第107話 元カノな友人が面接官。
結愛の感じている不安を、俺は解消したかった。
突然与えられた普通。日常。幸せ。自由。それが取り上げられる。無くなってしまう。怖さ。
だからこそ、一日一日を大事にしたいのに。病室から動けない。その不安。何もできないまま、時間だけがただ無為に過ぎていく。
確かに迫ってくるタイムリミット。二年。俺は否定したが、結愛の中には、確かに存在する。
目下の問題は二つ。それを乗り越えるには、志保と、組織。その両方に話を付けなければならない。
そのために、まずは。
我ながら、足が速い。
思ったよりも早く着いてしまった。
門の前に立つと、潜戸の鍵が開く音。
『史郎、入って来ちゃってー』
志保の声に従う。
「お待ちしておりました、九重様。お嬢様は中でお待ちです」
庭を進んで玄関の前、給仕福……メイド服を着こんだ女性が扉の前に立っていた。
「急にすいません」
「お気になさらず。お嬢様は大変喜んでいられましたので、こちらへどうぞ」
そう言って扉を開けた先。
「やぁ、史郎」
志保が待っていた。
「応接間、ありがとうございます。私が連れて行くからもう大丈夫です」
「かしこまりました」
志保がペコリと頭を下げると、それよりも恭しく。お手伝いさんは頭を下げて歩いていく。
しかしそうか、応接間ってあるんだ。
「私の部屋とどっちが良い?」
「任せるよ」
「……真剣な話みたいだし。応接間だね。和やかで楽しい話なら、私の部屋だったんだけどなー。クッション抱えてベッドに座ってわいわいと。やはは」
パチリとウインクして、先導して歩き始める。それに続く。
案内された部屋は、ソファーがあり、暖炉があり、何というか、イメージした通りの応接間である。
「さて、聞くよ。史郎」
しなやかな、綺麗な膝が組まれ、志保は不敵な笑みを浮かべた。
ごくりと喉が鳴った。思わず背筋が伸びた。
就活面接って、こんな感じなのだろうか。
「志保、この前の話。前向きに検討しても良いか?」
「前向きに検討?」
「渋谷さんの代わり。俺と結愛で、やっても良いか?」
「良いけど。ハイ採用、とはならないよ。提案したのは私だけど」
志保はそう言って、立ち上がる。窓の方に歩いていく。
「私はこれから大学に行って、その後、父さん。今の社長の下で仕事をして、次期社長になる準備を進める。次期社長の御付きの人。史郎は、結愛ちゃんと一緒に、それになるって言っているんだ」
志保の言っていることは、覚悟があるか? ということだ。
ただ、結愛と一緒にいたい。生きるか死ぬかの世界からなるべく遠ざかりたい。逃げの意味で選ぶなら、来ないでと言っている。
それなら確かにそうだ。志保と話を付けず、室長や父親と話を付けた方が早い。
それでも、俺が志保にこうして直談判しに来た理由はある。
「史郎と結愛ちゃんなら、なれそうだな、とは思ったのは確かだけどね」
振り返った志保は試すような目をしていた。
なるほど。確かに就活面接だ。
これは、一次選考といったところか。
志望理由、って奴だな。
「……俺は、後悔したくないんだ」
「うん」
「志保、俺は、結愛に明るい未来を、明るい世界を見せたいんだ」
静かに頷いて、続きを促される。
「結愛にとって、組織の外での繋がりは少ない。俺を除くなら、志保と、奏くらいだ。組織を離れるってなった時、その繋がりまで失われるのは、嫌なんだ。折角生まれた繋がりが、疎遠になってしまうのは、嫌なんだ」
結愛なら、問題無い。という顔をするだろう。
でも、それでも、きっと辛い筈だ。
「史郎と私が、高校生になっても、お互いを求めちゃった理由だね」
「あぁ」
志保なら、わかってくれると思った。
「やはは、そう来たか。予想外の方向から来たなぁ」
志保は、困ったように笑う。
「なんだ? 御社の理念に感銘を受けてとか? そんなこと言った方が良かったか?」
「それ言ったら不採用だし。私が放っておけないから。とか言ったら不採用だった」
「一般的な回答はアウトなわけね」
「うん。アウト」
ニッと唇を吊り上げて、志保は頷いた。
「私が納得できる理由じゃなかったら、通す気は無かった。でも、私、史郎君に納得させられちゃった」
肩を竦めて、志保はティーカップを二つ取り出し、紅茶を淹れ始める。
「まぁ、まだ終わりじゃ無いけどさ。頑張ってね」
「今度は何をするんだ」
「それは、二人の怪我が治ってからかな」
「俺はもう」
「まだ駄目だよ」
普通の口ぶりだが、有無を言わせぬ圧力を感じた。
「二人じゃなきゃ、だーめ。結愛ちゃんが退院しても、ひと月は様子見だからね」
前かがみになって、こちらに手を伸ばしてくる。人差し指が、チョンと唇に触れた。
「だから、心の準備、しておいてね」
「……あぁ」
志保は、この件について、妥協する気も、優しくするつもりも無いらしい。
志保にとっても、真剣な話なのがわかった。
「よろしく頼む」
「うん。よろしくね」
次の日。俺は、病室に室長を呼び出した。
室長は、あと十分後に来るという。俺はその前に、結愛に昨日の話をした。
「……それは、素敵な話ですね」
ほんのりと、明るい表情になる。
「はい。それが実現できたら、とても素敵なことです」
「だろ。実現、させるんだよ」
「……先輩、私今、十分幸せ、なんですよ。これ以上、幸せになっても良いのでしょうか?」
「弱気なこと言うなよ。これからもっと、幸せになるんだろうが。まだ始まったばかりなんだよ」
結愛の目を見る。結愛の発言の真意を探りたくて。
結愛の雰囲気を感じる。何を迷っているか、知りたくて。
「先輩の恋人になれました。そこでさらに、未来まで素敵で明るくされちゃったら、私、先輩に何を返したらいいか、わからないです」
「ゆっくり返してくれ」
「私に、できると思いますか?」
「何を」
「普通に、生きるということ」
「できる」
少し前の俺なら、即答はできなかった。
少し前の俺なら、言葉に少しだけ詰まっていた。
でも、今の俺なら。
結愛の手を引いて、組織から連れ出すことを決めた俺なら。
「きっと、俺よりも上手くできるよ。結愛なら」
さぁ、足音が聞こえてきた。
始まりの言葉は決まっていた。
「やぁ、結愛。お見舞いに来たよ。九重君、お話があるらしいじゃないか」
やっぱり、これに限る。
結愛の父親の目を見据える。
娘をかけて、父親と戦う時の、火蓋を切る最初の一言は、これだ。
「娘さんは、俺が貰います」
「先輩、この場合、『娘さんを、俺にください』だと思いますよ」
「さらに言うなら、『俺じゃなくて』『僕』とか『私』が相応しいかな」
「うるせい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます