第28話 文化祭前日。

 テスト結果は前回と同じラインをキープできた。

 奏は二連覇。霧島が凹んでいた。


「彼女は天才だったりするのか?」

「知らん。お前は努力型だと、この二回で判断しているが」

「僕は天才なんて存在を信じたこと無かったが、こうなってくるとな」

「いや、奏も単に勉強しているだけだと思うぞ」

「努力が苦にならない。呼吸するように一般人にとっての努力をするというのも一種の才能なのかもしれない」

「そりゃそうだ……まぁ、あれだ、気を落とすなよ」

「……君は、なぜ頑張れたんだ?」

「何をだよ」

「色々だ」


 よくわからない。

 たまに変なこと言うな。霧島は。


「まぁ、頑張らなきゃって状況に、いつも追い込まれてるだけだよ。それよりも、お前は高校の範囲、どこまで予習しているんだ?」

「一年生の分は終わっているぞ。授業は自分の理解に間違いが無いかの確認に使っている」

「そっか」


 一回くらいは勝てたりすることが、あるかもな。それなら。


「そういえば、九重君。注文の品だ」


 霧島が差し出したのは、文化祭で出題する問題の書かれた紙と、解答用紙の試作品。


「サンキュー。良い感じだ」

 



 文化祭前日にもなると、学校の風景は様変わりする。

 どこもかしこも、準備の声で賑わっている。

 昇降口前には、三年生の屋台が並び。体育館はステージ前にずらっとパイプ椅子が並び、生徒会の出し物、二年生の屋台と並んでいく。

 三階の教室は文化部の出し物が並んでいる。二階の教室の前には看板が並び、我ら一年生の出し物が教室の中に展開される。


 問題の配置を終え、景品の数を確認し。暇だからダーツを投げる。

奥の広い特別教室では、お化け屋敷の準備が今も忙しく続いているらしい。うちのクラスから何人かその手伝いに行った。

準備と片付けの手間と引き換えに、確実に盛況を得られ、採算が取れることに定評があるお化け屋敷。物々しいものを次々と運び込んでいた。

 奏がいなかったら、俺達もお化け屋敷や、隣の教室みたいに縁日の準備をやっていたのかと考えると、少しだけ胃が痛くなる。

 さっきビニールプールを運び込んで、せっせと水を入れているの、見たぞ。


「折角の文化祭で、楽することばかり考えるって、どうなんだろう」

「祭りの後はゴミしか残らないからな。少ない方が良いだろ、ゴミは」

「史郎っぽい」

「どこら辺が?」

「自分にとって大切なこと以外に対しては、結構ドライ」

「……否定しきれないな」

「悪いことじゃないと思うけど。……史郎、凄いね、さっきから一本も外してない」

「何となくどこに飛ぶかわかるからなぁ」


 出し物用のマグネットダーツで。動作少なく素早く目標に当てる練習をしていたが、これがどうしてか、結構できる。実戦で使えるかもしれない。

 射撃練習していた頃を思い出す。まぁ、俺より上手いのが、そこにいるのだが。

 投げる。がそれはどこからか飛来した別のダーツに弾かれる。


「……チッ」


 もう一本。今度は的に当たる直前で弾かれる。


「なぁ、結愛」

「はい」

「なぜ俺が投げたダーツにピンポイントで当ててくるんだ」

「意外とできるものなのでびっくりです」

「答えになってないぞ」


 また一本、俺が投げたダーツに結愛の投げたダーツが当たる。

 地味にイラっと来るな、これ。

 地味モードの結愛が自慢気な笑みを浮かべる。


「あの、史郎さん? なんでこっちに向けてくるのですか?」

「ダーツの先がマグネットであることに感謝するんだな」


 結愛の額を狙ったダーツはきっちりと迎撃された。


「何するんですか」

「迎撃されると踏んではいたが、成功されると何かな」

「はぁ……あっ、奏さん帰って来ましたよ」

「あぁ、おかえり」

「ただいま。さて、これで完全に終わりだね。帰ろうか」

「あぁ」


 先生に準備は大体終わったことを報告しに行っていた奏が帰ってくる。

 明日は結愛と回ることになっている。

 シフトも、クラス委員兼実行委員の権限でそれができるように調整できた。

 だから、明日。

 そう、明日。結愛には、少しだけ、自分の立場を、忘れてもらうんだ。

 あいつ自身が常に引いている一線を、踏み越えさせるんだ。

 そんなことを、俺ができると思うほど傲慢ではない。

 でも、それでも、そうしたいんだ。結愛のことを知っている一人として。


 


 駅のホームは、俺達と同じ、下校中の高校生で埋め尽くされていた。

 時間ずらせば良かったなと後悔しながら並ぶ。


「史郎、聞きたいんだけど」

「何?」

「さっき、史郎にとって大事なこと以外に対してはドライって話したじゃん」

「あぁ」

「その割に、文化祭、それなりに頑張ってるじゃん」

「あぁ」

「なんで? クラス委員だから?」


 隣にいる奏は俺達の会話が聞こえているのか聞こえていないのか、いや、多分聞こえているだろう。けれど、何も言わない。

 正面から、夕焼けが真っ直ぐに差し込んできて眩しい。


「やりたいことのために、好きじゃないことをやらなければならい時がある」

「誰の言葉?」

「……俺の父親の言葉」

「そっか」



 志保は薄く笑った。どこか嬉しそうに。


「史郎の家族の話、初めて聞けた」

「そうだっけ?」

「うん」


 確かに、無意識に避けていたのかもしれない。

 電車が入ってきて、会話は中断。 

 人を吐き出して、代わりに俺たちが入る。

 椅子は帰宅者たちで埋っている。

 そういえば、結愛は? と思ったら、隣の車両に見つけた。

 無言で電車に揺られて、降りて。家路に。

 少し前なら、もうこの時間は暗かったのに。

 確かに、季節は夏だった。


「それじゃあ、私、こっちだから」

「あぁ。また」


 志保の背中が見えなくなるまで見送って。

 また、結愛のことが頭にちらついた。

 今隣にいる女の子のことを、優良物件とか、都合の良い女とか。色々言っていた少女。


「奏、あのさ」

「うん?」


 躊躇う。聞いて良いのか。

 いや、答えを聞くのが、怖いのか。 

 奏は待っている。待ってくれている。


「奏は、好きな人とか、いるのか?」

「急にどうしたの?」

「気になっただけだ。お前、ずっと俺とばかりいるから」

「そうかな?」

「あぁ。好きな奴いるなら、なんか悪いなって」

「なら、心配しなくても良いよ」


 跳ねるように前を歩いていく。


「私、今、それなりに満足だから。史郎君は別に、現状で満足せず、更なる高みを目指せとか。向上心の無い者は馬鹿だ。みたいなこと、言わないでしょ」

「言わんけど」


 立ち止まり、振り返った奏は笑っている。

 でも、急に顔をしかめて、俺の鼻を突いた。


「急になんだよ」

「変な質問をした史郎君には、今日のデザートを要求します」

「コンビニスイーツで良いか?」

「よろしい」


 答えになっていない、そんな気がするけど、はぐらかされることにした。

 花音ちゃんと音葉ちゃんの分も買って、その日も奏に夕飯もお世話になった。

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