第114話 好きな女一人守れないで、何が男だ。
「襲撃に来たのは、一人、ですか」
「はい」
パーティーが終わり。結果として、志保のおかげで俺が怪しまれることは無かった。
そして、食堂にて、残ったパーティー料理を囲みながらの報告会。
襲撃してきた男は渋谷さんが撤退に追い込んだと。
しかし、敵の情報はカメラには一切写っていないと。
「……敵側に、朝倉邸のセキュリティが漏れている」
俺や結愛のように、場数を踏んでいる連中。あるいは結愛並にハッキング技術がある奴がいる。
そして、渋谷さんと、立ち回りを制限されながらも互角に戦える体術。
ナイフの使い手らしい。
「厄介だな。しばらく、俺と結愛で警備についた方が良いか。室長にも連絡を頼む」
「……今、通話を繋ぎました」
『やぁ、お疲れ。結愛からメールを貰っているから、状況は把握している。そうだね、警備か……君たちがついてくれるなら、柿本を今回の襲撃者の捜査に回せるな。よし、九重、萩野両名、朝倉邸に常駐し、警戒に当たれ』
「了解」
「了解」
『社長にはこちらから話を通しておこう。人が必要になったら連絡をくれ。あまり回せないが、手は尽くそう……班目の謹慎、いい加減解いてしまおうか』
なんてぼやきながら通話終了。
「正月旅行の中止は……」
「しないよ。しない。……ごめんね。二人とも、迷惑かけて。でも、これで中止にしたら、私たちは、負けになる」
「……何と争っているんだよ」
「今日来たって人と、その後ろにいると思われる仲間たち。お前達なんか怖くない。いつも通り、例年通りに過ごすことで、私たちはそれを示せる。朝倉家は、強い家じゃないと、駄目なんだ」
その言葉は、自分自身にも言い聞かせているようにも聞こえた。
「私は、恐れない。……もし、付き合いきれないと思うなら、それで良い。自分勝手なのは、わかっているから」
「いや、志保がそう言うなら、俺達は俺達の仕事をするだけだが」
「……ありがとう。やはは、かっこつけて言っておいてあれだけど、決めるのは、父さんだから。やはは」
誤魔化すように、志保は笑って、グラスの中のオレンジジューを流し込んだ。
「それじゃあ、二人が泊まる部屋、客間の準備は出来ていると思うから。案内してもらってね」
「あぁ。サンキュ」
泊まりの準備なんて全くしていないが……客間、ね。ホテルの一室と言われても頷けそうな部屋だった。
「さてと」
装備の点検、警棒、投げナイフ、メリケンサック。スタングレネード。まきびし、サバイバルナイフ。スタンガン、ロープ、それにつけるためのフック。ピッキングセット一式。その他諸々。
「よし。じゃあ、早速だな」
正にさっき襲撃失敗したばかりで、来るとは思えない。が、その油断を逆に突いてくる可能性もある。
「ふわぁ」
欠伸が零れる。気が抜けてるな。
屋敷の電気、全て消灯された。さて。ここからが本番だ。
まずは今日、一旦俺が集中だ。
「しーろうっ!」
「? 志保?」
庭を歩いていると上から声が振って来た。
「私の部屋、カモン」
と言われたので、志保の部屋へ。
「……普通に壁を登ってくるなんて誰が思う?」
なんて、呆れ顔をされる。
「来いと言ったのは志保だろ」
「結果じゃなくて手段に物申しているの」
「あぁ、はい」
勧められるままソファーに。
テーブルにはマグカップが二つ。紅茶が注がれた。
「何してたの?」
「警備。見回りだ」
警備システムがしっかりしていても、相手が把握しているなら、人の目が必要になる。
室長が、俺達に朝倉邸にいるように言ったのは、そういうことだろう。
「一人で?」
「今日はな。結愛は休ませたいし」
一口飲む。あぁ、落ち着く香りだ。結構、好きな香りだ。
「偉いね」
「そりゃどうも」
志保の目は窓の外。月明かりに照らされて、白く、薄い寝間着姿の志保は、美しい。
深窓の令嬢という言葉があまりにも似合った。
夏のパジャマだろ。今、冬だぞと言いたくなる格好だが、そんな言葉も、思わず息と一緒に飲み込んでしまう。
「? どうかした? 私が綺麗過ぎて、語彙力崩壊しちゃった?」
「よくわかってるじゃねぇか」
「ありゃ。まさか本当にそうだとは」
「なんだよ……くっ」
足を組みなおし、ひょいと前屈みに下から覗き込んできた。思わず目を逸らした。
胸元、見えそうというか、絶対に見える。視線戻したら、見えちまう。
「やはは。その反応可愛い」
「くっ」
「ねっ、史郎」
「う、うわ。どうした」
首元に絡みついてくる腕は、冷たく、すべすべだ。
そのまま密着してくる身体は、柔らかく、良い香りがした。温かだ。
「ありがと。その、我がまま、実現しようとしてくれて」
行動の大胆さに逆行するように、声は、弱々しかった。
「……どうしたんだよ。らしくねぇぞ」
自由で、気ままで、大らかで。
けれどどこか鋭い。俺が志保から感じている魅力ともいえる部分。
「やはは。不安になっちゃって。史郎にこの部屋来てもらったのも、そういう理由、なんだ」
「結愛呼べば良かっただろ。男の俺を呼びだすよりは、常識的だろ」
「見つけちゃったから。一人で頑張ってるの」
志保に、こんな弱々しい雰囲気は、似合わない。
「今日はここに泊まる。それで良いだろ。寝ろ」
逸らしっぱなしの目、志保の顔は見えない。けれど、目元はトロンで、今にも瞼が落ちてしまう。きっとそんな顔だ。
「一緒に寝る?」
「冗談はよせ」
眠いのだろう。よくわからないこと言いだしたな。
「別に、冗談でも無いよ。史郎のことは好きだし」
「深夜テンションは勘弁してくれ」
「……眠いのに任せたとしても、こんなこと、本気で思ってなきゃ、言わないよ」
凛とした声に、思わず正面を見てしまった。
「やっとこっち見た」
「し、志保」
優しい顔だった。
優しくて、泣きそうな顔だった。
「どう、したんだよ」
「史郎。ごめん。やっぱり、怖いよ」
俺は、素直に驚いた。
志保は、強い。志保の強いところしか、知らなかった。
こんな風に、子どものように、縋りついてくる志保を、俺は知らない。
「怖いよ。でも、強くないと、私は」
「……志保、大丈夫だ」
「怖いよ……史郎や、結愛ちゃんのこと、私、何かあったら。怪我でも……死んじゃったりしたら。怖いよ」
「大丈夫だ」
大丈夫。俺は、そう言えるように。
誰かを、安心させられるように。
ここで女の子一人安心させられないで、俺は、何をしてきたんだ。俺は、そんなボーっとした日々を、過ごしていないはずだ。
「何があっても。俺は大丈夫だ。結愛も大丈夫だ。だから、安心しろ。志保、お前一人くらい、片手間でも守り切れる」
「……本当?」
「あぁ。余裕だ」
志保の顔が、ほんのりと、小さな笑顔に彩られる。
「ありがとう。……やはは、私、人の上に、立てるかな。こんな、弱いのに」
「誰だって、怖いものくらい、あるさ」
それをちゃんと言えるのだって、強さだ。
「史郎や、結愛ちゃんへの責任。それを背負える自信が無いのに、簡単に、あんなこと言って。何が、朝倉家は強い家じゃなきゃ、いけない。だよ」
そっと頭を撫でる。細くて、滑らかな髪。
引っ掛かるところなんて無い。
「安心しろ。俺と結愛が来たことが、志保にとっての幸運だ。任せろ。俺達は、最高のコンビって言われてるんだぜ」
「……ありがとう。本当に」
後は、この言葉を、本当にするだけだ。
……好きな女一人守り切れないで、何が男だ。
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