第103話 銃声は二回。

 さっきまで俺がいたところに、当たったら恐らく、その部位が消し飛びそうな威力の弾丸が飛んできた。

 今、このホテルにいるのは俺と結愛。朝倉家の三十人とどの程度来ているかわからないが、警察。

 使える戦力は俺。積極的に使いたくない結愛。そして、戦闘には積極的に参加してくれない警察だ。

 警察との契約。戦うのは裏警察がやるから、表向きの手柄はあげるから、事後処理と、組織の存在を黙認、秘匿して、資金援助をしてくれ、というものだ。

 まぁ、今頃朝倉家と、ホテル内に取り残された人を保護してくれているところだろう。


「避難、完了したようです」

「よし。じゃあ、鬼ごっこは終わりだな。本格的にやるぞ」

「了解」


 さて。問題はヘリだ。

 墜落させるのはマズい。

 弾切れまであとどれくらいだろうか。 

 ちらりと姿を見せて撃たせたり、結愛が窓を貫通すれば操縦士に当たる軌道で狙撃したりして、一階に注意を向けさせないようにしていた。


「どうしたものですかね。実弾あればどうにかできますけど」

「全部回収されちまったからなぁ」

「そうですねぇ」


 気の抜けたような声。会話。

 現状を悲観的に見ないようにするため。

 逆転の目があると、信じられるようにするため。

 あとは、見つけるだけ。信じたものを本物にするため。

 頭の中に、少しずつどうすれば良いか。まとまっていく。


「なぁ、結愛」

「はい」

「ヘリってさ、ほぼほぼコンピューターだよな」

「そうですね」


 ……怪我をした人に頼るのは正直……でも、結愛が残る意志を示してくれたおかげで、いまこの、逆転の目を掴める可能性が生まれた。


「いけるか? 結愛」

「どこからアクセスするか、アクセス可能かどうか。色々試さなければいけません。時間、稼げますか?」

「まかせろ」

 



 例えば、俺の隣の家に奏が住んでいなかったら。

 例えば、俺の両親が常識的な人で、俺に仕事をさせようと考えなかったら。

 例えば、俺の相棒に、結愛が宛がわれなかったら。

 例えば、俺があの時、引き金を引かなかったら。

 例えば、俺が奏のくれた答えに従わず、仕事を続けたら。

 例えば、俺が、志保と、付き合わなかったら。

 例えば、俺が結愛からのヘルプを無視することを選んだら。

 例えば、俺があの夜、志保を助けるべく、復帰しなかったら。

 

 無意識に、未だ痛む右肩を抑える。

 結愛も重症だ。

 ヘリコプターの挙動を確認せず、すぐさま飛びのく。廊下の曲がり角に転がり込む。さっきまで俺が居たところに、窓から打ち込まれた弾丸が通り過ぎる。

 音から判断するに五発か。重傷を負わせて、そのまま殺すのなら一発で十分だってのによ。


「……たった一人のためにこんだけぶっ放すって。弾丸だってただじゃねぇってのによ。開き直った奴らの浪費の仕方はこえーな」


 さぁ、結愛、頼んだぜ。




 例えば、私の両親が女の子にこんな、血と人間の悪意の匂い漂う世界に放り込む。そんな非常識的な判断を下せる人じゃなかったら。

 例えば、初任務の時、先輩に憧れず、怖いからやめると、思えたなら。

 例えば、あの時、先輩が引き金を引くよりも先に、あの男を撃てたのなら。

 例えば、先輩を引き留めて、寄り添えることを選べたら。

 例えば、先輩がいない二年、待つのではなく、こちらから出向いて、会いに行けたのなら。

 例えば、変な嘘なんかつかずに、素直に先輩に、頼れたのなら。

 例えば、恋なんかわからないなんて、戯言を言わないで、これが恋だと、最初から決めつけられたのなら。



 どんな『例えば』を並べても。

 ここにあるのは事実だけ。

 右肩を抑えていた、利き手、左手を強く握る。

 お腹を押さえていた右手を、キーボードの上に置く。

 私は、先輩と出会った。

 俺は、結愛と出会った。

 一番信じられる相棒だ。

 誰よりも頼りになる先輩だ。 

 いつだって、手を引いて前を歩いてくれた。

 いつだって、道を示してくれた。

 今、先輩は戦ってくれている。

 今、相棒は勝つのに必要な手を揃えてくれている。

 正直痛い。

 痛くてそろそろ泣きそうだ。

 私の見立て通りにいかないかもしれない。

 次姿を見せたら、ハチの巣にされるかもしれない。

 それでも。

 それでも。

 俺を信じてくれる結愛を。

 私を信じてくれる史郎先輩を。

 信じているから。


「柿本さん、ありがとうございます。いけました」

『今、先行して班目が向かっている。総監も、関係各所に連絡を取っている』

「急がなくても良いですよ。私と先輩で、片付けられますから」


 どんなに「例えば」を並べたところで。

 意味は無い。

 もがいて、苦しんで、足掻いて。正解を探していく。

 間違っていたかもしれない選択も、きっと意味があった。例えばの先が、どんなにより良い未来でも。私たちが選び取ったことに、意味がある。


『先輩、いけますよ』

「流石、俺の相棒」

『最終決戦ですね』

「あぁ」


 俺には信じられる人がいる。

 これから先、間違うかもしれない。失敗するかもしれない。それでも、立て直す、正す。それをとなりで一緒に、手伝ってくれる人がいる。

 さぁ、行こう。

 相棒がお膳立てしてくれた。





 俺が姿を見せても、機関銃が起動しない。どころか少しずつ高度が落ちている。


『計画通りです』


 結愛が何をやったのかはわからない。が、俺はやる。

 即席の爆弾。中に詰まっているのは、あいつが散々壊したホテルの外壁の塵、あと、水。


「うぉおおおおお!」


 これで、玉詰まりでも動作不良でも起こしやがれ。

 俺がぶん投げた砂と水が詰まった袋をモーター部分と思われるところに、投げ込んだ。



 

 恐らく、今頃操縦席では、エンジンに異常があるという警報が表示されて、エンジンを一度停止しているところだろう。諦めて、オートローテーションでゆっくりと着陸することを選べば、あとはこっちの土俵だ。

 そう思っていた。

「うそ……」




 「チッ」

 さっきまで大人しかったのに。

 降り注ぐは弾丸。さっきよりも殺気が増しているように見える。

 俺はまた、隠れんぼだ。


「何が起きている」

『……恐らく、エラーメッセージを無視することにしたのかもしれません』


 起きてもいないエラーをあると騒ぎ立てた。私がやったのは、それだけ。

 そして、俺のやけくその作戦も、どうやら効果は無いらしい。

 くそっ。

 どうすれば……。

 足が、こつんと何かに当たった。

 当たったものを持ち上げる。


「……おいおい」


 手が、震えた。

 なぜここにあるか、わからない。戦闘のどさくさで、そして確保優先で見落としたのか。

 屋上の扉、その横に落ちていたのはハンドガン。

 弾倉を確認する。


「……実弾」


 俺達が持っているゴム弾では……。

 俺は、何を考えているんだ。

 もう一度、同じ場面に陥れば、手段として、割り切れてしまう。

 今こうして手にして、そのことを改めて実感した。

 だから、俺は、トラウマと称して、銃を持つことを、拒否した。

 立ち上がる。

 必要なことだ。こうなった以上。

 うちの組織の装備では、あれとの真っ向勝負は避けたい。

 現状、民間人に被害は出ていない。無事に逃がすことは成功している。

 民間人に被害が出た場合、組織の存在が危うくなるのと同時に、その事態に対応するための公的な機関が送り込まれる。

 この場合は、何が送り込まれるのだろうか。

 ……結愛のためを思うなら、どっちなのだろう。

 俺と結愛が撤退を選べば、組織外の力に援護を要請してくれるだろうか。

 組織は解体、でなければ規模縮小。その場合結愛は……。

 これまでと同じように、俺と同じ高校に通ってくれるのか? 通えるのか?


「はぁ」


 全く、俺はまた、何を甘えたことを考えているんだ。

 もしかしたら、俺も、何かしらの不都合が起きるかもしれない。そうなったら、志保と奏とも離れなければならないかもしれない。

 馬鹿がよ。

 負けなければ良いってのに。

 勝てば良いんだ。


「……俺の、幸せのために……結愛が、普通の女子高生っぽい生活を送れるように」


 左腕を持ち上げる。

 無理矢理終わらせられた女子中学生生活の代わりに。

 俺にとって幸せの象徴の人が、これからも、生きていけるために。

 ……やっぱり、俺には、こういう生き方しか、できないみたいだな。


「……結愛、ごめん」


 閃光と甲高い音が、夜闇を切り裂く。

 屋上をボバリングするヘリを見据える。

 ガトリングガンが、明後日の方向に弾丸を放つ。やけくそで何かあればすぐ撃つ状態だったからな。

 当てる。一発で。テールローターを壊せる保証はない。操縦士を狙う方が、確実だ。

 その時だった。左腕一本で構えた銃が、奪い取られたのは。


「忘れてましたか? 先輩。私、両手使えますよ」


 発砲音が、一回。少し遅れて、また一回。


「精密射撃をするなら、両腕が必要ですよ」

「……結愛」

「殺してないですよ。先輩」


 ヘリが、下降してくる。

 屋上に、着陸する。

 結愛がクルクルと手の中で回すのは俺達の組織で支給されているもの。 

 俺が拾った銃は、床に転がっていた。


「窓に穴をあけて、そこを通したのですよ」

「……スゲーよ。本当」

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