第11話 幼馴染は出かけたい。
「ごちそうさまです!」
元気な志保の言葉に、俺たちも続いて、店を出た。
護衛のためとはいえ、気まずくなっていないことが、違和感だ。
仕事と割り切ると、不思議と苦しくない。俺のこの体質というか、性質というか、気質というか。そればかりはありがたい。
「なぁ、志保」
「ん? 何?」
ほら、普通に話しかけられる。
吐き気も、息苦しさも。心臓を握りつぶされる感覚も。何もない。
駅前が見えてきた。まだ昼だ。楽し気な人々ばかりだ。
行き交う人々は、各々、休日を満喫するべく動いている。
志保が次の言葉を待っている、ちらちらと視線を向けてくる。
聞きたいこと、言いたいこと、でも、言うべきないこと。
結愛も耳をそばだてているのわかった。
「……いや、何でもない」
「えー。史郎、そういう思わせぶりな態度取られると、気になるなぁ」
クールに取り繕うことを忘れた、挑発的な目が下から覗き込んでくる。
「なんだよ」
「ごめんごめん、やはは。そんな怖い顔しないでよ」
「してない」
「してた」
「してましたよ」
「マジかよ」
結愛にまで言われたら、そうなんだろう。
口角を上げてみる。
「うんうん。努力を感じる」
「頑張ればできる奴だからな。俺は」
「できてないよ」
志保の容赦のないツッコミ。
思わず、口が緩むのを感じた。
「オイこら」
「やはは! ごめんごめん。それでさ、これからどうする?」
「そうだな……」
本屋、映画館、ウィンドウショッピング。色々選択肢は浮かんだけど。
「花見」
「もう散ってるよ」
「あっ、そうだな」
しまった。一か月前、誘うつもりだったものを、考えも無く。
「でも行こうか」
「……良いのか?」
「うん」
志保はすぐに、近くの桜の名所と言える公園に足を向ける。
「行こうよ」
「あ、あぁ」
隣に並んでくる。今度は、手を握られることも、腕に抱き着かれることも無い。
「私、なんかお邪魔虫みたいです」
ここに居て良いのか。こっそり帰っちゃおうかな。
あの二人は、一緒にいても何の違和感が無い。あの二人の間に入る隙間なんて無い。
先輩は、私と志保さんに仲良くなって欲しい、そう思っているようだけど。
私には難しい。そのことを先輩はわかっている筈なのに。
足を後ろに向ける。二人が向かう反対側に行こうとしたところで、肩を掴まれた。
「どこに行くんだ?」
「えっと、コンビニに。ト……お花を摘みに」
「お花? まぁ良いや。じゃあ、ついでに団子買ってきてくれ。あと、別行動する時はちゃんと言えよ」
「は、はい。すいません」
「? コンビニに用事あるんだろ。待ってるから。あっ、団子代。百円あれば足りるだろ」
俯いて動けなかった私に、そんな声がかけられる。
これは仕事。仕事なのに。逃げ出そうとした。そんな私が、信じられなかった。
初任務の時を、思い出してしまった。
初めての任務。二人でこの任務のために借りたオフィスビルの一室で。
「お前がミスって死ぬ俺じゃないよ、新人。でも、信じてるぜ」
パソコンを開いて、でも指が固まって、何もできなくなった私に、にやりと笑いながらそう言って、夜の闇に融けるように消えていく。
飄々と、見つかればどうなるかわからないのに。笑っていられる強さ。
私みたいな新人を押し付けられて、私よりたった一歳上なだけなのに。
こんな状況でも平然といられる。誰かを励ませる。そんな強さが欲しい。
「先輩。オペレート、開始します。警備システムの無力化まで3、2、1」
震えそうな声を、振り絞った勇気で抑え込む。
「良いね。完璧」
上手くいった。そのことがただ嬉しくて。
任務が終わって、無事に帰って来て。
「サンキュー。次も頼むぜ、相棒」
頭を撫でてくれる手が、優しくて。
相棒と言われたことが嬉しくて。
この人と一緒なら、私は全力が、全力以上のことができる。そう思ったんだ。
知ってますか、先輩。
私が明るい口調を意識するようになったの、この時の先輩に憧れて、なんですよ。
「それで? 楽しかったの? デート」
「デート言うな。あれはデートとは言わない」
「えっ? 違うの?」
「デートとは二人きりで行うものだ」
「ふぅん」
次の日。お昼直前の駅前で、奏の絶対零度の眼差しが注がれる。
日曜日を満喫しようと、遊びに行く人たちが、楽し気にすぐ横を歩いているというのに、なぜ怯えなければならないのだ、俺は。
「萩野さんかな?」
絶対零度より下は無い筈なのに、視線の温度はさらに下がった気がする。まだ先があるのか。
「……言ってなかったか?」
軽く震えを覚えながら答える。
「聞いてない」
本当、何を怒っているんだ奏は。
誘われなかったことに関しては、事情を知っている奏なら、納得してくれそうなものだが。
「まぁ良いや。行こうか」
「良いけど、目的は?」
「無いよ。話そうよ」
それなら家で良いだろ、と言うと不機嫌になるんだろうな。
どうしてか、家は隣同士なのにわざわざ駅前の、まさに昨日と同じ、時計のモニュメントを集合場所として提案してきた奏。
無駄をなるべく省く奏らしくない。と思いながらせっせと歩いてきてこれである。
「やぁ、九重君。萩野さん。奇遇だね」
時計のモニュメントの裏から聞こえたのは、聞き覚えのある声だった。
まさに昨日聞いた声。
「霧島?」
「そう、君の友人の霧島だ。昨日振りだね」
眼鏡をクイっと指で押し上げ、制服姿の霧島はニヤリと笑う。
「あぁ。クラスの人気者様が、俺なんかの友人を名乗るとは、随分とまぁ」
奏から脇腹を抓られる。痛い。
俺の憎まれ口を、霧島は鼻で笑って受け流す。
「史郎君。そういう言い方しない。霧島君、何で制服?」
「うちの部で不祥事があってね。呼び出しだ。全く、バレるくらいならやらなきゃ良いのにと思うよ」
「不祥事?」
「あぁ。詳しいことはこれから聞くことになるが。警察の世話になったと。二人はこれからどちらに?」
「散歩」
「ふむ。仲が良いようで」
「えぇ」
奏が、じっと霧島を見つめる。
「……あなた、どこかで?」
「……ふむ、僕の記憶には無いな」
「そう」
「お邪魔したね。それじゃあ、また学校で」
霧島が歩き去って行く。その背中を見る奏は、考え込んでいる。
「知り合いだったりするのか?」
「違う、霧島君も否定していたし。でも、うーん。どこかで……」
しばらく奏は後ろ髪を弄りながら唸ったが、すぐに頭を振って考えるのを放棄した。
「私たちも行こうか」
「あぁ」
駅前から駅前から外れ、商店街を抜けて、土手の上、川沿いの道。
ここも、ほとんど花が葉に代わっていた。名残は地面に残っている。
昨日の公園もそうだったな。だから、団子食って話して終わった。
「なんで土手に桜植えるか知ってる?」
「頑丈にするためだろ」
「どういう風に?」
「……根を張るからとか?」
「それなら普通の木で良いじゃん?」
奏は木に手を添えて振り返る。
「春に人がいっぱい来て、踏み固めてくれるでしょ」
「なるほどな。んで、雑学は良いけど。話って?」
「話がある、ってわけじゃなくて、話がしたいだけだよ」
「そういうのって、大抵何かしらの目的の話題があってするものだ」
「そうかな? まぁ良いじゃん」
風が吹いた。何も舞わない。ただ、心地の良い風が吹いた。
花が無いこの道を、わざわざ歩きに来る人は、目的地がある人だけだろう。
「そういえば、最近どうだ? あの、つけられてるって奴」
「史郎君に相談してから、全然。気づいてることに気づかれたのかな」
「どうだろ……何もないなら良いが」
不気味ではあるが。諦めてくれたのなら、それはそれで、一時の安心がある。
「んー? あっ、そうだ。おはぎ食べる?」
「あぁ。いただく」
ベンチに座り、奏が広げた弁当箱。一つ取ろうとしたらひょいと避けられ、奏が箸でつまんでこちらに差し出してくる。
「あーん」
「いや、自分で食うぞ」
「そう」
箸が下ろされる。
スッと顔を近づけられる。
思わず仰け反るが、離れた分詰められる。
「目、逸らした」
「逸らすだろ、こんなの……お前、髪切ってから変わったか?」
「んー。どうだろ。実感は無いけどなぁ。期待した?」
「いや。何を急にわけのわからないことをって思った」
「ふーん」
ヒョイっと元の距離感になった。
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