第112話 意外とデートをしていなかった二人のデート。
二年生になる春休み初日。今日は、結愛とデートをする日だ。
休日の駅前。時計のモニュメントの下。定番の場所。しっかりとお洒落をして、結愛を待つ。
本来、俺達にそんな暇は無いのだが、雇い主が許さなかった。
「デート、行きなさい。二人とも」
昨日、終業式の帰り道にそう言われた。
一応、夜中、日替わりでお互いの家に通って、そのまま泊まったりしているのだが。
「いきなりそんな通い婚みたいな関係、早過ぎると思うの。よって、普通の高校生のように、デートしてきなさい」
まぁ、それもそうだと思う。
その通りだと思うので、こうして休日の駅前、俺は結愛を待っている。
「先輩、お待たせしました」
「集合時間五分前じゃないか」
「先輩は何分前から?」
「さっき来たところだ。五分前だよ」
そんなことを言いながら結愛を見る。
「あ、あの。どうかしましたか?」
「見惚れてた」
「へ?」
薄いピンク色のコートは前を開けて、白い長いセーターが見える。白いベレー帽。黒のタイツに黒のブーツ。
「可愛いな。お前」
「あ、ありがとうございます。昨日、志保さんと選んだ甲斐がありました」
びっくりした。正直。
顔が良い奴がお洒落をすると言うのは、こういうことなのか。
恐ろしい。心臓がドキドキしている。
「い、行くか」
「そうですね。……その、先輩も、カッコいいですよ」
「あ、あぁ。サンキュ」
さりげなく伸ばした手。結愛はすぐに意図を察知してくれて、握ってくれる。
結愛と手を繋いで歩くのは初めてじゃない。
それでも、どうしてだろう。特別なことをしている。そんな気がした。
「ところで先輩、どこに行きますか?」
「そうだなぁ。恋人ってどこに行くんだ?」
「それは先輩が聞いて良いことなのか、議論の余地がありますね。志保さんと一年もの間、何をしていらしたのですか?」
「志保とのデートの行き先、なぞって良いのか?」
「良いですよ。ここでうだうだ悩むより、きっと楽しいです」
「それもそうか」
そんなわけで、俺は、ここからほど近い遊戯施設に足を向けた。
「ここでビリヤードしてましたね。お屋敷の方にもありましたよ」
「なるほど、通りで」
「勝ったり負けたり、楽しいですよ」
「結愛に勝てるとは、スゲーな」
結愛の腕は、正直プロ級だと思っている。
「私だって、自分の行って欲しいところに飛ばすための弾道が、見えない時もありますよ」
私の見える景色は数式だらけ。
集中すると、数式が消えて、私が狙うべき場所、そこに至るための道が、キラキラと光って見えるようになる。
キューを構えて、手玉を突く。
カッコよく全部入れたいけど。綺麗に散らばるだけ。
ブレイクショットで百パーセント勝負を決められるようになったら、私は将来、プロを目指そうと思う。
「勝てん」
「私に有利な勝負ばかりだったじゃないですか」
「卓球くらいは勝ちたかった」
あれからダーツ、ボーリング。卓球、リズムゲー、ゾンビを倒すシューティングゲームのスコア(ノーコンティニューでラスボスまで倒した)をやったわけだが。全部負けた。
「大人しく、バッティングセンターでの勝負もしておけば良かったのですよ」
「それは……流石に俺に分があり過ぎる」
「まぁ良いです。勝ちは勝ちなので、昼食と夕食、後は、夜、先輩の家でいっぱい甘えさせてもらうとしましょう」
「へいへい」
二人で休日の街へと繰り出す。
結愛とこうして、色々小難しい事を考えることなく、街を歩ける日が来るなんて。
「先輩」
「うん?」
「……大好きです!」
「……お、おう」
「むっ、先輩も言ってくださいよ」
「あ、あぁ。不意打ちだったもんでな」
心臓がまだびっくりしている。
「……だーあー」
そこで俺は気づく。
道行く人が、微笑ましそうに、あるいは鬱陶しそうに見ていること。
手を引いて歩き出す。
年下のペースに巻き込まれること自体は別に何とも思わない。
ただ、まぁ。
言われっぱなしというのも、癪である。
「ハンバーガー。ですか? 私たちらしいですけど……」
「不満か? デートならお洒落なところに行きたいとか」
「いえ、先輩となら泥水でも啜りますけど。先輩ならもう少し頑張りそうだなと思ったので」
片頬を吊り上げ、笑いかける。
「ここはな、志保との食べ歩きで見つけた。お勧めだ」
お値段は結構なものだが。ハンバーガー一つにポテトとドリンクがついて千五百円。
俺はダブルチーズバーガー、そこにオニオンリングとチキンナゲットをつける。
結愛はアボカドとチーズのハンバーガーだ。
注文して少し待つ。
テーブルに座り、西部劇に出てきそうなバーを思わせる内装を楽しむ。
「お酒も売っているのですね」
「おう」
志保が、雰囲気を味わいたいとかで、こっそり注文しようとしていたのが懐かしい。
瓶に入った海外のビールがお洒落に見えてしまうのは、俺達の年代の子ども染みた完成なのだろうか。それとも。
名前だけ聞いたことのあるような、度数の高いお酒。蒸留酒? なのだろうか。そういうのもある。
そんな風にメニューを見て、気分だけダンディなカッコいい大人の気分になっていると、注文したものが届く。
「で、デカい」
予想通りの反応に口元が緩むのを感じる。
結愛の小さな顔では、顎でも外さないとかぶりつけないだろう。そんな大きさだ。
皿にハンバーガーとその周りにポテト。瓶のコーラとグラス。そしてチキンナゲットとオニオンリングの皿。
「さぁ、食べようか」
「見た目だけでお腹一杯ですね」
「まぁ、食ってみろよ」
そう言いながら、俺は思いっきりかぶりついた。
「うん。ビーフ」
「? 何ですか? 牛?」
「食えばわかる」
一つ頷いて。結愛も精一杯口を開いてかぶりついた。
咀嚼して、飲み込んで、口元を拭いて。
「……ビーフです」
「だろ」
肉。肉なのだ。
ジューシーなハンバーグ。香ばしいバンズ。チーズの塩気。これを重ねれば美味しいに決まっている。そこに、このボリューム感。これを口いっぱいに感じられるのだ。
「本当に、お肉を食べてる感じがします。……ステーキや焼き肉以外で、これ程までにお肉を食べていると実感したのは、初めてです。アボカドのフレッシュな食感、トマトベースのソース。その全てが、この、『ビーフ!』 という感想を引き出させてくれます」
言ってしまえば雑な料理だ。
ステーキのような高級感も、焼き肉のようなご馳走感も無い。
だが。このハンバーガーが教えてくれるのは、豪快さだ。全力で食べる喜びだ。
お腹いっぱいに食べるということを教えてくれる。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。美味かった。
「先輩、ナゲットとオニオンリングは?」
「おっと。食べるよ」
満腹感は凄いが。成長期の終わりを感じる。余裕で二個いけたんだけどなぁ。
「どうだ?」
「……志保さんとちゃんと楽しんでいたいのですね」
「まぁ」
正に、丁度この席。
口元に付いたソースを満足気に、どこか優雅に拭き取る志保の様子が、すぐに思い出される。
「まぁ良いです。これからの先輩を独占する。それが今の私の目指すところですから」
午後は、本屋を巡った。
「先輩、ライトノベルは読むのですか?」
「わりと」
「志保さんも読んでましたね。本棚にずらりと並んでいますよ」
「へぇ」
そういえば、俺、志保の部屋見たことないや。別に良いけど。
日が暮れて、俺の家の方に足を向ける頃には、それぞれの手には本屋の袋がぶら下げられていた。
家の前、結愛は足を止めた。
「……その、先輩」
「ん?」
「あー」
「どうしたよ?」
「……後で、話します」
結愛の顔の赤さは夕陽のせいでは無いだろう。殆ど沈んでしまっている。
今更何を恥ずかしがるのやら。なんて思う。
夕飯は結愛が作ってくれた。
食べ終わっていつものように、家の主が先に風呂に入るルール。別に確認したわけでは無い、譲り合いではそちらの方が分が悪いのだ。
だけど、今日は違った。
身体を洗い終え、湯船に浸かっていると、脱衣場の方で音がした。
「先輩、入ります」
「……おう。……えっ?」
普通に返事をしてしまった。止める間もなくガラガラと浴室の扉が開かれる。
「失礼しますね」
湯気の向こう、結愛はニヤリと不敵に笑う。
タオルを携えている物の、水着もなく。湯気如きでは何を隠せようか。
「先輩、わりと長風呂ですもんね」
「まぁ」
なんて言いながら、髪を洗い始める。結愛の長い髪を、シャワーの水が伝って行く。
「私たち、恋人になってからというもの、楽しかったですよね」
「あぁ」
シャンプーが泡立つ。しっとりと濡れた髪が洗われていく。
「ただまぁ、何でしょう、お互い、変な遠慮とでも言うべき領域があると思うのですよ。おかげで、恋人として肝心なことがまだできていません」
シャンプーが洗い流され、トリートメント。
丁寧に、結愛の触り心地の良い滑らかな髪は、このようにして保たれているのかと、目の前で日々の努力が示される。
「約束のキス、ずっと待っているのですよ。私」
「……キスは、してただろ」
と口答えをするが、結愛は既に洗顔をしているため、返事は無い。
……思えば、全部結愛からだ。
家に入ってからと、寝る前と、一旦家に帰る時。
結愛がヒョイと俺の首にしがみついて、そのままって。
「思い当たる節があるようで」
泡を流した結愛は、にんまりと笑いながら、こちらを見ていた。
「少々お待ちを。身体も洗ってしまいますので」
ナイロンタオルで泡立てたボディーソープ。
思わず、喉が鳴る光景だ。結愛は綺麗だ。
二の腕、肘、手首、指の間。太もも、ふくらはぎ、足首、足の甲、裏。指の間。
「……先輩、背中、お願いしても?」
「……はいよ」
一旦湯船から上がり、タオルを受け取る。
鏡が曇っている。視界にあるのは背中だけ。
優しく、丁寧に、擦り過ぎないように。
「結愛は綺麗だよ」
「ありがとうございます」
頭がボーっとする。のぼせるには早すぎる。
どうしてか、血流が速い気がする。
気がつけばシャワーの音が聞こえた。俺は湯船に戻っていた。
「それじゃあ、失礼しまーす」
なんて言いながら、結愛は俺に背中を預ける姿勢で、入って来た。
「いつもは先輩に背中を任せてもらっているので」
「あぁ」
「どうかしました?」
「……結愛、あのさ」
「なんでしょう?」
理性が解けていくのを感じる。
結愛の全てが魅力的に見える。元々魅力の塊のような子だ。それが強化されたら、どうなるかわかったもんじゃない。
「顔、こっちに向けてもらっても良いか?」
「えぇ。どうぞ」
挑発的な目が光る。
その目が、近づいてくる。
ふと、視線をずらすと、形の良い唇が目に入る。
吐息がぶつかった。距離が無くなった。
「……待ってましたよ。先輩」
「それで? どうだったの? 結愛ちゃん」
「聞きたいなー。史郎君が陥落した後の様子」
「……話すと思いますか?」
「良いじゃん。夜はまだ長いよ」
場所、志保さんの本宅の方の部屋。無駄に広い天蓋付きのベッド。川の字で寝ている。
「私たちはほら、史郎の中学時代の様子とか話したわけじゃん」
「お互いが自分だけが知っている史郎君の話をしようという趣旨だからね」
確かに。そう言われるとそうだ。
しかし。だからと言って、そんな赤裸々に打ち明けても良いものだろうか。
もごもごと、口の中でそんな争いが繰り広げられる。
「んー。そうですね……先輩は……」
ごくりと喉を鳴らしたのは奏さんか。意外と興味津々だ。いえ、最初からですね。
「その……上手ですよ」
言える情報はそれだけですね。
さて。寝ましょう。
目を閉じる。視界を闇で満たして、安らかな眠りへ……。
「って、ちょっと待って。それだけ?」
志保さんがベッドをバンバンと叩く。
「それだけでーす」
最近の私は寝つきが良いので、それだけ言って意識を手放した。
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