第10話 トリプルデート……デートとは?

「悪い。待たせたか?」


「いえ、全然ですよ」


「には見えないな」


 紅茶結構減ってるし。


 一番奥の席。休日で中途半端な時間だからか、店内は空いていて。声を潜めれば、ちょっとした話し合いくらいはできそうな環境が整っていた。 


「それで、打ち合わせって?」


「その前に、先輩も何か頼んだらどうですか?」


「あぁ。すいません、コービーお願いします。ホットで」


 注文を取りに来た店員さんが会釈して去っていく。


「あと十分したら志保さんの家の方に移動します。それから待ち合わせ場所まで尾行、護衛し、その後合流ですね」


「徹底してるな」


「徹底しますよ」


 結愛はタブレットの画面に目を落とす。


「動きは確認できていませんけど、油断はできませんからね」


「そうだな」


 結愛が差し出して来たタブレット。この辺りの、うちがマークしている組織の、最近の報告書を頭に入れていく。


「あとはこれ、読んでおいてください、今日の概要です。私は行きます。先輩はここで待っていてください」


 紅茶代を置いて、結愛は立ち上がる。


 護衛対象にまで秘密の護衛任務は大変そうだな。とぼんやりと思った。


 意識がまだ、仕事モードに切り替わっていないのだ。


 俺もついて行った方が良かったのかな、とか考えたけど。すぐにその考えを打ち消す。誰か待っていないとおかしいよな。志保の場合は特に。


 志保は待ち合わせの時間に基本、二、三分遅刻してくる。


 待ち合わせまであと二十分。一応目を通しておこう。結愛から貰ったA4の紙一枚。


 素早く目を通していく。速読は組織の仕事の中で身につけている。


 これと言って指摘する点は無い。


「でも、なんだろう」


 違和感があるな。漠然として、捉えどころが無い違和感。


「気のせい、か」


 そう口に出してしまえば、気のせいだと思える、そんな。


 紙をポケットに突っ込んで、コーヒーをもう一口。


 あと五分か。ぴったりに出れば丁度良いだろ。


「相席は良いかな?」


「あ?」


 そんな予想外のことを言われて顔を上げた。


「やあ。奇遇だね」


 そいつは向かい側に腰を下ろし、お冷を出しに来た店員に会釈して、無駄に優雅な動作で水を飲んだ。


「こんなところで何をしているんだ。霧島」


「名前、忘れないでいてくれたようで何よりだ。座ってしまった後に聞くのもあれだが、良いかい? ここ」


「俺はこれから待ち合わせがあるから、すぐいなくなる。別に良い」


「では遠慮なく。ここのモーニングセットは僕のお気に入りでね」


 フレンチトーストにベーコンエッグ。ソーセージにサラダ。コーンスープ。お手本のような朝食だ。


「これからお出かけかい?」


「さっき言った通り、待ち合わせだ」


 優雅にナイフとフォークを使いこなす様子は、結構絵になるものだ。


「そこのお金。この席に別の人が座っていたと」


「そんなところだ」


「さっき、そこの時計のところ、朝倉さんと萩野さんを見たのだが」


「……! マジで?」


「あぁ。僕は冗談をあまり好まない。そうかあの二人と……ふっ。なるほど」


「何に納得してるか知らないが、それじゃ。俺はこれで」


「会計はまとめて済ませておこう」


「悪い」


 時計を見る。いや、え?


 駅前の広場。その中心にある時計のモニュメントの下。そこは、デートの時、いつも待ち合わせしている場所。


 待ち合わせ時間ぴったり。霧島の言う通り、そこには既に、志保がいた。眼鏡引っ込み思案スタイルの結愛と一緒に。


「マジで?」


「何を驚いているの?」


「えっ、いや、だって」


「私だって、いつまでも昔のままじゃないってことよ。覚えておきなさい」


 何だろう、この敗北感。


 いや。ここで乱されては駄目だ。集中。よし、大丈夫。


「結愛もおはよう。さて、じゃあ、行こうか」


「どこに行くの?」


 志保が、当たり前のように隣りに並ぶ。


「結愛、どこだっけ?」


「はい、まずはそうですね……ゲーセンでもどうでしょう?」


「ゲーセンね。わかったわ」


 そう言って、志保が俺の手を取る。


「えっ?」


「ん? あっ、ごめん」


 すぐに手が離れた。結愛がいることを忘れてるのか。全く。


 さりげなく周囲を見渡す。


 さて、いい加減、集中だ。


 一人の男に目を引き寄せられる。


 休日の繁華街。志保に少しずつ近づいてくる男。


 凝視はしない。気づかれてると思わせない。


 志保の後ろを通り抜ける。瞬間、彼女の肩にかけた手提げ鞄に手を突っ込んだのが見えた。


「結愛」


「はい」


 折良くゲーセンの目の前。中に入ったところで、立ち止まる。


「ちょっとトイレ行ってくる」


「えぇ」


 志保にそれだけ言って、一人抜け出す。


 さて、と。


 さっきの男は割とすぐに見つかった。ので。


「狙いを言え」


 顔を隠すために目出し帽を被り、不意打ちで路地裏に引きずり込んで、鳩尾に蹴りを入れて悶絶させた。


 意外と若いな。俺と同年代くらいじゃないか?


「この財布」


 ポケットに入ってた長財布、開けば志保の学生証が見える。


「あまり大金を持ち歩かない傾向にある学生を狙ったんだ。何か狙いがあるんだろ?」


 例えば志保の家のことを知っていなきゃ、休日の学生なんて狙うだろうか。


「う、うるさい。離せ!」


 こいつ、まだ抵抗する気か。少し怖がらせるか? 吐かせるだけここで吐かせたい。


「先輩、そろそろ拘束部隊が来ます。手筈通りに」


「チッ」


 恐喝にならない程度の脅しを考えていたところで、耳に突っ込んでるワイヤレスイヤホンから聞こえる指示。


 乱暴に路地裏の奥に投げて、結愛から預かってる手錠で手足を拘束。猿轡を噛ませ、すぐにその場を離れる。


 ゲーセンに戻ると、両替機の前で困り顔の志保がいた。


 賑やかなBGMに迎えられながら近づく。


「あっ、史郎、財布見つからなくて、どこかで落としちゃったかなぁ、まぁ、落としたなら落としたで、別に良いけどさ」


「これだろ。入り口に落としてたぞ。貴重品を別に良いって、相変わらずだな……」


 そしてこの切り替えによる温度差。しばらく慣れそうにない。


「ありゃま。これはラッキー。ありがと」


 特に疑う様子を見せず。嬉しそうに受け取って、じっと俺の顔を覗き込んでくる。


「なんだよ?」


「やはは。見たことない顔」


「どういう顔?」


「んー。怖い顔」


「は? というか、顔近い」


「何してきたの? 史郎?」


「トイレだけど」


「やはは。そうだね。変なこと聞いちゃったね」


 護衛対象に気づかれないように護衛。やはり、難しい。


 二人で結愛のもとへ向かう。


「あっ、二人とも戻って来ましたか。何やりますか?」


「そうね、これとかどうかしら?」


 一瞬で切り替えた志保が、ゾンビを撃ち殺すシューティングゲームを指して、百円玉を取り出して見せる。


「わかりました!」


 ゲームが始まる。


 結愛が手を抜いているのは、後ろから見てすぐにわかった。それともゲーム機に慣れていないだけか。それにしても、狙いが甘い気がする。


 いや、正体を隠すという意味では正しいのか。全部ヘッドショットの女子高生というのは一般的では無いか。


 でも、最初のボスで負けるのは、やり過ぎな気がする。


 はっきり言うなら、結愛の射撃の腕は俺なんかより遥かに上だ。組織全体で見ても、トップを争う。


「……難しいわね」


 悔し気に呻く志保。


「いえ、私も全然当たってなかったので、志保さん、次は何をしますか?」


「萩野さんのやりたいゲームで良いわよ」


「そうですか……これ、とか。その……」


 結愛が指さしたのは、意外にもプリクラのコーナーだった。


「良いな。二人で撮って来いよ」


 そう言うと、志保がわかりやすくムスッとした。


「こういうのは記念よ。史郎もいなきゃ意味が無い」


 志保と結愛に半ば引きずり込まれるように、プリクラのカーテンの向こうへ。


 二人に挟まれる形で立つことになり、逃げ道が塞がれる。


 思ったより広い。証明写真機のような、狭苦しい空間をイメージしていた俺にとって、新鮮な光景に映った。


 そして、ゲーセンで人に襲撃するとして、隠れるならここだなとも。


「先輩、笑ってくださいよ」


「えっ。あっ」


 フラッシュで一瞬視界が白く染まる。この瞬間を狙われたらヤバいなと思った。


「二枚目ではちゃんと笑ってくださいね」


 耳元でそう囁かれ、呑気なものだと軽く肩を小突いた。


 でも確かに、警戒しすぎて、不自然な行動をしすぎるのも、考え物だ。


 二枚目、フラッシュが焚かれる直前、右腕。右にいるのは志保だ。右腕に、ギュッと抱き着かれる感触。


「えっ」


「あっ」


 出来上がった写真は外で加工するらしい。


「へぇ、史郎、変な顔」


「お前はポーズまで変だぞ」


「そうね。確かに」


 誤魔化すように髪を後ろに払う。 


 腕に抱き着くか抱き着かないかの中途半端な体勢を切り取られた志保と。驚いて間抜け顔を晒している俺。


 一枚目の仏頂面の俺と、どちらが良いのやら。


「お二人とも、早くしないと制限時間来ちゃいますよ」


 結局、二枚目を選んだ。そして、猫耳を生やされ、明らかに加工だなと思えるくらいに肌が白くされて。


「ふっ、似合わねーな」


 デコレーションを女子に任せてたら、こうなるのは仕方無いか。


 プリクラコーナーを出て、ようやく少しだけ気が抜けた。


「そろそろお昼にしようか」


 志保の言葉に頷く。


 気が抜けると同時に、空腹を感じたから。


 二年のブランクと、後輩の二年の間の成長を感じる。結愛は普通に楽しそうに見えるから。


 前を歩く二人は和やかに会話している。仲良くなれているように見えるから、それは素直に嬉しく思う。


「ったく」


「史郎? 早く行くわよ」


「あぁ」


 慌てて追いかける。そうだな。一度目を閉じて開ければ、そこに広がるのは和やかな休日の風景。学生や、家族連れが、楽し気に歩いている様子。


 立ち止まっていた二人に追いつく。

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