第26話 ひらめき

「史郎。文化祭ってどうなっているの?」

「それを今話し合っている」


 文化祭の出し物を決めるクラス会は明日だ。

 奏と昼休み、弁当食べながらどうするか考えていたところ、志保が来た。


「今日さらっと聞いて回ったら、二クラスがお化け屋敷、後は縁日って感じかな。朝倉さん、何かある?」

「私は、自分でやるよりも、他のクラスの見て回りたいと思っている」

「おいおい。しかしまぁ、他のクラスはは決まっているんだな」

「アンケート取ってさっさと決めたみたい」

「なるほどな……」


 実際問題、多分、奏が一気に決めに行かないのは、俺を気にしている。

 さらに言えば、俺と結愛が志保をどう護衛するか決めかねてるから、ギリギリまで待ってくれている。

 やはり、奏には頭が上がらない。


「史郎君、何で私を見ながら深々と頭を下げているのかな?」

「さぁな」


 ちゃんとやろう。

 気を引き締めよう。

しかし、本当にどうしたものか。

 当日、少ない人員で回せるもの。それはつまり、事前準備で大体済むもの。

 確実に、誰がどこにいるか把握できる、演劇というのも考えたが、確実に反対多数だろう。

 結局、何も決まらないまま放課後。

 公園のクレープ屋台で買ったイチゴクレープを眺める。


「史郎、悩んでるね」

「まあな」


 お前の護衛のためだ、とは言えない。

 甘いもの食べれば何か思いつくとは思ったんだけどなぁ。

悩みの種の護衛対象は、隣で早く食べたそうに、ジーっと自分の手にあるバナナクレープを眺めている。

 ちらりと上げた視線の先。志保が確認しているのは、クレープの前の列。

 奏と結愛はまだ並んでいた。さっさと決めないからだぞ。


「なんか、迷路みたいなことやりたいなぁ」

「迷路って……どこ使うんだよ」

「やはは。そうだね」


 やるとしたら体育館だが、ステージ発表のために半分。二年と生徒会がもう半分使うことになっている。迷路用のスペースなんて確保はできない。


「それよりもさ、史郎。もうすぐテストだよね」

「あぁ、期末か」


 焦る程でもないが、油断はできない。

 それに、順位はある程度キープしておきたい。

 順位をそれこそ、一つや二つならまだしも、ガクッと十個くらい落としてでもしたら、奏に心配をかけそうだ。

 それは避けたい。


「あと、お前の勉強もどうにかしなきゃな」

「……はい、その、ありがとね」

「赤点が無いだけで安心するような立場は抜けなきゃな」

「おっしゃる通りです」


 志保のお父さん、社長さんにあぁ言われた手前、安易に見捨てることも、適当に済ませることもできない。

 別に、何もしなくても何か不都合があるわけでもないだろうが。


「とりあえず。このノート貸しとくから、目を通しとけ」

「えっ? 良いの?」

「あぁ」

「やはは。相変わらず字は微妙だね」

「うっせー」


 まぁ、志保は読めるわけだが。不思議なことに。

 奏は矯正しようとして、諦めて投げた。

 ……また頑張ってみようかな。一瞬だけ思った。多分、家に帰ったら忘れるけど。


「……ねぇ、史郎」

「ん?」

「聞きたいこと、あるんだけど」

「なんだ」


 真剣な目。けれど、その奥は言うか迷っているようで、揺れている。

 一、二、三秒。その沈黙は、夕方の公園の喧騒に埋めてもらう。


「あの、夜。えっと、その」

「史郎さん。志保さん。お待たせしました」


 タイミングが良いのか悪いのか、結愛が帰ってくる。それに続いて奏も。


「あっ……おかえり」

「ごめんね、待たせて」

「気にしなくて良い。食べましょ」


 クールな志保になって、何事も無かったかのように、自分の分を食べ始める。

 気になるが、二人の前では話せないことなら、仕方がない。

 立ち上がって伸びをして一口食べる。

 イチゴの酸味とクリームの甘味が脳に沁みていくようだ。


「? 座らねぇの?」

「良いの?」

「良いから立ったんだけど」

「そ、そう」


 戸惑いながら座った奏。でも仄かな笑みが見えた。

 何か。何か上手い企画。

 クラス一丸にならなくて良い奴。

 歩いて駅の構内へ。


「へぇ。今年もやるのね」


 志保がそう呟いた視線の先のポスターは、各駅に配置されたスタンプを集めていく。集めた数に応じて景品が貰えるというもの。


「……スタンプラリーか」

「史郎? 何か思いついた?」

「……スタンプでは学校の規模じゃ物足りないな」


 ならどうする。

 考えろ。

 迷路……いや、学校を迷路に見立てて。迷路と言えば、暗号。


「あっ!」


 これなら、最低限の人員。景品を渡す人と、たまに見回りする人くらいで済む。

 しかも、準備も結構楽だ。





 謎解き・イン・学校。と言えば良いのだろうか。

 学校中に問題を配置して、正解してゴールすると景品が貰えるというもの。

 途中リタイアの場合も、正当数に応じた景品が貰える。

 縁日やお化け屋敷と被らず、さらに学校中に問題を散りばめるという部分が盛り上がりそうだという意見が貰えた。


 奏が頑張ってプレゼンしてくれたのが、一番大きいが。

 本当に、頭が上がらない。

 奏が話す横で書記するのは、なかなか心臓に来るものがあった。

 そもそも、奏と一緒に前に出るのは避けたいものである。

 奏は正直、結構綺麗だ。いや、可愛いと言った方が正しい気がする。志保と違って、社交性もある。その横に、大勢の前で立つのは、俺の心臓では足りない。

 けれど、最近はなんか違う。背中を刺す視線に、とげとげしさが、減った気がするのだ。


「絵になるかも」

「ね。怖そうだけど意外と優しいって感じ」

「あー。奏さん、言ってたよね。私だけがわかる彼の魅力的な? 萩野さんも懐くわけだ」


 変な話が聞こえるな。女子の噂話はよく吟味しないと、尾ビレがかなりついて、もはや別の話になっている場合もある。

 まぁ、噂話はどうでも良い。ここまでは考えている通りに進んでいるのだ。ここで一気に、誰も手が出せなくなるテスト期間に、事前準備を進めておく。

 後戻りする気を無くなり、「別のにしよう」という奴が出づらくなるだろう。

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