第31話 女子会

学校で危険物が見つかった。そういう名目で、室長に武器を提出。

 特に何も言うことなく、それを受け取った室長は、慌てる様子もなく、淡々としていた。


「君の選んだことが、どう転がるか、見届けさせてもらうよ」

「……気づいていたんすか」

「勿論、この学校に通う人、全員の背景は調査済みだ」

「そっすか」


「今回は、現場判断ということで、室長権限を大分無理な形で行使して見逃そう。だが、次は無い。君がどう思おうとな」


「……そういえば、例の薬、関係ありませんでした。狙いは、俺でした」

「そうか。だが、彼女の護衛を解く理由にはならない。それと、君に護衛を付けたとしても、邪魔にしかなるまい」

「えぇ。俺を特別守る必要はありません」

「あぁ。おっと、そろそろ時間だろう。戻りなさい」

「はい」


 学校に戻ると、文化祭一日目の終了を知らせる放送が流れた。


「結愛、悪い。ほとんど遊べなかったな」

「仕方ないですよ」


 結愛は、笑って許してくれる。

 霧島は、何事も無かったかのように、クラスに溶け込んでいる。

いつも通り、学年二位の成績を誇る運動部員として、くだらないジョークに薄い笑みを浮かべている。

 俺の判断が間違っていたかどうか、その答えはいずれ出る。今欲しい答えだけど、選んだのは、俺だ。

 再び奏や志保に危険が及ぶかもしれない。いや、今度は結愛が狙われるかもしれない。

 俺はこの手で、大事な人を、危険に晒したかもしれない。俺の都合で。

 やはり、突き出すべきか。今からでも。


「先輩」

「ん?」

「そんなに、気に病まないでください。私には、先輩の判断を無視して、彼を捕えさせる権限があります」

「あぁ」


「でも私は、先輩の判断を尊重し、そうしませんでした。先輩一人の判断ではありません。先輩一人の責任ではありません。この判断は、二人で背負うものです」


「……あぁ」

「大丈夫です。私もいます。大丈夫です」

「頼もしいな」


 また、助けられた。 


「今日はゆっくりしてください」

「ありがとな」

「後輩を助けるのが先輩の役目なら、先輩を支えるのが、後輩の役目ですから」




 奏さんに呼び出され来たのは駅前のファミレス。

 文化祭一日目終了後、史郎先輩は一人でさっさと帰った。

 志保さんと一緒にその場所に着いた時には、ドリンクバーが三つ、既に注文されていた。

 私たちが来たのを確認して、フライドポテトと唐揚げとピザを追加で注文。


「じゃあ、女子会しよっか」


 料理が届いたところで、奏さんはそう宣言した。

 正直、怖い。

 何を言われるのか、予想がつかないから。


「じゃあ。単刀直入聞くね」


 身構える。

 さぁ、何が来る。

 志保さんがいるから、組織関連のことは迂闊には聞いてこないはず。私が護衛だと志保さんに明かしたことを、奏さんは知らないはずだ。

怖いけど、そこに関しては少し強気でいられる。


「史郎君のこと、どう思っている?」

「……ん?」

 あれ、私は今、何を聞かれた?

 今日、あんなことがあって、その方向の話題が来るなんて、誰が予想するか。

「史郎君のこと、好きなの? LOVEなの? LIKEなの?」

 畳み掛ける奏さんに、志保さんは小さく首を傾げる。

 こうなったら。


「ぎゃ、逆に奏さんはどうなのですか?」


 切り返す。答えは知っているけど、この手の質問は、逆にされると困るものなのだ。


「好きだよ。気づいていたでしょ。ここで表明しておくよ」


 と、思っていた時期が私にもありました。


「萩野さん。切り返す時は、自分の気持ちを堂々と述べてからだと効果的だよ」

「そのアドバイス、いつ活かせるのですかね」


 さて、どうする。この場面、どう答えるのが正解なんだ?

 私としては、史郎先輩が組織で正式に任務扱いで志保さんの護衛についているので、目的の一部は達成されている。

 だから、後は、史郎先輩が色々前向きに考えられるようになってくれれば。あわよくば、また、正式にコンビを組めればと考えている。

 なんてこの場で言えるわけがない。

 三人が、黙々とポテトと唐揚げを食べる時間が続く。 


「私は、わからない」


 志保さんが淡々とそう答えてピザを切り分け始める。綺麗に六枚。凄い、ピザ切りカッター、あそこまで上手く使える気がしない。


「ねぇ、朝倉さん。いつまでそっちの朝倉さんでいるつもり?」

「えっ?」

「私と萩野さんの前で、その仮面、あまり意味が無いと思う」

「えっ……」

「知ってる? 史郎君と朝倉さんが上手く行くようにサポートしてたの、私ってこと」

「えーっと?」

「史郎君の家の場所、知ってる?」

「ど、どこ?」

「私の家の隣」

「えっ? ……えーっ!」

 



 「そっか、浮気になるって気にして、史郎は自立を始めたと」

「そういうこと」


 今の、また起こされ朝ご飯を用意して貰っている史郎君のことは伏せて話す。


「そっか」

「初めてのデートの時は後を付けて、スマホでアドバイスを送ったりもしたなぁ」

「その事実は、あまり知りたくなかったかもしれない」

「史郎さん、そんなことを」


 この女子会を開いた目的は、恐らく、いや、確実に史郎に思いを寄せている二人のことを知るため。

 いや、違う。そんな立派な理由じゃない。 

 今、私には史郎君に合わせる顔が無い。

 今日の私は、確実に、史郎君の足を引っ張っていた。弱点になっていた。

 あの時も。

 あの、夏休みから。

 私は、一歩も成長していない。

 史郎君に、人を殺させてしまった、あの日から。

 同じ失敗を繰り返した。

 すぐにでも、史郎君に謝りに行かなきゃいけないのに。

 こんなところで、何をしているんだろう、私は。


「奏さんは、その、史郎さんのこと、好きって言いましたよね」

「うん。言った」

「アプローチをかけているのはわかっているのですが、何で言わないのですか? 好きだって」

「うぐ」


 さらっと、痛いところを突かれてしまった。

 なんで、回りくどいことしかできないのか。私は。

 持ち上げたグラスは、もう氷しか入っていなかった。


「奏さん。ついでに持ってきますよ」

「あー、うん。ありがとう」


 朝倉さんと二人。


「あちちっ」


 ピザを食べながらそんなことを言っているこの子に、私は一回負けているんだ。


「久遠さ……久遠ちゃんも食べないの?」

「食べる」


 史郎君と二人きりの時はそんな風に私を呼んでいるのか。


「やはは。久遠ちゃんとこんな風にファミレスでご飯食べる日が来るとは」

「私も驚いてる」


 本気で。


「戻りましたー。どうぞ」

「……萩野さん、これは?」

「メーラです」

「……史郎君が良くやる奴か」


 コーラとメロンソーダを二対一の割合で混ぜるとか何とか。


「史郎さんとファミレス来ることも?」

「うん」


 私の答えに頷きながら、おもむろにタバスコを逆さにして、全力で振っている萩野さんが見えた。幻覚と判断して自分の分に手を付ける。

 ……やっぱり、こんなこと、している場合じゃない。


「久遠ちゃんは、どうして私たちとご飯食べたいって思ったの?」

「えっ?」

「勿論、私は誘ってもらえて嬉しいよ。私が食事を誘う時は、その人と一緒に食べたら楽しそうだなって思えた時。久遠ちゃんは? 今楽しい? それとも、考え事に忙しい?」

「それは……」

「久遠ちゃん。また誘って欲しいな。今度は、久遠ちゃんが私とご飯食べたら楽しそうだって思える時に」


 醜い私の、逃げの一手は見透かされていた。

 笑っているようで笑っていない。今日の事件のことを知らないはずの、幼馴染のマイペースな元カノは、意外と鋭かった。


「……ごめんなさい」

「謝らないでよ。怒ってないし、誘われて嬉しかったって言った」

「それでも……」

「良いから。食べよ。食べ物の前でしんみりするのは、食材に失礼だし」

「むっ。うん」

「タバスコ、いります?」

「いらないけど……かけ過ぎじゃない?」

「そうですか?」


 真っ赤になったピザを視界に収めないようにして、自分の分を口に入れる。


「うん。美味しいね」

「やはは。そうそう。そんな感じ」


 朝倉さんは今日の事件も、史郎君の仕事のことも知らない。

 はっきりと私の考えていることを、打ち明けることはできない。


「誘っておいてあれだけど、女子会ってどんな風にやるんだろ」

「知らないですね」

「私も知らない。久遠ちゃんが一番経験ありそうなのに」

「あ、志保さん、遠回しに私がボッチって言いましたね」

「違うの?」

「……そっちの志保さん、面倒ですね」

「傷つくなぁ」

「冗談です。素の志保さん、結構好きですよ」

「この流れで言われてもなぁ」


 守る人と守られる人の関係か。 

 史郎君は、いつも、立ち向かう方向に選択する。

 だから、当たり前のように霧島君に挑んだ。

 気がつけば、並んでいた料理は全部無くなっていた。

 会計を済ませてお店を出ると、日はほとんど沈んでいた。


「それじゃあ。解散で」

「はーい。またね久遠ちゃん」


 二人が歩いていくのを見送って、背を向けて家の方向へ。


「……うん」

 行こう。

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