第5話 仕事終わりの楽しみ。
その日の夜。そろそろ、捕らえた奴らのことについて連絡来ないかなと頭の隅で考えながら、寝ようと思っていた。
「ん?」
窓が勝手に開かれ、後輩がひょっこりと顔を覗かせた。
「どうも。先輩」
「普通に入って来いよ」
「目立ちたくないので」
「さいで」
部屋に入れると、結愛は躊躇いなくベッドに座った。
「いやー。上手くいきましたね」
「そうだな。まぁ来いよ。そんなところに座ってないで」
「むぅ」
なぜかむくれた結愛を連れてリビングに下りる。
「冷めちまったからな。ちょっと待ってろ」
Mを掲げたハンバーガーショップの紙袋。その中からチーズバーガーを二つ。ポテトのLサイズを二つ。そして氷が解けて薄くなっているであろうコーラとオレンジジュース。
報告に来ると言っていたから、用意していた。来なかったら俺の明日のおやつだ。
ハンバーガーはレンジに放り込み、ポテトはアルミを敷いてその上に盛り付ける。
チーズとマヨネーズをトッピング。そのままオーブンへ。千ワットで十分くらい焼けばいいだろう。
「あの、先輩。何ですか? そのカロリーモンスターは」
「味は保証する」
出来上がったものを持ってリビングに戻ると、結愛のひきつった笑顔に迎えられた。
「というか先輩、夕飯は食べたんじゃないのですか? お隣さんで」
「見てたのか」
「暇だったので」
久遠家の両親は忙しいので、奏が妹二人の面倒を見ている。まぁ、二人とも中学生で、結構賢い子だから、そこまで手はかからない。
かなりお世話になっているから、手伝おうと思ったけど、何もできなかったくらいに。逆に世話されてしまった。ただ夕飯に混ざりに行っただけになってしまった。
「あれからどうなった?」
「捕まえた人たちは、制服窃盗の件で警察に引き渡しました。まぁ、それなりに有益な情報は手に入りましたよ」
「どんな?」
「彼らが何も知らされていないことが」
「おいマジかよ。杜撰な作戦だったし、あっさり捕まったなとは思ったけどよ」
簡単に尻尾を捕まえられないとは思ったけど。
俺の知っている組織のやり方なら、護衛を付けるなんてまどろっこしいことをせず、早々に大元を潰して、危険を払っているところだ。
だがそれをしていない。手強い相手なのだろうと思っていたけど。
「すいません、お役に立てず」
苦々しい顔で、結愛はそうつぶやいた。
俺はポンと、下を向く頭に手を置く。
「さぁな。俺は守るだけだ。背後にいる存在特定して潰すことは、そっちに任せる。俺は一応、休職中の身でな」
そう言うと、結愛は少しだけ顔を綻ばせた。
「そうですね。それで良いかと。あっ、来週には合流できるので。その時はよろしくお願いします。なんだか、楽しみです」
「そうかい」
そうだな。こいつも。子どもだ。
他の子達が遊んだり、家族と過ごしたりしている間、表では言えない仕事をしていても。
子どもは子どもなんだ。
ポテトを口に放り込む。
「よし。良い味だ」
「この時間にこのハイカロリーですか」
「ギルティックテイストだぞ」
「何ですかその、中学生が知ってる英単語を組み合わせて、適当に作ったみたいな単語は」
「正真正銘の中学生に言われるとはな。テイスト・オブ・シンよりかは言いやすいだろ」
「もう私は高校生です。飛び級みたいなものですけど」
懐かしい。
任務終わり、こうやって本部の休憩スペースで一緒に差し入れの、冷めたハンバーガーとポテトを一緒に食べていた。
「先輩、正式に復帰、しませんか?」
「復帰するにしても、休み過ぎたよ。多分、後れを取る」
「先輩ならきっと、すぐに前と同じ、いえ、それ以上の活躍をしてくれるはずです。今日の動きだって、完璧でした」
「……買い被りだよ。俺はそんな、立派な人間じゃないさ」
でなきゃ、別れを切り出されたりしない。そして、俺は何を間違えたのか、未だわかっていないんだ。
「そもそも立派な人間がやる仕事じゃありませんから」
「おっ、言ってくれるな」
ピシっとデコピン。
「きゃーいたーい」
おでこを押さえて大げさに仰け反る結愛。
この感じ。本当に、懐かしい。
あの場所は、確かに俺を必要としていた。
「少し、考えてみるよ」
「はい」
「萩野結愛です。よろしくお願いします」
そんな自己紹介が朝の教室で行われた。
「なんつーか」
見事なまでの擬態である。
俺に一度だけ見せた、制服スタイル。パーカーを羽織り、眼鏡をかけ、俯き加減に話すその姿は、控えめで大人しそうな印象をクラスに与えた。
あとは小説でも読ませておけば、クラスの隅に小さな居場所を作ることが可能だろう。
しかし、本当、中学の頃の奏を思い出すな……。
入学して一週間。来週にはゴールデンウィークに入るこの時期。人間関係も固まりつつある。
部活動は入らないことを選んだ。志保が本当に狙われていると発覚した以上、放課後の時間はなるべく自由にしておきたい。どうせ志保は帰宅部だ。
迫る中間試験も補習なんて馬鹿な事態にならないようにしなければならない。
……はぁ。
俺の高校生活、自然と志保中心に考えようとしていた。
いや、間違えてはいない。危機が迫っている人間を見捨てる方が間違えている。
顔をあげると、奏と目が合った。逸らされると思ったけど、そのまま見つめ合う形になる。
「何見てるんだ? 奏」
「別に」
奏はジトっとした視線をそのまま結愛に移して。そして、ため息を一つ吐いた。
「ねぇ、史郎君」
「なんだ?」
「私を誤魔化せるなんて、思ってないよね?」
修羅場はそれなりに潜ってきたが。背筋を冷たい汗が流れた。
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