奏√最終話 幸せを繋ぐ。
『先輩、警備員の配置、完了しました』
「はいよ。こちらも特に問題無い」
結愛からの報告に、今一度、会場全体に意識を向ける。
志保は今、社長の代わりにこのパーティーに出席している。俺はその横で警戒に務めているが、あくまで秘書としてだ。あまり露骨に警戒するのは良くない。
そこで、結愛だ。外で待機している結愛が、会場の警備システムを覗き見して、眼になってくれている。
『先輩、怪しい人が。清掃員の恰好をしていますが、この時間に来る予定は無い筈です』
「了解」
さて、どうしたものか……。
奏が、袖をクイっと引いて、耳元に顔を寄せてくる。
「行って良いよ。史郎君。多分、最初から下手にここは狙わないはずだし」
「よし……」
「お願いね、史郎」
「任せろ」
意識を切り替える。頭の中に一気に流れ込んでくる、視覚、聴覚の情報。それを一気に処理する。
いつも通り、スイッチを入れる。
「さぁ、始めようか」
「……史郎君。自分の歳、考えようよ」
大学を卒業して、すぐに婚姻届けを出した。
家は変わっていない。奏は、妹たちが自立するまでそうしたいと。
そして、今年、音葉ちゃんが大学を卒業し、この隣り合う二軒の家には、俺と奏だけが残った。
「志保が、『うちに住まない?』とか言ってたな。部屋余っているって」
結愛は住んでるし。
結局、俺も結愛も、志保に雇われることを選んだ。奏もだ。法律関係の難しい事を色々してくれているとか何とか。俺もよくわからない。
「それも、悪くないかもね」
奏にとって、高校で出会った人たちも、大切な人だ。
俺達は、大切な人と一緒に過ごすことを、選んだんだ。
「私、思うんだけど」
「うん?」
「史郎君のこと、やっぱり好きだなーって。毎日思う」
「急にどうしたよ」
夕飯の乗ったトレイを置いた奏はギュッと抱き着いてくる。
「気持ちは冷めるもの、なんて言うけど、毎日熱されて冷めないんだよね」
「それは、嬉しいな」
そして、それは、俺も感じていること。同じことを、感じていた。
「史郎君、史郎君は、子どもって欲しい?」
「……いや」
「なんで?」
ショックを受けたわけでは無いようで、純粋に疑問をぶつけてくる。
「……自身が無い。ちゃんと愛情を注いで、寂しい思いをさせずに、立派に、一人で歩いて行けるように育てる自信が、無い」
それができる自信が無い奴が、子を持つ親になるべきではない、とすら思っている。
二人の愛の結晶とか、綺麗な言い方で誤魔化してはいけない。生き物だ、これからを生きる、一人の人間だ。
「大丈夫、なんて適当なことは、言いたくないけど、でも。史郎君は今、ちゃんと生きて行けている。それだけは、保証できるよ」
「ありがとう」
「でも、それだってちゃんと最初からできわけじゃない。迷って、転んで、立ち上がって、やっとできるようになったこと」
その通りだ。頷くしかないことだ。
「最初から、上手くできる人なんていないよ。史郎君、二人で、頑張ろうよ」
「子ども、欲しいの?」
「流石に、この家、二人で住むには広いって」
家庭を持つことに、幸せを連想したことは無かった。
でも、そうだ。
幸せは繋がなければいけない。
それなら。
俺は奏を抱きしめる。
「……まずは、夕飯食べよ?」
「あぁ」
家族を持つ。そのことに、少しだけ、前向きに考えられる。
できないと思っていたこと、できなかった人を、知っていたから。
でも、俺は違う。
「奏、ありがとう」
「急にどうしたの?」
「また、迷って立ち止まりそうになったから。背中、押してくれてありがとう」
静かに首を横に振って。奏は笑って答える。
「史郎君が、ちゃんと頑張ってくれているから、できるんだよ。前向いてなきゃ、背中押せないじゃん」
奏√ 了
次回、結愛√
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