第30話 対決
駆け上がる。階段を。
確かに、人がいた。
「へぇ。早いね」
パチパチパチと、間の抜けた拍手の音。
廊下の奥。椅子に座った女子と、制服から何かを取り出す男子。
あぁ、そうだよな。増えていた問題用紙の作りを見て、可能性として頭にはちらついていた。いや、わざとなのか。挑発の意味も込めて、本来の問題用紙と同じ作りにしていたのは。
「霧島どういう、……奏!」
「おっと、動かないでね」
反射的に立ち止まる。
学校という場に似つかわしくない、人を殺傷するためのもの。
銃口が真っ直ぐにこっちに向けられる。この狭い廊下において、これ以上に強力な武器はそう無いだろう。
それをこちらに向けているのは、クラスで人気の一人で、俺の自称友人、霧島恭也で。
そして、椅子に座る奏は、拘束されていた。
「悪ふざけでも許さないぞ。霧島」
「まぁ落ち着きなよ。萩野さんは? 仲間なんでしょ」
「……どこまで知っている?」
「君がどっかの組織で特別な仕事していることくらい。朝倉さん、護衛しているんでしょ」
「そこまでわかっていて、何で奏を」
「朝倉さんを攫ったらその時点で気づかれるでしょ。発信機に盗聴器、色々持たせちゃって。萩野さんも無理だね。多分僕なんてすぐにボコボコさ。だから、久遠さん」
「……待て。お前の狙いは」
「九重君を殺すことだよ」
咄嗟に教室の扉を掴む。が、文化祭が終わるまで鍵がかかっている。逃げ場はない。
すぐさま後ろに飛んで倒れる。銃声はしない。そのまま転がるように廊下の曲がり角に。
「迂闊には撃たないか」
一発撃った時点で見つかるリスクが発生する。その一発で仕留めきれなかったら霧島はゲームオーバーだ。
でも俺には、このまま階段を下りて、逃げるという選択肢は無い。
奏を見捨てる選択肢は無い。
無策に突っ込んで、弾が当たるか当たらないかのギャンブルを挑む気も無い。
「出て来いよ。じゃないと、先にこっちを殺すよ」
落ち着け。危ない状況を何回も経験した中で得たものを思い出せ。
冷静に。頭と心を冷やせ。状況を俯瞰して見ろ。感情に乱されるな。
笑みを作る。態度だけでも、余裕を見せるんだ。
助けるべき人達、一緒に戦う人達を安心させる。俺が最初に目指したのはそこだった。
キザな仕草。余裕ぶった態度。クールな頭脳。揺らがない心。
「さぁ、始めようか」
頭の中にスイッチが入った。
姿を晒す。銃口がこちらに向く。
「目付きが変わったね。随分と自信ありげじゃないか」
霧島はゆっくりと眼鏡を外す。
奏は泣いていない。ただ心配そうに俺を見ていた。
ったく。こんな時まで俺の心配かよ。
「まさか。冷や冷やしてるよ。それで、どうやって俺に気づいた。そして、なぜ俺を殺そうと? 良いだろ、俺にはこの状況に勝ち目は無い」
「殺す前にベラベラ喋る趣味は無いよ。小物っぽいし。それに、勝ち目が無いなんて本気では思ってないでしょ。ここまで追い込んでも、君はどうにかしてくる。その恐ろしさがある」
「眼鏡とって大丈夫かい?」
「ご忠告痛み入るよ。実は裸眼でも2.0あるんだ。これはちょっとした変装用さ。知的に見えるだろ。時間稼ぎは、終わりかい?」
「まぁ」
俺は、ちらりと窓の外を見た。
霧島は俺の動作、一つ一つに警戒している。その確信がある。
だから俺の視線の動きに、反応する。何もない景色を、スナイパーとか、今ここにいない結愛を、警戒する。
鏡の前で毎日練習してきた、不敵な笑みが、そうさせる。
その一瞬で、十分だ。
袖の下。そこに仕込んでいたそれを、霧島の眼を狙って投げる。
戦い慣れしていないのは、それに気づいた時の反応でわかった。
投げ物を避けるのではなく、迎撃しようとするでもなく、利き手で、銃を持っている方の手で防ごうとした。うちのクラスの出し物で使う、マグネットダーツを。
腕で視界が塞がれる。その一瞬。
それは銃が使えなくなる一瞬でもあり。
積み重ねられた不利を、一瞬の隙の連続を積み重ねて、ひっくり返す。
まずは武器だ。腕を捻り上げ、銃を落とさせる。
至近距離なら、負けない。
鳩尾を拳で打ち抜き膝をつかせる。床に落ちた銃を蹴って手の届かないところに。
組み伏せ関節を極める。
「ケッ……容赦無いなぁ」
「ここまでやっておいて、知り合いだからって手加減するわけないだろ」
「そうだね。あー。失敗かぁ」
何事も無いように、いつものように。霧島はぼやいた。
「結愛、取り押さえた」
『了解です』
「志保は?」
『無事です』
「よし」
「朝倉さんは最初から眼中に無いって」
「どうだか」
「本当だよ」
床に押し付けられ、取り押さえられたまま、霧島は飄々と言葉を続ける。
「言ったじゃん。君が最初から狙いだって。だって当たり前でしょ。父親を殺した人間に復讐するのは」
「父親……お前……」
手錠をかけようとした手が止まる。
手の力が無意識のうちに緩まった。それに気づかれないわけがなく。
「くっ」
「動くな」
「チッ」
「さて、それじゃあ」
ゆっくりと、慎重に、銃口が真っ直ぐに頭を狙う。
どうする。ここで俺が撃たれて、こいつは奏を解放するか? いや、無いな。目撃者は消すだろう。
仕方ない、一発くらいは。
足に力を込める。
ニヤリと、霧島の口が吊り上がる。
「余裕がなくなったようで」
けれど、やっぱ俺の後輩、最高だな。通話切らなくて良かったよ。
「ぐっ」
悔しさをにじませた声と共に、霧島の持っていた銃は弾き飛ばされる。
「動かないでください……お待たせしました。先輩」
廊下の端。俺達がいる反対側の端に、小さな人影が見える。
「ちぇ」
懐からコンバットナイフを出すが、それもすぐに撃ち落とされる。
「あの距離で当たり前のように、しかも僕の手じゃなくて武器に当てるとか、ズルでしょ」
そう言いながら、霧島は両手を上げた。
「駄目だね。降参。分が悪い。というかこれ以上抵抗したら当ててきそう。痛いの嫌い」
「痛めつけられる覚悟も無い奴がこんなもん使うなよ」
「撃って良いのはーって奴? やだね。僕は一方的に痛めつけるのが大好きなんだ」
「正面からの勝負がとか言っていた奴が何を言ってるんだよ」
「あんなの嘘に決まってるじゃん」
あっけらかんとそう言う。
結愛は油断なく銃を構えながら近づいてくる。。
まずは、奏の拘束を解くべきか。
口に貼られたガムテープを剥がし、手首と足首に巻き付いていたテープを切る。
「史郎君……」
「急に動くな。体の調子を確認しておけ」
「うん」
奏の前に立つ。結愛と挟む形。
「人質まで取り返されたら、もうどうしようもないよ」
「迂闊に動けば撃ちます。霧島さん」
「わかってるよ。さて、何を聞きたい?」
「お前は、あの男の」
「そう、息子。君が殺したあのゴミの」
「自分の親を、ゴミって……」
奏の呟きに、霧島は乾いた笑いで答える。
「犯罪やってバレて、追い詰められて、仕舞いには中学生に殺されて、家庭を崩壊させて、ゴミ以外の何だって言うんだよ。僕はおかげで県外の高校に進む羽目になったよ」
「どうやって俺に気づいた。何で俺が殺したことを、知っている」
そう、あれは、情けない話だが、もみ消された。銃撃戦になり、流れ弾に当たって死亡。
記録上、俺が殺したことにはなっていない。俺が、敵側の使っていた銃を奪って発砲したことが、結果的にその隠蔽を手助けすることになった。
「久遠さんが、父親が攫った子どもだって、すぐに気づいたよ。父親が攫った子どもに会うことがたまにあったから。顔立ちでね。名前も同じだったし。
子どもを預かる仕事だって聞いていたからね。その後どうなったかは気になっていた。つけていた」
俺と結愛と奏。任務について、そして、あの夏休みについて、しっかりと触れてはいないが、話していたことが、一度だけあった。
その時の会話で、俺が殺したことは推察すること自体は、可能だ。
「探りは入れていたんだけど。久遠さんが俺に気づきそうになったし、君を尾行するのは難しかったから、一旦手を引いたよ。
スリの件も、不用意だったって反省してる。確証が得られなかったからね。何かに使えるかもしれないって用意した駒を無駄にしてしまったよ。もう少し確実な手を取るべきだったよ」
そうだ。あの日、俺と志保、結愛が出かけると知っていたのは奏と当日の朝に会った霧島だけ。俺に探りを入れるのが狙いなら、確かに、納得だ。
「君が組織の人だと完全に確信したのは、朝倉さんを一回攫った時だね。
親父のフリをして、伝手を辿って、金をちらつかせたら、本当にやってくれてね。その時に君たちの組織のことも教えてもらったよ。
あとは君のスマホに、彼らが使っているビルの位置情報を送ってね。あそこまで大規模に色々やってくるのは予想外だったけど。流石お嬢様、手を出したら危ないってわかったよ」
「……てめぇ」
霧島が俺のスマホに触れたのは一回。
俺が忘れたのではなく、霧島が俺のメールアドレスを調べるために一時的に持ち出したものを返したのか。
スマホの暗証番号なんて、後ろから多少離れていても、見ることはできる。
人が不規則に入り乱れる教室なら、俺に気づかれることなく覗くことも、可能だ。
「最後の一手は自分で決めたい。欲張って打って出た結果がこれか。僕も、あの父親と変わらないな。
その目は何かな? 家族を壊した人間は二人。父親と、父親を殺したお前。そうだろ?」
「くっ……」
「謝るつもりなら、口を開かないでくれ、九重君」
冷たく、そう言い放たれる。
「謝るつもりなんて、ない」
「そりゃそうだ。そうでなきゃ困る。僕は、僕がやっていることがおかしいことは、わかっている」
そして、そのまま降参の意を示すように、膝をついて、そのまま体を伏せる。
「捕まえなよ」
手錠を握る手が震える。
捕まえるべきだ。頭がそう訴える。
危険人物だ。
人を攫うことを依頼して、クラスメイトに拳銃を向けるような人間だ。
危険因子は、ここで摘むべきだ。
「……行くぞ、二人とも」
「えっ」
「先輩?」
戸惑う二人。結愛が撃ち落した銃とナイフだけ拾って、構わず階段を下りる。
心臓が、うるさい。
間違えているだろうか。いや、間違えている。
「情けをかけるつもりかい?」
それに答える言葉を、俺は持ち合わせていない。
ただ一つ、言えることがあるとすれば。
「君まで道を、踏み外さないでくれ」
俺に言う資格があるかわからない。
でも、俺にはいた、俺を日常に引っ張ってくれた人が。
だから、俺に、彼を捕まえる選択肢を、選べなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます