志保√ それでも好きだから

第113話 パーティータイム。

 「良いんですかぁ? パーティーなんかで時間を潰しても」


 冷めた目で結愛は俺にそう問いかけた。

 クリスマス。俺と結愛は、志保の家のクリスマスパーティーの警備に就くことになった。

 それは良いのだが。警備か。あまり経験はない。


「そういえばお前、イベントごとってそこまで好きじゃなかったよな。特にクリスマスとかハロウィンとか」


「はい。なんでわざわざ、立派に育ったモミの木切り倒して飾り付けして、丸々太った七面鳥を丸焼きにして、靴下吊るして白いひげを蓄えた、潜入にまるで向いていない非合理的な恰好をした、不法侵入おじいちゃんに自分の欲しいものを強請るのか。さっぱりです」


 早口で一気にまくしたて、一息吐いて紅茶を飲む。


「直近の大きな任務は二つ。クリスマスパーティー。そして、朝倉家正月旅行です」

「……正月旅行?」

「はい。朝倉家の親戚一同が集まって、高級ホテルの最上階のパーティーホールを一つ貸切って、お食事会。それから初詣して解散です。あとは各々福袋に挑むなりなんなりって感じですよ」

「ふーん」


 何その疲れそうな日程。


「あぁ、そうそう。初日の出も見るのでした。ホテルの屋上の屋内プールで」

「何そのセレブ」


 ……セレブだったわ。


「中学時代の先輩、良いですねぇ。逆玉コースじゃないですか。知らなかったとはいえ」

「そーだな」

「うわっ、興味無さそうですね」

「実際、無い。合理的に考えて、魅力的ではあるが」


 寂しいじゃないか。人と人との繋がりが、金で保たれるなんて。金の切れ目が縁の切れ目なんて、そんなの、俺は嫌だ。


「それに、志保を好きになった気持ちは、紛れもない、本物だったから」


 だから、俺は涙を流せたんだ。


「素敵なことです。さて、そんな先輩には二つの選択肢があります」


 どんなふざけた二択が来るのかと身構えたが、すぐに結愛の雰囲気は変わった。

 真面目な話の始まりだ。

 結愛は指を二本立てて、一つ折る。


「まず一つ。完全に裏方に徹することです。志保さんは一応、先輩のことを知らないことになっています。なので、事が起きたら出向いて処理するスタイルです」

「常駐警備は警備員任せか」


「そうなります。もう一つは、志保さんから招待を戴き、志保さんと一緒の時間を過ごし、ついでに警備をするスタイルです。これなら先輩は自分の眼で会場を監視することが可能です。まぁ、その分、行動に制限が入りますが」


「そうだな。事が起きても人任せになる可能性の方が高い」

 だが、いざという時、真っ先に志保のために動ける。盾になれる。剣になれる。

 どうしたものか。


 ……重要なところを固めた方が良いだろう。

 明日、下見をすることにはなっているが、恐らく、警備自体は問題ない筈だ。


「俺もパーティー会場に着いた方が良いだろう。結愛が監視カメラで監視だな」

「そうですね。……そうですか。……警備員もいるので大ごとにはならないはずですし」


 結愛の目が静かに伏せられる。


「どうした?」

「いえ。……そろそろ良い時間ですね」

「あ、あぁ。そうだな。それじゃあ、帰るよ」

「はい。おやすみなさい」

 



 それから志保の家の下見をして。クリスマスパーティーの前日。俺達は四人でパーティーをした。


「なぜ。枕なのですか?」


 結愛は純粋に疑問なようで、きょとんと首を傾げた。


「あぁ。お前、ソファーで寝るの、やめた方が良いぞ」

「? なぜ知っているのです?」

「明らかにソファーで寝てますって部屋だったから」

「……ありがとうございます」


 なんて、やり取りもあった。

 そして、当日。

 何でも昨日、志保が室長と父さんに直接、俺の仕事のことを知っているという話をしたようで、話がスムーズに進んだ。打ち明けて説明するという部分が省けたのは大きい。


「九重様、よくお似合いでございます」

「ありがとうございます」


 きっちりとしたスーツ。こんなものを着る日が来るとは。

 軽い気持ちでパーティー会場にて護衛すると言ったのは良いが、動きづらいな、これ。

 しかしながら借りものだし、着心地自体は良い。


「本来でしたら、九重様に合わせたものを用意するところでしたが」

「急な話ですし。そこまでされるのは申し訳ないというか、用意して貰えただけありがたいと言いますか」

「寛大なお言葉、感謝いたします」


 圧倒的年上から恭しくされるのは、慣れない。

 堂々としていられる志保、スゲーや。


「史郎、どう? おー、似合ってる似合ってる」

「あぁ。サンキュ。さて、俺はどこで護衛するかね」

「ん? 私の隣にいてよ」

「へ?」

「あれ? 違うの?」

「九重様。恐らく、そちらの方が無難かと思われます」

「と、言うのは?」

「警備の存在をパーティー会場内まで持ち込むのは、あまり好ましくありません」


 ……確かに、そういうものか。

 あくまで、今回の趣旨を間違えてはいけない。


「わかりました。どういう役回りにしますか?」

「許嫁です」

「へ?」

「そうだね。それが無難なところだと思う」

「どこが無難なんだ」


 それともなんだ、俺が知っている許嫁の意味と違うのか?


「許嫁ってあれか、俺は志保の婚約者としてパーティーに出るのか?」

「お、流石史郎。理解が速い」

「……良いのか?」

「史郎が良ければ」

「俺は文句はない」

「なら何も問題は無いね」


 志保が朗らかに笑う。

 俺が好きな笑顔だ。


「さっ、行こうか。史郎。エスコートお願いね」

「はいよ。お姫様」


 右手を優しく握る。もう客は来ている。ボロを出さないように気をつけよう。幸い、志保との付き合いは長い、だからこなせるはずだ。




 結果として、俺は志保に助けられた。

 俺は自己紹介するだけで、志保が話題を支配して、俺に矛先が向かないようにしてくれたのだ。

 今も目の前で志保がニコニコと親戚のマダムとお喋りしている。

 この場において最も輝く存在に集まっていく。

 隣にいる婚約者を名乗る男、興味の対象になってもおかしくない男だが、それも志保の輝きの前では隠れてしまうのだ。


「お久しぶりです」

「あら、志保ちゃん。お久しぶり。綺麗になったわね」

「ありがとうございます」


 スカートの裾をつまみ、美しいお辞儀。

 俺は隣で静かに笑みを浮かべていれば良い。と言われた。


「おにーさん。おにーさん、志保さんの彼氏―?」


 ……まぁ、好奇心の塊とも言える子どもの興味までは集めきれないか。

 小さな女の子だ。キャンディーを加えている。

 しゃがんで目線を合わせて、優しい笑顔を心がけて笑ってみる。


「あぁ。そうだよ」

「へー。おにーさんカッコいいなぁ。志保お姉さん羨ましいなー。ねーおにーさん。わたしに……ヒッ。ご、ごめんなさーい」


 女の子が小走りで去って行く。

 ちらりと横を見上げると、志保がすまし顔で立っていた。


「……子ども怖がらせるなよ」

「やはは」


 俺がボロを出さないように、会話の機会を極力減らしてくれているのはありがたいが。子どもにあの圧はなぁ。

 さて、警備の方はどうなっているのか。

 ただの許嫁が無線を付けているのはおかしいから、外の情報は全く入って来ない。

 なんとなく目線が、窓の方に向いてしまう。


「史郎? 気になる?」

「あぁ」

「大丈夫だよ。私が言うのも変だけどさ」

「……そうだな」


 それでも、胸騒ぎがする。

 警備を指揮しているのは渋谷さん。バックアップに結愛だ。 

 配置としては、信用できる。結愛なら、万が一は無い。

 パーティー終わりまであと一時間。やけに長く感じられた。

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