第110話 もっと速く。もっと強く。
『逃げろ』
室長から、そんな短いメッセージが送られてきたのは放課後のことだ。
スマホから顔を上げる。結愛と目が合う。頷き合う。
志保のこと、朝倉家のことは書かれていない。
俺と結愛に危機が迫っている、ということなのか。
「先輩、マズいです」
「何がだ」
「校門前、怪しい車が」
結愛の見せてくるスマホには、確かに、黒い車が二台。中にはサングラスにスーツという、これでもかという怪しい出で立ち。
「どういうことだ」
「わかりません。父さんからも、連絡が」
「とりあえず、従うぞ」
「了解」
「史郎君」
「悪い。予定の時間までには戻る」
この事態、全容は把握しきれていないが、まずはそれを探るところからだ。
さて。何があった。
「志保さんや奏さんに特に異常は無いみたいですね」
「了解」
校舎の屋上、奴らは、俺達が出てくるのを待っているらしい。
「何なんだ、本当」
流石に先生方も出てきた。
あんな目立つ手段を取るなんて、何らかの後ろ盾がある公的機関か、あるいは、三流の組織か。
くそっ。結愛の誕生日会をやるという日に。
昨日からせっせと準備してきたんだ。
「突っ込むぞ。ムカついてきた。あんなド三流ども、叩きのめしてやる」
「えっ、えぇー」
「援護しろ。結愛。全員病院送りだ。一人として五体満足では帰さん」
「か、過激すぎますよ」
「史郎、これとかどう?」
「良いね。志保はそれを贈ると良い」
「んー? その顔。史郎は決めてあるの?」
「あぁ」
志保と奏。二人を連れての買い物。
結愛が本部に行くという日を狙ったのだ。
「花音も音葉も、明日は部活ないって」
「よしよし。良いぞ。日のめぐりが俺の味方をしている」
「やはは。史郎、楽しそうだね」
「まぁな」
結愛にバレないように立ち回っていたら、準備がギリギリになった。頼ってよかった。
そして。
「うぉおおらぁあぁっ!」
仕事着に着替え、フルフェイスのヘルメットを着けて、あえてちらりと顔を見せると、やはり取り押さえにかかった。ので。
「ひれ伏せや」
顎を蹴り上げひっくり返してやる。くるりと一回転してうつ伏せで地面に転がった。その頭を踏む。
「かっこつけて怪我をしたく無い者は下がれと言いたいところだが、俺は機嫌が悪い。一人残らず、土の味を教えてやるよ」
さて、通報されるだろうか。されるだろうな。
警察が来る前にこいつらを片付ける。どこの組織か突き止め、叩く。
監視カメラの対策は今結愛がやっているから、今この時間の映像は残らない。
警棒を二本、構える。
「行くぞ、通院費の貯蓄は十分か?」
「うへぇ。ヤバいなぁ、先輩」
完全にキレてますね。
殺さない程度の力加減をするくらいの理性しか残っていないようです。
私の援護射撃は必要なさそうです。スコープから目を離す。残りの一人が塀に背中を打ち付けそのまま崩れ落ちるのを確認した。
先輩が不機嫌になるにしても、あそこまでというのは珍しい。
さてさて。私は私の仕事っと。
私もフルフェイスのヘルメットを被る。
しかし、妙ですね……。
放課後の学校、その校舎の前。
警察が来る様子も、職員室でも、通報する様子はない。
どんな説明をされたんだ、先生方。
「先輩、お疲れ様です」
「あぁ。くそっ、イライラするなぁ。結愛、スマホだ」
「どうもです……えぇ、何ですかこれ、新品みたいなものじゃないですか」
殆ど何もない。
襲撃前に初期化でもしたのでは? って感じだ。
「面倒だな」
「ですね」
そして、もう一つ妙なこと。
志保さんも、奏さんも。先輩に何かがあったらすっ飛んでくる二人だ。その二人が、さっさと帰っていること。
私が彼女になったからって、薄情になる二人ではない。
「しかし、先輩、いつから二刀流なんて?」
「あぁ。片腕潰されても威力のある攻撃ができるようにしたくてな」
「隠し武器使いづらくなりません?」
「……考えてなかった」
片手は自由にしておくのが無難だろう。
「さてさて。どうしたものですかねぇ。ヒントがあまりにも……」
「ん?」
「朝倉邸に行け?」
先輩にも同じメールが届いていたようだ。
「行くか」
「ですね」
逃げろと言ったり、指示出したり。
いえ、それだけ緊急事態ということなのでしょう。
「急ぎましょう」
「はいよ」
車を奪い、私たちは急いだ。
朝倉邸、私たちが門の前に立つと、潜戸が開いたので中に入る。
「あっ、史郎。結愛ちゃん。に、にげてー」
「史郎君、きちゃだめー」
志保と奏が、手首を拘束されて、玄関に続く扉の前にいた。
「……なんだこれ」
「ですね」
「棒読みだな」
「そうですね」
そして、その傍らに立つ二人。
目出し帽を被ってはいるが。
「さぁ、このお嬢ちゃん達を賭けて勝負だ」
「負けたらどうなるか。わからないお前達では無かろう。某とこいつが相手になる」
「……はぁ」
「し、史郎。だめー」
「史郎君達だけでも、いやー」
「お二人とも。少し黙ってもらっても良いですか?」
「演技する気無いなら静かにしておいてくれ」
どういう理屈かわからないが。
班目さん、柿本さん、そして校門前の奴ら、朝倉家の警備員と組織の人達といったところか。
なるほど。これが志保の言っていた試験なのか。
組織も一枚噛んだ。
卒業試験と就職試験。同時にやろうって魂胆か。
「本気で行きますよ。あの時と同じように、容赦はしません」
「あぁ。来い」
班目さんが目出し帽を脱ぎ、ジャンプを二つ。
「結愛、背中を頼んだ」
「えぇ。後ろは気にしなくても良いですよ。先輩は、突き進んでください」
ホルスターから銃を抜き、一発放つ。これが戦闘開始の合図。結愛はすぐさま花壇の裏に隠れ、班目さんの姿はブレる。
柿本さんは結愛の方に向かう。
警棒を引き抜き。振り下ろす。
金属音。班目さんが頭上で交差した腕と衝突した。
「へぇ。やるじゃん」
「班目さんの黄金パターンじゃないですか。速さに物を言わせた速攻。でも、俺には見えてますよ」
「へっ」
班目さんに訓練してもらい、正月、弾丸の雨と争ったら。目が良くなった。
「そいつは良い。あたしも手加減しなくて済む!」
トンファーか。
左肩を狙った一振りを、後ろに下がって避ける。
避けた先に置くように放たれた柿本さんの援護射撃。
だが。
「ナイスだ。結愛」
「さぁ先輩。決めてください」
「よし」
放たれた弾を、結愛は撃ち落とした。
結愛の狙撃能力、まさかここまでとは。
だが、それに純粋に驚いている二人と。相棒を信じている前提がある俺。
判断までの時間に差が生まれる。
「うぉおお」
「ふん!」
衝突音。俺の手から武器が飛ばされる。クルクルと回る警棒。
くっ、地力の差か。判断までのラグを埋めてくるとは。
班目さんの右手。その手に握られたトンファーが迫る。咄嗟に伸ばした右手がもう一本の警棒を掴んだ。
二度目の衝突。
今度は武器を離さない。
落ちてきた警棒を左手でキャッチする。
「結局二刀流ですか? 先輩」
「男の憧れだろ」
「ですか」
結愛が放った弾丸。柿本さんは隠れてやり過ごす。
「結愛、ありがとな。止めていてくれて」
「これくらいですから。私がやれることは」
結愛の狙撃は当たる。その絶対の信頼が、敵に回った時如何に恐ろしいか。想像するだけで震える。
この場において、最も厄介な相手だ。
味方でよかった。本当に。
「最高の、相棒だ、お前は!」
一発、もう一発。
もっと速く。もっと。もっと!
強く、重く。一撃一撃に、全力を込める。
「チッ。やりやがるな」
警棒がめり込み、トンファーが曲がる。
「へっ、やっと身体が温まって来たぜ。さぁ、あたしという試練を越えてみな」
凶暴な笑みだ。
ギラギラと輝いている。
真っ直ぐに見据える。自分の全てを乗せる。左手に力を込める。引くわけにはいかない。
「俺は、結愛とこの組織を出る」
「覚悟はあるのかい?」
「ある!」
「あの子を、自分の知っている世界から連れ出す。ここより酷いかもしれない、そんな世界だ」
「悪意なんて、どこにでも溢れている。そして、俺と結愛なら、乗り越えられる」
負ける筈がない。俺と結愛は最高のコンビだから。
「俺は、結愛を、幸せにする」
火花が散った。
班目さんの体勢が崩れる。
柿本さんが飛び出してくるのが見えた。
左足を軸に、回転。
「それが、俺の、幸せだぁあああ!」
右腕を全力で振りぬいた。遠心力、身体のバネ、持てる全てを乗せた一撃だ。金属音。防がれたか。
だが、班目さんの体勢は崩れている。畳み掛けるなら今だ。
踏み切る。景色が後ろに吹っ飛んでいく。
「うぉおおおおお!」
「そこまで! 試験はこれまでとする!」
志保の終了の合図。振り上げた左腕を静かに下ろす。
「おめでとう。史郎、結愛ちゃん。合格です」
「あぁ。おめでとう」
志保の隣、室長が立っていた。
「ふぅ、柿本、起きな」
「ふん。最後の最後、やられたか」
班目さんの危機を察した柿本さん、飛び出したところを撃たれたようだ。
頭がチカチカする。集中し過ぎたか。
「あたしも腕をやっちまったよ。良い一振りだ」
「ありがとうございます。……それで、なんでこんな形で? そして、学校にはどう説明したのさ?」
「私、お金持ちだよ。撮影って説明したんだ。実際、カメラでも撮ったし。さっきのシーン。CMで使わせてもらうね?」
「……マジで?」
「マジマジ」
パチリとウインク。
「それじゃあ、私たちは先に行ってるね。話が済んだら渋谷さんに案内してもらってね。準備は終わってるから」
奏と志保は屋敷の中へ。
室長と向きなおる。
「二人は素晴らしいコンビだったからね、最後に腕試しをしたいという声が続出してね」
「また妙な方法を」
「ふっ。結愛、後悔の無い選択なんだな」
「はい」
「よし。それじゃあ行ってきなさい。そうだ、結愛。これを」
室長は、結愛になにやら紙袋を差し出した。
「これは?」
「餞別だ。きっと必要になる」
「まだ二年いますよ。父さん」
「そうだな。それでもだ」
誕生日プレゼントのつもりだが。サプライズを察しているのだろう。そういう気遣いできる人なんだなと、驚いた。
「行こう、結愛」
「はい」
「……ありがとう、ございました」
俺は、頭を下げた。
嫌いだけど。お世話になった大人だから。
柿本さんと班目さんは、尊敬できる大人だから。
結愛が隣で頭を下げたことに気づいた。
卒業、か。
随分大げさな見送り方だけど。まだ二年、残っているけど。
それでも、どこか、胸の内に風が吹いた気がした。
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