第101話 戦闘開始。

 息を整えた。

 今、志保はパーティー会場にいる。最上階だ。

 襲撃があった以上、俺と結愛の他にも柿本さんが率いる特務分室の部隊が来ている。有事に突入する手筈。

 柿本さんはどっか高いところから、結愛は監視カメラから。俺は、現場で。

 それぞれ、それぞれが得意な所から、危険が無いか探っている。


「なぁ、結愛」

『はい』

「来たぞ。敵だ」 


 複数。

 朝倉邸と比べれば、このホテルのセキュリティは穴だらけだ。

 あのナイフ術の男は恐らく、今目の前に扇状の陣形を取った奴らより、強かったのだろう。だから、単独での何かを試みた。

 暗殺か。はたまた何かを盗み出したかったのか。

 どっちでも良い。


「柿本さん」

『撤退に追い込め』

「了解」


 五対一。呼吸を整える。警棒を構える。


「ふっ」


 震えは無い。

 俺は、誓った。

 一人目、手首を砕き、鳩尾に膝蹴り。鍛え抜かれた筋肉の堅さだ。もう一発。右拳で顎を打ち抜いた。


「うらっ!」


 後ろ。速いっ。一人目がやられたのを見て、すぐさま背後を取って来た。だが。


「ぐはっ」


 後ろから、何かを受けて、そいつは倒れる。その結末をわかっていた俺は、三人目を仕留めにかかる。

 予想外の方向からの攻撃に、残りの二人は対応しきれてない。スタンガンをベルトから引き抜き、一人無力化。もう一人は逃げの体勢に入る。敢えて逃がす。


「ナイスだ、結愛」


 ホテルの窓から援護射撃で俺の背後を守ってくれた相棒。ここを退けられるかどうかが勝負の瀬戸際と言うべきところだ。


『発信機は?』

「手筈通りだ」

『完璧です。チームαはすぐに追跡体制に入ってください。マップをそちらに共有します』


 柿本さんの部隊が今、逃走した奴の追跡に入る。

 本部にしろ、一旦の潜伏先にしろ。そこまで叩く。

 今日この護衛任務。俺達は防衛線だけで終わらせるつもりはない。




 「なるほど。ここですか」


 ドローンに取り付けたカメラに映っているのは、車から降り、何やら大きな船に乗り込む男の姿。


「柿本さん、そちらの状況は?」

『ターゲットは視認した。突入する』

「了解。以後、そちらの判断で動いてください」

『了解。通信終了』


 船を用意できる資金力と。戦い慣れした人間を集める人脈。

 朝倉家は、面倒なのに狙われていますね。

 防犯カメラ以外に、私が個人的に設置したカメラの映像を見ながら思う。


『結愛、面倒なことになった』

「こちらでも確認しています。先輩、私もそちらに参戦します」


 車が二台。そこから、自動小銃を構えた集団、八人。ホテルに侵入してくる。

 どうやら、私たちの動きは筒抜けといったところでしょうか。


『萩野。やられた。船が爆発した』

「……無事ですか?」

『あぁ。そちらの状況は?』

「大分マズいです」


 先輩が今、玄関ホールで二人叩き伏せているが、やはり相手の武器があれだ。速攻で全滅とは行かない。


『すぐに戻る。持ち堪えろ』

「了解」


 言われなくても。

 先輩を死なせたりしない。


「……えっ」


 屋上に設置したカメラ。そこに映ったもの。

 どうやら、私には別の仕事があるようです。

 


 

 これがゲームなら、俺は死んでいる。

 銃は馬鹿みたいに、ばら撒くように撃つものじゃない。

 リコイル制御だって難しいもの。弾だって無限じゃない。

 夜の室内戦だ。奴らは最初、照明を破壊しようとしていたが、その前に閃光を投げ込んで、照明破壊後の制圧に備えて、既に暗視ゴーグルを付けていた奴らのそれを、受光量オーバーで破壊した。


 これで、照明を壊す選択肢は潰せた。ついでに、二人ノックアウトできた。

 姿勢を低く。止まらないように駆け抜ける。

 車が停まった時点で避難は済ませた。から思いっきり戦える。

 まきびしを足元に投げる。

 柱、受付の机。遮蔽物から遮蔽物へ駆け抜ける。

 ここを通さなければ良い。柿本さん達が戻って来れれば勝ち筋を掴める。

 結愛がホテルのシステムを乗っ取って、エレベーターを最上階で止め、防火シャッターを下ろし、一階のここに隔離することは成功した。

 あとは、奴らの弾薬を削るだけ。

 明かりを残したのもそのため。暗視ゴーグルを壊された状態で照明が落ちれば、あいつらだって迂闊には撃たない。

 玄関ホールを覗ける吹き抜けの二階に駆け上がる。

 後ろ髪に銃弾が掠める。危なかったな。今。壁に身を隠し、ちらりと覗き込むと、すぐさま撃たれる。油断なく構えているな。


『先輩、マズいことになりました』

「なんだ?」

『屋上に、正体不明のヘリ。人が降りてきます』

「なんだと」

『それと、柿本さんの部隊の車が破壊されたようです。すぐには合流できません』

「わかった」


 ……どうする。

 マズいぞ。結愛一人では。状況は詰んでいる。手札が、足りない。


『こちら、本部。ブレイン。実戦強襲部隊、作戦開始。警察と連携し、正体不明部隊を確保。諜報捜査部隊、至急、奴らの巣を突き止め、叩け。現場にいる特務分室、そちらに応援を送り込んだ、連携し、任務を遂行せよ。誰一人死なせるな』


 その声を聞いたのは、二年振りだ。

 事が大きくなった時、組織だけでは対処しきれない。

 裏側の、秘匿組織としては動けなくなる。その時、表舞台に立てる組織の手を借りなければならない。

 俺の父親。裏警察総監が動かなければならない。


『くっ……特令が下りましたね』

「あぁ」


 無線越しに銃声が聞こえる。

 そして、さっきから、声が弱々しい。息も荒い。どこか、苦しそうに聞こえる。


『でも、少し厳しいです。屋上を守っている人がいるようで、こちらのヘリ部隊は降下できないようです。屋上前の階段でどうにか止めていますが。あは、あぁ、渋谷さん、ありがとうございます。ぐっ』


 苦し気な呻き声。頭に血がのぼるのを感じた。


「結愛! すぐにそっちに行く。堪えろ」

『駄目ですよ、先輩。一階を通したら、挟み撃ちされるじゃないですか。私も、先輩も、そこを通しては駄目なんです。死なない程度にお互い、攪乱しましょう。駄目ですよ。私なんかのために無謀な突撃をしちゃ』


 声に、力が無くなっていく。

 俺の呼吸が浅くなる。


「結愛。正直に言え、状況は?」

『一発貰いました。いやー。相手、なかなか上手ですよ。渋谷さんが射撃もこなせなかったら、とっくに全滅してました』


 ……やるしかない。

 呼吸を整えて、俺は、もし柿本さん達が間に合わなかったら、という想定で考えていたことを実行することを選ぶ。


『先輩、また指示を破るのですか?』

「後輩に指示される覚えはない」

『先輩、志保さん、奏さんの顔を思い浮かべてください。ほら、死ねないでしょう。無茶は駄目です』

「後輩が怪我している状況に駆けつけられない先輩なら、俺は、先輩をやめる。二度と、『私なんか』って言わせないからな」


 残り六人。それぞれ弾倉に何発残っているかは把握している。

 リロードをする暇を与えずに、倒す。


「九重、それは流石に失敗する。ここは某とこいつに任せて、先に屋上に向かえ」

「……柿本さん?」


 なぜここに。


「そうだぜ。九重少年。あたしと柿本がいりゃ、あの程度の小部隊、余裕だ。だからさっさと行きな」

「……班目さん」

「悪いね、柿本だけしか拾ってこれなかった。バイクの方が小回り利くからね」

「二度と、お前の運転するバイクには乗らん」

「なんだよ。楽しかっただろ」


 そう言いながら、班目さんは一階、玄関ホールに飛び降りる。すぐさま銃弾の連鎖だが、次の瞬間には班目さんの姿は柱の陰。そのまま距離を詰めていく。


「全く、相変わらず無茶な動きをする」


 そう言い終わる頃には、二人、テーザーガンの餌食に。柿本さんに銃を向けた二人は班目さんに蹴り飛ばされる。班目さんの動きを追った二人は、柿本さんに無力化される。

 

「早く行け、増援だ。ここで我々が止める」

「ありがとうございます」


 走る。

 結愛、結愛! 叫びだしたくなるのを堪えながら、走る。

 まずは屋上を制圧。そのためには、非常階段から攻め込む。

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