第6話 新しい関係。

昼休み。奏がくるりとこちらを向いて弁当を広げた。


「狭いのだが」


「良いじゃん。机持ち上げるの手間だし」


「お前、友達は?」


「誰と食べるかくらい、自分で決めるよ」


「一番大切な時期だと思うけどねぇ」


「と言っている史郎君、一人で食べようとしていたよね」


「俺は別に良い」


 今はそんなことよりも大切なことがある。下手に人間関係を広げて、時間を取られるわけにもいかない。


「私も良い?」


 志保が弁当箱片手に、自分の椅子を引きずってやって来た。


「……良いよ」


 一瞬不機嫌そうな表情をちらつかせた奏に少しだけビビる。


「さらに狭いのだが」


 一つの机に弁当箱三つか。

 ほぼ顔を寄せあうようにして食べることになるじゃねぇか。

 ちらりと結愛の方を見る。

 コンビニの袋片手に、所在なさげに立っていた。


 この間までは黙っていれば給食が出てきて、机四つを合わせるだけの生活だったからな。戸惑うのも無理はない。


「なんだよ、奏」


「ふーん。そっか」


 奏がヒョイと自分の机を俺の机と合わせて立ち上がる。


「萩野さん、一緒に食べない?」


「い、良いのですか? ありがとう、ございます」


 あの人懐っこい賑やかな萩野とは思えない、おどおどした態度。

 見事な演技力だなぁと思う。俺を見て一瞬ホッとした顔を見せたのは見逃そう。


「萩野さんって、前はどこ中だったの?」


「県外です。引っ越してきました」


「ふぅん。なんで?」


「親の仕事の都合ですね。それでこうして遅れたわけでして」


「親御さんの職業は?」


「えっと、普通の営業マンですよ」


 完全に疑ってかかっている奏の質問攻め、ここで断ち切った方が良さそうだな。


「おっ、今日も美味いな。ありがとう。奏」


「本当? ありがとう」


「卵焼きとか最高だよ」


 普段はわざわざ言わない。誉め言葉は言い過ぎるとお世辞に聞こえる、というのが俺の持論だからだ。


けれど、何だろう。奏の表情見る限り、今後はもっと積極的に言っても大丈夫なのではと思えてきた。


「へぇ、久遠さんの卵焼き。色が綺麗で美味しそうね」


 志保が目をキラキラさせて弁当箱を覗き込んでる。澄まし顔が崩れてるぞ。


「ありがとう。お一つどうぞ」


「良いの? そっか、史郎の弁当、久遠さんが作ってるんだ。へぇ」


「なんだよ」


「さぁ?」


 志保が心なしか、少し目を細めた。その顔は、どこか嬉しそうにも、寂しそうにも見えた。




 俺が組織に入って活動してから、毎回悩むことが二つある。

 まず一つ。学校の体育でどれくらい手を抜くか、だ。


 組織できっちり訓練を受けると、それこそ、毎日体を動かす運動部の人たちより、身体能力は上になる。むしろ、一般人より動けなきゃ、あんな仕事やっていられないのだが。


 これは気を抜かずに手を抜き続けれれば良いのだが。


 さて。もう一つ。


 男女別れての行動。周りの会話に耳を傾ければ、会話にも人間関係にも、入り込む余地何てもう残っていないのがわかる。


 こういう時に悩むこと。


 ペアが必要になる、が、相手がいないことだ。


 男女混合ならなぁ……結愛か奏、かな。その辺りと組みたいな。必死になって手を抜かなくても良い。


「九重君、調子はどうだい?」


「ん?」


 トンと肩を叩かれ、振り返る。

 誰だ、こいつ。


 線の細い体形。整った目鼻立ちからは、どこか知的な雰囲気も感じる。しかし、話しかけづらい雰囲気というわけではない。多分、モテるタイプだ。


「霧島恭也。よろしく」


「九重史郎」


「名前は知ってる。君が、『誰だ、こいつ』って顔したから名乗っただけだぞ。それで、君、ペアいるかい?」


「いない」


「じゃあ、僕と組もう。君とは話してみたい、と思っていた」


「話?」


「あぁ。君はいつも女の子としか話してないから」


「話せる奴が女子しかいないの間違いだな」


「ほぅ。じゃあ、君に良いことを教えてあげよう」


 そう言って、指を三本立てた。


「一つはクラスの女子の中で。お前が二股男だと。それに飽き足らず、昨日転校してきた萩野さんにも早速手を出そうとしていると」


「馬鹿馬鹿しい」


 俺の昼食の席は毎日修羅場だと思われているのか。


「もう一つは男子。お前は女たらしだと」


「一点目と大して変わってないじゃん。とりあえず、俺が早速クラス内で白い目で見られ、順調に嫌われているのはわかったよ」


「三つめは、山に埋めるか川に埋めるかが冗談半分で話されている」


「川に埋めるって何だよ。川底に埋める気か?」


「間違えた、海だった」


「埋めるのは変わらないのか」


 くだらね。そんなことを言うために話しかけたのか。


 思い出した、こいつ、確かクラスの中でも中心の方。運動部に所属する、イケメンのメンツともよく話してる奴だ。からかいに来たんだな、そうだな。


 だがここで、事を荒立てて目立つのは得策ではない。会話は違和感なく進めておこう。


「ところで知ってるか? クラス親睦会があるって」


「ん? もうやったんじゃないのか?」


「あぁ、やったよ。入学式の後。萩野さんは勿論。君や朝倉さん、久遠さん、来てなかったね。クラスの半分くらい来なかったわけだが」


 なんだ、奏、結局行かなかったのか。


「んで、男子たちで君らも呼びたいという話があったわけで」


「あ? なんで?」


「そりゃあね。君の周りにいる子たちのこと、思い出してみて」


 と、霧島が言ったところで、自分の出番。反復横跳びか。


「じゃあ、頑張って」


「あぁ。頼んだ」


 構える。

 合図に合わせて動き出す。リズミカルな足音が響く。

 思えば俺は、本気を出そうと思って出せるような、できた人間ではなかった。

 例えば任務とか、そういうのじゃないと。集中しきれない。

 だから結果的に、それなりに優秀程度の成績で収まった。


「なぁ霧島よ」


「なんだい?」


「さっきの話だ。その親睦会とやらには、俺を踏み台に奏や志保に近づこう、って奴らがいる、そういう理解で良いか?」


「あぁ。その通りだよ」


「……それを教えてどうするつもりだ? その情報で俺の機嫌を取って、自分だけお近づきになろうとか?」


「そんな警戒しなさんな。僕は単純に、気に食わないだけさ」


「何が?」


「やり方が。気に入らない」


「やり方?」


 そこで霧島の出番。

 運動部に所属するだけあって、それなりの結果だ。


「仲良くなりたいなら、直接話しかければ良いじゃないか」


 戻って来た彼は、心底呆れた様子でそう言った。

 ハンドボール投げの待ち時間。話の続き。


「仲良くなりたいからとりあえず話しかける。そんなことできたら苦労しねぇよ。それに、その理屈だと、君は俺と仲良くなりたいことになる」


「察しが良いね。その通りだよ」 


 転がって来たハンドボールをポンと投げてくる。投げ返す。


「僕は君の友人になりたくて声をかけた」


「は?」


「ん? おかしなことを言ったかい?」


「おかしなことは言ってないが、理解し難いことは言った。俺の友人? なんでそんなものになりたいんだよ」


「僕はね、君に興味があるんだ。君の何が人を引き寄せるか」


「意味深なことばかり言いやがって、中二病か」


「そう言われたことはある」



 ニヤリと、霧島は唇の端を吊り上げた。


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