第25話 行事の気配。

「雨だね」

「雨だな」 


 奏と二人、教室の窓からぼんやりと外を眺める。

 季節はすっかり梅雨の時期。

 夏休みがもうそこまで見えていた。と言いたいが、その前に文化祭があるのである。

 七月の文化祭。十月の体育祭。この学校の二大行事。

 何をやりたいですか、と言っても初めての文化祭。何ができるかわからないだろうから、先にある程度案を出しておこう。ということで今こうして、放課後の教室で机を合わせて話し合っているのだ。


「って言っても、一年生にやれることなんて、高が知れていると思うがな」

「そう言わないの」


 教室の机の上、向かいに座る奏の手元のノートのページはまだ白い。

 仮案だからそこまで深くは考えなくて良いのだが、主に俺のせいで難航している。

 まず、食べ物系は、一年生は禁止だ。できるとしてもやる気は無いが。

 お化け屋敷は、予算はかかるが、採算が取れる見込みはある、準備、片付けが面倒だが。あとシフト管理。


 縁日も似たようなもの。

 一年生なんて、お化け屋敷か縁日に落ち着くとよく聞く。 

 そこに積極的に逆らおうとは思わなかったが、楽にできないだろうかと考えるのは人の性。 

 拘束時間は短い方が良い。

 文化祭は一応、生徒が事前申請した分のチケットが配られ、それを使って入場できるという形。つまり、一般の人が来ると言っても、生徒の保護者や知人くらいしか来ない。

 とはいえ、侵入を試みる奴はいるだろうし、見落としが発生して本当に入ってくる可能性もある。


「朝倉さんのこと考えているでしょ」

「まぁ」

「そか。……今日の夕飯、麻婆豆腐にしようかな」

「急にどうした?」

「んー。史郎君も食べる?」

「是非って感じ」

「じゃあ、今日は一緒に夕飯食べようか。話し合いもそこでしよう。一旦帰ろうか」

 



 「先輩。遅かったですね。おかえりなさい」


 電気もつけずにソファーに寝そべる後輩が俺を出迎えた。

 靴があった時点でわかってはいたが。暗闇から声が聞こえるのは心臓に悪い。


「何を当たり前のように、俺の家でくつろいでいるんだ」

「先輩の家の鍵、ちゃんと失くさないで持っているんですよ」

「借りパクって言葉、知ってるか?」

「私には縁の無い言葉ですね。あぁ、奏さんの作った晩ご飯、美味しそうでした」

「夕飯は食べたのか?」

「食べてきましたよ。志保さんと」

「さいで」


 最近順調に仲良くなっているようで、俺としてはそれなりに安心している。


「ところで、文化祭って何をするんですか?」

「それを夕飯の時に話し合ったけど、決まらなかったんだ」


 音葉ちゃんや花音ちゃんにもアイデアを募ったが、クラスメイトが納得して、尚且つ拘束時間が短い出し物は思いつかなかった。


「先輩、確認ですけど、一般の来場客って招待制ですよね」

「あぁ」

「組織の人、呼びません?」

「……あぁ」


 それは、結愛らしい、合理的な判断だ。

 嫌だけど。


 一応この間の件で、組織側としては、一般人の助けを借りた事になるのは、色々面倒ということで、護衛任務に正式に俺の名前が追加された。

 だから俺も支援要請はできるし、装備も持ち出せる。

 マジな飛び道具が使えるのは結構ありがたい。

 まきびしや投げナイフ、携帯警棒でも、十分と言えば十分なのだが。


「じゃあ、私の方で名簿用意するので。手分けして招待しましょう」


 一応、一人当たり招待できる人数には、上限がちゃんとある。だから手分けして用意するのはわかるが……。


「嫌ですか?」

「嫌とは言っていられないけどさ」


 なるべく、日常と組織は、分けていたい。

 俺の感じているもやっとしたものを、無理矢理言い表すなら、こうなる。


「……まだ時間はありますし。もう少し別の方針も模索しますか。組織も、一人の女子高生に何人も割くほど、余裕があるわけではありません」

「……あぁ」


 言い方はあれだが、事実だ。

 一応、志保の誘拐を依頼した人物について、捜査は進めているが、進んでいないという現状。

 諜報捜査室にしては珍しいことだ。

 犯罪慣れした大きな組織なのか、網に引っ掛からないほど小さな組織なのか、はっきりしない以上、大きく動くのは得策じゃない。

しかも、学校側もそれなりに防犯対策している文化祭で、来るかもわからない奴に何人も割いて警戒するほど、暇じゃない。


「別の方法を考えるとしても、あと一週間で決めなきゃな。話はそれだけか?」

「私がその程度の内容のために来ると思いますか?」

「は?」

「すいません。その程度というのは語弊がありました。私は二つの大事な要件のためにここに来ました」


 二つか。色々考えてみるが、思い浮かぶものは無い。

 何だろう。そこまで深刻な様子も無いから、あんまり予想ができない。


「一つ目がさっきのだとすれば、もう一つは?」

「先輩の新しい恋の話ですよ」

「帰れ」


「きゃっ、すいません。せめて話だけでも聞いてください。一瞬で距離を詰めて摘まみだそうとしないでください! ギャー、うわー。鍛えたはずなのに、訓練したはずなのにー!」


 三秒後、首元を掴まれた猫みたいに、襟首を掴まれ持ち上げられる形になる結愛。

「まだまだ甘いよ。ったく、聞くだけ聞いてやるから、話してみろ」

 どうせまたどこかでこの話題仕掛けてくるだろうし。今聞いておこう。


「うぅ。ブランクって何ですかぁ……」


 半べそで起き上がる結愛。


「さて、先輩の新しい恋の話ですが」

「切り替え早いな」

「それはそれとして。先輩」

「なんだ」

「新しい恋、しましょう」


 淡々と、真剣な面持ちで結愛は言う。

 なんでそこまで? けれど、そんな風に言われると、適当にあしらおうと思っていたのに、少し真面目な気持ちになる。


「思っただけでできるなら苦労しないぞ」

「むぅ。奏さんは?」

「謎に奏を推すな……奏がいなかったら、きっと俺はこうしていない。その確信があるよ」

「だったら」

「でもそれを恋愛感情に繋げるのは、無理があるな」

「無理を押し通すのも恋だと思いますけどね」

「どうだか。それに、これ以上奏に甘えるのはな……」


「奏さんなら呆れながら喜びそうですけどね。先輩にとって、あそこまで都合の良い女の子、他にいませんよ。全男子の憧れですよ」


「そんな適当な気持ちで奏と向き合いたくない」

「真面目ですねぇ。真面目で、優しいですね、先輩。優しくて、とっても、残酷です」

「は?」


 ぱちりと片目を瞑り、結愛はにっ、と笑う。


「怖い顔しないでくださいよ。真面目に言っているのですから」

「……どういう意味だ?」

「胸に手を当ててください。いや、こっちに手を伸ばさないでくださいね」

「伸ばしてないし、伸ばす気もない」

「それはそれで魅力が無いみたいで嫌です」

「めんどくせぇな。それで?」

「わかりませんか?」

「さっぱりだ」


 心臓が動いてるなぁ、ってくらいだ。


「では、まずは奏さんとの思い出を振り返りましょう」


 目を閉じて考えてみる。

 運動会では、家族の団欒に混ぜてもらい。

 遠足では弁当を一緒に用意してもらい。

 林間学校では、俺が火起こししている間に、カレーの材料の下ごしらえ、それからの調理をしてもらい。

 修学旅行では、集合に遅れないように起こしてもらい。旅館でも、起床時間に部屋の電話を鳴らしてもらった。


「世話になってるなぁ、やっぱり」

「それだけ? それだけですか? まさか、それだけとは言いませんよね!」

「それ以外にあるのか?」

「はぁ。先輩という人は……そんな世話がかかるだけの……いえ、これを言うのは野暮というものですね。失礼」

「言いかけたならちゃんと言え」

「いーやでーすよー。」

「へっ」

「今はそれを聞いても心地が良いものですね」

「へっへっへっへっ」

「変な笑い方ですね」

「腹立つなおい」

「まぁまぁ。さてさて。そろそろお暇しますかね。お邪魔しました」

「あぁ」


 何というか。今日一日、色々やりはしたけど。何も進まなかったなぁ。

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