第27話 事前準備、そして後輩。

「さて、どうしようか。謎解き」


 奏が参考になるかもと用意した謎解き問題集。

 ペラペラとめくるが、結構よくできた問題が多い。一応、組織で暗号解読の訓練も受けてきたからスラスラと特に躓く事無く解けるが。

 なるほど、閃き次第で誰でも解けるレベルに仕上げないといけないのか。


「とりあえず、渡した紙に一問目書いて、その一問目を解くと二問目の場所にたどり着く。って感じにするか?」


「良いね」


 使えるのは校舎の中でも半分。特別教室棟は使えず、普通棟のみ。しかも四階は使用不可。

 配置する場所は限られている。

 あとは体育館と東昇降口前のみ。

 まぁでも、移動の複雑さで、難易度とは別のめんどくささが生まれても、客は萎えるだけだろう。

 適度に快適に、でも適度に難しく。

 そう考えると、結構な難業に思えてきたぞ。


「問題は容赦なしで良いか」

「うーん」

「ある程度は閃きでどうにかなる感じのに」

 問題数は三つ程度かな。

「あっ、面白い仕掛け思いついたわ」


問一

 あらま、にかいへようこそ。ショーのはじまりです。おっと、なぞときだね。

 1 6 7 14 15 10 6 32 18 5 6 7


「一問目だからな、単純なものにしておこう」

「やはは。私はどうにかわかったよ」


問二


 入り口か河口か汽車の 


「……史郎さん、これ、少し意地悪では?」

「結愛、目の前にあるのはなんだ」


「一問目の答えの場所ですね。ヒントとしてわかりづらいのでは?」


「まぁ、気を使って、確実に通り、運良ければ見つかる場所にしたし、ヒントに気づかなくても、何となくでたどり着ける可能性はあるぞ」


「次の場所を示しているという法則がわかれば、ボーナスになるかもしれませんね」



問三


 光にかざせ。


「これだけなの、史郎君?」


「あぁ その通りに、最初に渡した紙を光にかざせば、教室に行け。光にかざしたと言えって書いてある。志保が考えた」


「ふーん」

「それでまぁ、たどり着いて、合言葉を言うと。最終ステージだ」


 教室に戻って。壁に目を向ける。


「頭を使った後は、体を動かすに限る」


 ダーツの矢を一つに手に取り。投げる。

 ど真ん中にくっついたことに驚いた。安全性を考慮してマグネットだ。

 まぁ、文化祭の準備はまだ始まってはいないが。道具だけ学校に持ってきたというわけだ。


「さて、後はテストで赤点を取らないことだな」

「史郎君なら問題無いと思うよ」

「って言って油断して良い奴なんていねーよ」

「そうだね」




 「……意外とできてるな」

「史郎のノートのおかげ」

「さいで。それは良かったよ」


 場所は奏の家。

 トントントンとキッチンから調理する音が聞こえる。


「お兄さん。私たちまで良いのですか?」

「あぁ。奏に夕飯任せているからな。これくらいはするさ。流石、音葉は優秀だな。ほら、花音、頑張れ」

「うぅ、眠い」


 地区大会を余裕で突破し、県大会も近い花音。 

 けれど、その前に待っているのは期末試験なわけで。

 中三の期末は結構大事だ。花音の大会成績なら、推薦は狙えるだろうが、それでも奏は厳しく妹たちに勉強させている。


「二度とスポーツが、楽器ができなくなるかもしれない。別の何かに興味を持つことがあるかもしれない。その時、何が自分を助けてくれるか。学んだことでしょ?」


 それを聞いた俺は、不覚にも感動してしまった。

 気がつけば、俺も誰かに教えられる程度にはなっていると。何て言ったら本職の教師辺りに鼻で笑われそうだけど。 

 ふと。奏は、将来、どうしたいのだろうと考えた。

 奏なら、どこでも、どんな仕事でも、しっかりとこなしそうな気がする。

 奏が何をやりたいのか、聞いたことが無いことを思い出した。


「ご飯できたよー」

「あ、あぁ」


 立ち上がってキッチンへ。配膳くらいは手伝おうと思った。


「どうしたの? 史郎君」

「手伝おうと思って。何を持っていけば良い?」

「気にしなくて良いのに。まずはテーブルを片付けるところからかな」

「確かに。ほらお前ら、今日は終わりだ」

「そう。わかった」


 ノートと教科書の代わりにハンバーグと白いごはん、味噌汁。鉛筆と消しゴムの代わりに箸。

 夕飯を食べたら。今回も、俺が志保を送る。

 ……結愛は何をしているんだ。




 「先輩、寄っていきませんか?」

 そう聞かれたのは、志保が家に入って、電気が着いたのを確認してからだ。


「お前、勉強会参加すりゃ良いのに」


「別に、護衛は引っ付いてるだけが護衛ではありませんからね。普段先輩がしている部分を、あの時間は私が担当するのです」


「あぁ、なるほど」

「今のところ特に不審な動きがあるわけではありませんが」


「変な遠慮するなよ。結愛の場合は、志保に護衛を隠しているわけじゃないし、奏だって事情を把握している」


「先輩、もし襲撃された時、奏さんと妹さん方を巻き込むリスク、ありますよ」

「……そうだな」


 結愛に、普通の女子高生らしい日常を、少しでも送ってほしい。でも、それよりも優先すべきことがあることが、頭から抜けていた。 


「さぁ、どうぞ。お入りください」


 簡素な部屋だ。娯楽らしい娯楽は本棚に並んだ小説。あとはパソコンだけか。


「さて。わざわざ部屋に入れたんだ。何かあるんだろ」

「いえ、ありませんよ」

「帰るわ」


 踵を返す。そろそろ眠いのだ。


「冗談です。冗談ですから。さぁ、お茶の一杯でも飲んでいってください」

「へぇ」


「だって仕方ないじゃないですか。学校ではこんな風に堂々と話せるわけじゃないんですから……そんな、めんどくさそうな目で見ないでくださいよ。酷いです」


「へっ」


 むくれ顔の結愛。後輩を虐めて楽しむ趣味は無いから、勧められたソファーに座って、差し出されたマグカップを一口。

 お茶の味なんて、語れるほど知らない俺には、美味しい紅茶だな。以外の感想は思い浮かばない。


「文化祭、誰と回るのですか?」

「いや、普通に志保の護衛だけど」

「えっ……?」

「何がおかしい」

「はぁ」


 結愛がそれはもう、わざとらしくため息を吐いた。


「史郎先輩。九重史郎先輩」

「なんだよ」

「奏さんと回るとかは?」

「その、謎の奏推しはなんなんだ」

「個人的に、奏さんなら納得がいく。というだけです」

「わけがわからん」


 そのまんま解釈すると、俺が志保に気持ちを向けるのは気に食わないけど、奏なら仕方ない。となる。

 でもそれは、結愛が……いや。やめよう。こういうことを考えるのは。

 ……正直、怖い。変な勘違いをして、本気にしてしまうのは。


「先輩?」

「あぁ、いや」


 結愛の前では、頼れる先輩でありたい、そう考えている自分がいる。


「まぁ。お前も楽しめよ。俺とか志保のことばかり気にしてないで」

「仕事ですから。それに、私には楽しみ方とか、わかりませんし」

「別に、やり方があるような話じゃないからな」

「この年になると、感覚的に理解する機能が落ちていることを感じますよ。論理立ててもらわないと、厳しいです」

「そもそもやり方が存在しないのに、論理も何も無かろうよ」

「なら、私には無理なことです」


 寂しそうでも、悲しそうでもなく。ただそれが当たり前のことだとでも言うように、結愛は言った。

 それが無性に納得がいかなくて。

 意地になりつつある自分がいる。


「んじゃ、俺と回るか?」

「へ?」

「文化祭。一日目なら生徒だけだ。回れるだろ。そこまで厳しく、志保の周りを張らなくても」

「えーっと」

「あぁ、悪い。調子に乗ったな。志保とかと回った方が楽か?」

「いえいえいえ。先輩と、回って良いのですか?」

「良くなかったら誘わねーよ」


 急に前のめりになる結愛に少しだけ身を引く。


「じゃ、じゃあ、一日目……その、良いですか?」

「あぁ。良いよ」

「その……不束者ですが、よろしくお願いします」

「そこまで畏まれても……」


 普段の結愛とは違う、もじもじとした仕草。


「あー。そろそろ帰るかな」

「あっ。はい。そうですね。引き止めてすいませんでした」

「いや。別に良い」


 家を出る。外は勿論暗い。


「そうだ、先輩。二日目も、誰と回るか考えておいてくださいね」

「いるか? それ」

「いりますよ。勿論」

「そうかい。……頭の隅で覚えておくよ」

「はい!」


 ちらりと志保の家を見る。

 一階の電気が消え、二階の電気が点いている。

 外、すっかり温かくなったな。

 今更、そんなことを想った。

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