第4話 招いた覚えのない、紛れ込んだ客達。
昼休み。志保がいなくなったのを見て、慌てて教室を出て行く。
「史郎君。どこに行くの? お弁当足りなかった?」
「いや、今から食うところだ」
奏にそれだけ答えて階段の踊り場に消えていく志保を追う。
「久遠さん、九重君のお弁当作ってるの?」
「えっ、うん」
そんな会話が後ろから聞こえたが、今は無視。嫌な予感はするけど。
多分、食堂だろう。食堂の味を見て、今後の昼食をどうするかを考える。志保は、食をとても大事にする子だ。実際、志保の家で食べた料理は美味しかった。
今後弁当にするか、食堂にするか、今日ジャッジする気だろう。
ふと、結愛がどこにいるか気になった。そして、組織はどの程度の規模で動いてくれているのかも。
いや、一人の女の子の護衛に、そこまで割いてくれるとは思えない。
澄まし顔で、しかしワクワクしているのを隠しきれていないようで、口の端が緩んでいる。カツ丼に手を合わせる姿は平和そのもの。ここは学校だ。部外者は簡単に立ち入れない場所。
「俺は何を焦っているんだ」
危機が迫っていると言っても、ここは学校だぞ。しかも昼休み。
食堂に入って志保の目の前に座る。ここで帰るのも、おかしい気がしたから。
「あれ? どうしたの?」
俺が一人だから、素の朝倉志保が顔を見せる。
「別に。覗いておきたかっただけ。席良いか?」
「やはは。良いよ。一緒に食べるのは楽しいから」
「なら……」
なら、なんで別れよう、って言ったんだよ。
口に出掛けた言葉を慌てて飲み込む。
ここでそんなことを聞くの。おかしいだろ。
春休み、何も連絡してこなかった癖に、なんで今更親し気に話しかけてくるんだよ。
待て。落ち着くんだ。何を考えているんだ。俺は。冷静になれ。
わけわからない。俺がおかしいのか?
そうだよ。おかしいよ。ここは食堂。今から昼飯を食べるんだ。
食事自体はすぐに済んだが。自分が何を食べているのか、わからなかった。
「大丈夫? 史郎? ご飯、苦しい?」
「気にするな。人が多くて少し緊張しただけだ」
「そか。史郎、人混み苦手だったね」
購買に寄っていくと言う志保と別れる。
「先輩の方がおかしいですよ。頼んでおいてあれですけど。どうして自分を振った人を守るために動けるのですか?」
すれ違いざま、三つ編みに眼鏡といった、かつての奏を彷彿とさせる出で立ちの後輩にそう言われる。
そういう格好なら、確かにばれないな。紛れ込んでも。
思わず苦笑いを浮かべる、そして、すぐに気づく。
「そうか、制服を着ていれば」
待てよ、手に入るのか、そもそも。
いや、盗難が起きているという話を昨日聞いたばかりじゃないか。
点と点が線で繋がる。確たる物証は勿論無い。でも、もし考えている通りなら、朝のラブレターは?
もし放課後や朝、志保を狙っているという奴らが入ってきたら?
志保は行かないつもりと言っていたが、もし今日侵入してきたら。
「勝負は放課後。いや、違う。それよりも先に手を打たなければ」
俺を振ったとか、そんなことは守る守らないに関係ないんだよ。
守れるから、守るんだよ。俺にはそれをできるだけの能力があるんだ。訓練してきたんだ。
……ごめん。奏。見捨てるようなことは、したくないんだ。
きっと許してくれる。そんな甘えた確信とともに俺は走り出した。昼休みは残り少ない。
夕方の五時。部活に行く人は部活に行き。無い人のほとんどはとっくに帰っている時間。
とは言っても、部活に入っていない人の方が少数派。
結愛の調べでは、今日は全ての部活が活動している。一年生も初日ということでほぼ全員、部活動見学している。校内にほとんどの生徒が残っていると考えて良い。
「予想通りですね、先輩。志保さんが来ないと判断して、校門と裏門に、二人ずつ配置してるようです」
「了解。俺たち側に増援は?」
「学校周辺なので、確保用の車一台だけですね。戦闘は先輩だけで。先輩の存在は伏せているので。私が確保に動くと思われていますけど。命令違反で怒られるのは怖いです」
「ったく。じゃあ、結愛、手筈通りに、俺が確保する」
「ククッ。懐かしいですね、この感じ。仕込みはばっちりですよ」
不気味な笑い声と共に、頼もしいかつての相棒のお言葉。
校門の脇、スマホをいじりたむろっている感じを出しつつ、校舎の方をちらちらと様子を窺っている二人組。
目の前は住宅街で、校内には多数の生徒がいる状況。
よって、目立った戦闘は不可。最小限の時間で四人を無力化せよ。
それを一人で行うためには、四人を一か所に集めれば良い。
結愛から借りた伊達眼鏡。あとは髪形を野暮ったくぼさぼさにして。気弱な学生を演じる。
本来なら、相手に合わせた軽薄な感じにするのが望ましいのだろうが、顔を覚えられたくないからな。
『先輩、正門に移動お願いします』
指示通り、正門の傍に隠れる。すぐに裏門の方から、二人の男が正門の方に走っていく。
「おい、何があった!」
「えっ? なんでこっちに来てるの?」
「あ? 連絡寄こしたのはお前だろうが」
「は?」
混乱する四人。狙うなら今しかない。
顔を伏せながら俺は四人に近づいていく。
「あ、お疲れ様でーす」
俺はそう声をかけながら、手前にいた奴の鳩尾をすれ違いながら殴る。
予想外に予想外を重ねる。
「今日もだるかったすねー」
二人目の股間に膝蹴りをかまして。
この時点でわかる。こいつらは、場慣れしてない。一人倒された時点で構えることができていない。
「帰りどっか寄ります?」
残った二人はようやく異常に気づいたがもう遅い。
この実力差、重ねた有利。人数差をひっくり返すのには足りている。
一人目の顎を打ち抜き、もう一人はベルトに差して置いた、これもまた結愛に借りたスタンガンを首筋に当てる。
十秒程度か。思ったよりも動けたな。
「先輩、すぐに離れてください」
無力化を確認していたら結愛が現れる。頷いてダッシュで校舎の方に戻った。
すぐに後ろの方から、結愛の連絡を受けた車だろう。エンジン音が聞こえた。今頃悶絶してる男四人は担ぎ込まれていることだろう。
監視カメラには今の様子は映されていない。ダミー映像が流されている手筈だ。
しかしまぁ、上手いことやってくれたものだ。
スマホを乗っ取って操作して、メッセージを送信して集めるとは。昼休みに結愛と打ち合わせして、そこから準備してもらい、即実行。
結愛がいなかったら別の作戦を考えなければいけなかったし。そもそも思い違いで、手紙が正真正銘のラブレターだったらただの無駄骨だ。
「さてと」
校舎に戻ってそのまま走る。図書室に入る。
「ずいぶん長かったわね。史郎」
「お腹痛いの? 大丈夫? 史郎君」
「すまん。道に迷った」
「史郎が? 珍しい」
放課後、俺は二人を図書室に誘っていた。引き止めるために。あとは適当な理由を付けて離れて、それからさっきの仕事である。
「そろそろ帰るか」
「そうだね」
「あっ、史郎君。帰り夕飯の買い物手伝ってもらって良い?」
「あぁ。良いよ」
……? そういえば春休み辺りから、奏に、というか久遠家に三食お世話になっていないか?
いや、今は考えないようにしよう。もっと大事なことがある。
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