第8話 GWの予定。

 目の前にドヤ顔で立っている結愛。スマホが震える。奏からだ。


『今日は見逃してあげる、って伝えておいて』


 そのまま結愛に見せる。


「あの人、やっぱり恐ろしいです。……奏さんがつけられているというのは気になりますね」


「一応、見ておいてくれるか?」


「了解です。奏さんって、あの夏休みの時、先輩が助けた」


「あぁ」


「そうですか……だから……」


「今は気にしなくて良い」


「すいません」


「良い。あの時の選択を、間違えたとは、思っていない。謝るべきは、俺だ」


「……この話はやめましょう」


「あぁ。そうしてくれ」


 そう言うと、結愛はすぐに、明るい表情を作ってくれる。


「さて、先輩、探り入れたくないですか? 志保さんを狙う組織」


「いや。俺としては……」 


 頭の中に、結愛の言うことに物凄い勢いで頷く自分がいる

 でも……。


『史郎君を、巻き込まないで欲しい』


 そんな声が頭に響く。

 俺はまた、間違えようとしているのか。

 でも……くっ。


「探りいれるって、具体的にどうする気だ?」


「志保さんと遊びに出かけましょう」


 頭にチョップをかました。


「な、何をするのですか!」


「護衛対象を餌にするって、お前なぁ」


「んなっ、先輩がいれば余裕で守り切れますよ! 町中で銃を使うような馬鹿はいませんし。ならもう、先輩の独壇場ですよ!」


「いたらどうするんだ、いたら。それに、俺だって普通に負けるぞ。多分」


「負けたことない、ですもんね」


「絶対に勝てる状況に持って行って、その有利を拾ってるだけだ。真っ向勝負ならわからん。それで、具体的にはどうするんだ。遊びに出かけるって」


 訓練なら普通に負けることあるし。

 とりあえず、話は聞こう。後輩を育てる上で、大切なことの一つだ。


「そうですねぇ。先輩、デートに誘ってもらえませんか?」


「は? 俺たちはもう。くっ、うぐっ」


 別れたからデートとかする仲じゃない。と言おうとしたが、吐き気が邪魔した。


「あっ、先輩。すいません。言わなくて良いです。大丈夫です。調査してありますから」


「ならなぜ、わざわざデートに誘えと?」


「男女が二人で出かければ、それはもうデートでは?」


「そんなアホな理屈に俺は従わない」


「アホとは失礼な」


「男女の友情反対派か? お前は」


「そうですね。例えば、私と先輩は相棒。奏さんと先輩は、もはや家族と言っても良いのでは? 先輩と志保さんは、友達に戻れるか疑わしいですし。

 つまり、少なくとも先輩の人間関係を見る限りでは、友情成立してないかと」


「オイこら」


 さらっと傷口を抉りに来やがる。


「ちなみに先輩。男友達の方は?」


「いない。どこから俺の仕事が漏れるかわからなかったし」


「まぁ、そうですよね。私もそうですし」


「それに、あの時の事があったし」


「あの夏休み、ですか。奏さん、大分印象変わっていたせいで、すぐには気づけませんでした」


「あぁ、俺もまだ見慣れてない」


「でも、志保さんとは、付き合ったのですね」


「奏はあの事件を理由に逃げること、許さなかったからな。奏がいなかったら、志保と仲良くなろうとか、考えなかった」


 話が大分逸れてしまった。

 しかしそうか。結愛もか。

 中学すっ飛ばして高校に来るとかいう、アウトなことしてるが、希薄な人間関係も、それを実行する手助けをしているのか。


「まぁ、良いんじゃないか。二人きりじゃなくて、お前も来るなら」


「えっ?」


「? 何がおかしい」


「デートになんで私が行くのですか?」


「まず、なんでデートに拘る」


「そうすれば、私は尾行する、という形がとれるので」


「はぁ。別に良いだろ、一緒に行動すれば。危険度は大して変わらん。なんなら、どこでどういう風に見られているか把握できてない。その状態での単独行動の方が危険だろ」


 それに。結愛にも、普通に友達を作ってもらいたい、と思ったりするんだ。

 結愛のこれまでを考えれば、結愛のためにも。

 そして、具体的な予定を話し合う。


 まぁ、志保が出かけることを了承すれば、という前提をクリアしなければならないけど。

 結愛とする日が来るとは思わなかった、出かける予定を話し合うということ。


「私たち、いつも一緒にいましたけど、出かける予定なんて、話したことありませんでしたよね」


「学校あったし、会うの大体夜だったし、昼に会うなんて思いつかなかったな」


「はい。それでは、そろそろ。本当に帰りますね。志保さんも移動しているようなので」


「あぁ。なぁ、最後に一つ良いか?」


「はい。何でしょう」


「あんな別れ方したのに、お前は、俺に対して変わらないんだな。態度とか」


 じっと目を覗き込まれる感じがした。目の奥の奥、心に秘めた感情まで覗き込まれるような。


「あんなことあった後ですし。私の知らない、でも先輩には確かにあった、普通の日常を望む気持ちが起こるのは、ありえないことじゃありません。それに、前にも言いましたよ」


「何だよ」


「私は、先輩の人柄を信用しているのですよ。だから、あの時も、今までも、怒っていません」


 真っ直ぐに伸びてくる手。背伸びをした結愛は俺の頭に手を乗せた。


「何してるんだ?」


「見ての通り、頭を撫でています。気にしすぎです。先輩」


 ゆっくりと手が動く。猫のお腹を撫でるように。優しく、けれど楽しむように。

 前髪がかき上げられる。

 じっと、覗き込むような視線が注がれる。


「先輩、前から思っていたのですが。髪切らないのですか? ボサボサ頭に思い入れでも?」


「美容院の予約の仕方を知らない」


 だからいつも、鏡を見て適当に切っている。


「それ、高校生としてどうなのですか? 中学生でも、何なら小学生でも知っていますよ」


 お互いの顔を観察する時間が続く。

 撫でる手は止まらない。

 なんだかなぁ。うん。


「はぁ。せいっ!」


「ア痛っ!」


 デコピンをかましてやる。


「ったく。……ありがとな」


「ちょっと待ってください。何で私、デコピンされたのですか?」


「あぁ、お前が俺にお姉さん振るなんて、三年早いと思ってな」


「んなっ!」


「奏を見てみろ」


「むぅ」


 不満げにむくれながら扉を開けて出て行く。耳を澄ますとすぐに走っていく足音が聞こえた。


「……はぁ」


 目元を抑える。


「仕方ないか」


 俺もすぐに身支度を整えて家を出る。

 心配していないわけじゃないんだ。




 志保の家に行く最短ルートを考えながら、その周辺を屋根から屋根へ飛び移りながら探す。


 気づかれたらすぐに通報だろうか。まぁいいや。今は急いでるし。


「あっ、いた」


 気づかれないように、少し離れたところに着地。したはずなのに。

 不思議だ。志保は。

 着地して歩き出してすぐ、くるりと振り返った。街灯に照らされる顔。その目は真っ直ぐに俺を見ていた。


「やぁ、史郎」


 特に驚いた様子もなく、志保は駆け寄ってきた。


「偶然だね」


「そうだな。何してるんだ?」


「久遠ちゃんの家行ってたんだ。その帰り」


 普通に会話できていることに驚いている。

 でも、足が後ろに少しだけ下がる。逃げ出したい。

 冷たくなりそうな言葉を飲み込んで、当たり障りのない言葉を絞り出す。その過程で吐きそうになるのを堪える。


「送ってくよ。折角会ったんだし」


「えー。大丈夫だよ。と言いたいけど、お願いしようかな」


 二人で歩く。スマホが震えた。ワン切り。結愛か。その意味を俺は知らない。

 結愛の尾行に気づいている様子は無い。護衛が尾行、おかしな話だ。


 でも、そうだ。無闇に怖がらせることは無い。俺と結愛はもう、頭までどっぷりと浸かってしまった世界。でもそれは、本来触れなくて良い世界。知らなくて良い世界。

 だからこそ、結愛には友達として志保に接して欲しい。

 志保と仲良くなるのは難しい。けど、志保と過ごす時間は、確かに楽しかったから。


「それくらい、望んで良いよな」


「何が?」


「なんでもない」


「史郎が何望んでるかわからないけど、望んで良いよな、なんて誰に確認取っているの?」


「誰にって……」


「望むも望まないも、自分にしか決められないよ。許可なんて誰も上げられない。駄目だ、なんて誰にも言えないんだから」


 誰も許可できなくて、誰も禁止できない、か。


「えっ、黙り込まないでよ。らしくないこと言ったことは自覚してるんだから」


「いや、むしろ志保らしいとは思ったけど」


「そ、そうかな? やはは」


 それに、俺は納得した。確かにそうだと。

 でも同時に思った。

 俺は、また間違えているのではないかと。

 振り返って自問してしまう。

 曇った夜空。頼りになるのは街灯だけ。


 聞こえるのは、二人分の足音。後ろに結愛の気配はするけど。それでも、確かに二人だけと言って良い空間だった。


「なぁ、志保」


「ん?」


「なんで、別れ……」


 口元を抑える。浮かんでくる光景が、頭の中をぐちゃぐちゃにかき回す。これ以上の言葉を紡ぐことができない。


「なんで……」


 しゃがみ込みそうになるのを堪えて。吐きそうになったものを飲み込んで。

 心配そうに覗き込んでくる志保の顔が見えた。 


「そっか、うん。傷つけた、よね」


「それだけ、す、うぐっ」


 好き、たった二文字の言葉を言うことも、今の俺には難しくて。

 情けない。

 でも、情けないなりに。追いかけてきた分の、収穫は、得なければ、ならない。


「志保」


「うん」


「ゴールデンウィーク、暇か?」


「暇だったら?」


「出かけないか? 結愛がさ、君と出かけたがってるんだ」


「やはは、もう名前呼びって、仲良くなったんだ」


 あぁ、そっか。志保は俺の仕事も、結愛との関係も知らなかったな。


「まぁ、うん。結構人懐っこい奴だったよ」


「んー。まぁ、良いかな。私もいつまでも人見知りとか、言ってられないよね」


「普通に話せてただろ」


「取り繕って仮面被って、だよ」


 志保は誰かと仲良くすることは得意ではない、けれど嫌われているというわけではない。

 自分の見た目が良いことを、志保は理解している。

 それ故に、人が寄ってくることも。


「うん、良いよ」


 唐突に、志保は言った。


「史郎と、萩野ちゃん。久遠ちゃんは誘う?」


「いや、良い。今回は」


 別の目的がある。奏を巻き込みたくない。


「そか。じゃあ、楽しみにしてる」


 気がつけば、志保の家の前。ご令嬢様と知った今見ると、違和感がある。普通の一軒家じゃないか。


 でも、当時から思っていたことは、しっかり防犯してるなぁということで。その感覚は納得とともに肯定された。


 そのまま手を振って中に消えていく。あの日々と、同じように。

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