第104話 バカー。

 「さて、操縦士を完全に無力化しましょう」


 そう言う結愛の顔は青い。

 フラフラで、見ていて不安になる。当然だ。無茶が祟っている。


「もう良い。お前は休め」

「いえ、大丈夫です」

「この後、何かがある方が嫌だ。戦いは終わった。俺達には、その先がある。そのための準備、していてくれないか?」

「……上手い事言いますね。わかりました。乗せられてあげますよ」


 そう言って、結愛は、給水塔にもたれかかるように座る。

 俺は、ヘリを開けて、すぐに飛びのいた。


「やっぱり、いたか」


 数、三。俺に向けて銃を放った奴はすぐに転がり出てきた。だが、甘い。

 警棒ですぐさま銃口を払い、顎を蹴り抜いた。そこで、少しふらつく。

 ヤバいな、俺も血を流し過ぎている。建屋の扉の陰に隠れる。結愛も、給水塔の裏に回ったようだ。 

 気を抜かなくて。ちゃんと警戒していて、戦いが終わったことを疑えていて、良かった。

 俺が俺自身を信用していない。その根本的な性格に、一人目を倒すことを助けられた。

 だが、身体が言うことを聞かない。残り二人、油断なく。ハンドガンを構えている。


「くっ」


 気合いと根性でどうにかならない。

 奴らは必要以上に警戒している。

 だからこそ、俺達二人に、最初から三人で挑まず、ヘリの機関銃で暴れ続けた。

 だからこそ、さっさとヘリを出ずに、警戒している。

 勝て、あと二人だ。この二人を倒し、ちゃんと拘束すれば、俺は、日常に帰れる。

 奏にたっぷり怒られよう。志保にいっぱいからかわれよう。結愛に沢山、甘えてもらおう。


「ふっ」


 女の子のこと考えてやる気だすとか、俺もちゃんと、男子高校生だな。

 ヘリから二人出てきた。まぁ、わかるよな。俺しかヘリの周りでうろうろしていない。襲われた時点で銃を取り出さない。仕留めにかからない理由がない。

 一人が、給水塔の方、結愛のいる方に銃を向けた。


「やらせるかよ!」


 咄嗟に取りだし、投げたナイフはしっかりと手に刺さる。


「くっ」


 右腕に一発受ける。駄目だ。身体が言うことを聞かない。

 はぁ……ったく。

 こうなれば、最後の閃光で。その決意と覚悟を決めかけた。

 その時だった。屋上が煙で満たされたのは。

 俺の横を通り過ぎた何かが発生させたもの。その直後、弾丸の如き速さで、何かが屋上に侵入。呻き声が二つ聞こえた。


「待たせたな。史郎少年。あたしが来るまで、よく堪えた」  


 そう聞こえた気がした。

 煙が晴れて、見えたのは。縛り上げられたヘリから出てきた戦闘員三人。そして、操縦士を引きずり下ろし、拘束している班目さんだった。


「……ありがとう、ございます」

「おう、よく頑張った。上出来だ」


 やっと、終わった。

 気が抜けて、力が抜ける。


「……あぁ、ゆっくり休め。立派だよ、お前らは」


 屋上の床に横になった俺の隣に、誰かが横たわる。


「結愛、終わったな。キス、だっけ。まだだったな。起きたら、する」


 最後の力で、そう言う。


「楽しみにしてますよ。先輩。意地でも、起きます」


 その声は、沈みゆく意識が、最後に聞いた声だった。





 入院することになった。

 俺も大変だったが、結愛はかなり大変だった。

 腹を撃たれて、止血したとはいえ、完全に止まっていたわけでも無く、その状態で長時間行動し続けたツケは大きかった。

 かなり危ない橋を渡ることになった。

 それでも、医者が凄いと、奇跡だとほめたたえるような回復を見せた。

 二人部屋の病室にしてもらえた。


「史郎君、はい、口を開けて」

「利き腕は使えるんだが」

「うるさい。はい、アーン」


 奏の笑顔が怖い。ほぼほぼお粥なご飯を端でつまんで差し出してくる。

 俺と結愛が怪我して入院という一報を、志保から受けた奏は、初詣に向かう途中の両親が運転する車を降りて、タクシーを拾い一度帰宅。そのまま入院に必要な物を揃え、病院までタクシーを走らせた。


「史郎君と結愛ちゃんの仕事、うちの親に言うわけにはいかないじゃん」


 という奏の気遣いには素直に感謝した。

 それから毎日、奏は見舞いに通ってくれている。

 結愛が俺の病室で過ごせるようになってからは、結愛の面倒も見ている。

 だが、まぁ、奏は俺と結愛の無茶に対しては、かなり怒っている。必要なことだったと説明しても、頭では、理屈では納得しても、心が納得していない状態だ。

 だから、俺が奏の世話に対して、遠慮というか、拒否を示すと、途端に不機嫌になる。

 何から何まで全て世話を焼かせないと、奏がお怒りモードになるのだ。


「駄目だよ、史郎君、怪我人は大人しく世話されていれば良いの」


 ……トイレとか、清拭で下半身を拭いてもらうのは、半ギレで拒否したら、納得してくれたが、代わりに、食事を自分で食べる権利を失った。


「先輩、これが両腕を使えるか、使えないかの差ですよ」


 半身を起こして、こちらを見る結愛はニヤニヤと笑っている。

 その時だ。病室の扉が開いたのは。


「結愛ちゃん、来たよ!」

「ゲッ」

「はっ、両腕を使えるからなんだって? もごっ。ご飯、を、押し、込むな」


 志保が、清拭をしようと、蒸しタオルと体拭きシートを取り出す。


「一日一回、しっかりと汗を拭きとって。ね?」

「あの、志保さん。自分でやりますよ」

「だーめ。あまり身体を動かすものじゃありません」


 結愛が脱がされ始めたので、奏がカーテンを引いた。


「じゃっ、食事にしようか」

「……おう」


 志保は、すぐには来れなかった。

 警察や俺達の組織への対応に、社長さんと一緒に追われていたとのこと。

 他にも、俺達を受け入れる病院の手筈も整えてくれたらしい。だから俺と結愛は同じ病室にいることができたみたいだ。

 ようやく色々解放された志保は、それから毎日通い、結愛を可愛がっている。


「カッコいい結愛ちゃんも良いけど、可愛い結愛ちゃんも良い」


 とのことだ。


「はい、史郎君、背中向けてねー」

「あぁ」


 俺はすぐ退院できるとのことだが、結愛はもう少しかかるらしい。お互い、新学期には間に合わなそうだが。

 丁寧に、優しい手つきで拭いてもらえる。


「完全に何でもかんでも世話されるのは、慣れないな」

「嫌なら今後、入院しなきゃいけないような無茶をしないこと」

「いや、敵も結構厄介だったんだよ。でも良いだろ。俺も結愛も、生きてる」


 背中を拭いていた手が止まる。


「奏?」

「ぐすっ」

「えっ、ちょっ」


 ふわりと、ふわふわな髪が、頬をくすぐった。奏の髪も、伸びて来たな、なんて思った。

 少しの重み。柔らかな温もり。奏が後ろから抱き着いて来たことに気づくまで、少し時間がかかった。


「奏? あー」


 右手が回らないから、左肩に乗られると撫でられないのだが。撃たれたの右肩だから、奏のありがたい気遣いだ。


「あー、えーっと」


 すすり泣く奏に、どうしたら良いかわからなくなる。


「怪我すんなよバカー、グスッ。心配かけんなよバカー。う、うぅ。景色が真っ暗になるって感覚わかる? 連絡もらった時、正にそれだったんだよバカー。うっ、うっ」


 「バカー」一つの度に背中がペシペシと叩かれる。


「バカーバカーバカー。……でも、ちゃんと帰ってきたから、許すよ。無事じゃないから怒るけど。でも、帰って来てくれて、ありがと」

「……心配かけて、悪かった」

「本当だよ! もー」


 ため息を一つ。嬉しさのため息だ。

 帰ってきたことを、実感する。


「そろそろ、良いかな?」

「ふあっ! 志保さん?」

「隣にいるの、忘れてた? 可愛いねぇ奏ちゃん『バカー』って」

「う、うぅぅ」

「やはは」


 志保は楽し気に、からかうように笑う。

 奏の目が、結愛に向いた。


「結愛さんもだよ」

「えっ?」


 我関せず、ハードカバーを開こうとしていた結愛が顔を上げる。


「友達なんだから。友達なんだからぁっ!」


 お腹を怪我しているからなのか。後ろから抱き着く形をとる奏。


「ふえっ? へ?」 


 戸惑う結愛。思わず頬が緩んでしまう光景だ。


「友達が怪我したら悲しいの。でもごめんね。私めんどくさいよね。ごめんね」

「あの、先輩、奏さん、何があったのですか?」

「主に俺らのせいで不安定になっている。甘んじて受け入れろ」

「は、はい」

「やはは。一応、私も心配したんだからね。まぁ、うちのせいだから、謝るの私の方だけど」

「いらねぇよ。怪我したのは俺達の実力不足だ」

「ありがとうは?」

「いる。受け取る」


 ごめんより、ありがとうだ。


「ところで史郎」

「ん?」

「室長さんが来てるよ」

「追い返してもらっても良いか?」


 今会うのは怠い。完治してから出向くつもりだったし。


「こら、史郎君。私は席を外すから良いでしょ?」

「へいへい」


 奏にそう言われては、断れるものも断れない。


「結愛は良いか?」

「私はいつでも」


 奏が離れて、小さく息を吐いた結愛は頷く。

 そんなわけで、奏と志保が部屋を出てすぐ。室長、そして、総監……俺の父親が入って来た。

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