、大振りの攻撃のフェイント、すかさず距離を詰めてきたところを鳩尾、軽い一発。この程度で攻撃を中断しないのはわかっている。

 突き出された右腕を掴んで三人目に向けて投げ技でぶつける。後ろに回って来た四人目、しゃがんで避けてそのまま膝カックンの要領で体制を崩し、立ち上がる。


「何者だ、お前ら」


 鳩尾を踏みつける。


「……チッ。気絶しやがった」


 思ったより弱い。まぁ良い。別に返答を期待していたわけじゃないんだ。


「結愛、こいつのスマホ……くっ」


 振り返らなくてもわかる。

 銃を、突きつけられた。頭に。

 ……この俺が? いや、ちゃんと俺は周囲を警戒しながら戦っていた。他に敵は、すぐに参戦してこれる奴は、いないはずだ。


「結愛ちゃん!」

「動かないでください」


 状況が、飲み込めない。

 今、『動かないでください』と言ったのは結愛の声。

 志保に、危ないから動くなという意味か? いや、そんな余裕があるなら、俺はこんな状況になっていない。結愛が一発撃って、後ろの奴は終わりだ。

 いやわかっている。俺の後ろで、俺を追い詰めた奴の正体は。


「手をあげて、そのままゆっくりと膝を突いて、伏せてください」

「……悪ふざけでもやり過ぎじゃないか? 結愛」

「残念ですが。先輩。今は敵です。萩野結愛は、あなたの、敵です」

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