第9話 GWの始まり。デートとは準備から始まっている。

 私が史郎君の仕事を知ったのは。朝方に帰ってきた彼と出くわしたのがきっかけだ。


 史郎君は朝が弱い。だから、いつも起こして、準備を急かすんだ。


 彼の起きる時間より少し早い時間に行って、朝ご飯を作るんだ。


 当時の私は、親があまり家にいないことを良いことに、好き勝手やってると思っていた。そんな歪んだ根性叩き直してやる、って思ってた。今思えば、親の代わりに甘やかしているようなものだけど。


 でも、彼の目はとても鋭かった。


 いつもは気怠そうに、眠そうにしている目が、一睨みで誰もが委縮してしまいそうな、そんな目をしていた。


「史郎君? こんな時間に何してるの?」


「えっ? 奏? あー。ランニングだよ」


 いつも通りの史郎君だ。さっきまでの彼が、まるで別人だったかのように。幼馴染が目の前に立っていた。


「ランニング? 似合わない事するね」 


 すぐに嘘だとわかった。証明するための根拠は無いけど。


 次の日の朝。いつもより早い時間に行って、家探しした。


 でも。問い詰める材料に使えそうなものは見つからなかった。


 仕方がないから、私は毎晩、史郎君の家の入り口を、部屋の窓から見張るようにした。


 そして見た。


 彼が家から出て行くのを。夜中と言って良い時間。十一時。別の言い方で二十三時。


「ねぇ、史郎君」


「ん?」


 次の日の朝。私は早速聞いた。


「昨日の夜。どこに行ってたの?」


「えっ」


「私見たよ。出て行くの」


「……あー」


 史郎君は首を掻いて片目を瞑る。


「えっと。コンビニ行ってた」


「朝方の三時まで?」


「うぐっ」


「わざわざ帰りは裏口から入って?」


 頭を抑えながら、唸り始める。もう一押しだ。


「史郎君」


「あぁ、まぁ、いや、けど。でも。奏に隠し事は、したくないな。嘘も吐きたくない。」


 そう言っていたのに。


 目が覚めた。目覚ましが鳴る三分前。


「嘘つき」


 抱き枕にそんなこと言っても、意味は無いけど。


 今日からゴールデンウィーク。休みの日は、起こしにいかない。


 でも、正直、今は史郎君から目を離したくない。


 枕元に置いてある眼鏡をかける。


「よし」


 花音と音葉の朝食を用意して、それから隣に行く準備。


 朝起きるのは苦痛じゃない。妹たちの世話をするのも、慣れた。


 むしろ、最近は、少し楽しい。


 楽しい、か。


 邪魔だなぁ、やっぱり。邪魔だけど。私、どうしたら良いかな。ねぇ、史郎君。




 「おはよう、奏」


 今日は外出する予定が無いのか、眼鏡をかけた奏に起こされ、それから寝ぼけ頭を洗顔で覚まして、改めて。


「うん。おはよう、史郎君」


「休日に来るなんて珍しな。花音ちゃん達は部活?」


「うん」


 スマホが震える。


「悪い」


 確認する。


 集合時間前に打ち合わせね。


 そういえば、指示らしい指示を貰ってなかったことを思い出し、少し気が抜けていることに気づく。危ないな。


「あれ、史郎君、出かけるの?」


 朝食を食べ終わり、何故か、奏が掃除機片手に立っていた。


「そうだけど、奏は何してるんだ?」


「見ての通りだよ。史郎君、最後に掃除したのいつ?」


「忘れた」


「じゃあ、入学式の日に、軽く私がしてからしてないんだね」


「忘れたと言っているんだよなぁ」


「史郎君の忘れたって、やってないとほぼ同義だと思う」


 掃除機の音をBGMに、俺は姿見の前に立つ。


 髪形を弄って、良い感じの形を探す。服装も多分、大丈夫。


「志保ちゃんと出かけるんだ」


「出かけるなら鏡の前で格好をチェックする。基本だろ」


 まぁ、その基本が身に着いたのは、志保のことを意識し始めてからで。


 それまでは姿見なんてインテリアの一つだったし。髪形も、朝にシャワーを浴びて乾かしてそのまま。服は引き出しの一番上の物を着るといった感じだった。


「ふーん。私と出かける時、そこまでしてるの?」


「春休みは引っ張り出されてたからな。そこまでする余裕は無かった」


「そっか。じゃあ、明日。私と出かけよっか」


「は?」


「いや?」


「いや、というより、なぜ? だな」


「史郎君としばらく遊んでないからね。顔を合わせてはいるから、意識してなかったけど」


「……どこに行くんだ?」


「決めてない」


「オイこら」


「良いじゃん。史郎君と一緒に出掛けたいの! うわー露骨にめんどくさそうな顔」


「俺が出かけるのが得意じゃないの、知ってるだろ」


「そのわりに、志保ちゃんとのデートの時はウキウキだったよね。浮気を疑われるのが嫌だから、朝起こしに来るのはもうやめてくれ、って言ってたのに、デートの前のファッションチェックはお願いしてきてさ。花音と音葉にまで見てもらってさ」


「そりゃ……あぁ、わかったよ。付き合ってやるよ。どこにでも付き合ってやるよ」


 一瞬、ほんの一瞬見えた、奏の寂しげな顔。 


 奏に悲しい顔をして欲しくない。それを願うことは、今の俺と矛盾するだろうか。


「どうだ? 今日の俺は」


 あの日々にいた俺と、同じ聞き方をしたのは無意識で。


 そして、奏が答える。


「かっこいいよ、ばっちり! と言いたいところだけど、少し弄れるところ、あるよ」


「は。えっ?」


 奏が、ワックス片手に立っていた。


「少し動かないでね」


 向き合って背伸びして。頭に手を伸ばしてくる。


「お、おい」


「良いから良いから」


 やるなら座らせれば良いのに、そんな体勢で髪形が整えられた。


 顔が近づいて、目の動きまでじっくりと観察できて。冷や冷やそわそわしているのは俺だけなのか、余計に恥ずかしいな。


「どう?」


「まぁ」


「今度、髪切ってあげる」


「いや……」


「見てても鬱陶しいし」


「それが本音だろ」


「史郎君、実は気づいていたけど、前髪上げると、結構綺麗な顔してるよね」


「……そうかい。あんがと」



 九重史郎先輩と出会ったのは、私が組織に入った直後だ。すぐに先輩とコンビを組むことになった。


 当時は、なんともまぁ、怠そうに仕事をする人だと思った。室長の言うことにいちいち噛みついて。でも、優秀ではあるらしく、室長は笑って流して、任務を出していた。


 父からのメッセージを確認。緊急性の高い案件は無い。


「先輩、ごめんなさい」


 先輩が組織から抜けた日、私は決めた。先輩が帰ってくるその日まで、強くあろうと。


 それから……。


 いや、良いや。今は回想に浸る時ではない。


 マグカップを持ち上げて、一口紅茶を飲む。今日はアッサムな気分。


 店に入ってきて、私を見つけた先輩が、真っ直ぐにこちらに歩いてくるのが見えた。


 ……えっ、先輩?


 そっか、先輩、デートの時あんな感じだったのか。


 普段野暮ったい恰好しているのに。へー。


 なんで志保さん、別れたのだろう。


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