クリスマス特別編 ver 結愛√after

 「はぁ」

「ため息とは、らしくないな、結愛」


 二年生になった冬。いつも通り、俺は結愛と夜中、過ごしている。

 今日は結愛の部屋。場所は浴室。湯船の中で、俺に背中を預けて、憂鬱そうにため息を吐いたのだ。


「先輩、私たち、恋人じゃないですか」

「そうだな」

「クリスマスって、どうしてか日本では恋人のイベントじゃないですか」

「らしいな」


 実際、クリスマスの夜は志保と過ごした思い出がある。


「でも私たち仕事じゃないですか」

「そうだな」


 そこまで言って、結愛はまたため息を一つ。

 そう、去年と同じように、クリスマスパーティーを警備する。

 頭が、しっとりと濡れた髪が、胸元に強く押し付けられる。抗議するかのようにぐりぐりと。


「知っていますか? クリスマスって二十四日の日没から二十五日の日没までって」

「あぁ」


 暦が違うからとかなんとか。


「先輩、私、恋人のイベントとやらをしてみたいです」


 どうしてものか。

 ネガティブな返答を飲み込んで、考えてみる。

 流石に、デートしたいから休みたいですとは言えない。

 しかしながら、結愛の我がままを無下にはしたくない。


「なんて、先輩を困らせるだけですね。黙ります。飲み込みます。仕事します」

「何を一人で勝手に結論出して諦めているんだ。相棒」

「えっ?」

「俺だって、結愛とイチャつきたい」


 そっと結愛の身体を抱きしめた。

 小さく、細い身体を、遮る布一枚も無しに堪能する。


「どうにかするさ」

「……首元に顔を埋めながら言われると、なんかこう、あれですね。はい」


 仕方ないじゃん。良い匂いするんだもん。




 「と、大口を叩いたのは良いのだが」


 スマホをスクロールしながら考える。

 朝の学校。騒がしい教室の中でぼんやりと考える。教室の隅、窓際の一番後ろだ。何かを誰にも邪魔されずに考えるのに丁度良い。


「うぅむ」


 さて、志保に不誠実なことはしたくない。仕事は全うしたい。


「……ふむ」

「史郎、悩んでるね? ん? イルミネーション。あぁ、デートの予定か。いつ?」

「決めてない」

「やはは」


 二年生になってから、志保はひと月に一度は休日一日使ってデートに行くべしとして。デートの日はわざわざ護衛の心配をさせないために、本宅に帰るのだ。

 放課後デートもなるべくするべし。高校生カップルならと、週一で迎えを呼んで帰っている。

 本宅は駅からも高校からも遠い。かと言って、車登校して目立ちたくない。

 そもそも志保の家のことは秘密だ。カモフラージュの意味も込めて今の家に住む方が望ましい。

 だから志保は今も普段はあの家に住んでいるのだが。なるべく俺達が恋人らしく過ごせるようにしてくれている。

 これ以上、何を要求できると言うのか。


「ふぅむ。なるほどなるほど。結愛ちゃんとクリスマスデートをしたいけど。うちのパーティーの警備があって、パーティーが終わってから急いでも、イルミネーションの消灯時間だ。ってところかな」


 小声で。耳元でコソコソと囁かれた言葉。背筋がピンと伸びてしまう。


「な、なぜわかる」


 パーティーは九時まで。近くのイルミネーションは十時で消灯。

 仕事以外で俺も結愛も車の運転は出来ない。朝倉邸から走ってデートしに行ったとしても、店は閉まってるし、イルミネーションは消えている。

 虚しさが残りそうだ。

 というか、思わず正直に答えてしまった。

 志保、相変わらず、誰かに何かを吐かせることが上手い。


「んー。そうだなぁ」


 志保は頬に指当て何か考えている。


「別に気にしなくて良い」


 慌ててそう言うが、そう言われて気にするのをやめる奴なんて、そうはいないだろう。失敗したなぁ。


「よし、わかった」

「何がわかったのさ」

「私に、まっかせなさーい」


 志保はそう言ってスマホを取り出してどこかに行ってしまう。


「志保さん、どうしたの?」

「さ、さぁ」


 奏が目の前に座る。

 ちらりと結愛を見て、もう一度、志保が行った方向を見て。


「うん。なるほど」

「今、何がわかったんだ」

「ちょっと志保さんのところ行ってくるね」


 一限目までもう時間は無いが、奏は行ってしまう。

 結愛。俺達、大事にされてるな。




 そんなこんなで当日。

 午前中は、奏が生徒会長として駅前の広場で、イベントボランティアを生徒会でしていたから、その手伝いに行った。奏がどうしても来て欲しいと。

 カップルやら家族連れやらに、ツリーの飾りを渡して、飾ってもらうというものだ。俺は高いところに飾りたいという人たちの代わりに、梯子でひょいひょい登って吊るす仕事だった。


「おつかれさま。史郎君。大丈夫、早起きした甲斐はきっとあるから」

「そうかい」


 別に良いのだが。結局、志保も奏も、俺達に何も言ってこなかった。

 なんとなく、広場を見渡す。

 夜になれば、ツリーの綺麗な光が、ここを照らすのだろう。

 そして夜。どこかテンションが低い結愛と。果たして何を仕掛けてくるのかと少しだけ構えている俺は警備に臨んだ。

 昨年、侵入されたということで、今年もしっかりと警戒をする。


「結愛、カメラの方は?」

「特に異常はありませんねー。ふわぁ」

「欠伸したな。今」

「退屈ですねぇ」


 驚いたのは、志保が奏とその妹達を招待したことだ。

 コートの襟を引き寄せて上げる。少し寒いな。

 一応、結愛とは終わったら走ってイルミネーションを少しでも見ようと話している。駅前の通り。あそこなら少しは見られるはずだ。大きなクリスマスツリーもある。結愛を背負って全力で走れば、少しくらい、恋人のクリスマスを、味わえるはずだ。

 志保と奏が何をしようとしているのかわからないが、とりあえず。俺一人でできることなんて、そこまでだった。

 時計をちらりと見る。

 あと、三十分か。イルミネーション消灯まで、あと、九十分か。


「はぁ」

『先輩までため息ですか? 大丈夫ですよ。そうですね……今日は先輩の家でゆっくりしましょう』

「そうだな」

『ん? 先輩、怪しい人がいます』

「怪しい?」

『持っているのはスプレー缶でしょうか。丁度、先輩のいるところの壁の向こうですよ。あっ、スプレー缶を壁に向けました』


 俺は即座に壁を乗り越えた。


「何をしている」

「あぁ? 金持ちのボンボンか? カッコいいでちゅねー」


 ふむ……ただのチンピラか。大したことは無さそうだ。


「ここで立ち去れば、見なかったことにしてやるぞ」


 とりあえず警告する。立ち去ってくれ。お願いだから。


「今日はクリスマスだし、俺達にお小遣いくれよー。こんな立派な家に住んでるんだしよっと」


 ……囲む選択肢は良いが、判断が遅いな。

 面倒なことになったな。予定通りとはいかなそうだ。

 向かってくる拳を眺めながら、そんなことを考えていた。考えていられる余裕があった。





 チンピラを捕らえ、警察に引き渡した。現行犯で監視カメラに映っていたのもあり、聴取自体はすぐに終わったが、それでも予定より時間は大分押している。

 現在九時半だ。


「えっ、先輩が、私を。背負ってですか?」

「そっちの方が速い」


 結愛は軽い。

 駅までの道。全力で走っても、間に合わない。三十分くらいだ。それでも。


「先輩、大丈夫ですか」

「問題無い」


 信号待ちがもどかしい。

 俺はこういう時、全力で走れるため。後悔しないために、鍛えてきたんだ。

 間に合え、間に合え。

 少しでも。結愛と、思い出を!



 着いた。予定より、三分早い。

 店は閉まっている。そんなことは、予想していた。

 人もいるにはいるが、少ない。


「はぁ、はぁ」

「その、先輩。ありがとう。ございます」

「気に、するな」


 流石に、キツイな。全力疾走を維持するのも。


「走った甲斐が、あったぜ。ツリーの方に、行こうか」

「はい」


 青や白の光のゾーン。黄金色の光のゾーン。この中に一つだけピンク色の光があるらしいけど。それを探す時間は無いだろう。

 冬の空、星は見えない。街に明かりが灯っているから。

 ゆっくり歩いた。着く頃には消えている。そんなことはわかっている。

 暗闇に閉じた店の前を、今はまだ明るい道を歩く。

 例え、もうすぐ消えるとしても、それでも。雰囲気に浸ることを選んだ。

 イルミネーションが消えていく。


「これはこれで、良いな」

「ですね。先輩に走ってもらった甲斐がありました」


 そんなことを話しながら、俺達は駅前の広場。ツリーのある所にたどり着いた。


「……えっ」


 ちらりと時計を確認する。

 もう、消灯時間の筈。

 色とりどりの電灯に彩られたツリーが、まだ明るく光ったまま、出迎えた。

 見上げるほどの高さだ。午前中のイベント、ツリーの飾りつけのイベントで吊るされたクーゲルも相まって、クリスマスらしさを感じる。


「きれい、ですね」

「そうだな」


 なんで点いているかはわからないけど。 

 でも。本当に、きれいだ。

 ちらりと結愛はあたりを見回して、一つ頷いた。


「先輩、ちょっとだけ屈んでください」

「お、おう」


 そっと、触れるだけの優しいキスをした。


「今は、これだけで」

「……ん?」


 広間の隅、電灯の陰に隠れるように、人影が二つあった。


「や、やはは。見つかっちゃった」

「この二人の前で隠れるのは無理があったよ」

「二人も乗せていこうと思ったんだけどなぁ。そうしたら、もう少し、通りの方のも堪能できたのに」

「そ、それは良いんだが、どうして」

「お願いしたの。ツリーだけ少し伸ばして欲しいって。十分だけだけど」

「あ、あぁ」


 志保はそう言って笑った。


「ありがとう、ございます」

「二人とも、はい、これ」


 奏が差し出して来たのは、クーゲルだ。


「一個だけ、貰って来た。」

「サンキュー」


 一つのクーゲル。

 結愛に渡す。


「付けよう」

「は、はい」

「どこが良い?」

「えーっと。そこで」


 控えめに、下の方指差す。


「よし」


 背中をそっと押すが、小さな手が、袖を掴んだ。


「ふ、二人で、付けましょう」

「はいよ」


 ぶら下がった飾りを眺める結愛の口元には、小さな笑みが浮かんでいた。

 


 「ありがとな」

「私には、将来的な働きで返してよ」

「あぁ。任せろ。奏も、ありがとな」

「私は、パーティーに、招待して貰ったから。妹たちも。午前中も、手伝ってもらったし」


 ツリーの電灯が消える。

 優しい暗闇に包まれた広場。

 結愛は、静かにツリーを見上げていた。


「しかし、よくできたな」

「簡単なことだよ。史郎。最初は通り全部十分伸ばして欲しいって交渉して。流石に断るでしょ。でも私は、最初からこの広場だけを狙ってたから」


 最初は無茶な要求から、その後に本命か。


「そんでもって、奏ちゃんが、生徒会としてイベントを提案、当日スタッフもボランティアとして受け持つって条件も付けたんだ」

「あのイベントって、そういうことだったのか」

「うん。元々職員が飾る予定だったものが、あったから。イベント仕立てにするって思いついたんだ」

「流石、奏ちゃんだね。さてさて、私たちはお暇させてもらいますかね。奏ちゃん、送ってくよ」

「ありがとう」


 歩いていく二人を見送る。振り返ると、結愛は、まだツリーを見ていた。


「きれい、でした。いえ、今も、きれい、です」

「そうだね」

「帰りましょう」

「あぁ」

「帰ったら、いっぱい甘えます」

「あぁ、遠慮しなくて良いぞ」

 

 クリスマスは夜がメインだ。

 俺達はそのメインを楽しむために、家路を急いだ。 

 



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