√結愛 信じること。信じられること。
第94話 (分岐) クリスマスの予定。
「寒いねぇ。暖房、偉大だねぇ」
「そうだな」
目の前の奏の席に志保が座る。持ち主は他のクラスメイトとお話し中だ。
俺達についての噂は噂として、気にしないことにした。
変にこそこそするから、面白がる奴がいる。堂々としていれば、すぐに飽きるだろうという結論だ。あちらが欲しい反応を、こちらから見せる必要はない。
校舎の窓から見えるグラウンドは、すっかり雪景色。ホイップクリームでもぶちまけたような景色だ。
十二月になった。
期末試験が終われば、すぐに冬休み。
教室の雰囲気も、少しだけ浮かれている。
「ところでさ、史郎」
身を乗り出し、耳元に顔を寄せてこそこそと、志保は囁く。
「誰誘うの。クリスマス?」
座り直した志保の顔には、どこかワクワクしている様子が見えた。
「誰って?」
「クリスマスだよ。クリスマスと言えば、やっぱり恋人じゃん?」
「わけがわからん。本来は……」
「そんなのどうでも良いよ。家族と過ごそうが、恋人と過ごそうが、友人と過ごそうが。今、クリスマスは好きな人と過ごす時代だからね」
一理あるな。好きな人と言われるとその象徴は恋人であって。でもその本質は確かに、好きな人と過ごすことにある。
ちらりと見ると、結愛は本を開きながらも、目線はこちらに向いていた。
「まぁ、史郎。たまには役割とか忘れなよ」
「んぐっ」
はっきりとは言わない。けれどもう気づかない振りをそこまでする気は無い。
志保の新しいスタンスが見えた気がした。
「やはは。それじゃっ」
見事なウインクを見せて、志保は結愛のところに行く。
入れ替わりに奏が戻ってくる。
「どうかした?」
「いや。何つーか」
役割を忘れろ。か。
いや、無理だろ。
少なくとも、そういうのは確かな危機を払ってから考えるべきことだ。
「クリスマス、どうすっかなぁって」
「んー。今年はうちでなんか食べる?」
「悪くないかもな」
去年は受験勉強を休みにして、志保とクリスマスデート。一昨年も同じく。
久々に久遠家に厄介になるのもありだな。とは思うが。そうもいかない。
ちらりと結愛の方を見る。
クリスマスという絶好の言い訳を得てパーティーを行わない金持ちはきっと少数派だ。
結愛の頷きを貰い、俺は予定を決定する。
やり始めたことはしっかりとやり遂げる。
そんなわけで夜中。結愛のアパートを訪れる。
「良いんですかぁ? パーティーなんかで時間を潰しても」
冷めた目で結愛は俺にそう問いかけた。
「そういえばお前、イベントごとってそこまで好きじゃなかったよな。特にクリスマスとかハロウィンとか」
「はい。なんでわざわざ、立派に育ったモミの木切り倒して飾り付けして、丸々太った七面鳥を丸焼きにして、靴下吊るして白いひげを蓄えた、潜入にまるで向いていない非合理的な恰好をした、不法侵入おじいちゃんに自分の欲しいものを強請るのか。さっぱりです」
早口で一気にまくしたて、一息吐いて紅茶を飲む。
「直近の大きな任務は二つ。クリスマスパーティー。そして、朝倉家正月旅行です」
「……正月旅行?」
「はい。朝倉家の親戚一同が集まって、高級ホテルの最上階のパーティーホールを一つ貸切って、お食事会。それから初詣して解散です。あとは各々福袋に挑むなりなんなりって感じですよ」
「ふーん」
何その疲れそうな日程。
「あぁ、そうそう。初日の出も見るのでした。ホテルの屋上の屋内プールで」
「何そのセレブ」
……セレブだったわ。
「中学時代の先輩、良いですねぇ。逆玉コースじゃないですか。知らなかったとはいえ」
「そーだな」
「うわっ、興味無さそうですね」
「実際、無い。合理的に考えて、魅力的ではあるが」
寂しいじゃないか。人と人との繋がりが、金で保たれるなんて。金の切れ目が縁の切れ目なんて、そんなの、俺は嫌だ。
「それに、志保を好きになった気持ちは、紛れもない、本物だったから」
だから、俺は涙を流せたんだ。
「素敵なことです。さて、そんな先輩には二つの選択肢があります」
どんなふざけた二択が来るのかと身構えたが、すぐに結愛の雰囲気は変わった。
真面目な話の始まりだ。
結愛は指を二本立てて、一つ折る。
「まず一つ。完全に裏方に徹することです。志保さんは一応、先輩のことを知らないことになっています。なので、事が起きたら出向いて処理するスタイルです」
「常駐警備は警備員任せか」
「そうなります。もう一つは、志保さんから招待を戴き、志保さんと一緒の時間を過ごし、ついでに警備をするスタイルです。これなら先輩は自分の眼で会場を監視することが可能です。まぁ、その分、行動に制限が入りますが」
「そうだな。事が起きても人任せになる可能性の方が高い」
だが、いざという時、真っ先に志保のために動ける。盾になれる。剣になれる。
どうしたものか。
あの滅茶苦茶強い執事の人を考慮すると、俺が取るべき選択肢は。
「結愛に監視カメラから見ていて貰って、俺は変装して現場を巡回。状況に応じて、俺が走るって感じで良いかな」
「妥当なラインですね。では、室長にはそのように提案しておきます」
「はいよ」
マグカップに残っていた紅茶を一気に飲み干して立ち上がる。
「それじゃあ、帰るよ」
「あっ、待ってください」
「ん?」
何事かと立ち止まり振り返ると。小さい何かがぶつかってきて、そのまま捕獲された。
「ギューっ」
「はいはい」
ポンポンと頭を撫でると、少しだけ力が緩まった。
見下ろすと、その気配を察知したのか、こちらを見上げてくる。綺麗な顔に浮かぶ表情は緩い、ふにゃっとしている。
「せんぱーい。泊っていきません?」
「何も持って来ていないのだが」
「大丈夫ですよ。先輩がいつでも泊まれるように、用意はあります」
「……なぜ?」
「私の気持ち、知っておいて聞いてます?」
寂しそうに見えた。
なぜだかわからないけど。結愛が、寂しそうに見えた。
気がつけば、俺は結愛を抱きしめ返して、離れる。
「風呂。入ってきたらどうだ」
「はい」
俺はソファーに座り直した。
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